少年とエルフと狼と
憤って今にも戦いを始めそうだった青灰色の狼だが、少しクールダウンしたようで、臨戦態勢を一時的に解いて語り始めた。
「二人揃って半殺しだの、ガキの喧嘩は両成敗と物騒な事を言ってはみたが……調子が狂うぜ。実のところ、別に俺はこのまま帰ってもかまわねぇと言えばかまわねぇ。だがな、こちとらそれなりに”お代”をもらって来てるもんでな。何もせず帰るってのはスジが通らねぇのよ。それに、もう長いこと暴れてなかったからな。たまには気分転換でお前らを蹴散らしてから帰るってのも悪くねぇってことで結論とするぜ……」
そうぼやきながら彼は右、左と視線を移して挟むように位置する少年とエルフの少女の出方を窺った。
二人とも、この狼の幻魔のただならぬ雰囲気を感じ取って迂闊には突っ込んでこないと言った感じだ。
「そうだな、せっかくだし説教でもしておくか。まずはそこのエルフのガキンちょ……」
呼びかけられた本人はハッというような顔をして身構えた。
「さっきも言ったが盗みはよくねぇよなぁ? その調子じゃ少なからず人間を狩った事もありそうだ。ここは人間が多いコミュニティだ。お前の行為は無法者以外の何者でもない。人間だからと舐め腐ってちょっかいを出すのはやめるこったな。ここじゃ反撃で思わぬ痛手を負うかもわからんしな」
「フンッ!!」
シャルノワーレは腕を組んで気に食わないと言った様子でそっぽを向いた。その仕草を見ながら大狼は続けた。
「それに、ノーブル・ハイ・エルフなんて威張っているが、本来ならエルフはカホの大樹を守護してるはずだ。ましてや高貴な身分となれば不自由なく大樹の加護を受けて一生をそこで終えるはずだ。こんなところをうろついているということは絶縁、または家出娘ってところか。身分の高さをアピールするのは見苦しいからやめとけ」
アルルケンの指摘を聞くと高貴なエルフの少女は顔を真っ赤にしてじたんだを踏んだ。
どちらの理由かはわからなかったが、少なくともどちらかが図星なのが誰が見てもまるわかりだった。
「おっと、そっちの男……。まぁいい。男のガキンちょにも非はある」
今度は狼はイクセントへと目線を移した。その気配を感じ取った彼はすぐにその発言に割って入った。
「ま、待ってくれ!! お前……いや、あなたには大事なペンダントを取り戻してもらった。僕はあなたと戦う理由がないし、戦いたくもない。どうかその爪をおさめてくれないだろうか……?」
彼は不安げな表情でそう訴えたが、アルルケンは不満そうにブルンと獣の鼻を鳴らした。
「いや、こっちには戦う理由があるね。例えどんなケースであれ、相手を殺めるレベルの呪文を放つのはどうかと思うぜ。一応このライネンテは法治国家だからな。一部の無法地帯を除けば殺人は何かしらの罪に問われるし、お咎めを喰らうんだぜ。あんたがどちらさんからは知らねぇが、当たり前のようにそんなのをぶっ放すやつは放っておけねぇな」
鋭く、冷たい視線がイクセントに刺さった。何も言い返すことが出来ず、彼は黙り込んでしまった。
「郷にいればなんちゃらってやつだ。俺自体にはそういう連中を裁く権利や権力はねぇんだが、どちらかといえば秩序を守る身だ。見過ごすことも出来ん。そこんところを理解してもらうために、きつーいお灸を据えさせてもらおうってわけだ。お灸? いや、焼き印かもな……」
そう言うやいなや、アルルケンはぐっっと姿勢を低くして毛をほのかに逆立てた。間もなく不穏な空気があたりに漂った。
またもや右、左と大狼は頭を左右に振って視界に二人を捉えた。
やむなし言った様子で丸腰で構える少年と、やってやると言わんばかりに弓を取り出すエルフの少女に目をやった。
「一言アドバイスしてやるよ。二人ともそれなりにやり手なのは認めるぜ。だが、一人ずつ俺に当たってきても余裕で返り討ちに出来る。もし、お前らが二人でタッグを組んでくれば多少はマシな戦いが出来るかもしれねぇ。ま、今までの経緯からするとそりゃどだい無理な話だがな……」
