優しい稲妻に包まれて
一行は王都ライネンテを後にし、海風漂う街道を歩いていた。ただ、位置的に街道からは海を臨むことは出来ない。
地平に見えるのは樹木生い茂る森である。海岸線側にも別の道があるが、そちらは足場が悪いこともあり、交易用の主要な街道としては使われていない。
足取りはスムーズに進むかと思われたが、思わぬ壁があった。カロルリーチェが未だに発見されていないらしく、通行人を検問で片っ端からチェックする厳戒態勢が敷かれていた。
等間隔で神殿守護騎士や増援の国防軍兵士が配備され、血眼になって街道をゆく人々の中から彼女を探し出そうとしていた。
「すいません。検問です。……そちらの茶色のフードを被った方、フードを取ってもらえますか? あと、そちらの背の高い方も帽子を……」
そう声をかけられると少女はマントのフードを脱いで、両手で胸元を開けてみせた。そして堂々と胸を張り、冷たい流し目を検問の男に向けた。
「……急いでるんですが、通してもらえません?」
「―――!! か、カロルリーチェ様に大変似ては居られるが……その制服……学院の方とお見受けしました。ご無礼を失礼しました。お通り下さい」
彼女の威圧的な対応に気圧されたからか、その神殿守護騎士はフレリヤの詮索はせずに、道を開けた。
開いた道を学院の制服を来た少女はツカツカと歩いて行く。その後ろを青年と帽子を被った少女が着いていった。
「……どうですか? こんな感じでしょうか? にしても、この制服、とてもキツイんですけど……本当に先輩の制服なんですか?」
検問を突破したアシェリィはリジャントブイル魔法学院のミドルクラスの制服を着ていた。
深緑色の制服の胸元に指をはさんでつかみつつ、後ろを歩くファイセルに語りかけた。
「バッチリバッチリ!! 普通の旅人の服じゃカロルリーチェと間違われる可能性が高いからやっぱ学院の制服を着ておけばなんとかなるかなって。キツイのは我慢してよ。サイズが調整出来てるわけじゃなくて、着た人にピッタリくっつけるしか出来ないんだ。それにしても指名手配二人との旅とは随分デンジャラスだね……」
それを聞いたフレリヤは頭の後ろに手を組んでひどく不機嫌そうにファイセルの後頭部を見下ろした。
「全く、結局、尻尾はベルトで挟んだままで胸にはサラシ!! 頭には邪魔な帽子!! まったく、これはなんとかならないもんかね」
ファイセルは申し訳なさげに振り向いた。フレリヤの顔を見たつもりだったが、身長差から胸しか見えない。視線を上に戻して彼女をなだめる。
「しょうがないよ。君だってここでバレれば大騒ぎなんだから。幸い、今はカロルリーチェの方に目が行ってるから君はなんとかバレずにいるけど。それに悪いことばかりじゃないよ。なんとか学院までたどり着ければ待遇は保証されると思う。希少生物学が専門のボルカ先生が君を探しててね。三食昼寝付きで保護してくれるはずだよ」
それを聞いて彼女の目の色が変わった。豪華な食事でも思い浮かべているのだろか、ニヤケ顔でよだれを垂らしている。
彼女の食欲は底知れず、まともに食料品を用意していたら旅の資金が持たない。
そのため、結局ライネンテの海軍レーションで我慢してもらっているのだが、お世辞にも美味いものと言えないのはファイセルも知るところだったので彼女のそういった反応もやむなしと思えた。
街道を行くに連れ、検問の数は減って呼び止められることもほとんど無くなった。
ここまで来れば大丈夫だろうと一行はほっとして緊張がとけた。それでももしもの時のために、服装は変えずに居た。
街道を歩いているとアシェリィが立ち止まった。そして問いかけながら後ろを見た。
「ん……なんだかそこの草むらがキラキラ光ってませんか?」
ファイセルもフレリヤには特に草むら以外には何も見えなかった。
だが何度見返してもアシェリィだけには黄色くキラキラと光る光の粒のようなものが草むらの奥へと見えていた。まるで道標のようにキラキラと。
「行ってみましょう。何かあるかもしれません」
道もない草むらへと入っていく二人に対し、フレリヤは不思議な表情をした。
何もなさそうで整備もされていない脇道へいきなりと反れるのだ。彼女の理解が追いつかないのもしょうがなかった。
「アシェリィには精霊とか妖精……幻魔っていうんだけど、その痕跡とか存在を目で視る能力があるんだ。サモナーって聞いたこと無い?」
