謀りのトリッキー・スペルズ
彼女の射程範囲に潜り込むと同時に狂犬は勝負に出た。
「アイシクル・バズ!!」
走るスピードを緩めぬまま、ザティスは両手から冷気の波動を放出した。
全てを凍てつかせるかのような冷気が大剣を構える浄化人めがけて飛んでいく。
すかさず、彼女は大剣の平たい面を突き出してシールドのような使い方をした。
このままでは冷気弾が弾かれる。誰もがそう思った時だった。
「ディ・フージョン からの ローカラー・ブリジアッド!!」
波動は彼女の大剣に当たる直前で粉々に分裂した。それと同時に彼女の周りを大小様々な氷のつぶてが嵐とまぜこぜになって舞った。
盾を完全に無視され、横や背後からも鋭い氷の刃に襲われることとなった。
「っ……!! 反撃をッ!! 何ですって!? 大剣が体に、凍りついて!!」
彼女がつぶてと凍りついた手に気を取られているとザティスがすかさず突っ込んできた。
彼女の祝宙紋唱を封じたのを確信した彼は今なら一気に攻め込むことが可能だと判断したのだ。
「エア・ランウォーク・ベネフィー・エン・パワーエンチャンテッド・ツインレイズ!! おらぁ!! パンチ・オブ・ガスト!!」
風属性の魔法で加速したザティスはその勢いのまま全力でアンナベリーの顔面に一発、右手の強烈なパンチを御見舞した。
彼女は殴られたものの、すぐに次の攻撃に備えて回避行動に移ろうとした。
「ぐっ!! 次は避けますわよ!! …………!! な……脚が……凍りついていますわ!!」
「でやぁ、二発目!! セカンド・スタッキン!! ワン・ツーだ!!」
今度は左手でまたもや彼女の顔面めがけてパンチを放った。次の一発もクリーンヒットした。
しかも今度は連続ヒットすればするほど威力があがる呪文を唱えた。さきほどより与えたダメージはかなり大きいように思えた。
攻撃をうまい具合に当てるとザティスは大きく後ろに飛び退いた。
もしかするとあと1~2発、追撃を加えられたかもしれなかったが、続ければ続けるほどリスキーになっていく。
この程度で止めておくべきだと彼は絶妙な見切りを付けて距離を取った。
いくら耐久タイプとは言え、グリモアルファイターの全力のパンチ二発を顔面に食らったのだ。
それなりに痛いのは間違いない。構えを解かないままザティスは相手の出方を伺った。
アンナベリーは血の混じったつばを吐き捨てた。だが、その程度といえばその程度で、顔面に傷やアザはできていなかった。
並みの相手ならばこれだけくらえば失神してノックダウンされる事も多いが、彼女にはその様子が全くない。
ゆっくりと視線をこちらに向けると再び敵意のあるプレッシャーをザティスめがけてぶつけてきた。
この状況は蛇に睨まれたカエルだと彼は強く感じていたが、それでも折れない心を彼は持っていた。こちらを見つめる蛇はいつのまにか大剣から外れた片手で頬をさすった。
「ああ……ああ……たまりませんわ……。わたくし、強い殿方は大好きですの。ですが、貴男の実力を見るのはこ・れ・か・ら。勘違いしてもらってはこまりますわね……」
彼女の怪しく、ほの暗いオーラにはほんの少し殺気がまじり始めていた。一時的に凍らせただけの手と脚は早くも氷が融解していた。
すぐに彼女は大剣で宙を斬った。おそらく、あれが祝宙紋唱なのだろう。
おそらくこれで氷の刃で負ったダメージは回復されてしまったようだ。ただ、完全には癒えていないようで相変わらず頬をさすっている。
通常の呪文詠唱よりは効果が劣るようだった。絶望的だった戦況に光明がさした。
「ボーッっとしてると、大怪我しますわよ!!」
宙を斬った直後、今度はアンナベリーが仕掛けてきた。ご丁寧に距離を詰めて攻撃するつもりらしい。
彼女ならば遠距離攻撃も可能であるはずなのだが。
ザティスは相変わらず小馬鹿にされているのだなと内心イラついていた。同時に彼女に本気を出させてみたくなってきていた。
「逃しませんわ!! マリン・ブルー・テンペスト!!」
アンナベリーは大剣を左右に振って扇ぐようにして巨大な嵐を呼んだ。
深い青色をした暴風がザティスを襲った。範囲が横、縦方向と隙がない広さで、逃げ道がなく、回避のしようがなかった。
