ファースト・コンタクト
ナッガン教師の指示を受けて、分けられた班ごとにこれからエレメンタリィ(初等科)の4年を共に過ごすことになる面々にそれぞれが向き合った。
まずは廊下側の1班からだ。班員同士だけでなく、ナッガンも興味深そうに各々の能力に耳を傾けている。
能力の紹介が終わると教師と5人の生徒たちは教室の外へ出ていった。そしてしばらくするとガタイの良い教師だけが教室に戻ってくる。
これが4班ほど繰り返された。一体他の生徒達はどこへいったのだろうかと5班のアシェリィ達は首をかしげた。
結局、5班の番がやってくるまで一時間近くかかった。その頃には教室には5班のメンバー5人と教師1人の6人だけになっていた。
さすがにこの教室に6人だけとは、教室が広く感じられた。
「ふむ。最後は5班だな。座席の先頭の方から自己紹介をしていってもらう。そうだな……。まずは2先頭ののフォリオ。お前の能力を聞かせてもらおうか」
名前を呼ばれると眉をハの字にしてこわばった表情をした少年が一歩前に出た。心なしか微かに震えているように感じる。
まるで弱々しい小動物のようだ。身長もかなり低く、アシェリィが顔を見るのに下を向くくらいだ。身長140cm台だろう。
その手には古ぼけたホウキが握られていた。年季物などというレベルではない。もはやその見てくれは骨董品だった。
「ぼ、ぼぼぼっ、ボクはフォリオ。フォリオ・フォリオ。13歳。こここ、ここ今年で14になるんだ。リりりり、ジャントブイルのフライト・クラブにはいりたくて、ここここを受験したんだ。みみみみっ、みんなホウキの事をバカにするけど、ここここっ……これは……これはお婆ちゃんのひいお婆ちゃんのそのまたお婆ちゃんの時代、まままっ、魔女狩りを生き延びたホウキなんだ……」
そう言うと落ち着いた暗い茶髪の小さな少年は手に持っているホウキを前に差し出した。
「ぼぼぼ、ボクの能力は”ウッド・クラフティング”。き、木に浮力や推進力を与えることが出来るんだ。ま、まぁこの『コルトルネー』……あ、ああっ、ホウキの名前。それ以外の物はあまりうまく扱えない。そ、それと”G・キャンセラァ”って能力……っていうか、ここっ、こっちは特技かな……せせせっ、旋回とかでかかるGを無視できるんだ」
それを聞いていた教師は頷きながら聞き返した。
「ふむ。さしずめ、重力無効化といったところか。それとウッド・クラフティングの組み合わせによって高速飛行が可能というわけだな」
まさにそのとおりだったらしく、フォリオはかくかくと首を何度も振った。教師が入ってきたことによって彼の語調は敬語になった。
「ででっ、でもっ、G・キャンセラァはホウキに触れていないと発動できません。ああっ、あっ、あと、シンクロ・シンパシィっていう能力もあります。ここっ、こっちは……ホウキと意思が通じるっていうものです。みみっ、み、みんなからは散々バカにされるけど……。ほほほっ、ホウキだけでなく、モップやデッキブラシでもできます……」
ナッガンはそれを聞くとサラサラと手元にメモを取った。あらかじめ入試の時点で能力はわかっているはずだが、再確認でもしているのだろうか。
「よろしく頼むぞフォリオ。では次。こいつは……名前が読めん」
さきほどから一際威圧感を放つ亜人が前に出た。これがまたなんとも奇っ怪な見た目をしていた。
それはカブトムシが立ち上がったような姿をしていた。頭に当たる部分に大きなツノが生えている。
そして足にあたる部分からはザリガニのような大くて真っ赤なハサミが2つ生えていた。
胴体の部分からはワシャワシャと甲殻類のような節っぽく、これも足が無数に生えている。
そして、カブトムシの尻に当たる部分から長くロブスターのような尾っぽが伸びて床に垂れ下がっているのである。
更にサイズも大きく、優に2mは越えていると言った感じだ。横幅も広い。
カブトムシとザリガニの茶と赤のパーツを滅茶苦茶に張り合わせたようなビジュアルで人によっては激しい拒絶反応を示しそうな見た目だ。
おまけにとてもドブ臭い。初対面の時点では良いところを探すほうが難しかった。
「こいつは……。そうだな。暫定的に『ガリッツ』と呼ぶ。旧エルテニア語で”混じりけのある”という意味をもつ。おそらく、こいつは人語を解すことが出来ない。よって、幻魔による翻訳が必要だ。そのために召喚術師と同じ班にしてある。まずは自己紹介を聞いてみるか……」
「バチンッ!! バチンッ!! ギチギチギチギチギチギチ…………」
ガリッツはハサミを激しく開いたり閉じたりして打ち付けた。そして歯ぎしりのようにハサミをこすり合わせた。
何を言わんとしているのかさっぱりわからないし、班員達は不気味というか恐怖さえ感じた。
「以上だ。次は……イクセント。イクセント・ハルシオーネか」
窓際にもたれかかって窓の外を眺めていた少年が名前を呼ばれた事に気づいて歩み寄ってきた。
彼もまた小さかった。フォリオより更に小さいかもしれない。男子にしては長めの艶のある群青色の髪の毛だ。
上は白いYシャツ、下は学院の制服のズボンを履いている。飾り気がなく、質素な印象を受ける出で立ちだった。
「……僕はイクセント。能力は……剣技と魔法を組み合わせて戦う”グリモアル・フェンサー”だ。何の特徴もない。掃いて捨てるほどいる能力さ……」
