Let's チェェェルッキィィィィーーー!!
アシェリィ達一同は雑にばら撒かれるようにして砂漠に着地した。
本当に砂漠のど真ん中である上に、緩急の効いた高い砂丘のせいで周辺の状況をうかがう事が出来ない。
班員達の視線はすぐに少年とその手に握られたホウキに向かった。
「ぼぼぼっ!! ぼぼぼく!?」
無言のままメンバーたちはコクリコクリと頷いた。
「え、えぇ…………わ、わわわ、わわわかったよ。ぼぼっ、ぼぼくがよよ、よよようすをみ、みみてくるから…………」
そういうと小さなホウキ乗りは恐る恐る垂直に上昇した。
下から見上げると彼はぐるりとその場で旋回しているのが見えた。そしてそろりそろりと降りてきた。
着地すると大事そうにホウキを抱えながら状況を報告し始めた。
「かかか、海岸線は見えたよ。ででででも、ああ、歩きだとどれくらいかかるか……。ほほほっ、ほ他の班の人は見つからなかったよ……。いいい、い、居たとしても砂丘の陰にかかか隠れちゃうと思う。ああ、あとは砂瘴もかか、確認できたよ。ここここ、これが、結構濃い霧みたいで、ブルーベリー色をしてたよ。ももも、もももしマジックアイテムかなにかの合図でほほほ他の班と合流しようとしても合図が見えないと思う」
話し合いをしたがアシェリィの班には対象の位置や気配を把握する系の魔法の使い手は居ないようだった。
策を練ればあるいはというところだったが、少なくとも今は闇雲に歩いてみるしか無かった。
「じゃあ皆、行きたい方角を指さして」
新米リーダーがそう声をかけると全員が別方向を指した。のっけからこれである。
内心、リーダーは頭を抱えたが「リーダーシップをとれ」と担任とセミメンターから常々言われていたので、気が向かないなりに指揮をとった。
「はぁ……じゃあ、リーダーの方角で決定ね……。あ、そうだ」
あるき始めてすぐに突然、アシェリィが止まるので班員は何事かと思った。
彼女は背中に背負っていたボロい木の板を砂の上に降ろした。そしてそれに軽く乗ると砂漠を走るように乗ってみせた。
「遠足って言うからもしかしてと思って。まぁ本当は遊び道具のつもりで持ってきたんだけどね……。にしても久しぶりだなぁ」
ボードの上の少女は砂漠の坂でジャンプし、そのまま空中で華麗に回転トリックを決めて一同の元へと戻ってきた。
「……やりますわね」
「器用なものだな……」
無関心で無力なリアクションが帰ってきた。
これでフォリオと自分はかなり高速で移動出来ることがわかった。
だが、他の三人を置いていくわけにもいかないし、どちらかといえばガリッツは遅い部類に入る。
短時間の戦闘ならともかく、平常時では足の早い二人のどちらかで引っ張っていかないと速度が維持できないだろう。
それに、現状では足並みを揃えるのが得策だと思えた。
アシェリィの指さした方向へ進んでいくと、いくつかの黒い鉄球が砂漠に点々としているのが見えた。
近づいてみると10cm程度の昆虫が砂を転がして大きな塊にしているのがわかった。
作り出される球体は彼らの三倍くらいはあるだろうか。
「へぇ~、かわいい~!!」
アシェリィは屈んでそのフンコロガシのような虫を観察し始めた。
「はぁ……はぁ……、アンタ、どういうシュミしてんのよ…………」
ノワレは下着からチラリと覗く膝小僧に両手を付いて息を荒げていた。
イクセントも無言のままだらりとうなだれている。
そうこうしているうちに、昆虫観察に夢中になっていた少女の頭にかつて読んだ冒険譚の内容がふと蘇ってきた。
―――我々は奇妙な恐竜達と交戦した。彼らは魚のようなヒレを体中に持ち、それを巧みに使いこなし、砂漠の昆虫が作る鉄球を蹴ったり弾いたりして襲いかかってきたのだ―――
