空駆けるボクのバディ
学院のとある薄暗い一室でナッガンを始めとした数人の教師たちがモニターに映る5班の面々たちを観察していた。
担当教授は回ってきたファイリングされたリストに目を通した。
「ふむ……いつ見てもこの班のメンバーの力は頭一つ抜けているな。しかし、いくら個々の実力があったとしても、チームワークのあるチームにはかなわん。本来ならば相性も考慮すべきなのだが、他の生徒と組ませるとどうしてもパワーバランスが保てなくてな。結果、アクが強い者が多くなってしまった、ほら、見てみるといい」
そう言いながら彼は分厚いファイルの該当の部分だけを開いて隣に立っている女性に手渡した。
「……どれどれ……こっ、これは!! 見ただけで明らかにすごい子が数人混ざってるんですが……。これはお互いにぶつかりあう事間違いなしですね。でも、ほんとに私がセミメンターでいいんですか? もっと適した人がいるんじゃないかと思うんですが……」
ファイルを眺めている女性の横顔は困惑に満ちていた。自分にこの班は不釣り合いといった様子だ。オールバックの教師はグレーの前髪をかきあげながらそれに対する答えを返した。
「この経歴のメンバーでは自信をなくすのも無理はないが、お前はメンターの才能としては光るものがある。もっと自信を持て。お前ならこいつらの力をうまく引き出せるはずだ。さて、始めるぞ……」
空間の歪みに飲まれたあと、あっという間に5班の面々の居場所は転移していた。
アシェリィは焦ってキョロキョロと当たりを見渡した。どうやら廃墟のようだ。
建物はみな朽ちていて、ネズミ一匹見当たらない。不気味な空間だった。
なんの鉱石で出来ているのかわからないが、石や岩を中心とした背の高い建築物が並んでいる。
遠くには高い塀が見えているので城塞都市といったところだろうか。
あたりの様子をうかがっていると、どこからともなくナッガンの声が聞こえてきた。
「さきほども話したとおりだ。これより、新入生の班ごとによるバトルロイヤルを行う。KO制でギブアップは一切認めない。最後に戦闘可能状態で残ったものを勝者とする。手加減や戦闘を避けようとすればするほど逆に痛い目を見ることになる。覚悟を決めろ。それでは開始だ!!」
掛け声と共にサイレンが城塞都市、いや、城塞都市を再現した空間に鳴り響いた。
少し唖然としていたアシェリィだったが、すぐにこれから後の事をあれこれ考え始めた。
「えっと、えっと……。師匠は言ってたっけ。召喚術師は色々出来るから自分から仕掛けていきがちだけど、決して打たれ強くはないから漁夫の利をねらえって……。この戦いでは不用意にマナボードを使うのは得策じゃない。よしっ!!」
彼女はあとで回収するつもりでひとまずマナボードをブロック塀に立てかけた。
そしてすぐにその塀の内側に隠れるとサモナーズ・ブックを開いて手をかざし召喚の準備をした。
「グレイ・グレイズ・スキン・シュラウド!!! サモン・コロロッカ!!!」
するとポロポロと無数の小石が本からこぼれ落ちた。リーネの覚醒に呼応してついでに発現した石属性の幻魔だ。
こぼれ落ちた小石はぴょんぴょんとはねてアシェリィの体にペタペタくっつき始めた。
石が勢い良く顔に飛んできたので思わず少女は目をつむったが、少しして目を開けると小石達は居なくなっていた。
既に覚醒時に効果はわかっていた。この幻魔は体に張り付いて石畳のタイルのよう自分の体を周囲に溶け込ませるのだ。
手を見ても、服を見ても、靴を見てもほぼ地面と同化していた。魚や爬虫類のウロコのような形状で小石が体に張り付いていたのだ。
それを確認するとアシェリィはほふくの姿勢で潜伏した。
(少しだけれど石属性もまとっているから動かなければ鋭い人じゃなければ限りは気づかれない……はず。しばらくはここで様子を見……!!!!!)
石畳にカメレオンのように擬態した彼女だったが、隠れた直後に誰かやってきた。壁の影だったので誰が来たのかはわからない。
「だだっ、だれかっ。だだっ……だっ、だれか、そそそそこにいるんでしょ!?」
この声はたしかホウキの少年、フォリオだったはずだ。確実にこちらに気がついている。思いの外、察知されるのが早かった。
(くっ、学院生相手じゃこれくらいじゃ子供だましって事? ならばっ!!)
