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楽土創世のグリモア  作者: しらたぬき
Chapter1:群青の群像
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亡者の嘆きに誘われ

やがて坑道は広い空間に繋がった。光源こうげん魔法であたりは明るく照らされていた。


大勢の遭難者や負傷者が見て取れる。


「アンナベリーか。今、負傷者の手当てをしてるところだ。最下層の生存者は約80名、半数以上が怪我をしている。スヴェイン先生にはもう伝えた。お前のチームにもヒーラーが居るだろう。治療を手伝ってくれ」


眼鏡の研究生エルダーの男子生徒がそう支持した。


アイネとリルチェはすぐに怪我人の元に駆け寄って治療を始める。


9人居る学院生のうち6人程度が負傷者の手当てに当たっているようだった。


「とりあえず、私たちが下ってきた道は鎮圧ちんあつしたッス。そろそろ国軍に救助を要請する頃合いッスかね」


上級生たちは今後の方針について話し合っていた。


アイネとリンチェはタッグを組んで重症者の手当てに当たっていた。


「全員を治療していたらマナが足りん!! 治療班はトリアージして瀕死ひんしの者から助けるように!!」


エルダーの生徒からの指示が飛ぶ。アイネ達は重症者と軽傷者をわけて治療を再開した。


「ああぁ……もう一度、お天道様てんとうさまが拝みたかったぜ……」


重症の男性がそういいながら息を引き取った。


ほとんど手遅れの者もおり、何人かは治療の甲斐なく命を落としていった。


アンデッドにならないように聖水を振りかけて迷える魂に祈りをささげる。


しばらく必死の治療は続き、生き残った重傷者が全員危機を免れたころだった。


急に自分たちの居る一室が地震のようにグラグラと揺れ始めのだ。


落盤らくばんか!? せろー!!」


一同は混乱しながらもうずくまって落盤に備えたが、すぐに揺れは治まった。


落盤らくばんはしていなかったようだ。


しかし、揺れが治まると同時にドシャっという音と共に入口付近に泥のようなものが落下してきた。


落下してきた泥の中から茶色いモノがうごめいて見え隠れする。


謎の茶色い塊はすぐに何かを形どるように立ち上がり始めた。


「こ……これは!! まさか、スカルドラゴンか!!」


眼鏡の男子生徒が呆然ぼうぜんとしながらつぶやいた。


「いや、大きさからするとレッサーッスね。でも、厄介な敵には変わりないッス」


アンナベリーがとても厳しい顔をして立ち上がった物体を見つめた。


降ってきたのはどうやらドラゴンの化石だったらしい。


それが亡者もうじゃの魂に惹かれて生前のように動き出したしたのだ。


背丈せたけはざっと2m半ばで、入口をふさぐ形で立っている。


体が馴染なじまないのか、動きが緩慢かんまんだった。


「全員集合ッ!! 迎撃のフォーメーションだッ!!」


全体の指揮を任されていた眼鏡の青年が指示を出した。


アンナベリーが口をはさむ。


「私の経験上、スカルドラゴンの攻撃力はとても高いッス。近接武器を使っている人もいるみたいッスが、よほどの耐久力が無いとあっという間に殺されるッス。吐いてくるブレスも強力で長い射程があるので離れていてもそれにも要注意ッス」


彼女はは一呼吸おいて、気分を落ち着けてから話を続ける。


「で、結局この場で接近戦を仕掛けて盾になれるのは残念ながら私しかいないッス。だから今すぐ、私にみんなの出来る限りのエンチャント系呪文を唱えてほしいッス!!」


それを聞いてすぐさま生徒たちは各々の強化魔法をアンナベリーにかけていく。


彼女自身もさきほどの対屍たいしエンチャント、ソードベネディクションを大剣にかけなおす。


「アンナベリー、お前ひとりに危険を押しつけてしまうようで済まない」


研究生エルダーの2人の表情がくもる。


「なーに水臭い事言ってるッスか!! いくら強敵とはいえ、学院生が9人も集まればなんとかなるッスよ!! それに私も皆お陰でいつもより高い能力を発揮できそうッス!! リジャントブイル魂、見せつけてやるッスよ!!」


