暗闇に笑う者、既に人に非ず
アイネ達はトーベの鉱山のある街に到着していた。
この鉱山は珍しい鉱物が採掘されている。
貧しいトーベ国内の数少ない資源としてこの手の鉱山は重宝されている。
その裏には低賃金で危険な場所で働かざるを得ない鉱員達の苦悩があるのだが。
今回は大規模な事故だったが故に国外の新聞などに載った。
しかし、小規模な崩落事故は誰にも注目されないという厳しい事情がある。
スヴェインが先行して鉱山に降りたち、生徒はチーム別に整列した。
「よし各チーム、このポジショニング・ジェムを持ってくれ」
スヴェインは光る小ぶりな宝石をリーダー達に配った。
そして地べたに鉱山の見取り図を広げた。
彼がダウジングペンデュラムを垂らすと鉱山入口付近をペンデュラムの先が差した。
「これで君らの場所がわかる。ジェムに向かってこまめに状況報告をするように頼む。私との直接交信が可能だ。君らの位置を確認しつつ、ふさがっている道や、崩落しそうな地点を回避して下層に進んでいけるように指示を出そう」
教授は改めて編成されたチームを眺めて確認しなが続けた。
「指示に従い、下層への侵入を試みてくれ。では、各隊解散! 健闘を祈る!!」
アイネ達はぽっかりと口を開けた坑道から進入した。
漆黒の闇が広がる鉱山内部へと入って行く。
しばらく歩いていくと国軍2名が警備にあたっていた。
「ご苦労様ッス。この先はどんな感じッスかね?」
アンナベリーが国軍隊員に尋ねた。
「ハッ。この近辺の怪我人などは救出しました。これより深い部分の安全が確保できない為、我々はここで警備を行っている次第であります。学院生の方達が来たら通すよう言われております」
メンバーの3人は向き合ってこの先、警戒するよう目配せした。
「ご苦労様ッス。我々はこの先を行くのでもし坑道が塞がったりするようなら発破して脱出口を確保しておいてほしいッス。あとはお二方も身に危険を感じたら逃げてくださいッス」
国軍2名は敬礼し、アンナベリー達を見送った。
その地点からかなり進んでも一向に坑道が下に降りていく様子はない。
アンナベリーがジェムに話しかける。
「スヴェイン先生、この進入口は一向に下る気配がないッス。今、私等はどんな感じなんッスか?」
すぐにアンナベリーの持っている宝石が光ってスヴェインの声が聞こえてきた。
音声はかなりクリアで距離もあるのにノイズが入らない。
さすが学院の教師の通信技術といったところだろうか。
「もう少し進むとなだらかな下り坂になるはずだ。そのルートはゆるやかな螺旋構造のような道になっている。少し長く感じるかもしれんがそのまま直進してみてくれ」
「了解しましたッス! ……2人とも聞いたッスね?この道は割と長……」
アンナベリーが急にしゃべるのをやめた。
全員が坑道の闇の向こうに何かがうごめくのを確認した。
目を凝らすと人影が近づいてきているように見える。
しかしどこかがおかしい。人影の片手と片足は有り得ない方向に捻じれていた。
そして足を引きずりながらこちらへ近づいてくる。
普通、あんな状態では痛くて歩けないはずだ。
3人は不死者特有の嫌悪感を感じ取って身構えた。
「イダイ……ダズゲ……グハッ、ダズゲ……イタイイダイ、ゲハハハハハ!!」
人影は大声を上げて笑い出した。疑いは確信に変わる。
「リンチェさん!! 頼むッス!!」
彼女は声掛けに応じて素早く矢を構えた。
「ラグバンだ!! クバンだぁぁ!! ニグェ、ニグェオロオロオ……」
不気味に笑いながら叫び声を上げて近づいてくる人影に向けて矢の照準を合わせた。
「安寧の女神たちよ。我が呼びかけに答え、生ける者にも死せる者にもその深い慈愛を与えたまえ!! ブレッシング・アロー!!」
矢が銀色に発光しだした。出来る限り引きつけてから撃とうとリンチェは弓を引いたまま待機した。
「イダイ……アハハカナシィ、ゴフッ。イキルシナナイ……」
やがてその姿がはっきりと見える距離まで声の主が近づいてきた。
