氷海漂流ツアー二名様ご案内
ねじれた双頭の木龍の眼にはしっかり地上の青灰色の狼が映っていた。
巧みにねじりあいながら恐怖を全く知らないといった様子で、再び地上の構造物をなぎ払いながら突進をしかけてきた。
「また仕掛けてくるか!! ならかわすまで!!」
横幅に広く展開しているT3Dは縦方向の振りには弱いようで、ジャンプで容易くやり過ごすことが出来た。
そのため、またもやアルルケンは高めの跳躍で突撃を回避したが、予想外の反応が待ち受けていた。
双頭の龍の片割れが回転しながら大口を開け、垂直に上昇して急襲をかけてきたのである。
単調な動きしかしていなかったドラゴンがいきなり変則的な行動をとったので、大狼は不意を突かれた。
「チッ!! クワアアッ!!」
下方から接近する頭を察知すると同時に彼は水流をジェットのように吐き出して、勢い良く反動で後方へ飛んだ。
アルルケンは完全にスキを突かれた割にはうまい具合にそれを軽くいなした。
だが、攻撃の波はそれでは終わらなかった。今度は狼の背後からもう片方の頭が突っ込んできたのである。
自分より遥かに大きな獲物を飲み込もうと、顎がはずれそうなほどポッカリと口を広げていた。そこから鋭い牙がいくつものぞいていた。
T3Dは回避の難しい奇襲をかけてはくるものの、殺気が丸出しだった。そのため、どちらから仕掛けてくるかがわかりやすかった。
もっとも、かなり高速な攻撃のため、それを避けるのに要求される反射神経は並大抵では無いのだが。
「おっ、体が馴染んできたようだな。良いワンツーパンチだ。そうこなっくちゃぁな!!」
このままのルートでは尻尾からもう片方の頭に突っ込むことになる。
ツノのスクリューに巻き込まれても、噛みつかれても厄介な事になるのは間違いない。ここは避けるしかなかった。
接触まであと数秒というところで、狼は思いっきり尻尾を振り抜いて体にひねりを加えた。
これによって軌道が微妙に変化し、スレスレで木龍のツノを避けた。無駄のない洗練された回避行動だった。
頭部が通り過ぎた直後、無防備な胴体がアルルケンの目の前に広がった。
この機会を逃すまいと彼はさきほどのスピンのように尻尾を強く回転させて勢いを付けた。
その猛烈な回転力に乗せ、手と足の両方の爪の連撃をT3Dの胴体めがけて打ち込んだ。
「ボルテクス・クロゥ!!!!!」
神速で放たれる爪の一撃の威力は凄まじかった。それが数え切れないほど叩きこまれた。
おまけに高速の回転は風を呼び、相手を切り裂く無数のかまいたちが発生した。
「グガアアア!!!! ガアアアアアアアアアッッッ!!! キシャアアアアアアアッッッ!!!!!
