放国の女騎士?それとも捧福のシスター?
「ん……んん……ん~~~」
妖精が伸びをしながら目を覚ました。
「ふぁぁ~こんばんは。初めまして。マスターから話は聞いています。あなたがファイセル・サプレさんですね?」
先ほどとは打って変わって喋り方が少女のように変わる。
「うん。そうだよ。君の名前は?」
名前が無いというのは知っていたが、とりあえずファイセルは聞いてみる事にした。
「う~ん、まだ正式な名前と言う名前はないんですけど。マスターとの契約時につけてもらってないので。名無しってのもひどいと思いません?」
受け答えも仕草も普通の人間の少女と遜色ない幻魔だ。
その完成度の高さに少年は思わず見入った。
「な……なんだか恥ずかしいのでそんなにじろじろ見ないでください……」
妖精はいっちょまえに恥ずかしがって背中を向けてしまった。
長い髪がなびく。さすがにこういう人格の部分はモデルになった人物がいるのではないかとファイセルは推測した。
「ああ、ごめんね。君みたいな人間っぽい妖精は珍しくってね。名前をつけてあげなきゃだな。う~ん、どんな名前にしようか……」
ファイセルが考え込み始めると妖精は手を上げてリクエストした。
「はい! お菓子の名前がいいです!!」
おませさんかと思えば意外と子供っぽいなとファイセルは拍子抜けした。
「ミナレート名物、爆裂海藻ヨウカンとかでいいの……?」
ファイセルは思いついた菓子を適当に答えた。
「え”……なんですかそれは……」
これはからかい甲斐があるなと少しいじわるな感情が湧いたが再度真面目に考え直す。
「う~ん、女の子っぽい名前のお菓子か……。二ついいのがあるかな。大昔の大戦時に敵国に制圧された都市を次々と解放していった伝説の女騎士から名前をとった放国のリーネ・キャンディか」
ファイセルは目線を泳がせてから答えた。
「または国中を巡って貧しい人たちに寄付や食べ物を配ったシスターの名をとった捧福のクレティア・マシュマロとか」
あまり変わった名前を付けるのも考え物だなと思い、ファイセルはハズレのない女子の名前を2つ用意した。
「リーネさんのほうががいいです!! 騎士って憧れちゃうなぁ~!! こう、剣とかつかっちゃったりして!!」
迷うことなく即答。妖精は水で作った剣を手に持って振ってはしゃいだ。
この妖精がどんな性格をしているのかファイセルにはわからなくなった。
女の子っぽいところもあるが、かなりおてんばな感じもする。
また、生まれて間もないというのもあるのだろうが、想像以上に幼い感じも受ける。
「じゃあリーネ。これからよろしくね。僕も呼び捨てでいいよ」
リーネはもじもじしながら答えた。
「それなんですが、なんか呼び捨てするのは失礼かなって思いまして。ファイセルさんが良くってもわたしがなんだか恥ずかしいのでさんづけで呼ばせてもらいます」
リーネはそういいながら恥ずかしそうにコップの水に溶け込んだ。
「わかったよ。確か人の姿をしていなければ省エネ出来るんだったね。でもコップじゃもしもの時にまずいよね」
ファイセルは風呂場に行って水を多めに汲んでテーブルに桶を置いた。
「よし、コップの水を桶に入れてっと。どう?これでいいかな?」
今度は桶の方からリーネが現れた。
「成功しました~」
リーネはニコっと笑ってピョコピョコ跳ねた。
「今晩はその桶で我慢して。明日、旅に備えて頑丈な容器を買ってくるから」
ファイセルは風呂桶から妖精と言うのも中々シュールなものだなと思いながら眺めた。
「う~ん。それにしても学院の水は美味しいですね。β-リウムとかマナチウムの含有量がとても多いです~。自然界では滅多にない量ですよ。長旅の疲れが癒されていくようです~」
リーネは温泉に浸かるように目を閉じて肩まで水に浸かった。
「そういや寮の水は疲労や魔力の回復とかに優れるって聞いたことあったなぁ。意識して無かったけどこの水でお風呂を作ると温泉みたいな効能があるのかな……」
