迎えるは白い毛むくじゃらと鬼教官
入学式の朝、アシェリィは姿鏡の前で入念に制服の着こなしをチェックしていた。
彼女はそこまで見た目に熱心ではなかったが、さすがに晴れの舞台となれば気合がはいるのも無理はなかった。
足元から茶色の革靴を履き、膝よりすこし下の丈の黒い靴下を身につけている。
スカートは美しい群青色のプリーツスカートだった。丈を少し長めに調整して見てくれを整える。
上半身も群青色であり、首元に余裕のあるベスト状の長袖だ。縦にオシャレな白いラインが入っている。男子も上半身の制服の形状は同じだ。
その下には白いYシャツを身に着けていたので、首元から白いシャツが覗いた。
そして首元には学校指定の真っ赤な紐タイを結んだ。赤色がいい感じにアクセントとなっていて、群青色の中で映えた。
念入りに準備を終えると、アシェリィは寮を出て学校の本校舎のロビーに向かった。その途中、他の生徒が合流してきてやがて大きな流れとなった。
周りをみてアシェリィは違和感を感じた。みんなしっかり指定の制服でやってくると思っていたのだが、新入生らしき生徒たちの服装はバラバラだった。
確かに制服の一部をつければあとはほとんど自由とは言われていたが、どの生徒もほぼ私服であるし、まともに上下の制服を着ている生徒はまれだった。
下手をすると制服を全く身につけていない生徒も居そうだった。
なんだか周りのオーラに気圧されながらアシェリィは本校舎に入った。すると新入生たちは次々とテレポートの扉に入っていく。
集合はこの扉の先と事前に説明されていた。アシェリィはテレポートの扉には未だに慣れず、くぐるたびに恐怖を感じていた。
しかし、いつまでそうしていては慣れることが出来ない。彼女は一思いに扉をくぐった。
目を開けるとそこは広い講堂だった。教員たちが入ってくる新入生を誘導させて席につかせていく。
今年の新入生は253名とのことだが、この講堂には全員がおさまりそうだった。
ファイセルの話では、この講堂の入学式は他の在学生からも見ることが出来るらしい。どこからか彼らも入学式を見てくれているはずである。
講堂は先頭から徐々に席の高さが上がっており、後ろの席からでも壇上の様子を見ることができた。
アシェリィは真ん中くらいだったが、壇上で教師たちがやりとりしているのがしっかりみられた。
講堂が埋まると、誰かがすそから出てきて、マナの力で動く拡声器、マナマイクを使ってなにやら喋り始めた。
席は様々な服を着た学生で色とりどりだったが、声が聴こえると揃って耳を傾けた。
「諸君! 初めましてじゃな。私がリジャントブイル魔法学院の学長、サーテブルカン。サーテブルカン・バルフォルじゃ。今日はよく集まってくれたの」
入学式で内心浮かれている少女は壇上の人物を観察した。床につくような長~い白髪と真っ白なヒゲを蓄えた老人だ。
毛虫のような太い眉毛で目が隠れており、眉毛も白くて顔の下の方へ垂れ下がっていた。
服装は古びたローブのようなものだったが、あちこちに美しい装飾があって、高価そうなのは間違いなかった。しかし、学長っぽいのはそこだけだった。
威厳というか、ものすごいオーラが漂っているのではないかと思っていたが、見た目はそういう種類の犬みたいにしか見えなかった。
「え~。まずはおめでとう。諸君らはこの国の魔術の頂点である学府に合格した。いきなりじゃが、諸君らの中には天才や神童ともてはやされた者もおるじゃろう。しかし、ここにはそういった者ばかりあつまってくる。故に学生生活で自分の評価を見誤ると非常に苦しむことになる。今までの実績にあぐらをかかんことじゃな」
いきなりの忠告に新入生たちは戸惑い、ガヤガヤと噂話を初めた。学長は全くそれを意に介さず続けた。
「じゃが、無論良いところもある。たとえばここはほとんどイジメが無い。全く無いとは言い切れんが、ちゃんと理由があるんじゃ。すぐにわかると思うがここでは自分の気に食わない奴をつっつくより、協力することが大事だからじゃ。多少変わっていたり、変人であったとしても力を合わせねば時に命にかかわる。イジメなんてしてる暇は無いんじゃよ」
床にかるく着くほど長いヒゲを手でとかしながら、学長は眉毛をピクピクと動かしながら話を続けた。
「まぁそれに自由な校風じゃからな。かなりとんがった性格でも”個性”で済んでしまうんじゃよ。学生同士の仲も良いしもちろん教師との仲も良い。さらにOB・OGとの仲もいい。特に卒業生は積極的に学校に協力してくれていての。彼らから指導を受けることも多いじゃろう。覚えておくとええ」
ノープランで喋っているのだろうか。学長の話はとりとめがなく、色々な事をあれこれと話し出した。
「一応、校則はあるが生徒、教師に危害を加えたり、学校運営を妨害するといった行為以外は最低限の風紀をまもってもらえればあれこれは言わん。たとえば、諸君が今日、制服で揃えてこなくてもそれはそれでええ。まぁ、制服はマナエンチャントされておるから、防具としては非常に優秀なのは忘れてはならんが―――」
あぁ、どうしてこう、校長先生の話というのは眠くなってくるのだろう。
せっかくの入学式であるし、真面目に聞かねばならないとアシェリィは思ったが、いつの間にか眠ってしまった。
どれくらいだっただろう。彼女は爆睡して机に突っ伏していた。