爪と風の衝撃波をモロに喰らった木龍はたまらないとばかりにアルルケンから距離をとって、天高くに逃げていった。
2つの頭は上空で再び合流し、ねじれあう形態にもどった。またもやこちらを見下ろしている。
この調子では怯むこと無く襲撃を続けるつもりらしい。
「一つ目が横幅広く展開して、ジャンプで宙に逃げるように追い込む。そして残った方の頭で無防備なところを狙い、更に追撃……か。一見何も考えてないように見えて、ちゃっかり自分の得意な空中に相手を誘導してやがる。おつむはどうだかわかんねぇが、センスはあるな……」
狼の幻魔は少しうらめしそうな視線を頭上に向けた。そして、爪の直撃した胴体を観察した。
かなり手応えはあったのだが、冷気が通用する真皮までは露出していなかった。
丸太を引っ掻いた時にできるような深い傷が網目のようにいくつも表皮についた程度にとどまった。
「……さすがにドラゴンのウロコ……いや、表皮は硬ぇな。この調子だとあと数回は外傷を与えねぇと仕留められんな…………。ん、待てよ?」
蒼い獣がなにやら考えているうちに再びT3Dは地上めがけて猛スピードで降下してきた。
アルルケンはジャンプして、またもや攻撃をかわしたが今度は二頭揃って互い違いに螺旋を描いた双頭が真上に急上昇してきた。
騒々しい風音を立てつつ、あたりを巻き込むツノと大きな洞窟のように開いた真っ暗な2つの口が迫る。
「かかったな!! そんな大口開いてんならくれてやるよ!!! フッ!!!!! フッ!!!!!」
至近距離まで相手が接近した瞬間、大狼は下方を向いて美しくライトブルーに輝く冷気弾を2WAYで発射した。
その冷気の塊は叩き込まれるようにして木龍の開ききった口内に突入した。
すぐにリアクションはあった。息ピッタリで襲いかかって来ていた双頭は突如バランスを崩して空中でバラけたのだ。
そのまま二頭は目的を見失って狂ったように宙でのたうちまわった。
アルルケンは着地して上空の木龍の次の出方をうかがった。
「へへへ。ビンゴだな!! わざわざ向こうから弱点をむき出しにさせてんだ。真皮を露出させるまでも無かったな。ただ、あの調子じゃ冷気の侵食で体の機能が停止するまで少し時間がかかる。もうちょっと相手してやるよ」
T3Dはひたすらもがいていたが、やがてふっきれたようにピタリと空中で静止した。
「ガルルルルルルルルルルルルルルルルル…………」
苦しみのあまりか、口からダラダラと唾液を垂らすと、視界にただ一匹のみを捕らえた。
「グアオオオオオオオオオオオオオッッッッ!!!!!」
樹の怪物は自分に残された時間が多くないのを悟ったのか、今まで以上になりふり構わない挙動で強襲をかけてきた。
地面に頭を打ち付けると廃墟の町並みを吹き飛ばしながら、地表を舐めるように波打って破壊の限りを尽くした。
双頭はもはやすっかり統率を失っており、バラバラな動きで手当たり次第に喰らいついているような状態だった。
狼はピョンピョンと跳ね、子どもでもあやすかのようにそれを鮮やかにかわしていった。
一連の流れを離れたところから傍観していた者が居た。
「あいつ……冷気が急所に入ったな……致命的だ。だんだん動きも鈍くなってきている。だが、今ならまだあの狼の気を引きつける程度には動き回っている。タイミングは今しかない!!」
イクセントは無理に戦いに割って入ることを避けて、二匹の動きを見張っていた。
そして連中を撃退して勝ち残るチャンスを見計らっていた。皮肉にもアーシェリィーと同じ戦法をとることになったのだった。
ここからでは建造物が邪魔で、地面に立つターゲットは目視することが出来ない。
だが、幸いにも今は狼もドラゴンも頻繁に滞空していた。これなら離れたここからでも両方を狙撃することが可能だった。
少年は右手の掌でギュッと握りこぶしを作ると、二の腕に左手の掌をあてがった。
(くっ……この呪文は消耗が激しい。おそらく一発放てばマナは残りわずか!! それでも、力を出し惜しみにしたらあいつらには勝てないッ!! 流石にこの組み合わせならまず避けられないだろう!! だからッ!! この一撃にッ!! かけるッ!!!!)
少年はゆっくり瞳を閉じつつ、詠唱を始めた。
「猛り狂う雷の獅子よッ!! その怒咆、天を貫ぬきし時、我が雷憧の念に答えよ!!」
パチ……パチパチ……ジーッ……ジリジリ……ビリビリ……
イクセントの右腕には青筋が立つほど力がこもった。そして少しずつ、電撃を帯び始めた。
パチ……パチパチ……ジジジジジ!!!!! ビリビリ……バキッ!!! バチバチバチッ!!!