さすがにそれは無いかとファイセルは思った。
「あっ!そういえばここまで来たのにわたし、『うみのみず』を飲んでないんですよ!学院の水道もちょっとはしょっぱいかと思ったんですがフツーの水でした。後でいいので時間があればしょっぱいみず本場の『うみのみず』を飲みに連れて行ってもらってもいいですか?」
リーネは目を輝かせて海に関する憧れを語り始めた。広くて、波があって、そして何よりしょっぱいらしいという事。
まるで学院に入る前の自分を見ているような気分だ。
だが、リーネは塩湖で生まれたはずなのでしょっぱい水自体は珍しくはないと思うのだが。
「わかったよ。明日容器を買ってきて移したら海岸に行こうか」
「わ~い! やったー!!」
リーネは満面の笑みで水面をピョンピョン跳ねた。
話しこんでからだいぶ時間が経ったなと思い、ファイセルは時計を見た。もう夜の12時近い。
「思ったより話し込んじゃったな……。じゃあ今日はそろそろ寝るよ。おやすみ。また明日ね」
「あ、はい。おやすみなさい!」
リーネは水面に波紋を残して消えた。水に溶け込んだ後の姿は普通の水と何ら変わらない。
妖精がいると言われない限りは全く気付かないほど上手く擬態している。
いや、擬態と言うより一体化だろうか。
ファイセルはそんなことを考えつつ、マナライトを消して、ベッドにもぐった。
次の日の朝、ファイセルは胸に校章の入った群青色の長袖の学院の制服の上着を着た。
「ふあぁ~あ……ファイセルさん、おはようございます。なんで制服着てるんですか?もう学校はお休みに入ったんじゃないんですか?」
眠そうに目を覚ましたリーネが不思議そうに聞いた。
「あぁ、これね。リジャントブイルでは生徒にお小遣いが支給される制度があってね。店先で制服を着て学生証を出すと品物の金額分が差し引かれてその場でお金を払わなくても商品が買えるんだよ」
「へぇ~それはすごいですね!」
「まぁ、ミナレートでしか使えない上に学院生の特権だけどね。あとはちょっと高い物を買うとすぐに残金がなくなっちゃうしね……じゃあ出かけてくるよ」
ファイセルは手を振りながら寮のドアを開け室外へ出た。
まぶしい光にあてられて日差しが日に日に強くなっているのを感じる。
学校裏の海岸で女生徒たちが早めの水遊びししているのが見えた。ミナレートは一年を通じて夏季しかない、常夏の魔法都市である。
今は裏赤山猫の月の頭だが、ここはあまり月と気候の関係がなく、年中暑い。
ライネンテは地域によって気温や降雨量がバラバラで月日からどんな気候だと一概に推定することはできない。
ミナレートは”人工の常夏”を目指して設計されているため、このような気候になっている。
周辺地域には寒冷期も存在する場所もあるのだが魔法の力が強く介入したここでは一年を通して常に気候が温暖にコントロールされている。
リジャントブイル魔術学院はミナレートの端に位置する小島の上に建っている。小島とはいえ、かなりの大きさを誇る浮島だ。
そこに校舎、学生寮、コロシアムなどが建設されている。
闘技場があるだけあって学院内の教師陣も生徒も腕っぷしが強い。。
事あるごとに戦闘実習するなど他の魔法学校と比べると異質な点ばかりなのだ。
それはこの学院が国にとっての”抑止力”だからだ。
抑止している相手は北西の軍事大国、ラマザンダである。
過去にライネンテとラマダンザの間で戦争が勃発して世界大戦にまで発展したという記録がある。
その時は両者とも多大な被害を出し、戦闘状態が自然消滅したらしい。
何もいざこざは太古に限った事ではない。
100年ほど前にはライネンテとラマダンザの中間あたりにある島国、ノットラントで東西に分かれ、内戦が起こった。
今でもノットラントの市民や武家の間では親ラマダンザ派と親ライネンテ派の間で深い溝があり、いざこざが絶えないという。
