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楽土創世のグリモア  作者: しらたぬき
Chapter3:Road to the RygiantByilie
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詩人はしばしの別れを見守る

気づくと彼女は仰向けで首を強く締められていた。相手の顔を見ようとしてもモヤがかかっているようで、その表情をうかがい知ることは出来ない。


首を締めているのは女性のようなか細い手なのだが、その手には青筋が立っていてギリギリと力をこめて握られていた。


抵抗しようにも体がまるで石になったかのように動かない。首から上の感覚があるのみだった。


手で払い除けたくとも両手は全く動かず、冷たい地面にだらりと垂れることしか出来なかった。


「なんでッ!! なんであたしが死んで、あんたが生きてるんだよォッ!!」


「ッ―――!!」


息苦しさのあまり、意識が遠のいてきた。”死ぬ”というのはこういうことなのだろうか。今まであった出来事が走馬灯のようにスローで蘇る。


いずれもその光景はモノクロだったが鮮明に旅のことが思い出せた。もう駄目だと思った直後だった。


「ぷはぁッ!! はぁはぁはぁ!!」


アシェリィは上半身を起こした。何が起こったのか理解するのに時間はかかったが、どうやら酷い悪夢……というか金縛りにあっていたようである。全身がグッショリ汗で湿っていた。


「アシェリィ、大丈夫かい? 気分は?」


そう問いかけてきたのは心配そうに見つめるファイセルだった。その後ろには同じく心配そうに覗き込むフレリヤの姿があった。


「え、ええ……なんだか、とても悪い夢を見ていたようで……。体の方は……だるいですが大丈夫です。ところで、ここは?」


アシェリィが周囲を見ると少し森に入ったところの静かな木陰にいることがわかった。


木々の間から王都の尖塔などがやや遠くに見えた。王都からは大分離れているようである。


「ほら、そこに石碑があるでしょ? 詩人ロンセって人のお墓なんだけど、ちょっと街道から外れたところさ。森を突っ切ればミナレートの方角に向かう街道に繋がるんだ」


彼女はそれを聞くとキョロキョロと周りを見渡した。本来要るべきである人物が居ないことに疑問を覚え、ファイセルに尋ねた。


「あれ……ザティス先輩はどうしたんですか?」


黒髪の青年は目をそらしながら少しだけ漆黒のチョーカーをいじった。そしていまいちパッっとしない様子で説明し始めた。


「う~ん、説明すると時間がかかるんだけど、かくかくしかじかでね。ともかく、ここで合流することになってるんだ。僕らは教会に潜入したし、ザティスも目立ってるはずだから、王都内での合流は危険だからね」


アシェリィの無事を確認するとフレリヤも安心したように声をかけた。


「いやー、よかったよかった。もう起きないかと思ったよ。あとはザティスを待つだけだな。ファイセル、合流予定まであとどれくらいなんだ?」


ファイセルはそれを聞いて懐中時計を取り出して時刻をみた。アシェリィは彼の渋めな顔が気になった。なんだか悪い予感がしてきた。


「あとニ時間。もし、二時間経ってここに来ない場合は……僕らだけでミナレートに向かうことになる。ザティスの切り札は”反動”が大きくてね。たとえ傷が浅くても、一度発動してしまうとしばらくはとてもじゃないけど旅なんかできなくなるんだ」


「そ、そんな……」


アシェリィがポツリと言うと三人の間を沈黙が包んだ。さきほどからのファイセルの様子を見るに、ザティスが合流する見込みはとても低いように思えた。というか、最初から合流を諦めているような苦々しい表情だった。


彼を見てアシェリィはうつむくと後悔の言葉を口にし始めた。とても深刻で今にも泣き出しそうな顔をしている。


「私、ザティス先輩に酷いこと言っちゃいました。先輩だってきっと、ご家族のこと気にしてたんだと思います。だからそれを紛らわせようとしていたのに、そこを私が責め立ててしまったからこんなことに」


ファイセルは思わずいたたまれなくなって、微笑みを浮かべつつ彼女に優しい声をかけてフォローした。


「そんな。何ももう二度と会えないわけじゃないんだからさ。体力が回復したらザティスもミナレートに帰って来るさ。謝りたいならその時でもいいじゃない。それに、ザティスもアシェリィに強く当たった事、とても後悔してたよ。だからこそ体を張って時間稼ぎしてくれたわけだし。君がそんな調子じゃ彼も報われないよ」