アシェリィは寝そべりながら石版のようになったサモナーズ・ブックに再び手をかざした。
「だだだっ、だだだれかっ、だれか……うううう、うわああぁ!!!」
飛んできた美しいターコイズブルーの鳥が少年の頭上から襲いかかった。空中からツメてひっかきまわしたり、つついたりしている。
「いいいいたっ!!! いい、いたっ!!!!! いいいいい、いたたた!!!!」
ほぼ無抵抗の少年に襲撃をしかけるのは気が引けたが、どのみち戦闘を避けるという選択肢はないのだ。
アシェリィは心を鬼にしてヒスピスをけしかけた。だが、すぐに状況が動いた。フォリオがホウキにまたがったのだ。
次の瞬間、彼はものすごいスピードで宙に浮かんで逃げ出した。追撃をかけようとしたが、鳥の幻魔はそれに全く追いつくことができなかった。
決してヒスピスは遅くはない。あまりの高速飛行にアシェリィは開いた口が塞がらなかった。
逃げ出したフォリオ少年は涙の水滴を流しながらホウキで飛行していた。袖で涙を拭うと頭にかけた特製のごっついゴーグルを下ろした。
少し距離を離したのを確認すると、逃げ惑う乗り手は廃墟の街中に着陸した。
彼の実力からすると長時間のホバリングも可能だったが、いざという時にトップスピードが出せるよう、こまめにホウキを降りて休憩を挟んでいた。
「ぼぼっ、ぼくはた、たた、たたかいなんて、まま、まっぴらごめんだよ。ぼぼっ、ぼくはふふっ、フライト・クラブにさえ入れればそそっ、そっ、それだけでいいんだ……」
ホウキを肩にかけて壁に寄りかかっているとどこからか殺気を感じた。彼はマナの気配や殺気などに人一倍敏感だった。
才能や資質というよりは臆病な性格ゆえと言うのが正しいだろう。すぐにホウキを素早く握って宙に浮かび上がった。
飛行するのに必ずしもまたがる必要はなく、握るだけでも浮遊、飛行は可能である。その際に必要な腕力などはホウキ側がカバーしてくれていた。
ビィィィンッッッ!!!!
矢のしなる音と共に自分が座っていた場所に矢が突き刺さっていた。誰かが自分を狙っているのがわかった。
思わず冷や汗が出てきた。ホウキの力をかりて鉄棒の大回転のような挙動をとってフォリオはアクロバティックにまたがり直した。
それを遠くから見ていたのはシャルノワーレだった。彼女は城塞をうまく利用して高台から他のメンバーを狙撃していた。
だが、今のところ狙った誰にも当たらず、イライラが募っていた。
あらっぽく長く美しい水色の髪をかき上げてたなびかせる。服装はほとんど学院の制服を無視した独特なエルフの装束だった。
機能性を高めた鎧とローブを混ぜたような上半身、下には長めでおしとやかな雰囲気のスカートを履いていた。
装備の装飾やアクセアリーは手が込んでいて華美であったが、さすがに弓での狙撃を想定してか色合いは地味だった。
それでもひと目で位や地位が高いのが見て取れる意匠だ。
地味な色合いで城塞の凹凸の塀の壁に隠れつつ、次のターゲットに狙いを定めた。
「んもうッ!!! どなたもこざかしいですわね!! 私の弓が当たらないなんてそんな馬鹿な事はなくってよ!!! でも、これならどうかしら!? いきますわ!!!! 箒星ッ!!(ほうきぼし)」
エルフの少女は耳をピンと立てて思いっきり弓を引き絞った。狙いをフォリオに定めると矢を解き放った。
矢の速度は凄まじい速さで、これならホウキ乗りといい勝負といったところだ。
当然、当たってたまるものかとフォリオも回避を試みて速度を上げた。だが、なんだか様子がおかしい。
矢がどこまでもピッタリと自分のあとを着いてくるのである。
「ややや、やめてよっ!!!! つつつつ、ついてこないで!! こここ、こないでよォ!!!!」
彼は完全に追い立てられるような形になった。このままではいずれ追いつかれてしまうだろう。
「ふふん。箒星は尾を引く追尾型ですのよ。ちょっとマナの消耗は多めですが、でもそれから逃げ切れた者はいませんでしてよ。暴れドレイクでさえ仕留める一撃必中の弓術なのですわ!!!」
彼女は勝利を確信し、勝ち誇ったように胸を張ってにやけながら逃げ惑う少年を眺めていた。
「ななな、なんとか、なななんとかして矢を振り切らないと!!! い、いくよコルトルネーッ!!! ぼぼっ、ぼくにチカラをっっっ!!!」
フォリオは強く念じてホウキの柄を思いっきり引き上げた。するとコルトルネーは垂直に上昇を始めた。
ぐんぐんと天高く登っていく。矢もそれを追ってどんどん高度が上がっていった。
「そんな!! あんなに急に上昇したら気圧の影響を受けるはずでしてよ!! それになぜ振り落とされないの!? あれがあのおチビさんの能力だというの!?」
彼らが豆粒ほどの大きさになった頃、一気にフォリオは急降下を始めた。その急激な軌道変更に箒星はついていけず、ターゲットを見失って上空へ消えた。
ヒュイイイイイーーーーーーンンン!!!!
矢の風切音が空間中にこだました。これによって他の場所にいるメンバーはどこかで誰かが交戦しているのだなと気付かされた。
「ムッキーーーーーッ!!!!! こんなことって、こんなことってありえませんわ!!!! わたくしの箒星が振り切られるなんてッ!!!! もう頭に来ましたわ!!! 次の獲物を探しに参ります!!!」
お嬢様らしからぬじたんだを踏み、シャルノワーレは苛立ちを爆発させつつ城塞から移動し始めた。