同時にかまいたちで体のあちこちがスパスパと切れていく。
嵐に飲まれてすぐに彼は局地的に向かい風を起こす呪文、ウィンディ・アーゲンストを唱えたので深刻なダメージは負わなかった。
しかし、中程度の切り傷をあちこちに負ってしまい決して軽傷とは言えない状態になってしまった。
おまけに体が宙に浮き上がってしまい、舞台の外へと吹き飛ばされていた。このまま着地すれば場外負けである。
なんだかんだでアンナベリーは手加減したまま終わらせようとしていた事にザティスはますます怒りを覚えた。
嵐が止んで狂犬は空を飛んだ。なんとかして場外を回避するしかない。すぐに彼はあれこれ悪知恵を働かせて考えた。
舞い上がっていた軌道は落下に変わり始めた。彼は宙で笑みを浮かべると両手を舞台に向けてかざした。
「……こんなのあったな。今くらいしか使えないけどな!! マナ・マグネティカ・フォース!!」
彼がそう唱えるとすぐに軌道が変わった。落ちる動きから一直線にアンナベリーめがけて突っ込む挙動に変化したのだ。
マナ・マグネティカ・フォースは強力なマナを持つ物体に反応して磁石のように引きあったり、退け合う呪文だ。
引きつける場合、よりマナの強い物の方に引き寄せられるという特性がある。ザティスはこのターゲットをアンナベリーの大剣に設定したのだった。
あれだけエンチャントされた大剣なら彼を引っ張るほどのパワーが有ると踏んだのだ。予想は的中して彼はアンナベリーめがけてまっしぐらに突進をかけた。
おもったより勢いが出ている。この感じならば、引き寄せる勢いを利用して攻撃に転じることができそうだった。
だが、またパンチをお見舞いしようとすればタイミングを合わせられて逆にホームランされてしまうだろう。
どうしたものかと考えつつ、どんどん二人の距離が縮んでいった。
アンナベリーは飛んできた彼を打ち返す気まんまんといった感じで構えている様子がうかがえた。
一方のザティスは結局、勢いを殺さないまま彼女めがけて突っ込んだ。
ついに大剣の射程圏内に彼は入った。その刹那、大剣の持ち主は思いっきり斜め上めがけてスイングした。
だが、不思議な事に手応えがない。なんとザティスは彼女のスイングの直前、突撃するフェイントをしかけつつ磁石の効果を切って地面に着地した。
そして舞台にしゃがみ込み、巧みに大剣のフルスイングを回避していた。彼女が空振りすると同時に彼は勢いを付けてアッパーを放った。
「下がお留守だぜぇ!! ロケッティア・アッパー!!」
強力なアッパー・パンチがアンナベリーに直撃した。あまりに強烈な一撃に彼女はひるみ、体は宙に浮いた。
大きな隙が出来て、またとない好機がやってきた。ザティスはその瞬間を見逃さなかった。
「うおおおおおお!!! 最大火力だ!! ミックス。・レイド!! イクスプ・ヒート・ラウドーーーーーーーッ!!」
彼の拳からモクモクと雲のような不透明な気体が吹き出した。その煙が彼の頭上の短い範囲を覆った。
するとその煙の中で激しい破裂音を伴って小規模な爆発が発生した。あの姿勢からでは彼女に数発爆発が直撃しているだろう。
おまけにこの雲の中はとても高温で、内部に居る相手に熱波攻撃を仕掛けることが出来る。
炎と雲のミックス・ジュースだ。範囲がとても短い代わりに威力を上昇させることに成功している。
爆発と強烈な熱波の二段構えの必殺技をヒットさせることに成功したザティスはマナの消費と熱波によって吹き出すように出る汗を袖で荒っぽく拭った。
「や、やったか……んなわけねぇよな……」
やがて爆発はおさまり、熱波の煙があたりに漂って視界が悪くなっていた。流石にこれを喰らってはただではすまないはずだが、この程度で倒れてくれるとは思えなかった。
ザティスは瞳を閉じて、精神を研ぎすませた。もし、相手が奇襲を仕掛けてきた場合に備えてカウンターの構えをとったのだ。
奇襲を常套手段としている以上、向こうの奇襲にも敏感になる。
張り詰めた緊張感が続く中、彼は額に汗を浮かべながらアンナベリーを待ち構えた。