「―――!!!! みんな、すぐに戦闘態勢をとって!!! “ハトトリカル・ディノア”が来るッ!!」
リーダーの急な注意喚起にパーティーは驚いた。
何事かと思ったが、間もなく独特なヒレがあちこちに付いた爬虫類が砂煙を上げて猛接近してきたのである。
砂に同化するような色をしていて5~6体はいるだろうか。すぐに飛び出してきた。
トカゲが立ち上がったような姿勢をしているが、脚付きなど結構すらりとしたした恐竜だ。
体長は1.5~2mといったところだろうか。
足元の鉄球を足だけで拾い上げてリフティングをし始めた。つま先、膝、胸、頭とテクニカルにボールを弄んでいる。
準備が整うと早速、球をこちらに向けてシュートしたり、パス回しでフェイントをかけてきた。
想像以上の速度で襲い来るので、ノワレは避けられるかギリギリというところだった。
「くっ!!」
背後から彼女の頭部に黒光りの球がぶつかるかと思ったその時だった。
ガリッツが真っ赤なハサミをクロスしてノワレをかばった。
「ゴイ~~~~ン」
硬いもの同士がぶつかる鈍い音がした。
だが、攻撃はそれだけでは留まらず、ハサミで弾いた球を恐竜はヘディングで地面めがけて叩きつけてきたのだ。
「ガキイィィィィィン!!!!」
今度はカブトムシのツノの部分でガリッツはそれを弾き返した。
「あ、あんた……」
この怪物がまさか誰かをかばうとはと少女は驚いた。
一方、フォリオもシュートの攻撃に晒されていた。
「うわあ……うわああああああああああああ―――!!!!」
このままではこちらも直撃というところだったが、すぐにイクセントが彼とモンスターの間に立った。
そして抜刀して切り上げ、鉄球を真っ二つに切断して巧く軌道をずらした。
「割岩破!!」
背後で砂丘に直撃した破片が砂柱を上げる。
「ボサッっとするなッ!! 死にたいのかッ!!」
演習とわかってはいつつも思わずイクセントの語気は強まった。
横目でホウキ少年をちらりと見ると、とても戦えそうな状態ではなかった。
このままでは怪我人続出というところだったが、アシェリィがマナボードで囮役を買って出ていたので何とか攻撃を分散させることが出来た。
もっとも囮役は消耗が激しく、そう長くは持ちそうになかったが。
その時、ノワレが弓を上空に向けて引き絞りつつ班員に命令した。
「5秒後、ホウキのガキんちょの周りに集結なさいっ!! 遅れたら痛くってよ!!」
それを聞くと素早くガリッツとイクセントはフォリオのすぐ側へ飛び退いた。
「3……2……1……」
アシェリィは時間と距離的にギリギリだったが、マナボードのスライディングでなんとか間に合った。
「行きますわよ!! メリー・豪・ラウンドリィ・シューーーーッッッッ!!!!!」
エルフの少女はまるでフィギュアスケートのように片足立ちで片足を曲げて、その場所で美しいスピンを描いた。
下着の裾がはためく様が優雅に見える。
彼女は回転を決めつつ、頭上目めがけて山なりに矢を数発発射した。
通常ならそんな姿勢で的が定まるわけがなかったが、なんとノワレの放った矢は精密にハトトリカル・ディノアの首筋を射抜いて瞬時に全滅させた。
恐ろしいまでの射撃精度である。味方に居るから良いものの、これを敵に回したらと思うとゾッとした。
しばらく恐竜たちはビタンビタンともがいていたが、やがて絶命し、大量の血痕を残して無残な死骸となった。
戦闘が終わるとその場は静けさに包まれた。
だが、その静寂をいきなり破った者が居た。フォリオである。
「こここっ、ここここんなのっ、こここ殺し合いじゃないかっ!!!!! ぼぼぼっ、ぼくはががっ、学院のふふふフライト・クラブににゅ、入部したくてにゅにゅ、入学したのに!!!! うわあ……ううう、うわあああああああああああっっっ!!!!!」
