こういう時は笑わないとな!!
アシェリィは目をぎゅっとつむったまま、どこへ通じているか定かではないテレポートの扉を飛び込むようにして潜った。
テレポートに成功したかどうか確信できずに飛び込んだ姿勢のまま目をつむっていると誰かから声をかけられた。
「……い、……おい。アシェリィ。何をやってる。……まさか、テレポートが失敗するかもとか考えていたのか? 学院の管理している扉だ。その心配はいらないぞ」
声の主はリーリンカだった。どうやら同じ場所への転送に成功したようだった。
と、いうことは無事、テレポートに成功したということである。
アシェリィは恐る恐る目を開けた。彼女たちは何の変哲もない一室に転送されていた。
大きな本棚が並んでいて、いかにも教授室といった部屋だ。
その一角で、机にかじりつくようにペンを走らせている女性が居た。
「先生……。先生!! ボルカ先生!! 連絡どおり、ロンテール種の少女をお連れしました」
その声を聞くやいなや、机に張り付いていた栗色の長髪をした女性はこちらに顔を向けた。そして、小ぶりなメガネを指でクイッと上げた。
「ボルカ先せ―――」
「ほああああああああああああああああ!!!!! マジでロンテールかよ!? マジマジ? ウッソでしょ!? ふぁああああああああああーーーーーー!!!!!」
ボルカと呼ばれた女性は奇声を上げてこちらにかけよってくるとすぐにベタベタとフレリヤに触れ始めた。
とりあえず帽子をめくってみる。
「ほん、ほんほん。帽子の下を失礼……。おおおぉぉぉぉほぉぉぉぉ!!!こんの猫耳ッ!!」
すると次に遠慮なしでおもむろにフレリヤの尻をなで回し始めた。
「ふむ、ふむふむむっ!! 隠してはいるものの、たしかに尻尾の付け根も確認できる!! それにこの巨躯……こちらも隠してはいるものの豊満な胸……。これぞ、まさしくロンテールの身体的特徴!! 同定したッ!!」
普通、初対面の人間にこんなにベタベタされれば拒否反応が起こるところだが、なんだかフレリヤはうっとりとした表情でおとなしかった。
「ああ、そう、そうなんだよ。ロンテールの尻尾の付け根のちょい上は親が子どもに愛情表現する時のコミュニケーションに使う箇所なんだ。ちなみに成熟した個体では刺激が求愛のシグナルともなる」
さすが動物のプロというべきか、対象に警戒されない部位を把握しているといった感じだ。
どちらかといえば落ち着きのないフレリヤが珍しくじっとしている。
「ふにゃぁぁ~~~~。くすぐったいけどなんか気持ちいいよコレ…………」
絶妙なテクニックに恍惚の表情を浮かべるフレリヤをよそにボルカは喜々として語りだした。
「いやー、君らからロンテール種を保護したと聞いたときは流石にデマかと思ったが、本物を連れてくるとはな。賞金首ハンターやトレジャーハント志望の学生に先を越されずにすんで本当に良かった。ウチの学生は腕利きの連中ばかりだから、正直、保護は絶望的と思っていたのでな」
色々と事情を説明するリーリンカの脇で、アシェリィはボルカの見た目を観察していた。背丈は自分と同じ程度だ。
流石に少女とは言えないが、そこそこ若いようには見える。
リーリンカとメガネがかぶっており、ともすれば姉妹のように見えなくもない。
学院の学問が出来る女子はみんなこんな感じなのだろうかとふと思った。
しかし、意外だったのはボルカ先生が女性であったということだ。
ライネンテでボルカといえば男性の名称として通っている。その疑問を思わず口に出してみた。
「ボルカ先生って女性だったんですね。てっきり、名前だけ聞いて私、男性かと……」
「ばっ!! それは禁―――!!」
リーリンカがアシェリィの一言を遮ったが時、既に遅しといった感じだった。
「え~え、そうですよ。どうせ私はオトコの名前ですよ~。だから行き遅れてしまったんだ。ブツブツ……」
彼女は床に座り込んでなにやらつぶやきだした。すぐにリーリンカがご機嫌取りに走った。
「いやぁ、ボルカ先生!! そんなことはないですよ!! まだ先生の歳くらいなら未婚でも当たり前ですって!! それに、名前は関係ないですよ!! 自信を持ってください!!」
リーリンカのフォローはどこか白々しかったが、いきなりこんなリアクションをされたらこうなるのも無理はない。
「すっ、すいません。名前のこと、お気になされているの、知らなくって。素敵な名前だと思いますよ。ボルカ先生!!」
やはりこれも白々しさが否めなかったが、とりあえずアシェリィも必死にカバーに回った。
すると子どものように半べそをかいてかがんでいた教授は機嫌を直し始めた。
「ほ、本当か? グスン……。ウソじゃないよな?」
リーリンカとアシェリィはただただ首を縦に振ることしかできなかった。一段落ついたかと思った次の瞬間だった。
「ふにゃあああぁぁぁ~~~。おばさん、またさっきのやってくれよ~~~~」
フレリヤは巨体に似合わず砂浴びをする猫のように教室の床に腹を見せてゴロゴロと転がりながら催促した。
「おば、おばさん…………。おば、おば…………」
妙齢のメガネの教授はまるで石化したかのようにその場に固まった。
ぐずるボルカ教授をなだめるのにしばらくかかってしまったが、なんとかリーリンカとアシェリィの励ましで丸め込み、まともに会話ができる状態まで持っていった。
彼女の性格……というか欠点はタブーに触れたり、追い詰められるととメンタルが崩壊することのようだった。
