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楽土創世のグリモア  作者: しらたぬき
Chapter3:Road to the RygiantByilie
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報せはいつも、突然に

首長蛙の月が終わりに近づいたある日の事だった。一番最初に報せを受けたのは彼らだった。


C-POSシーポスの面々は朝早くから集まって、シリル郵便局に届いた手紙を仕分けしていた。


「ふぁぁ~あ……ねっむ。昨日遅くまでマンガ読んじゃってさ」


「カレンヌちゃん、どうせ明け方まで読んでたんでしょ? なんだかんだで遅刻しないのはプロ精神ってとこかしら?」


声をかけられたクセっ毛の少女は大人の倍ちかくある大きなウサギにもたれかかりながら手紙をさばいていく。


しばらく無言で作業をしていると筋骨隆々の大男が声を上げた。


「手紙……アシェリィからっす…………」


そう言って手紙を持った腕を上げてひらひらとさせた。彼の大きい手と比較するとひどく手紙が小さく見える。


一同に衝撃が走った。この時期にアシェリィから連絡あるとすれば、それは間違いなくリジャントブイルの合否の連絡であるに違いない。


寝ぼけ眼をカッっと開いてカレンヌはクラッカスから手紙を奪い取った。そして荒々しく封を破いた。


手紙をのめり込むようにして読む彼女に視線が集まった。


アシェリィの後釜としてシリル~アルマ村間の担当になった青年も加わった4人が見つめる。


「アシェリィさんって、あのオルバ様の二番弟子の!? 俺、まだ話したことねェんすよ!!」


「カンフェ黙って!! えっと、アシェリィの入試の結果は……結果は…………」


カレンヌは言葉に出しつつ沈黙してしまった。表情もどんどん曇ってきていて、その場のC-POSシーポスメンバーは駄目だったかと視線を落とした。


「なぁんちゃって。アシェリィ合格したってさ!!」


うつむいて浮かなかった表情が一転して、彼女は満面の笑みを浮かべた。


「もー!!! お姉さんをからかうんじゃないわよ~~~!!」


「ほんとだよ!! カレンヌ、びっくりしたじゃないか!!」


「ウッソ~、マジすか!? パねぇな…………」


クラッカスは何も言わなかったがギュッと拳を握ってガッツポーズをとっていた。


冗談を言ったカレンヌは泣きながら突進してくるシェアラ姉にふっとばされていた。


C-POSは先のシリル爆破阻止の功績が評価され、アシェリィが入試で抜ける分の欠員を補うことが出来た。


アシェリィと入れ違いで入ったカンフェは手紙の仕分けを終えると急いでアルマ村方面へと向かった。


彼女の送った手紙は師匠のオルバへ、村の学校の皆へ、マナボードと龍のぬいぐるみで競争した親友のハンナへ、そして彼女の両親への合計4通あった。


オルバ宛の郵便物は毎日少なからずあるが彼がどの程度手紙に目を通しているかはさっぱりわからなかった。


というのも、彼から手紙の返事を出すということは今まで全く無かったからだ。もしかしたら郵便局を介せずやりとりをしているのかもしれない。


それでも、一応手紙は受け取っているようだ。


ポカプエル湖の湖畔の岸に手紙を置いておくと、いつのまにか手紙は消えているのだ。


雨が降っている時は昔からある小さなほこらの屋根の下においておく。これがオルバへの郵便物の送り方だった。


カンフェは湖のほとりに手紙を置くと、ちらっと手紙を振り返った。


「ん~、何度届けても違和感あんだよなァ。ほんとに受け取ってんスかね?」


青年はぼやきながら引き続きダッシュでアルマ村の方へと向かっていった。


彼が過ぎ去ったのを確認するかのように湖の底から青白く気味の悪い人間のような手が姿を現した。


その手は郵便物をペタペタと触りだした。表、裏と舐めるように確認すると人差し指で掴んで湖の中に引っ張り込んでいった。


程なく、アルマ村に配達員が到着した。彼は村の中を駆け抜けながら新築の立派な学校のポストへ手紙を手際よく投げ込んでいく。


もう一つはとある民家。たしか、一人娘がいたはずである。


そしてそのまましばらく走って村外れのお世辞にも立派とはいえない民家のポストに手紙を入れた。


そしてその日の村への配達、回収を終えるとどこか自分も誇らしい気分になって鼻歌を歌いながらシリルへ帰っていった。


その日の朝一番の学校のミーティングでレンツ先生は手紙の内容を交えて報告をした。


「皆さん、おはようございます。今日はとてもうれしいお知らせがあります。皆さん知っていると思いますが、当学校のアーシェリーさんが……なんと、めでたく、リジャントブイル魔法学院に受かりました!! これは大変名誉なことです。小さな村の、小さい学校だからといって気後れすることはないのです。彼女だけではない。君たちにも無限の可能性があります。さぁ、今日も良い一日にしましょう!!」


