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楽土創世のグリモア  作者: しらたぬき
Chapter3:Road to the RygiantByilie
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いわくつきの学習メソッド

苦労してようやく魔法学院リジャントブイルのあるミナレートに到着したアシェリィだったが、彼女を待ち受けていたのは厳しい現実だった。


小柄なメガネの少女はテーブルの上に肘をつき、目の前で指を組みながら戸惑う彼女を見据えた。


そして深刻な面持ちで彼女に向けてまた宣告した。メガネの奥の瞳がアシェリィを捉える。


「もう一度言うぞ。現状では不合格確定だ。入試の学科に足切りはないが、最低ラインはある。今のアシェリィの成績ではそれに遠く及ばない。おまけに残りの勉強期間は一週間もないときたものだ……」


それを聞いていたファイセルは少しの間、沈黙していたが雰囲気が険悪になりつつあるのを察してすぐにフォローに回った。


「なに、別の試験は今年だけじゃないんだ。ほら、師匠せんせいも言ってたじゃないか。『もし今年受からなかったら帰ってきてまた来年に挑戦すればいい』って。だからそんなに焦ることはないと思うよ。とりあえず受けてみて、それを来年に活かせばいいんじゃないかな」


指を顔の前で組んでいたリーリンカはその手をテーブルに置いて、ファイセルの方を向いた。そして怪訝そうに彼の顔を覗き込んだ。


「お前な、毎年それを繰り返すつもりか? 来年も急に出題範囲や傾向が変わる可能性もある。早く対策をとっても今年よりはいくらかマシ程度にしかならんぞ。いくら知識量が増えても、危機感を持たずに何度かチャンスがあると思っているうちは受かるものも受からん。第一、お前だって浪人生の合格率を知ってるだろうに。一回に賭けて”死力”を尽くすくらいの覚悟は必要だ」


軽く微笑んで場の空気を和ませようとしたファイセルだったが、何に反応したのか彼まで眉をひそめ、難しげなような、困惑したような複雑な反応を見せた。


「まさか……リリィ……もしかして、本気でアシェリィに”アレ”をやるつもりなのかい? 確かにこの状況を打破するには致し方ないけど……でも、でも出来るならば”アレ”だけは……」


またもや重苦しい空気がテーブルを包んだ。そんな中、フレリヤは未だに飽きもせず肉汁爆散コーラを飲み続けていた。


すっかりハマってしまったようである。大きめのグラスにもう10杯は飲んでいるのではなかろうか。


「フブブブッ!! ゲフッ……。 グビグビッ!! ブフーーーーーーーーッ!! くぅーーーッ!」


真剣な話に集中しているアシェリィ達にとって、もはや彼女の発する音は環境音のようなものだった。聞こえてはいるのだが全く意に介せず、入試に関する話は続いた。


先程からファイセルとリーリンカの会話に出てくる”アレ”というワードが気になって、アシェリィは思わず二人に尋ねてみた。


「あのぉ……お二人の話がよく読めないんですが、その”アレ”って何なんですか? ファイセル先輩が『状況を打破できる可能性がある』っておっしゃってましたが……」


彼女は疑問を晴らすべく聞いてみたが、二人とも黙ったままで反応がない。


なにかまずいことを聞いたのではないかとアシェリィは思ったが、少しすると二人はアイコンタクトをとって頷きあった。リーリンカが重々しく口を開いた。


「実は、短期間でも一気に成績を伸ばせる学習法があるんだ。”アレ”とはその方法の事でな。ただし、無条件で成績が上がるわけではない。何かをなすには必ず代償があるものだ。その学習法は下手をすると……死に至る」


「―――!!」


驚きのあまり、思わずアシェリィは目を白黒させた。今年合格する方法があるのを知って驚き、その代償が重い事に更に驚く。二段階の驚きだった。


死という穏やかでない言葉にフレリヤも耳をパタパタさせた。コーラを飲むのをやめてじっと三人の会話に聞き入った。


流石にショックを受けているだろうなとリーリンカとファイセルは思っていたが、その予想に反し、アシェリィは静寂を打ち破った。


「その方法……詳しく聞かせてもらえますか?」


その表情からはあどけないながら覚悟を決めて腹をくくった様子が見て取れた。


いっぱしの冒険者イクスプローラーとしての気概とも言えるかもしれない。


まだどんな方法なのかもわからないのにそんな面構えをしているので、サプレ夫妻は彼女が方法の内容にかかわらず、茨の道に躊躇せず踏み入っていくつもりなのがわかった。


ここまで来たら下手に隠したり、止めたりするのは無粋に思えた。リーリンカは下を向いていた顔を上げて語りだした。


「……インソムニアック・メソッドと呼ばれる学習方法だ。単刀直入に言うと”一睡もせずにノンストップで数日間勉強し続ける”という至ってシンプルな勉強法だ。もちろん劇薬も使うから死に至る可能性もある。もっとも死に至るというのは一例であって、私の管理下なら死にはしないとは断言できる。廃人化もしないだろう」