やがて握った右腕はスパークして白く光る激しい雷撃を纏った。
「このまま……右腕に力をとどめるッ!!!!」
バチバチと音を立てて発光する右腕をギュッと引いて維持したまま。今度は左手で前線を指差した。
「瞬きの刹那、穿ちしは耀明の妖星なりッ!! 出よッ!! 空へと還りたる煌箭!!」
その様子を映し出していた一室は驚嘆の声で満ちた。担当教授は表情こそ変えなかったものの、満足げに頷いた。
「ふむ。同時に複数属性の魔法を詠唱しつつ、それを混ぜる……ミックス・ジュースだな。片方を維持しながらもう片方を発動、そして混ぜるのは難度がかなり高い。ああやって自然とやってのけるところを見るとかなり扱い慣れていると見える。そして、雷と光の融合……回避困難な非常に速い魔法になるだろう」
そうこうしているうちに怪物達を指差した少年の左手の人差し指がキラキラと発光しているのが見えた。
よく見ると小さな光の球がまるで妖精の戯れのように彼の指の周りをクルクルと回っていた。
イクセントは片目を閉じて指先の位置を微調整し始めた。木龍と蒼い狼が空中に居る時を狙い撃ちしようというのだ。
T3Dが地面に突っ込むたびに、狼の幻魔は宙に舞った。
構えてすぐの時はどちらも素早く動いて呪文を当てられそうになかった。
しかし、目に見えてドラゴンのほうが鈍化してきて、両方に当てることの出来る状況になりつつあった。
その一瞬を魔を蓄えた少年は見逃さなかった。
腰を落として電撃走る右腕をパンチするように振りかぶって、相手を捕まえた左手の人差し指に打ち付けた。
「いっけええええええぇぇぇぇッッッ!!!!! シューティアル・フィーラント・トワ・リバーシアッッッ!!!!!」
イクセントの指と拳が接触すると同時にバリバリと音を立てながら光り輝く光弾が弧を描いて一直線に発射された。
バチバチッ!!!! バリバリッッッ!!!!! バババババババババババ!!!!!!!
それこそ、目で追うほどの出来ないほどの速さだった。
放たれた雷を帯びた光は耳が潰れるほどの轟音を立てながら激しくスパークした。
そして強烈な雷撃をばら撒きながら大気を貫いて尾を引いた。
遠距離のモニターからはまるで流れ星が逆行して空に還っていくように見えた。
距離があるのでどのくらいダメージが通ったかわからなかったが、確かに化物二匹に当たった感触があった。
イクセントはマナの大量消費で脂汗をかいて体中をぐっしょり濡らした。
倦怠感で膝に手をつき、眉間にはシワをよせつつ呪文を放った方向を見上げた。
「はぁ……はぁ……やったかッ!?」
「残念だったな。だが、お前ら、よくやったほうだったぜ」
突然に誰かの声が背後から聞こえる。少年は驚きながら振り返ろうとしたが、視線を移す前に体が痛みを伴った激しい痺れに襲われた。
あまりにも激しい痺れに呼吸さえ困難になった。まるで電気を流されているようである。
「くっ……かっ……くくっ………………おま、おま……え…………」
―――――それからどれだけたっただろうか、顔にかかる刺すように冷たいもので少年は目を覚ました。
「おー、やっと起きたか。どうだ体の塩梅は?」
気づくと自分の体は廃墟の地に横たわっており、さきほど倒したはずの狼を見上げる形となっていた。
慌てて体を動かそうとしても体が痺れて動けない。芋虫のように転がる事しかできなかった。
視線を体にやるとパチパチと電撃がまとわりついていた。自分が放った魔法と似ているが、それとは違った質のものであった。
「くっ……ば、馬鹿な……間違いなく魔法は直撃したはず……。なのになぜ!? これは……お前がやったのか……?」
狼はしたり顔で牙を見せてニタリと笑った。
「グククククク……まぁそいつぁ機密事項ってヤツだ。ただ、一つ言うならお前は”禁忌”を犯した。ああなれば手加減は出来んからな。とっととケリをつけさせてもらったまでよ。心当たりがあるなら次からは気をつけるこったな」
そう言いながら狼はそばから何かを口に咥えて引きずってきた。
「こいつもだ。おらよっっと」