アシェリィは絶望したような悲しい雰囲気だったが、それを聞くと気持ちが上向きになったのか、うつむいた顔を前に向けて王都の方を見つめた。そして軽く微笑むと振り向いてファイセルとフレリヤの方をみてまた微笑んだ。


「一応あとニ時間、ザティス先輩を待ちましょう。私は出発できるようにもうちょっとマナを回復しておきたいです。だからちょっと寝ます」


横になって森を下から見上げた彼女にファイセルはカバンから出した魔力回復剤を手渡した。アシェリィはそれを飲むといかにもマズイという風にベロを出した後、目を腕で覆って再び眠りについたようだった。


森の中はほのかに差し込む光と小鳥のさえずりが響き、心地よかった。残りの二人も思わず居眠りしそうになったが、ファイセルはあることを思い出した。


「あ、フレリヤ。そういえば、手配書をもらってきたよ。さすがに指名手配本人が手配書を取りに行くとか無謀すぎるからね。手配から四ヶ月くらい経ってるけれど、手配された四人ともまだ捕まっていないそうだよ。ほら、これ」


手渡された紙をフレリヤは覗き込んだ。『ウルラディール家正統後継者を騙る者達に関する指名手配書』と書かれている。四人の精密な似顔絵がまず目に入ってきた。


鮮やかな真紅の髪に緋色の瞳、雪のように白い肌をした少女に黒髪で凛々しい顔つきをした女性、ダークパープルのボブの髪型をしたどこかあどけらしさの残る少女、そして鏡で見る顔と全く同じ自分の顔が載っていた。


「フレリヤ。どう? なにか思い出したりした?」


彼女はなんとも言えないという感じで手配者の名前を読み上げた。


「こ……この顔は!! ま、間違いない……!! あたしはこのレイシェルハウトって子を護る役割についていたんだ。サユキに、アレンダも覚えてる。というか、顔を見て思い出してきた!! うっ!! あ、頭が……」


彼女の異変に気づいたファイセルは素早く手配書を取り上げた。頭を抑えている彼女を見て急激に彼女の記憶を引っ張り出すのは危険だと判断したのだった。


おそらく、以前の記憶を思い出す事を今の彼女が無意識に拒んでいるのだろう。よっぽど過酷な戦いを重ねていたに違いない。里で平和な暮らしを送っていた彼女とはギャップが大きすぎて矛盾が生まれているのかもしれなかった。


ファイセルは事前に手配書を見ていたが、パルフィーの項目には暗殺拳術の使い手と確かに書いてあった。


最初に読んだ時はとても驚いた。現に、今の彼女を見ても全く人を殺めるような少女には見えない。だが、里での出来事を振り返ると誰かが応戦した形跡があった。誰かが殺ったとすれば彼女しか居ない。


それに、教会で見せた並外れた身体能力からすれば彼女にその力があっても何の不思議もないように思えた。


少しして落ち着きを取り戻したフレリヤをファイセルはなだめた。


「今、無理をして全部思い出そうとしないでいいよ。ゆっくり取り戻していけばいいさ。それに、どんな過去があろうともフレリヤはフレリヤさ。僕や、アシェリィを助けてくれたじゃないか。たとえ記憶が戻ったとしても別人になるわけじゃない。だからこそ、焦ることはないはずさ。さ、君も残りの時間、休むといいよ」


フレリヤは黙ったままコクリと頷くとアシェリィと同じように森を下から見上げるように寝そべった。


やがて寝返りをうつようにこちらに背を向けてうずくまるようにまるまった。ファイセルには彼女が微かに怯えるように震えていたように見えた。


結局、合流予定時刻になってもザティスがロンセの墓に姿を表わすことはなかった。荷物番をザティスからフレリヤに交代して、一行は言葉少なに森を横切るように旅立った。


長い距離を共に旅してきた仲間の離脱にメンバーは後ろ髪を引かれた。


だが、アシェリィの受験合格が彼の望む所、そして自分たちの旅をする目的だととわかっていたので、迷わず歩みをすすめることにした。


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