花が色づく頃にまた会えるかしら?
戦いの構えを取りながら、猫の前に放り出されたネズミは考えうる作戦を総動員して、はるか格上の相手に挑もうとしていた。
コロシアムに潜っていればこの程度の強敵と当たるのは珍しくないが、アンナベリーほどの威圧感ある相手と当たるのは指を追って数え切れるほどしか無かった。
ザティスのバトルスタイルはグリモアルファイターと呼ばれる魔法に格闘を組み合わせたものだ。ある程度安定した戦いをすることが可能だが、ありふれていてシンプルなタイプの能力である。
そのため、相手の裏をかくのが難しい。さらに中途半端な実力だと対策が立てられやすいという点も欠点だ。
彼はそこを留年で培った多くのグリモア解読で補っている。奇襲や一癖ある呪文を多く揃えており、トリッキーな戦いを得意としていた。
解読難度が高く、適性が必要な加速呪文、アクセラレイトも習得できている。
もっとも、アクセラレイトは体への反動が大きく、多用することは出来ないが。
場を引っ掻き回す戦いと、ここぞというときのアクセラレイトがザティスの十八番だった。だが、今回の相手はどうだろう。一度戦った相手なので当然加速魔法への警戒もあるだろう。それに相手の実力が実力だけにうかつなタイミングで使うとカウンターを食らうだろう。
逆にザティスはアンナベリーを観察して能力を推測した。リジャントブイルの最高学年エルダー(研究生課程)を卒業しているはずだ。
エルダー2年目で単位を取れれば学院卒業が可能だ。3年、4年と残って腕を磨く学生もいるのだが、巣立っていく学生もそれなりにいる。
彼女が何年学院に居たのかは定かではないが、少なくとも今は卒業して教会に就職しているらしい。
前回戦ったときとは比べ物にならないほどのプレッシャーを感じる。
個人それぞれに異なった”マナの色”が存在していると言われるが、彼女ははっきりとそれがわかるほどだ。練度の高くなるにつれ使い手のマナの色は濃くなるとされている。
それがある一定を超えるとただでさえ不可思議な魔術を更に超える超能力じみた力を会得すると言われている。
これを専門用語で”色めく”と表現する。その能力は原則的には自分しか使えないというオリジナリティあふれるものだ。
おそらく目の前の大剣を持つ女子は既に色めいているものと思われた。
色めく条件は人により様々だ。追いつめられた時に急激に色めく事もあれば、地味なグリモアばかり読んでいても色めくこともある。
ただ、学院は能力を覚醒させるノウハウを持っており、本来なら一部の天才しか到達することの出来ない段階まで生徒を導いている。
そうはいってもエレメンタリィ(初等科)ではほとんど色めく学生は居ないし、ミドル(中等部)になってようやくちらほら現れる程度である。
もちろん、ザティスもファイセルもまだそれらしい兆候はない。自分が色めいたらどうなるかという予想も全くできなかった。
自分でさえ予想できないのだ。相手の能力なんて予想しようがない。戦ってみて探るしか無い。
そう割り切ってザティスは戦い開始のゴングに備えて構えた。
「それではッ!! ザティス選手対アンナベリー選手の試合、始めーーーーーッ!!」
ゴングが鳴ると同時にアンナベリーは大剣を抜刀した。大剣には美しい古代文字が描かれている。カルク文字だろうか。
あれによって武器をエンチャントしているようにも思えた。真っ黒な刃にキラキラと文字が輝く得物に思わず観衆は見とれた。
剣を素振りながら彼女は笑った。そのままこちらに語りかけてきた。
「わたくし、知ってますのよ。貴方が遠距離の呪文を一切使えないこと……。ずっと、ずっと、見てましたからね……。でも、せっかくの再会ですし、愉しい闘いにしたいのです。遠距離攻撃はいたしません。一方的に貴方を痛めつけても面白くないですものね……ウフフ……」
それを聞いたザティスは含み笑いしつつ、彼女を見つめた。笑ってはいたが、半分は呆れ顔のようなものである。
