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楽土創世のグリモア  作者: しらたぬき
Chapter4:奇想天外!! 摩訶不思議!! 魔術学院ライフStart!!
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激冷激熱闘争スパイス

ブリザードを受けたシャルノワーレは転がり出る時に弓を手放してしまっていた。


だが、彼女が既に放った矢の先に付いていた種は狙い通り、アルルケンの吐いた冷気に反応して発芽した。


そして一気に花の種は成長し、開花してはじけ飛んだ。


同時にモニター室の補佐が分析結果を伝える。


「あれは……!! シモヨビバクサンカです!! 寒冷期の入りに咲く花で、開花後は花自体がはじけ飛びます。大きな塊は散弾のように外傷を与え、細かい粒子は内部から侵入して毒があります。そしてターゲットを苗床にするという恐ろしい植物です。S級危険植物に指定され、かつては兵器として利用されたこともありました。しかし、かなり前にその危険性故に根絶されたはず……」


薄暗い部屋はにわかにざわめいたが、その様子を見ていたナッガンはどっしりと構えたままさして驚くでもなく一言を発した。


「エルフの園だ。何が現存していてもおかしくはない」


同室で戦いの様子を確認していた女性は彼のこの態度に驚いた。さっきから周りは何度も度肝を抜かれているのに、ナッガンは全く動じていない。


まるでこの程度の応酬は当然といった感じの反応である。彼自身が相当な修羅場をくぐってきていることがこのことから推察できた。


すぐさまその場の全員がモニターに視線を移した。


弾ける様子が一瞬だけ見えて間違いなく凶悪な花は破裂し、土煙が起こった。


そこから更に熱気と衝撃を帯びつつ、破裂が連鎖して大爆発が起こるはずだった。


だが、爆発に伴う爆風や熱が一切感じられない。


おかしいと思い、シャルノワーレが思わず首を傾げた直後、土煙を吹き飛ばすように天高く水柱が上がった。


今度はしとしととした雨のようにあたりに水滴が降り注いだ。


「熱ッ!!」


思わずエルフの少女は耳をピクッっと震わせてガッツポーズしていた腕を引っ込めた。どうやらこれは熱湯のようだ。


水滴で土煙がおさまると相手の姿が徐々に露わになってきた。


美しい蒼色の毛並みの狼の周辺にいくつかの吹き出す水流が発生していたのだ。


炸裂したかと思われた爆発だったが、大狼は全くの無傷でピンピンしていた。


そして体についた水滴を払うように身体をよじってブルブルと毛の水分を切った。


「ソアキング・フラム・ガイザー……炎、爆発、熱なんかを無効化して吸収する水柱だ。間欠泉をヒントにしている。こいつぁ便利でな。危険性のある爆発が俺の目に入ると不発に終わるように出来ている。マスターを守る為の能力だな。まぁ街ごと吹っ飛ばすレベルのは防ぎきれんが……と、まぁこうやって自分の能力をペラペラと口に出すとどっかのオマヌケエルフさんみてぇだな……グクグククク……」


狼の幻魔は喉を鳴らして唸るように嘲笑った。当然、この煽りにシャルノワーレは激昂した。


「ぐううッッッ!!!!」


うつ伏せのまま怒りを隠さず、思いっきり両腕を振りかぶって地面を殴りつけた。


それを見下ろす幻魔はまたもや呆れたように忠告した。


「あのな、お前、さっき俺の言ってたこと聞いてたか? こういう殺傷能力の高いモンは人里で無闇矢鱈に使うんじゃねーつってんだよ。死人が出るだろうが。ま、俺にとっちゃ痛くも痒くもねーんだがな……」