ミナレートはライネンテの北部にあるルーニャ半島の先端にあるために都市の中ではラマダンザに最も近く、北西を牽制するのにはうってつけだった。
もっとも近年は大きな戦もなく、国内のいざこざを仲裁する程度で血なまぐさい話は聞かない。
とりあえず国内は至って平和で学院の生徒たちも自由と平和を謳歌しているといったところだ。
しばらく歩いて、学院と街をつなぐ長くて広いウォルナッツ大橋にさしかかる。
そこから振り返るとリジャントブイル学院はさながら巨大な要塞のようにも見える。
もしかすると緊急時には本当に要塞になるのかもしれない。
ウォルナッツ大橋を渡るとまっすぐな街の中央の大通り、ルーネス通りがある。
ミナレートは港町なだけあってありとあらゆるものが揃っている。
そのほとんどの店がルーネス通りに軒を連ねている。
品ぞろえは王都ライネンテに並ぶ品揃えだと言われている。
特にマジックアイテムの品揃えは目を見張るものがあり、その点では王都に勝るらしい。
さすがは魔術学院を擁する都市と言ったところだ。
ただ、本当にレアな品物は店には売っていない。
とはいえ、普通にショッピングする分には十分である。
学生だけでなく街の人も観光客も多く訪れる学生街の枠を超えた魅力あふれる場所なのだ。
ファイセルはホムンクルス用の瓶を求め、ルーネス通りを歩き始めた。
「う~ん……ホムンクルス用のビンって何の店に売ってるんだろ?ガラス容器の店……じゃないしな。魔法薬の店とか行ってみようか」
休暇に入った直後とあってか、通りはいつにもまして学生であふれていた。歩いていくうちに通りの喧騒の中に入る。
「ちょっと、そこのお兄さん! ダジリヒキガエルの太モモ焼きとかどう?」
「ミナレート名物、珍味爆裂海藻ヨウカンだよ~。お味は食べてみてからのお楽しみ~!!」
「最近、王都で流行のオシャレなウィザーズローブ、どうですか~。エンチャント済みだよー」
両脇の露店や店から威勢のいい呼び込みの声がかかり、それがあたりにに溶けていく。
人波のなかを歩いていく。
途中に懐かしい物が目に留まり、つい足を止める。
それもそのはず、このパステルカラーで明るい紫色をした独特な色の織物はファイセルの故郷のそばの村の特産品『アルマ染め』だったからだ。
地元では普段着のように扱われているが、染料のライラマという花がアルマ村近郊でしか採れないので交易品としてはそれなりに価値がある。
「シリルかぁ。あすこは緑に囲まれてていいとこやね。や~、それにしてもやっぱ都会は活気が違うね。ここら辺まで出張して売りに来ると珍しいらしくて割と高値で売れるんだよ。まぁ売り切らないと”鮮度”が落ちて赤字なんだけど」
アルマ染めの原料のライラマという花は大気中に少しずつ魔力―マナ―を放出するという特性がある。
鮮度が高いライラマはパステルカラーの紫だが、刈り取って時間が経つと黒に近い紫色に変色してしまう。
これを染料につかった布も同じように時間経過を経て変色し、マナが抜けきってしまう。
そして濃い紫になるとと商品価値も性能も落ち、元に戻すには染め直すしかなくなってしまう。
それが地元での常識だったが、噂では学院内により高度なアルマ染めについて研究しているグループがあるらしい。
もしかしたらより高性能なアルマ染めが存在しているのかもなどと思いながらローブの値札を見ると「3万5千シエール」と書いてある。
シエールとはライネンテ国の通貨単位であり、大昔に北部海岸でとれた貝殻が通貨変わりになっていたことから”貝殻”が訛って”シエール”と変化したものである。
それにしても想像以上に高い。普段着にしていた身からすると有り得ない値段だ。5千シエールで買ってもおつりがくる。
ファイセルは適当なローブから視線を移してをしてその場を立ち去った。
そして再度、目的の店を探してルーネス通りを歩き出した。