少年はホウキにしがみつくと半狂乱になり、物凄い速さで垂直上昇して逃げ出した。
その姿はぐんぐんと小さくなっていったが、あるところを境にパッタリと姿を消した。
何かがおかしい。一同がそう思うと雲が尋常でない早さで流れ始めた。いや、あれは雲などではない。
巨大な蟲のモンスターが空色に擬態していたのだ。
ムカデのような色をした正体が出現すると同時に巨大な4つの顎をモゴモゴとさせていた。
逃げ出した少年は飲み込まれたに違いなかった。
「フォリオくーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん!!!!!」
思わずアシェリィは絶叫した。その時だった。
「ぴゅいっ」
「ぴゅ~いっ」
「ぴゅぴゅぴゅ~~~」
警笛のような口笛のような音が聞こえる。これはピ・ニャ・ズーの声だ。
「ガチガチ……ギチギチギチ……ボフッ!!!!」
空飛ぶ蟲のエラらしき穴から人影と数体のケモケモが飛び出すのが見えた。どうやら無事にフォリオは救出されたらしい。
だが、どこへ行ったかは不明で、砂の海へと消えた。おそらくリタイア扱いだろう。
ボーっとする間もなく立て続けにアシェリィが叫んだ。
「みんな!! 避けてッ!!」
彼女には視えていた。砂のエレメンタリィの変調が確かに目視出来ていたのだ。
しかし、それに反応しきれたのは叫んだ本人と回避に長けたイクセントだけだった。
ガリッツとノワレは蟻地獄に飲まれるように体がどんどん沈んでいく。
「ノ……ワ……レちゃ……」
手を精一杯伸ばすが、軽く指がかすめただけで届かない。
エルフの少女は絶望の表情と悲鳴を浮かべて砂の中の”何か”に飲まれていった。
「きゃっ、きゃああああああああああああああぁぁぁぁっっっ!!!!!!」
「ぴゅいっ」
「ぴゅ~ぴゅ~
「ぴゅぴゅぴゅ~」
例の動物の鳴き声がしたということは、命の心配は無さそうだが、あれでいて全くの無事とも思えない。
まだ開始から数時間も経過していないのに、残りメンバーは二人になってしまった。
おまけに剣士の少年の方はもう既にクラクラで気絶寸前といったところだ。
思わず放っておけず、召喚術師はサモナーズ・ブックを取り出した。
「クリアランスブルー!! 癒やしの恵雨!! ランフィーーーーーーーーーネ!!!!」
召喚と同時に辺りの天候が一転した。
砂漠のカンカン照りが厚い雲で遮られ、薄暗くなって肌を涼しく湿らす大雨が降り出したのだ。
「あ……あれ……そ、そんな……。こ、ここまで消耗が激しい……なんて……。調整しない……と……」
ザーザーと雨が降る中、アシェリィは前のめりに倒れ込み、気絶してしまった。
「ぴゅいっ」
「ぴゅいぴゅい」
「ぴゅ~」
すぐさまピ・ニャ・ズー達が出現して倒れ込んだ少女を砂中に引きずり込んでいった。おらくのままキャンプにいくのだろう。
「チッ。どいつもこいつも……」
そうは言うものの、イクセントはこの雨によって活気を取り戻すことが出来た。
彼だけでなく、この召喚はクラスメイト全員に恩恵を与え、一部の班員達の合流に一役買った。
もっとも、合流できても熱砂クジラの撃破には遠く及ばなかったのだが。
恵みの雨を浴びで気力を回復した少年剣士は再び砂漠を歩き出した。
さすがにそこまで長時間の降雨は期待できず、すぐにカラカラの気候に戻った。
一時間歩いたかどうだろうか、幸いモンスターには出会わなかったが、またもや気が遠くなりかけている。
少年は肩から制服の上着をかけて、前かがみで激しく息が上がっていた。
「くっ……ここまでか……」
片目をつむりながら顔を歪めつつ、頭をあげると何かが見えた。
思わず目をこすっても見間違いではなく、確かに人影が見える。自然と腹から声が出た。