やはりゾンビだ。肌の色は紫がかっていて、体のあちこちに大きな傷がある。見
るも無残な犠牲者の成れの果てだ。
その直後、矢はゾンビを貫いて坑道を銀色に照らしながら飛んで行った。
「ヴォヴォアー!! ヴォヴォヴォエアアッ!!」
ゾンビは転げまわって苦しんだが、絶叫の後、動かなくなった。
「これなら多分、再生はしないッスね。リンチェさんバッチリッス!!」
アンナベリーが親指を立ててリンチェを褒めた。褒められた少女は照れくさそうに笑った。
3人はゾンビだったモノの脇を通り抜ける。更に坑道の奥に行んでいった。
その場の全員が不死者との戦闘経験が多い。
そのため、多少のことでは取り乱したりはしない。
それでも不気味だったり気持ち悪いという嫌悪感は抑えられない。
それに彼らの放つ言葉には生きていた時のそれが強く現れていて、アイネ達はやるせなさを感じていた。
やがて、トロッコのレールの始点を見つけた。レールは坑道沿いに続いている。
「こっち側にトロッコが無いってことは下層に残ってるかもしれないッスね。欲を言えばここから一気に下れればよかったんッスが……」
引き続き坑道を進むが、未だに平坦な道が続いている。
レールをまたぐようにしながら進んでいくとまた何か音がする。
ギィギィという金属同士の擦れるような鈍い音だ。
アンナベリーはしゃがんでレールに触れて、すぐに振り返り叫んだ。
「2人共!! なぜかトロッコが迫ってくるッス!! 早く壁に張りつくッス!!」
その様子を見るに、状況は切迫していた。
アイネとリンチェは互いを見合ってアイコンタクトを取った。
素早くレールの軌道上から飛び退いて坑道の岩壁に張り付いた。
一方のアンナベリーは素早く幅の広い大剣を抜いた。
その刃をトロッコの進路を塞ぐように向けつつ、自分も壁に張りついた。
3人が壁に張りついてすぐにゴォーっと音を立て、トロッコがやってきた。
遠目に人影が見え、4人ほど乗っているように見えた。
チーム全員が先ほどと同じ嫌悪感を感じ取った。
乗員が何やら叫び喚きながら高速で突っ込んでくる。
「ヒヒヒ……トロッコ、トロッグォ!! クルシイ、イタイイタイハヤイ!!」
「ヴァアアアアアーーーーーーッッ!!」
「ハラ、ヘル。クウニクタスゲ。ハ、ハヤ、ニゲニゲール、ダダズゲテ!!」
案の定、ゾンビしか乗っていないようだった。
「連中をこっから先を通すわけにはいかないッス!!」
アンナベリーは思いっきり大剣を振りかぶった。
トロッコが目の前を横切る瞬間、フルスイングで大剣の刃をゾンビ達に直撃させる。
強烈な大剣の一太刀でゾンビ達は体がスッパりと上半身と下半身で真っ二つに分断された。
下半身を乗せたトロッコはアイネ達が来た方に向けて走って行き闇に消えた。
ゾンビ達は上半身だけになっても、なおもがき呻いていた。
「我が信ずるはルーンティアの導き。故に我が乞うもまたルーンティアの導、我、不浄なる流れを断つ導きを欲す者也。今この時、我に道を示したまえ!! ソード・ベネディクション!!」
上級生が呪文を詠唱すると大剣が淡く黄金色に輝き始めた。
その大剣で手際よく地面を転げまわっているゾンビにトドメをさしていく。
斬られたり、突かれたりしたゾンビはドロドロと溶けて土に還っていった。
彼女の身体はとても小さいのに、重そうな大剣をまるで短剣でも扱うかのように軽々と振り回す。
ゾンビを葬ったのもあっという間の出来事だった。
「トロッコが走っていったッスが、下半身だけでは何も出来ないので無視していいと思うッス。そのうち活動を停止するはずッスから。それにしても下の階層からゾンビが上がってきたという事は、この近辺には生存者がいないとみていいかもしれないッスね。いよいよ先生が言っていた危険地帯に入るッス。2人共、用心するッス」
するとまた暗い坑道の奥から音がする。カラカラという乾いた何かが転がるような音だ。
音は足元からしていて、徐々に近づいてくる。