この調子で全校集会の場で土下座したのだとすればそれは相当、凄惨な現場であったに違いない。
たとえボルカ教授に思い入れが無くても強く印象に残ることには間違いなかった。
「ご、ゴホン。ともかく、ロンテール種の保護、感謝する。君たちに課外活動点を足しておくように伝えておく。よくやってくれた。私達が責任を持って、この少女を保護することを誓おう」
ボルカ教授は改まって二人に深くお辞儀をした。だが、アシェリィにはひっかかるものがあった。
ここでいう”保護”とはどれくらいのものなのだろうか? 息苦しく区切られた空間で過ごす事なのか、あるいは監視下で生活するのだろうか。
気になった彼女はボルカ教授に尋ねた。
「あ、あの……フレリヤちゃんは……この後、フレリヤちゃんはどんな生活をするんですか? その……保護区域とかにずっと居ることに?」
不安げな表情で質問するアシェリィを見て、ボルカは母親が子どもに向けるような慈悲深い表情を見せた。
「なぁに。心配しているようながんじがらめな生活にはしないよ。いくらロンテール種が人里離れた雪山に生息すると言っても、社会生活を好むという性質がある。時々、街に連れ出して買い物なり、外食なりさせてやるさ。まぁ、ロンテール種に外食させたら私の給料でも一瞬でパァだからな。そこは経費で落とすさ」
ボルカ教授はそう言うとキザにウインクした。先程の一悶着がなければかっこいい仕草なのだが……。
回り回って逆にこのギャップが彼女らしい良い味を出しているのかもしれないと聞いている二人は思った。
「私は一応これでも”擁獣のボルカ”何ていう大層な二つ名をもらってるからな。研究資金や施設は潤沢なんだ。それに、保護区画の管理は私だけでなく、他の教授との共同で行っている。この娘には故郷のノットラントに近い気候の空間で過ごしたり、気が向けばこちらにも来れるようにしておく。しょっちゅう面会というわけには行かないかもしれんが、行き来の意志と権利は彼女に預けておくつもりだ」
それを聞いてアシェリィは安堵のため息を浮かべた。
「それより、君は……見るところ、今年の受験生だね? なに、いい意味でも悪い意味でもここを受けに来る子は変わってるからね。なんとなく、わかるのさ」
ボルカはビシッっとアシェリィを指差した。「決まった!」といわんばかりの表情である。基本、かっこつけたいタイプらしい。
とっさに話題を振られて、今年、受験の少女は首を縦に振ることしかできなかった。
「うむ。やっぱりそうかね。ロンテール種の保護の件、本当に感謝しているよ。君はまだ学院生じゃないから、評価点はやれない。他の学校なら推薦書を書いてもらうという手もあるのだろうが、リジャントブイルは実力主義。推薦入試は一応あるが、ほんの特例だけで飾りみたいなもんだ。次会うときは試験を突破して、生徒と教師として会えることを楽しみにしているよ」
すねたり、しょぼくれたり、泣いたり、キザだったりと何かと忙しい人であるが、二つ名持ちだけあって、その言葉には貫禄があった。
もし、入学したら希少生物学も悪くないかなとアシェリィは思った。しかし、トレジャー・ハントと希少生物保護はいささか相性が悪い。
トレジャーハンター志望であるとは口が裂けても言えそうにはなかった。もっとも言う必要も無いのだが……。
一通りボルカとリーリンカの話が片付くと、ついにフレリヤとの別れの時が来た。
「フレリヤちゃん……。しばらくあえなくなっちゃうかもしれないけど、元気でいてね。今まですごく楽しかった。きっとまた会えるよね? だからさよならとは言わないよ……」
感極まってアシェリィは自分の頬を熱い涙が伝うのを感じた。
まだ二人は出会ってから半月ほどしか経っていないが、女子一人で寂しかった時に加わってくれた大事な女友達、そして仲間だ。
出会って間もなくはあるが、実にこの半月は濃密で、半月はお互いが親友だと思うようになるのに十分な期間だった。
助け、助けられ……いや、助けられたほうが多かっただろうか。火の番で他愛のない会話を一晩中続けた夜も合った。
まだあどけなさの抜けない少女はその別れの悲しみに溢れる涙を止めることができなかった。
「へへ~ん。さよならは言わないとかかっこつけちゃって~。泣いてるじゃないかよ~。それこそまた会えるんだから、こういう時は笑わないとな!!」
亜人の娘は底抜けのない笑顔を浮かべた。そして泣く少女の肩をポンポンと叩いて勇気づけた。
思わずフレリヤにギュッっと抱きつくと柔らかくて温かみを感じる。そしてほのかにケモノ臭い。
フレリヤも子どもをあやすように抱き返してくれた。少しして涙は苦笑いに変わった。
「ははっ。フレリヤちゃん、ケモノくさいよ!」
「え~~、一昨日にはお風呂に入ったってば…………」
そこには人種を超えた絆が生まれていた。ボルカも思わずもらい泣きしていたが、ここでリーリンカが一同を現実に引き戻した。
損な役回りだが、誰かがやらねばならない。リーリンカは心を鬼にした。
「アシェリィ。ファイセルがホテル・アーナンテで待っている。もう残された時間は多くはない。今は1分1秒でも惜しい。さぁ、いくぞ。その娘にはそのうち会える。”受かれば”な。さ、いくぞ!!」
アシェリィはフレリヤの胸から顔を離すと、真っ赤な顔のまま無言でコクリと頷いた。それに彼女も答えて頷き返した。
試練を目の前に控えた少女は顔を引き締めると、付き添いの学院生と共にもと来たテレポートの扉をくぐって、市街地へと戻っていった。