ドサッと音を立てて、エルフの少女の躰が横に転がった。いつのまにか人型に戻っている。彼女にも同じような電撃が走っていた。
どうやら気絶しているようだったが、アルルケンはエルフの顔にも水を吹きかけて彼女を叩き起こした。
「う……うう~ん…………!! ぷはぁっ!! こっ……これはっ!?」
目覚めた少女はただただ驚いた。動こうともがくが、やはり痺れて動けないらしい。
「なんだ。元の体に戻って驚いてるような顔だな? 木っ端ドラゴンは核ごと凍らせて息の根を止めた。そのうちコアが体外に排出されんだろ。制御しきれねぇモンを迂闊に使うんじゃねぇよ」
シャルノワーレは屈辱と悔しみの表情を強く浮かべ、白くなるほど唇を噛んだ。
横たわる二人の周りをペタペタと足音を立てて大狼は巡った。
「さて、お楽しみの”極めて文化的な”半殺しの時間だ。その名も”氷海の墓標”……」
歩みを進めながらアルルケンは語りだした。
「俺は見ての通り、戦闘に特化した幻魔だ。故に恨みを買うこともしばしばで、リベンジャーも多い。そいつらの相手をするのはまんざらでもねぇんだが、何しろ数が多いんでな。中途半端な覚悟では再挑戦出来ないようにとっておきの封印呪文をプレゼントしてやってる。お前らもこれを乗り越えてなおまだ闘る気があるってんなら相手してやるよ」
狼は息を大きく吸い込むとゆっくり、白く輝く冷たい息を地面に向けてジワジワと吐き始めた。
「おそらく、こんな本格的なシーリング・スペルは初めてだろう。これはな、名の通り氷海に浮く墓標のようなもんでな。封印を解除しない限りは極寒の海に漂い続けるような感覚が味わえる。外部からの処置は一切無効で、閉じ込められた本人がロックを解かない限りはそのまんまだ。もっとも、どんなヤツでも解除できるようには設定してあるんだがなぁ……」
イクセントとシャルノワーレはその説明を聞きながらガタガタ震えていた。
恐怖というのもあるのだが、足元からゾクゾクと耐え難い寒気が襲ってくるのである。
「いくら最先端の学院の技術でも外から助けてもらうのは不可能だな。お前らが自身の精神力で内側から破るしかねぇ。もう既に味わってるかとは思うが、こんな思いをしてまでリベンジしてくるヤツって大概なもんだぜ? だろ?」
二人はガチガチ震えていて、話しかけに応じる余裕はもはや無かった。
「ま、肉体も封印しといてやるから飢えたりなんだりで体が衰弱することは全くねぇからよ。安心してゆっくり氷海を堪能しつつアンチロックに励めよな」
だいたいのことを伝え終えたアルルケンだったが、ふとアシェリィの今後について考えた。
(……これに勝つと主が班のリーダーはになるわけだが……。こいつら”アク”が強すぎて苦労しそうだな……。しょうがねぇ、釘を指しといてやるか……)
まだ封印は完了していないため、二人の耳には声が届いていた。
「いいか、お前ら。迂闊に俺の主、アーシェリィー・クレメンツに逆らってみろ。アイツは些細な事でブチギレするたびに俺を喚び出すからまた地獄を見るぜ。くれぐれも軽率な言動は控えるんだな。グクククク……次に闘るのを楽しみにしとくぜ。じゃあな!!」
アルルケンはそう言い放つと凍てつく封印の吐息の勢いを一気に強めた。
これには思わず耐えきれなくなって、少年と少女は断末魔の声をあげた。
「や、やめ!! う、うわあああああああああああああああああああああぁぁぁッッッ!!!!」
「きゃあああああああああああああああああああああアアアアアアぁぁっっっ!!!!!」
二人は寒さと恐怖にもがいた姿勢のまま、凍りついたかのように完全に固まってしまった。
表情も苦悶に満ちており、何かのオブジェにしたら様になりそうだった。
結果的に、悲劇を好むサディストのコレクターが喜びそうな仕上がりになってしまった。
そして辺りは静寂につつまれた。
「……ま、契約内容的にはこんなところだろ。俺も帰るとするか」
大狼はそれなりに満足したようで、やれやれと言わんとばかりに後ろ足で顔を何回か掻いた。
そしてモヤのように紫色の気体となって現界から姿を消した。