「おおい!! おおーーーーいッ!!!!」
互いに走り寄って二人は合流した。
相手の姿形を確認するとヒョロヒョロな体型と瓶底メガネが特徴的な男性だった。
額にはバンダナを巻き、チェックの服で指穴空きのグローブ、ちょんと結ばれた尻尾のようなうしろ髪をしている。
「ははぁ……ハァ……。死ぬかと思ったでござるよ。拙者は……いや、今は自己紹介をしてる場合ではないでござるよ!!!!」
武士の口調と似ているが、なんとも言えないクセがついた喋り方である。きっと彼は武士ではない。
「ととと、唐突でありますが、”デンジャラス☆チェルッキィー”をご存知で?」
わけのわからない固有名詞にイクセントは首をかしげた。
「ちぇる……? 何だって?」
眼鏡の少年は戸惑っているようだったが、すぐに気を取り直してカバンから何か取り出した。
「チェルッキィーをご存知ないとは……。まぁ広い学院ならご存知ない方もいるかもしれぬ。で、ですな。ここに取り出したるはチェルッキィーというトーベ産のお菓子なのです。色味のチェルッキィーという画家の女史が発明した絵の具を塗ったスティック状のものでござる」
剣士の少年より背の高い少年を見上げると彼の手にはカラフルなボックスが握られていた。
そしてその箱から一本、チェルッキィーと呼ばれる菓子をつまみだした。
「チェルッキー女史はある時、考えたのですぞ。この絵の具は美味しいのではないかと。それが偉大なる発明だったのでござる! 色ごとに一本一本味が異なってですな……これは一箱20味セットのものでござる。中にはハズレもあったりして……ああ!! 拙者、ついついまたもや説明口調に!!!! 本題に入らねば!!!!」
この状況でただの駄菓子を持ち出してくるわけもなく、何かしら効果があるはずだと話を聞く方の少年は腰に手を当てた。
「で、ですな、”デンジャラス☆チェルッキィー”という遊びがあってですな、このスティックの端を互いに咥えながら接近して……そ、その、デュフ、デュフフ。きき、キッシュ寸前になるハラハラ感を味わうというものがあるのです。そして、拙者の編み出した魔術は、チェルッキィーを噛み切らずに唇が接近すればするほど相手の位置が正確に察知できるというものなのですぞ!! チェルッキィーが折れたら失敗。舌の上で溶ければ魔術発動でござるよ!!! デュフフwww」
この下心が爆発したような術式にイクセントは額に手を当てた。
「ハァ……」
「しかし出会った相手が男子で良かった。もし、これがレディだったなら最悪、拒否されて終わりでござる。ですが、ここで貴男の場所がマークできれば今後の熱砂クジラ討伐の進展に大きく影響を与えるはずでござる!! さぁ、レッツ!! チェェェルッキィーーーーーーーーー!!!!」
「え……?」
気づくと口にチェルッキーが突っ込まれていた。流れでゲームは始まってしまっていたのだ。
遠慮なしに眼鏡オタクの顔と唇が迫ってくる。得も言われぬ熱い吐息が顔をなぜた。
「あ、あ、安心するでござる。拙者、このゲームはマスターしておりますゆえ!! 相手が動きさえしなければ失敗はせんでござるよ!!!!」
相手は瞳を閉じながら更に猛進してくる。傍から見ればこんなのぶつかるに決まっていた。
「出来るか!! こンの阿呆!!!!」
剣士の少年は気づくとチェルッキィー男を全力でブン殴ってしまっていた。
「し……しまった。ついフルエンチャントでやっつけてしまった。だ、大丈夫か……?」
つぶやきながら彼自身も暑さとスタミナ切れで体がグラグラと揺れていた。
「ぐ……なんてザマだ……」
まるでクロスカウンターが決まったかのようにイクセントと眼鏡の少年はその場に倒れ込んだ。
こうしてアシェリィ達の班は初めて全滅した。