フレリヤは知らぬ存ぜぬといった様子だ。もしかして、忘れている記憶の中ではサモナーを知っているのかもしれないが、今の彼女にはやはりわからないようだ。
「ともかく、アシェリィについていってみよう」
三人が草むらをかき分けて進んでいくと、ちらほらと人の姿が見えた。それなりに大人数で何かやっているようだった。
近づいていくと何かを囲んでいる。ある程度近づくと、こちらを見つけた男性が叫び声を上げた。
「うお!! なんだおめんら!! 獣じゃねえだか!?」
他の人々も一斉にこちらを見て身構えた。驚きや警戒の姿勢をとって鋭い視線を向けてくる。
すかさずファイセルは両手を上げて敵意がないことを示した。
「あ、すいませーーーーん。人間です!! 迷子になってしまって!!」
向こうの集団が安堵を浮かべたのを確認して三人は歩み寄った。近くへ寄ると彼らが祠を囲んでいるのがわかった。
成人男性の背の丈ほどの祠だ。祠は見たことのない鉱石を積み上げた構造であり、その上部のブロックがバラバラになって飛び散っていた。
「んな方向からくんのは獣くらいのもんだべ。さ、みんな続きをやるべや」
飛び散ったブロックは小さいものではレンガひとかけと同じくらい、大きいものでは人の頭ほどの大きさだった。
それを数人でやっと持ち上げている。ひと目でとても重い鉱石であることはアシェリィ達にもわかった。
指示を出している中年の男性が状況を説明してくれた。
「いんやなぁ、これは”フェンルーの祠”ってんで、先日の雷で壊れちまったんでさ。見ての通り、この石はただの石ではね。地元じゃ”フェンルー石”っちゅうて雷を呼ぶ石として祀られてるんで。祠に雷が落ちるんだび、こうやって修繕してんでさ。放っとくとうちらの村に雷が落ちるでな。でんも、この石が重くて重くてなァ……」
話を退屈げに聞いていたフレリヤは足元にかなり大きなフェンルー石を見つけた。そして何気なくその石を片手で掴んだ。
「ははっ。お嬢さん、そーりゃ無理でさ。その石はよっぽどの力持ちでも一人じゃ……」
その言葉を聞いてか聞かずか、彼女は片手で石をひょいっと持ち上げた。それだけでなく、方手のひらの上でポンポンと軽く投げ、弄んでいる。
「うわあぁ!! バケモンかあんたぁ!!」
「何? これを積めばいいのかな? あたしが手伝ってやるよ!!」
彼女はひょいひょいと散らばった大小様々な石を拾い上げて驚く村をよそに祠へと積み上げていった。
やがて村人達が落ちつくと、彼女に指示を出したり、協力してあっという間に祠の修繕が終わった。
「すんずらんね……。あんたらなにもんだ……。あっ、あんたは……お召し物は違う見てえですが、もすかすてカロルリーチェ様!?」
まずい展開になったとファイセルたちが思ったその時だった。晴天なのに突如、一筋の電撃が祠に落ちた。祠の周りは電撃に包まれた。
通常なら全員真っ黒焦げといったところだが、不思議な事にその場の全員が暖かな心地よい感触に包まれた。
その何とも言えない空気の中でアシェリィだけが優しい女性の声を聞いた。
「祠の修繕、感謝いたします。貴女には私の声が聞こえているようですね。ちょうど力を持て余していたところなのです。住民にこれ以上負荷をかけるわけにはまいりません。私の力をお分けしましょう……」
すぐに電撃は消え、あたりの様子も今まで通り、何の異変もない森へと戻った。
ただ、異変が完全に収まったかと言えばそうでもなかった。アシェリィの手から雷の刃が吹き出すように出現していたのである。
電撃の刃はバチバチと音を立てながら長めの剣のような形状を維持していた。
これを見た村人たちはすぐにそれがフェンルーの化身であると気づき、皆頭を地面につけてアシェリィの手の刃を拝んだ。
「カッ、カロルリーチェ様がフェンルー様とお知り合いとは初めて知っただ!! さすが巫女様だけあらあ。こら、村に招いてお祭りせにゃぁ!!」
村人一同は頭を地面に擦り付ける勢いでこちらを拝んでいる。そうこうしているうちに、電撃の刃はかき消えた。
同時にアシェリィは膝を地面につく形でかがみ込んだ。青白い顔をして脂汗をかいているのが脇からでもわかった。
「さすがにこれだけ放電したらバテもするか!! ちょうどいい、このスキに……フレリヤ、アシェリィを抱えて……ずらかるよっ!!」
ファイセルからのいきなりの指示にフレリヤはきょとんとしたが、すぐにバテきったアシェリィを小脇に抱え込むと村人たちに背を向け森の中を来た方へと走り抜けていった。