それを聞いて6人の生徒たちは思わず席を立って喝采を上げた。お互いに喜びを分かち合ってハイタッチしたり、抱き合ったりした。


一人だけむくれている少年が居た。アシェリィやハンナにつっかかっていた問題児のダンである。


「ケッ……なにが合格だよ。遠いところへいっちまいやがって…………」


それと同時に決意を新たにする少女も居た。手紙を貰ったハンナである。


「うわーーーい!! やったぁーーーーー!! アシェリィが、アシェリィが合格したーーーー!!!! よぉぉぉし!! 私も負けてられない!! ライネンテまで飛んで行くことが目的だったけど、学院のあるミナレートを目指して特訓を続けるぞぉぉぉ!!!!」


彼女は自分宛に届いた手紙を片手にもう片方の腕を高く突き上げてクラスメイトを鼓舞した。


アシェリィの合格はこの村の学校にとって非常に良い刺激となった。


今後、この学校から優れた生徒が輩出される事になるのだがそれはまだ誰も知る由もない。


彼女の両親にも手紙が届いた。彼ら夫婦は割と控えめでおっとりとした性格をしていたので、彼女の合格の報せと久しぶりの娘の手紙に過度な盛り上がりはしなかった。


それでも嬉しいことに変わりはない。散々、涙を流しきるとそれ以降はずっとにっこりしあって夫婦で微笑み合っていた。


来客が来たので父バルドーレと、母アキネ揃ってドアを開けると村の住人たちが集まっている。なんでも、お祝いの宴会をやろうというのだ。


クレメンツ夫妻は感動もそこそこに村を挙げてのお祭りに笑いながら引っ張られって行った。


アシェリィが合格した事は瞬く間に一帯に広がり、その日の昼にはシリルの街中に知られることとなった。


人々は思い思いの感慨に浸り、ある人は歓喜し、笑みを浮かべ、ある人は心打たれ涙を浮かべた。


そして、師であるオルバも確かにその手紙を受け取っていた。


「ゴボ、ゴボ、ゴボ、ゴボゴボゴボッッッ!!!!!!」


木を加工して作った家の金属製のシンクが激しく音を立てた。シンクがつまっているというよりは、何かが逆流している音だ。


イスにもたれかかりながら本を読んでいたオルバはシンクに向けて声をかけた。


「あー、シホ。悪いね。ふ~ん。手紙はアシェリィからか。あ、テーブルの上に置いてくれるかな」


トンガリ帽をかぶってちょっとだけ無精髭の生えた男性は従えている幻魔に向けて声をかけた。


するとシンクから青白い華奢な手がヌッっと飛び出してきた。手首の部分がニョロニョロと伸びて、オルバの脇のテーブルに手紙をちょこんと置いた。


手紙は水の中をくぐったはずだが、全く濡れていなかった。


手首は女性らしい丁寧な仕草である。手紙を置くとまたもシンクへと爆音を立てて戻っていった。


「ふむ。多分、合否結果だな。さて、どうなったかな?」


オルバはペーパーナイフで手紙の口を切って中身を読み始めた。


―――師匠せんせい


まずは結果からご報告します。私は無事にリジャントブイル魔法学院に合格することが出来ました。


到着時点では不合格確実だったけど、ファイセル先輩と奥さんのおかげで、なんとかなったんです。


もちろん、師匠せんせいのおかげでもあります。修行を付けていただいて本当に感謝しています。


既に長い旅をしてきたのですが、改めて冒険のスタート地点に立った気がします。


来月の上旬にはもう新学期が始まります。まだ学院の寮や制服に慣れませんが、一生懸命頑張っていきたいと思います。


師匠せんせいもお体にはお気をつけてお互いに元気でいましょう!!


忙しくてすいませんがこれで失礼します。


アーシェリィー・クレメンツ―――


オルバは手紙を読み終えるとそれをテーブルの上に置いてぼーっと宙を眺めた。そして独り言をつぶやき始めた。


「う~む。これはマズイ。正直、今年は受からないと思ってたんだけどな。いや、受かってるし、マズイって事はないかもしれないけど、いや、やっぱりマズイなあ……。彼女に施した修行は付け焼き刃に過ぎない。本当はもっとじっくりやりたかった……いや、やらねばならなかったんだけど。他にもヤバいレベルの懸念事項は山積み。さて、どうしたもんか……」


彼は頭の後ろで手を組んでイスにのけぞった。目をつむって気だるそうに首を左右にコキコキと鳴らした。


そしていつになく憂鬱な表情でまた天井をぼんやりながめた。


「アシェリィ、君の本当の試練はこれからだ。それは誰の助けでも乗り越えられない。自分で乗り越えていくしか無いんだ。たとえ、それが激しい痛みと絶望を伴うものであってもね…………」


また目をつむってオルバは大きなため息をついた。しばらくそのままにしていると彼は何かを思いついたのか、また考えにふけった。


「う~ん、苦し紛れだけど”入学祝い”を送るとするかな。少しは彼女の助けになるといいのだけれど……。いや、じゃじゃ馬すぎるかもしれないね……」


賢人は呆れたように肩をすくめてやれやれとばかりに首を左右に振った。


一方のアシェリィは仮登校してガイダンスや入学にあたっての説明を受けていた。


次の月、満月クラゲの月の二週目から新学期は開始される。


ちょうどその週の12日に彼女は16歳の誕生日を迎えることになる。


期待と不安を胸に詰め込んで少女は学院という冒険のスタートを切った。


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