その激励げきれいを聞いて、学院生たちは絶望から抜け出して勇気がいてきた。


「それじゃあ行くッスよ!!」


アンナベリーが強く床を蹴り、抜刀しながらレッサー・スカルドラゴンとの距離を詰める。


「いいな!! 弓や魔法などの攻撃が出来るものは中衛を、特に攻撃方法を持たない者は後方からアンナベリーを治癒するんだ!! 各員配置につけ!!」


メンバー達は統率とうそつのとれたフォーメーションをすぐに組み上げた。


運よくスカルドラゴンの動きが本格化しないうちに戦闘準備が整った。


アンナベリーが接近して一太刀を浴びせようとした時、完全にスカルドラゴンに”魂”が宿った。


「ゴアアアアアアアアアアア!!!!」


激しい咆哮が激しく大気を振動させる。パラパラと天井から砂や小石が落ちてきた。


あまりの迫力にアンナベリーはつい守りの姿勢に入ってしまった。


鋭く、強烈な爪の斬撃を大剣で受ける。片腕の一撃が彼女に襲い掛かるが、体をよじってすんでのところでかわす。


その時に彼女ががバランスを崩したのをスカルドラゴンは見逃さなかった。


思いっきり空気を吸い、炎を吐き出す。今度ばかりは完全な回避が出来ない。


「熱いッスね!! これは耐炎エンチャントなかったら大やけどッス!!」


数秒の間、ブレスに耐えた後にバックステップで距離を取る。


このままではジワジワ壁際に追いやられ、チームメイトや遭難者が巻き込まれかねない。


ここで踏ん張らねばと思い、突きの体勢でスカルドラゴンめがけて突っ込む。


「グゴゴ……ゴアアアア!!」


スカルドラゴンは大剣を両手で受け止めたが、勢いよく突進されたため、後ろに押されながら後ずさりした。


「今だ!! 中衛は攻撃を集中!!」


後ろから指示する声が聞こえたので剣士は剣を横に振り切りながらサイドステップした。


そしてスカルドラゴンの正面から避けた。飛び退きざまの横振りでドラゴンのアバラが数本折れる。


正面が開いた後、各々のメンバーが中距離攻撃から攻撃を繰り返す。


リルチェも中衛班に加わっていた。矢を放つが、スカルドラゴンには弾かれてしまっていた。


他の術者も決定打を与えるには至っていないようだった。


再びスカルドラゴンが大きく息を吸ったので、アンナベリーは大剣を盾にして灼熱しゃくねつのブレスを防ぐ。


後衛から治癒呪文を受けてはいるものの、距離が離れすぎていた。


これでは受けるダメージの方が多い状態だった。


今まで攻撃をしのいできたアンナベリーだったが、ここにきて疲労の色は隠せない。


ブレスが途絶とだえて隙が出来たので彼女は攻撃に転じようとした。


だが、それはスカルドラゴンのフェイントだった。


ここぞとばかりに振り上げられた鋭い爪がアンナベリーの横腹に直撃する。


「ぐうっ!!」


地面に大剣を突き立てながら吹き飛ばされていく。


痛みをこらえながらアンナベリーはすぐに立ち上がり、自己治癒魔法じこちゆまほうをかける。


「ルーンティアの女神よ。我が身から乖離かいりしようとする魂をこの身にに引きとめたまえ。肉体の救済もまた我の望むところ。すなわち生ける者にとっての魂と肉体の繋がり!! オウンヒール・ベータ!!」


 アンナベリーは傷が癒えるのを待たなかった。


おくすることなく再びスカルドラゴンの横っ腹に向けて突撃していく。


相手もそれにすぐ気づき、アンナベリーのの方を向いて大剣を受け止めた。


「横からなら幾分いくぶんか防御が薄い!! 一気にたたみみ掛けろ!!」


再び指示が飛んだので中衛は攻撃を集中し始めた。


さすがに正面で無ければ矢も弾けないようでかなりダメージを与えているようだった。


しかし、アンナベリーの蓄積ダメージもかなり大きい。


もはや攻撃を仕掛ける力は残っていないようだ。打ち合うのがやっとといったところだった。


(このままではアンナベリーさんが死んでしまう!! なんとかならないの!?)


 アイネは思わず中衛の位置まで前に出てきた。他の後衛2名もそれに続く。


「お前ら……無茶をしてくれる!! よし、後衛は引き続き中衛の位置まで前進してアンナベリーを援護しろ!!」


これによって少し回復速度が上がったからか、アンナベリーの動きに機敏しゅんびんさが戻り始めていく。


中衛の位置はいつブレスが届いてもおかしくはない距離だ。


前に出てきた後衛がそれをくいらったら一溜まりもない。


そんな危険を冒してでもアンナベリーを救おうと皆が必死だった。


アイネは一旦治癒詠唱をやめ、聖水を取り出して祈り始めた。


「不浄なる常闇とこやみに生きる者よ。汝の居るべき場所は本当にそこなのか。我はそなたらに光の道を示す者也。光の旅路に伸びる道へ我が誘おう。 セイクリッド・ミスト!!」