やれやれと言った様子で彼は後ろ足で顔を無造作に掻いた。その言葉は上の空である少女に全く届いていなかった。


シャルノワーレは今までの人生においてここまで他者に追い詰められ、コケにされることが無かった。故に頭の中は既に真っ白だった。


外したことのない弓技をホウキで避けられ、カブトムシザリガニには顔を思いっきりブン殴られ、キレたチビにあやうく蒸発させられかけた。


そして終いには犬っコロ風情に冷気で下半身をやられてしまった。


強烈な屈辱と劣等感が感情をひっくり返すほど彼女をかき乱した。だがその感情とは裏腹に着実に体は凍りつき始めていた。


もう氷の主は冷気を吐いていなかったが、植物に近い体の構造をしている彼女にとってさきほどの吹雪は致命傷だったのだ。


「あ……ぐ…………」


みぞおちあたりまで機能が停止したその時だった、不意につまさきの自由が効くようになった。


顔を歪めながら足の方を確認すると真っ黒で小さな葉が無数に生えたツルが彼女の右足の裏に巻き付いてた。


「ひっっ!!!!」


まるで体の中に浸食されているような感覚に驚き足を振り抜こうとしたが半身は動かない。


為す術もなく、呆然としてクネクネと動くツルを見ていると今度は右足のくるぶしまでが動くようになった。


この段階になってこの黒い不思議な植物は自分を助けてくれていることに彼女は気づいた。


見た目は不気味ながらも優しい心が伝わって来て、エルフの少女は思わずホッと一息ついて瞳を閉じた。


すぐに目を開けるとうつ伏せに倒れたままアルルケンを睨みあげながら、一体誰が助けてくれているのだろうと彼女は辺りを見回した。


もしかしてまだ見ぬもう一人かもしれない。


だが、手を貸しているのは意外な人物だった。狼の斜め後ろの死角でふっとばされたはずのイクセントが腕をこちらに向けていた。


少年は全ての指をピンと伸ばし、その指先でゆるやかにくるくると渦巻状の軌道を描き、呪文を発動している様子が見えた。


かなりのマナを消費しているからか、どこからどう見ても疲労困憊といった様子だ。


助けられている相手が誰だかわかると彼女の態度は豹変した。


「くっ……余計なマネをっ……!!」


その様子を別室で見ていた女性は不思議そうに黒いツルを指差した。


「あれはなんです?」


その問いに教授補佐達は戸惑っているようだった。ある一人がそれに関して口を開いた。


「えっと、あれは……ガーデニング用のグリモア、デフロスター・フィキシングですね。霜にやられた植物などに使うものなのですが……戦闘に転用というのは聞いたことがありません。というかよくそんな使いみちを思いつくものです。庭園に関する深い教養と優れたバトルセンスが無いとこんなのは成り立たちません……」


そうこうしているうちに着実とエルフの少女の体の機能は戻りつつあった。


あのイクセントに助けられるのは不愉快極まりないが、このペースなら数分で不随状態から回復できそうだった。


だが、まだ戦いは終わっていない。目の前の怪物がいつ仕掛けてこないとも限らない。もう一度ブリザードを喰らったら今度こそおしまいである。


シャルノワーレとイクセントの懸念をよそにアルルケンは周囲に吹き出す間欠泉を眺めながら得意気に語った。


「さっきの爆発で熱エネルギーをいただいた。俺単体では熱を生み出すにはなかなかパワーが要るんだが、今回は有り難いことにお前さんがくれたからな。冷気だけじゃなくてアツいコースも用意してあるぜ。グククク……グクク……」


またもや大狼は喉を鳴らして笑った。油断しているのか、甘く見られているのか、積極的に潰しにはこないようだった。


一方のアルルケンは戦いの場を噛みしめるように味わっていた。


(いつまでもばれた事を気にしていても仕方ねぇからな。マスターには悪いが、楽しませてもらうぜ。ハッキリ言って相手にとって不足はあるが、そう捨てたもんでもねぇな。まだ二人とも荒削りもいいところだが、宝石なのは違いねぇ。手加減すりゃ暇つぶしくらいにゃなるだろ……)


実のところ、さきほど尻尾でイクセントを殴りつけた時、彼は容易に一発で相手をKO出来ていた。


シャルノワーレに関しても同様でブリザードであっという間にカチコチに凍らせることも可能だった。


だが彼は持ち前の闘争心から見てみたくなったのである。有望な二人の今現在の”全力”を。


(ガキんちょのほうは……気づかれてねぇつもりなんだろうが、位置がまるわかりだな。マナの出力自体が高いから身を隠すのはさほど得意でないみてぇだ。しかもこの息遣い……かなり消耗している。もっともあんなのぶっ放せば無理もないが。今はマナの枯渇をかばかばい活動してるってところか。体力は残っているが大技を撃つのは厳しいと見た。さて、エルフの娘を治したらどう仕掛けてくる……?)


アルルケンは耳をパタパタはためかせて視界外の気配をハッキリと捉えていた。何か動きがあればすぐに反応できるようにと構えた。


そのまま目線を落としてやや前方の地面に張り付くように伏せるトンガリ耳の少女を観察した。


(あの調子だと元通りに動けるようになるまであと3分弱くらいか。吹雪いた時に弓を落としてきているな。一見丸腰ではあるが、何か武器を隠し持っている可能性もある。それに、まだ種を持ってるからシード・アウェイカーを発動してくるかもな。こちらも言うほど体へのダメージは受けていない。だが、どちらも俺を潰せる決定打を見つけない限りはこのまま終わりだな)


まだシャルノワーレが立ち直るまで時間がかかると踏んだアルルケンは余裕ぶってわざとらしく宣言し始めた。


「お前ら二人揃って”半殺し”にするって言ったよな? 残念だがこの発言は撤回しないぜ。ただ、俺は野蛮な獣じゃないんでな。食いちぎったり、引き裂いたりはしねぇよ。”極めて文化的”な方法で地獄の入り口を見せてやる。お前らが勝てば話は別だがな。まぁ万が一にもそりゃありえねぇがな。グククク……」


彼はあえて憎まれ役を買うように言葉を選んだ。そのほうが向こうとしてもやりやすいと思ったからだ。


(この感覚。久しぶりだぜ。やっぱ戦いの緊迫感ってのはこうでなくっちゃな……)


普段は至って心優しい狼だったが、勝負となればいつも相手が慄くほどの鬼気を見せた。


彼にとって闘争はまたとない極上のスパイスである事は間違いなかった。

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