ファイセルが手のひらを上に向けてひらひらと振りながら、関連情報を付け加えていく。


「技術力が伴わない薬使いがやると危ないって話だね。ちなみに学院では校則で禁止されてて、実行した場合は即退学だよ。試験勉強とかレポートの時とかに迂闊に学生間でやると死亡や廃人化のリスクまであるからね」


青年はジュースで喉を潤した。オレンジとトロロ・ウミモズクのミックスは見てくれが悪く、オレンジ色の中に毛玉のような茶色いもずくがどろどろと浮上と沈殿を繰り返していた。


「それでね。試験まえはドーピング薬扱いで検査があるよ。まぁ、まだ入学してないアシェリィなら校則には引っかからないし、入学時には薬の成分は抜けてるはずだから問題はないと言えば無いね。僕はやった事無いけど、相当キツいらしいよ。そこんとこリリィのほうが詳しいんじゃないかな」


聞くやいなや、リーリンカは手のひらを額に押し当てて、目をつぶって軽く歯を食いしばって苦虫を口いっぱいにしたような顔をした。


綺麗な顔が台無しだなとアシェリィは思いつつも、顔を歪めてもそれはそれで画になるななどと同時に思ったりしていた。


「あ~、魔法薬学科の実習でやったんだが、あれは思い出したくもない。とにかく辛い。眠れないということがいかに辛いか……。一応、リラグゼーション効果のあるアロマを炊いて緊張を和らげるんだが、時間が経過するごとに精神はどんどん”突っ張っていく”んだ。インソムニアック・メソッドをやった奴は皆、二度とやりたくない。そう言う。さて、アシェリィはここまで聞いてどう思う?」


少女は神経質そうに艶のある緑髪の長髪をいじっていたが、やがて顎に指を当ててオルバ流「思考の構え」に入った。そしてそう時間はかからないうちに答えた。


「私、やります。今までやれる努力は全部やってきたつもりです。ここでもしその学習法を避ける道を選んだなら今までの努力……いえ、頑張ってきた私を裏切ってしまうような気がして。だから、私の自己責任でやります」


それを聞いて再び場の空気が止まった。本当はここで無理をするなと止めてやるのが年長者としての役割なのかもしれない。


だが、彼女の目には強い意志が感じられた。もしかしたらそれは困難に挑む勇気などではなく、蛮勇なのかもしれない。


やけどを知らない子どもの火遊びにすぎないのかもしれない。それでもその決断には迷いが一切無かった。


そんな彼女を誰がとめられようと言うのか。いつの間にかサプレ夫妻はもどかしさのあまり揃って口の内側で歯をギリギリと食いしばっている事に気づいた。


だが、いつまでもそうしていられない。こみ上げてくる感情を二人は押し殺した。


ここ一番でいつも物事を決めるのは優柔不断なファイセルでなく、リーリンカだ。


はたから見れば尻に敷かれているのかもしれないが、彼らにとってそれは相性が噛み合っているだけであって、互いに遠慮なしでいられる関係でもある。


「わかった。アシェリィ、君の覚悟、確かに見せてもらった。さ、時間がない。さっそく準備に入ろう。ファイセル、ホテル・アーナンテに宿泊予定を入れにいってくれ。私はこの亜人のお嬢さんをボルカ先生に預けに行ってくる。そのついでに素材やら触媒やら集めてからホテルに合流する。あ、あっ……せっ、せっかくの機会だからアシェリィ、君も私と一緒に来ると良い。案内というほど大した事は出来ないと思うが、見学はできると思うぞ。さ、善は急げだ。ここは私がおごってやる。二人とも、準備をしたらついてくるんだ」


そういうとリーリンカはやや強引に話をまとめた。そのままそそくさと荷物をまとめて会計を払いに行った。


アシェリィから見ると彼女がファイセルから女性から引き離したいのが丸わかりだったが、本人とフレリヤは全く気づいていないようだった。


これだからリーリンカは苦労が絶えないのだろうなと内心、アシェリィは彼女に同情した。残された三人が準備を整えると会計から素っ頓狂な声が聞こえてきた。


「肉汁爆散コーラ……15杯も!? 全部で3200シエール……ウソでしょ!?」


ファイセルとアシェリィは二人とも頭に手をやってやれやれとばかりに首を左右に振った。


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