次の瞬間、左右の二人は揃って高くジャンプした。
「ほぉ~、まぁこれくらいは難なくかわしてくるか。そうこなくっちゃな……」
長いこと語りを入れるふりをしつつ、アルルケンは凍てつく冷気を地面に向けて垂れ流していたのだ。
周囲の地表周辺が一面に空気ごと凍りついて美しく青く輝いていた。もしジャンプでこれをかわさなければ下半身が凍りついていた事だろう。
「飛んだ判断は正しい。が、空中じゃ無防備だよなっ!? ガァッ!! ガアッ!!」
狼は左、右と首を振ってそれぞれの方向に握りこぶし程度の氷のつぶてを吐き出した。
イクセントは飛んできたつぶてをひきつけた後、拳を紅く光らせてつぶてめがけて振り払い、それを蒸発させた。
「くそっ……戦うしかないのか!!」
一方のシャルノワーレは目にも留まらぬスピードで矢を発射し、つぶての起動を変えて直撃を回避した。
それだけではおさらまらず、彼女は空中でそのまま立て続けに青灰色の狼を狙って弓を連射した。
「ウルフハントですわーーーーーーッッッ!!!!!」
音も立てないほど速く、矢はアルルケンを襲ったが、彼はその身の大きさに似合わぬ俊敏な動きで弓の射手に尻を向けた。
そして彼女を小馬鹿にするようにに全ての矢をふさふさとした尻尾でビシバシと弾きとばした。
「ムッキーーーーーーーーー!!!!!」
エルフの少女は矢の直撃を確信しただけあって、この反応に激しく苛立った。
「お前は、戦いに、集中しろってんだよ!! ヒュッッッ!!!!」
アルルケンはそう言いつつ、向いている頭の先で着地したイクセントめがけて水のレーザーを発射した。
発射口が大きければそれはただの水鉄砲だが、細く小さく絞られた口から出る水流はもはや切断レーザーと化していた。
普通なら反射速度に体がついてこないはずだが、少年はこの水圧レーザーをステップで見事に回避した。
直後、彼の後ろの廃墟に切断痕が走り、ミシミシと音を立てて建物がきしみ、激しい砂埃を上げた。
「大した回避魔法だ。うまい具合に隠蔽工作もしてある。これは文句無しで褒めたいところ……だがなッ!!!!!」
イクセントが次の攻撃に備えると大きな狼は正面から突っ込んできた。右爪で引っ掻いてくるつもりらしい。
少年は集中すると感覚に任せてサイドステップを踏んだ。右手に力を込めて、すれ違いざまに一撃を打ち込むつもりでいた。
「ほれ来た。ステップの最中は方向転換出来ないの、バレてるぜ!!」
アルルケンは少年が仕掛ける前に思いっきり相手のみずおちに強烈なブローを決めた。
尻尾に手応えを感じるとそのまま駆け抜けていった。
「ぐっ、かはあっ!!」
魔法の弱点が見抜かれたのか、いつものようにこれを回避できなかった少年は後方の塀に突っ込んだ。
勢いのあまり、塀をぶち割って、砂煙を上げながら吹っ飛んでいった。
「フン。魔法の性能に頼りっきりだな。慢心もいいとこだぜ。だから想定外の一撃が大きく響く」
背後に殺気を感じた大狼はすばやく、くるりと振り返った。矢が数発、連続で飛んでくる。
「こいつぁただの矢じゃねぇな? 種が付いてるのだとしたら……凍らすっ!!」
狼は口をパカっと開くと広範囲に吹雪くブリザードを吐き出した。矢を迎撃すると同時にあぶり出すように吹き出してシャルノワーレに隠れる隙を与えないようにした。
「くっ、ううっ!!」
半身を引きずったエルフの少女が廃墟の影から転がり出て来た。遮蔽物を無視して空間を襲う吹雪が上手い具合に直撃したようだった。
「まぁ植物だから氷に弱いのは当たり前だわな。火といい、氷といい、難儀なもんだぜ」
大狼が追撃をかけようとしたそのときだった。地面に散らばった矢の先端が光って、突如爆発を起こした。
「オーッホッホッホ!!!! シモヨビバクサンカですの!! 寒気に反応して大爆発を伴い発芽しますのよ!! さぁ、受けてみなさい!!!!!」
半身が冷凍焼けして動かなくなったシャルノワーレだったが、これには勝利間違い無しと踏んで右手をぐっと握った。