彼はそう言いながらひらひらと手を振るとメンバーの輪から抜け、再び腕を組んで窓を背に寄りかかった。
「そうか……。イクセントからは以上……」
ナッガン教師が次へと進行しようとしたときだった。隣にいる少女が彼に詰め寄った。
「まぁっ!! あなた、なんて態度ですこと!? 愛嬌なしにも程がありますわ!! もうちょっとなんとかなりませんの!?」
詰め寄った少女を後ろから観察すると彼女は美しい水色のロングヘアをしていた。髪が何かを帯びているようでキラキラと輝いて見えた。
そしてピョンっととんがり耳が頭の左右から飛び出していた。すぐさま彼女がエルフであることがわかった。
背中には昔、絵本で見たようにいかにもといった感じで大きな弓を背負っていた。
「フン。そっちこそ、そのつっけんどんな性格をどうにかしたらどうだ?」
イクセントは至って冷静だったが、エルフの少女の方は勝手にどんどんヒートアップしていた。
それをなだめるように教師はやれやれと首を左右に振って呼びかけた。
「シャルノワーレ。シャルノワーレ。おまえの番だ。自己紹介をしろ……」
「フンッ!!」
エルフの少女はひとまず彼とのやりとりにケリを付けて、班員達の輪の中へ一歩歩み出た。
「わたくしはシャルノワーレ・ノワレ・ヒュンゼータインズ・H.G.T・ウィンタルスマー・クランヴェリエンズ・ネ―――」
彼女は早口で自分の名前を言い続けたが一分たっても名前を言い終わらなかった。
「ゴホン。それで、おまえの能力は?」
名前の発表をぶった切るように教師は言葉を挟んだ。
「んまーッ!! わたくしの高貴な名前をそうやってお略しになるのね!! たとえ先生であってもそんな無礼は看過することは出来ませんわッ!!!! でも、いーでしょう。そんなにわたくしのチカラが聞きたいのならッ!!」
アシェリィは改めて彼女を正面から観察した。背の丈はかなり高く、女子では高い部類に入る自分より更に高い。
170cm近くはあるのではないだろうか。シャルノワーレは水色の美しい長髪をサラリとかきあげた。
腰からはとても重そうな鈍器のメイスをぶら下げていた。そして不敵な笑みを浮かべて能力を紹介し始めた。
「わたくしのチカラは”WEPメトリー”。武器の記憶を読んで、その武器の使い手の技や魔法を再現することが出来てよ!! 例えばこのメイスは有名な異端審問官、撲救のグランゼンが使っていたとされる殺人メイス!! 破壊力はもちろんのこと、教会の人間であるから治癒の呪文も使えましてよ!!」
そう言いながら彼女はごっついメイスを片手で持ち上げた。明らかに彼女の体格や腕力に釣り合わない代物だが、不思議とメイスはその手におさまっていた。
「それと、まぁエルフの基本教養である弓術ですわね。わたくし、エルフの中でもトップクラスの腕前でしてよ!! わたくしに撃ち落とせないものはありませんわ!! あのドレイクだってわたくしにかかれば朝ごはん前ですのよ!!」
今度はエルフの少女は振り向いて、背中から背負った弓を見せびらかすようにした。
弓に詳しくないアシェリィでもそれが一級品であることがわかるような出来だ。
「そして、わたくしには”シード・アウェイカー”という能力もありますの!! これは、あらゆる種の力を引き出す魔法でして、そこらへんにある何の変哲もない野菜や花の種でも特殊な植物に変化させることの出来るチカラなのですわ!! 他にも―――」
話が一向に終わりそうにないので語り続けるお嬢様を置いて、最後の生徒へと順番を回した。
「最後に……アーシェリィ・アーシェリィー・クレメンツ……おまえの能力を聞かせてもらおう」
ナッガンのなんだか冷え切った凍えるような視線を感じてアシェリィは寒気を感じた。
しかし、先生相手にいつまでもこうではいけないと思い、胸を張って自己紹介をした。
「私はアーシェリィー・クレメンツ。みんなからはアシェリィって呼ばれてます。能力は……召喚術です。何が出来るかって言うと色々あって説明しきれないけど、とにかく幻魔を使役することが出来ます。あ、あとマナボードが得意です。ほら」
緑髪をポニーテールに結った少女はボロい板を差し出してみせた。
なぜだか、初登校だと言うのに「普段使っている装備を用意してくること」とのことだったので彼女は迷わずこれを持ってきた。
フォリオのホウキに対する反応より厳し目な反応が帰ってきたが、アシェリィはあまり気にしないことにした。
「…………これで、班員全員の能力の紹介が終わったわけだが……。その上で、おまえらにはバトルロイヤルをしてもらう。班のリーダーを決めるためのな。ギブアップは一切無しだ。最後の一人になるまで戦いを続けてもらう…………。安心しろ。救護班は用意してあるから”死には”せん……」
装備を用意してこいとはつまりこういうことだったのだ。そして行ったっきり帰ってこないクラスメイト達は既にバトルロイヤルを終えているのだろう。
彼らが今、どうなっているのか。それは5班の誰にもわからなかった。戸惑う彼らにナッガンは忠告した。
「いいか、一切手加減はするな。生半可な気持ちで臨めば模擬戦と言えど大怪我は避けられん。死ぬ気でやれ。いくぞ―――!!」
教室がぐにゃりと歪んで形を変えていく。アシェリィ達は必死にバランスをとったが、ひずみに飲み込まれていった。