やがて音が止まり、地中から骸骨のモンスターであるスケルトンが現れた。
骨と骨の擦れる音を立てながら這い出してきた。乾いた音の正体はこの骨の音だったらしい。
すかさずリンチェが弓を引き絞ってスケルトンめがけて放つ。
この近距離なら一発で仕留められるとリルチェは思っていた。
しかし、スケルトンは持っていた骨の盾で飛んできた弓を弾き飛ばした。
スケルトンの片腕には骨の剣が握られている。
弓使いは反射的に後退して、アンデッドと距離を取った。
その直後、暗闇からキラリと何かが光ったように見えた。
抜刀していたアンナベリーがすぐに大剣の刃を上に向けて構えた。
大剣を盾にして、相手側からの矢での攻撃からリルチェを守った。
「2体くらいスケルトン・スナイパーがいるッス!! 反撃できそうッスか!?」
アンナベリーが走りながら向かってくるスケルトンに備えながら聞いた。
「相手の弓の軌道を逆探知して打ち返します!! 出来る限り相手の弓攻撃から守ってもらうようお願いします!!」
リンチェは弓を引いたまま目をつむり、相手の位置を探り出した。
アイネはその場に立ちつくし、何もできずに己の未熟さを悔やむしかなかった。
「チンッ」っと複数回、大剣が矢を弾く音がする。
スケルトンはアンナベリーに迫っていた。
アンナベリーは大剣を弧を描くようにして振りかぶり、難なく接近するスケルトンを撃破した。
リルチェも弓を引き放つ。闇の奥で姿は見えないが、手ごたえがあった。
一方、全力の一撃を食らったスケルトンはつぶやいた。
「ナゼ……はやく、たすケて、れなかッタのか……」
すぐに内側からはじけるようにしてスケルトンは粉々になった。
それを確認してアンナベリーは大剣を翻して残り1体のスナイパーからの狙撃を防ぐ。
「2体目捉えました!! 行けます!!」
リンチェの弓から解き放たれた矢は輝きながら闇の中に消えていった。
今度も確かな手ごたえがあった。かなり正確な射撃である。
「ふぅ……アンナベリーさんありがとうございます。貴女が守って下さらねば危ない所でした」
アンナベリーは照れくさそうにした。
同時にバツが悪そうにしているアイネを気遣って声をかけた。
「まぁ、コレが仕事ッスからね。あと、アイネちゃん、さっきから無口だけど戦闘に参加できていないからって、そんなに気にすることは無いッスよ。むしろいざと言うときに一人くらいはマナを満タンに保ってる人がいた方がいいくらいッスからね。負傷者の治療もしてもらわなきゃならないッスし」
アイネはそれを聞いて、自分が何をやるべきか考えていた。
上級生にフォローされたものの、自分が役に立てない事の歯がゆさを強く感じていた。
彼女はバックパックからポジショニング・ジェムを取り出した。
「あ~、こちらアンナベリー班。この近辺でアンデッド数体と交戦。全員無傷ッス。他のチ-ムはどうッスか?」
すぐに宝石からスヴェインの状況報告が聞こえてきた。
「どのチームもそれなりの深さにまで到達しつつある。それと、全チームでアンデッドとの交戦報告が上がっている。国軍の判断は妥当だったというところか。この調子で行くと君らのチームは他の2チームと合流するルートになり、最深部に到達することになる。それ以外のチームは中層の探索・救助に回ってもらっている。というわけで君らは更に深部に向かってくれ」
「了解ッス!!」
先輩はジェムをしまって歩き出した。
ようやく坑道がゆるやかに下り始めた。
アンナベリーとリルチェは好調子を維持したまま不死者たちをと蹴散らしながら下って行った。
大分、坑道をを下った頃に道の途中で横穴を二つほど見つけた。
これが他のチームが合流するはずの道なのかもしれない。
活動を停止したゾンビが何体も転がっており、アンデッドとの交戦の跡が生々しく残っている。
「もう他の2チームは最下層に着いたみたいッスね。私らも急ぐッスよ」
アンデッドが全滅しているのを見てアンナベリー達は足を速め坑道を更に下って行った。