聖水からキラキラと青色に輝くきりが吹きだして、洞窟内を包んだ。


それに当てられてスカルドラゴンの動きがわずかに鈍くなった。


援護に回っていた学院生達はその様子を見てハッとしたかのように、続けてセイクリッドミストを唱え始めた。


「よし、でかしたぞ!! この速度なら魔法が当てられる!!」


研究科エルダーの男子学生がすぐに詠唱を始めた。


「今、地の底より我に呼応し現れる業火の炎よ!!巻き上がり、我にあだなす敵をその熱き抱擁ほうように深く抱け!! フレイム・ジェイル!!」


地割れが起こり、炎の輪がいくつか地中から吹き出してスカルドラゴンの自由を奪い、締め付けた。


動けなくなった魔物に向けてアンナベリーの渾身こんしんの斬撃が当たった。


その結果、片腕を切り落とすことに成功した。そのまま素早く脚を切り落とす。


「ガアアアアアアア!! グゴアアアアア!!」


バランスの保てなくなったスカルドラゴンが体勢を崩しながら激しく咆哮ほうこうする。


それにつられて多数のゾンビやスケルトンなどの亡者もうじゃたちが取り巻きのように地中から姿を現した。


だが、聖なる霧のおかげで動きが鈍い。少人数でので対処が可能だった。


スカルドラゴンも暴れてはいるが、弱点の炎で包まれているため、身動きが取れない。


アンナベリーはとどめを刺すなら今だと思っていた。


だが、うかつに頭を残すと頭だけが分離してブレスを吐くという最悪の事態に陥りかねない。


彼女は最後の一撃に向けて縛られたラゴンに力を大剣での連撃を浴びせだした。


鮮やかな乱れ切りにあちこちの部位の骨がはじけ飛ぶ。


最後に思いっきりジャンプし、大剣の平たい部分で思いっきり叩きつけた。。


「クラッシュ・スタンプッス!!」


 打撃攻撃をモロに頭部に食らったスカル・ドラゴンは頭を粉砕された。


全身の力が抜けたようにバラバラと崩れ、土にかえっていった。


「や……やったッスか。あちちち……。盾役を買ってでたのはよかったッスが、正直、死ぬかと思ったッス……スカルドラゴンは戦い方を見学しただけだったッスからね。レッサーだから良かったものの、普通のスカルドラゴンだったらおそらく全滅だったッス」


アンナベリーは大剣にしがみつくように片膝をついた。治療班がすぐに駆け寄って治療を始める。


眼鏡のリーダーはそれを見てぼやいた。


「まったくどいつもこいつも無茶しやがって……。スヴェイン先生、最深部でレッサー・スカルドラゴンと交戦しました。辛くもアンナベリー他8名の活躍により、これを撃退。道中のアンデッドも撃退しておきましたので国軍に遭難者の救助を要請するようお願いします」


彼がそうがジェムに事の顛末を報告する。


大人数で治療したこともあってアンナベリーは間もなく傷も残らず回復した。


思わずアイネとリンチェがアンナベリーに涙を浮かべながら抱き着く。


「私、私! 先輩が死んじゃうんじゃないかと思いました!! あの時前に出ておいて本当に良かった……」


「私も!! いくらなんでも無理しすぎですよ……。私がもう少しうまく狙えていれば……」


 アンナベリーは後輩二人の背を抱きながら笑った。


「そんな簡単に死ぬようじゃこんな危ないポジションやってないッスよ。それより二人ともナイスアシストでしたッス。アイネちゃんもリンチェちゃんも!! 2人と皆が私を救ってくれたんッスよ」


 女子生徒たちは皆、もらい泣きしていた。


男子が通信していたジェムからスヴェイン先生の声が聞こえる。


「諸君、災難だったが、良く乗り越えてくれた。しばらくしたら国軍が遭難者を救出しにそこへ到着するはずだ。それまでに負傷者の回復に努めてくれ」


スヴェインも緊張が解けたかのように冷静にそう伝えた。


その後、アイネ達は負傷者の治療を続けた。


日没が近づいたため、アンデッドが強力になる夜間の捜索活動は中止された。


翌日以降にいまだ行方不明を発見していく捜索そうさくに移る事となった。


その日の夜は学院生たちは鉱山の外にある鉱員小屋に雑魚寝ざこねし、翌朝の捜索に向けてしばしの休息をとった。


アイネは天井を見ながら今日のアンナベリーの戦いっぷりや、頼れる姿を思い出し、強い憧れを感じていた。


「サブ魔術は大剣使いとかいいかもしれないなぁ……。かっこいいなぁ……」


彼女は独り言を小さくつぶやいて瞳を閉じた。

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