「あんた、前回戦ったときも手ぇ抜いてたっけな。その余裕全開の性格は相変わらずか。なんかコケにされてる気もするが、愉しい闘いをしてぇっつーのには同意だな。んじゃ、楽しくいきますか!!」
ザティスは言うやいなや前傾姿勢でアンナベリーめがけて正面から突っ込んでいった。彼女も大剣を構える。すぐに至近距離に迫ってパンチを振りかぶった。
「ハイ・エア・ホッピン!!」
詠唱すると大柄な青年は体格に見合わないほど高くジャンプした。
足の裏から呪文を放って反動で飛び上がったのだ。そのまま、空中で素早く好きを作らず次の呪文を唱えた。
「からーの、メルティング・ジュース・プラズマ・エン・カーズ!! カラミティ・ヴォルト!!」
彼の指から紫色の一筋の雷が押してアンナベリーを襲った。彼女はすぐさま大剣を頭上に構えてこの雷を防御した。
だが、雷は剣を伝って彼女の体中に流れた。さほどダメージを受けなかったようだが、地面と足の間にバチバチと紫の電撃が走ったままだ。しばらくしてもこれは消えなかった。
「呪術呪文ですわね。貴方、本当に呪術好きですのね……。あぁ……足から地面にマナが抜けていくのを感じますわ。この雷は私から地面にマナを流してしまうのですね。ああ、なんていやらしい……」
浄化人は神殿守護騎士のように祝福された鎧を来ていないので呪い耐性が無い。
とはいえ、騎士に装備が劣るかと言えばそうでもない。個人で装備を用意するので差はあるが、浄化人である以上、高価な装備は商売道具とも言える。
呪いを食らった彼女は全く慌てている様子がない。にんまりと笑みを浮かべると大剣を規則正しく動かして宙にごくごく簡単な紋様を描いた。
すると彼女の足元が淡い金色に輝いた。その直後、足にまとわりついていた紫の電撃は消えていた。
「ウフフ……解呪成功。お披露目しますわ。わたくしの祝宙紋唱を。貴方相手に魔法を唱えられないまま負けたのがくやしくてくやしくて……。それを克服するために編み出したのがこの技ですのよ……」
ザティスは落下しながらすぐに彼女の特技を推測した。おそらく紋様を宙に描くと詠唱すること無く魔法が発動するようだった。
あの様子だと剣での直接攻撃をしつつ、攻撃呪文や回復呪文を使ってきそうな勢いだ。攻防一体の厄介な能力であるのは間違いなかった。
「今度はわたくしから……。失望させないでくださいね……フフフ」
彼が着地すると同時にこんどは向こうから接近してきた。大剣の平たい面で殴りつけるようにスイングする。
「エクステンド・リフレックス・アジリティ・マックス・バースト・ツインレイズッ!!」
ザティスが唱えるとほぼ同時に大剣が迫ってきた。左手から飛んでくる幅の広い攻撃を彼はバックステップでかわした。
時間をおかずにアンナベリーのラッシュが始まった。切り払い、薙ぎ、突き、殴打を次々と繰り返してくる。
ザティスは反射神経と運動能力を限界まで高めてこれを避け続けた。前戦ったときと同じ展開になった。
「ああ……ああ……。わたくしの見込んだ殿方ですもの。これくらい避けてもらわねば……ウフフ……」
連撃を受け続けると避けきれないと思えたのでザティスは後ろに大きく飛び退いた。攻撃範囲から外れると彼女は攻撃をやめた。まだ祝宙紋唱を使ってくる気配はない。
(こいつは相当重い大剣を使ってる。いくら手練とは言え、これだけ重いとそこまで速く振るのは限界がある。通常の振りだけで言えば回避に専念すればなんとかよけきれるレベル。ただ、奴は打たれ強い耐久タンクタイプだ。ちょっとやそっとのダメージじゃ倒せない!!)
互いに次の手を読み合ってにらみ合いが始まった。攻めるか守るか、しかけるか、待ち受けるか。実力者同士の心理戦が始まった。
本来、ここでザティスは長所を発揮できるところだったが、実力差が大きくそれどころではなかった。
かつてのアンナベリーならここで突っ込んできただろうが、今の彼女は間を読むのが格段にうまくなっていた。
「うふ……ウフフフ。闘いはまだまだ始まったばかりですよ?」
「この女……怖ぇって……」
またもや放たれる禍々しいオーラに睨まれた狂犬は身震いした。