「喝ッーーーーーーーーー!!!!」
学長の大声で思わず飛び起きる。周りを見ると自分と同じように大声に目覚めて驚いている生徒が多く居た。
「ふ~む。先程の話じゃが、密かに催眠呪文「ヒュプノタイズ」を織り込んでおった。これに気づいてアンチスペルを組んだ者はグリモアと呪文の知識に関して優秀じゃ。自信を持っていい。何も気づかなかったが眠らなかった者は催眠に強い。覚えておくと良い。そして、眠ってしまった者は催眠……というか精神系の魔法全般に無力じゃ。精進するんじゃな」
そう言うと学長はそそくさとすそへはけていった。パッと見、新入生の三分の一くらいは寝ていたように見えた。
なんだか海原キツネに化かされたような気分で行動を出ると、今度は自分のクラスが掲示板に張り出されていた。
自分の学生証の学籍番号を見ながら所属を確認した。
「えっと……第1クラスの……5班の25番?」
ロビーを眺めると今度は10つのテレポートの扉が開いていた。どうやら扉の出現や消去は自由自在らしい。
10番と数字の浮き出た扉に入り、教室へ向かった。
教室には25席の机があり、入口の反対側には窓があった。窓からは海が一面に広がっている。
本校舎のどこかの一室なのだろう。自分の”5班25番”の席は窓際の一番後ろだった。
そこに座るとまだなれない雰囲気に周りの学生もそわそわしていた。
とりあえず、気持ちを落ち着けるために頬杖をついて、窓の外のきらめく海を眺めた。
思わず見とれてぼーっとしていると、教師らしき人物が入り口から入ってきた。
「ふむ。25人全員いるな」
若く見える男性が教壇に立った。服装は非常に軽装で半袖のベージュのシャツに黒の長ズボンを履いていた。足元はサンダルである。
ただ、腰になにやらパックをぶら下げていた。何が入っているのだろうか。
体格は長身でがっちりしていた。精悍な顔つきで男らしい見た目をしている。半袖から覗く筋肉質な腕が目立った。
髪の毛は渋いグレー色でオールバック気味にまとめていた。
「……俺が1クラス担当のナッガン・イルストリーだ。人は俺の事を狩咎のナッガンと呼ぶ……が、そんなことはどうでもいい……」
男はぶっきらぼうにそう言い放った。声も渋く、落ち着いた大人の男性といった感じの声だった。しばらくの沈黙が教室を包んだ。
「初めに言っておく……。俺は鬼教官と呼ばれるほど厳しい……らしい。俺はこれくらいが当たり前だと思ってるんだが。気休めにしかならんが、厳しいのは他にも2人くらいいる。学年に3人位は必ず鬼教官がいる……らしい。だから、死ぬほど苦しい思いをするのはお前らだけじゃないってことだ……」
ナッガンは教壇に両手をついて鋭い目つきで生徒たちの顔を一人一人観察していった。
まるで蛙がヘビに睨まれるように、生徒たちはすくみあがった。既にもう異次元のプレッシャーに襲われているのである。
「……俺は、M.D.T.F(魔術局タスクフォース)で犯罪者を狩る連中の教官をしていた。故に、対人戦は他のどいつにも負けない自信がある。ただ、M.D.T.Fは程々に実力のある奴らが入ってくる。伸びしろの少ない奴をしごいても面白くなかったんでな……」
話を続けながら彼は教室の通路を歩き始めた。じわり、じわりをまるで獲物を狙うように生徒一人一人と距離をつめながら通り過ぎていく。
「俺のカリキュラムは相当苦痛を伴う。だが、悪いことばかりではない。俺が担当したクラスの連中は予想外のアクシデントや緊急事態での負傷者が極めて少ない。そういった事象を前提に訓練するからだ。”実戦では”大怪我をしないといえるだろう。それに闘技所やクラス対抗戦の成績もいい。自慢する気はない。ただの”事実”だからな」
ナッガンは教室の端までたどり着いた。アシェリィが彼の射程距離に入った。
背筋がぞわぞわっとして、嫌な汗が全身から吹き出してきた。彼はそれほど敵意を向けていないはずだが、今にも殺されそうだと錯覚するくらいには圧を感じた。
「俺の能力はスタッフィー・プレイヤー」
そういうと鬼教官は腰のパックから可愛らしいウサギのぬいぐるみをとりだした。
これには思わず場の空気が和んだが、それはつかの間だった。
「俺は……ぬいぐるみを駆使して戦う。見てくれはこんなナリをしているが、こいつは一瞬でお前ら全員の息の根を止める力を持っている」
ナッガンはピンク色のウサギのぬいぐるみを振った。
毛糸で編まれたと思われるぬいぐるみはまるで可愛らしい仕草をとっているように揺れたが異様な殺気を放っている。
ボタンで出来た生気のない目は揺られながら生徒たちを確かに捉えていた。
そして教室の空気は凍りついた。
「こうやって意味もなく脅したりするのを鬼教官というのか? いや、違うな。俺みたいな奴に出会った時、今のお前らみたいな反応をすれば……死ぬ。情けなくても良い、醜くても良い。生に対して常に正直でいろ。死んだら元も子もないのだからな……」
彼がぬいぐるみを引っ込めると止まっていた教室の空気が再び流れ始めた。
「では、各班ごとに自分の能力やバトルスタイルについて説明や紹介をしろ。同じ班の連中はこれから互いに組んでいく事になる。しっかり、互いの能力を把握しろ。死にたくなければな……」
落ち着きを取り戻した学生たちは同じ班の5人同士でそれぞれ分かれて自己紹介を始めた。