すり替わりの神姫
アシェリィが雑踏にすっかり姿を消してしまった後、しばらくしてザティスは激しく後悔していた。
いくら自分の癪に障る話だったからと言って、年端もいかぬ少女に大人気もなく容赦ない怒号を浴びせてしまった事に。
わかってはいる。わかってはいるのだ。彼自身も家族の大切さは痛いほどわかっていた。
だから余計にこじれている自分の現状に対して有耶無耶にしたいという想いがあり、それが彼女に強く当たる原因となってしまった。
「…………悪かった。俺が悪かったよ。さっさとアシェリィを探そうぜ。きっと迷子になって心細いだろうからな……」
その言葉を聞いてファイセルは優しげな微笑みを浮かべて腕を伸ばし、大柄な青年の肩をポンポンと叩いた。
「僕らに謝ってもしょうがないよ。そういうのはアシェリィ本人に言わないとね。さ、早速、迷子を探すことにしようよ」
肩を叩かれた方は思わず苦笑いを見せた。フレリヤも元のペースに戻り、屈託のない笑みを返してきた。すぐにどうやってアシェリィを探すかという相談になった。
三人で手分けして聞き込みをするのが一番効率が良さそうだったが、ファイセルとフレリヤにはライネンテの土地勘が全くない。
下手をするとまた誰か迷子になる危険性があった。やむなく、三人が見える範囲で聞き込みを始めることにした。
似顔絵があれば良いのだが、あいにくそれは用意できそうにない。人物の顔や物体を紙などに正確に転写する事のできるポートレート・オーブや、トレーシング・ペンシルなどはマジックアイテムである。
高価故にそれらのマジックアイテムが使われるのは緊急の探し人や指名手配の時、裕福な家庭の記念の似顔絵の時くらいのものである。
仕方なくザティス達はアシェリィの特徴をまとめた。彼女は歳の割には背が高く、スラッとした体形をしている。
15歳にして身長は160cm弱はあるだろうか。ただ、胸までスラッとしていて、残念ながらそこは平坦としか形容できない。
顔についてはザ・田舎娘といったところで、全く化粧をしていないすっぴん顔である。
その様から察するに化粧するという文化と言うか経験がないのだろう。化粧品も買わないし、特に携帯していないようだ。
ある程度規模のあるシリルの街でも化粧していない女性はそこそこいるので辺境のアルマ村では化粧の文化が無くても不思議ではない。
ちなみに流行の最先端を行くミナレートでは殆どの女性が外出時には化粧をしている。ライネンテでも同様だ。
ただ、顔立ちは悪くなく磨けば光るタイプというのはザティス談だ。確かに言われてみれば可愛らしい顔立ちをしている。
元がいいだけあって、しっかり化粧を施せばミナレートでも通用する気がしなくもない。
ただ、彼女からは芋臭いというかなんというか田舎者特有のオーラが色濃く滲み出ているので垢が抜けないことにはいまひとつな気もするのだが。
髪の毛の色は艶のある暗めのライトグリーンで、普段は髪を結ってポニーテールにしている。かなり長髪で、髪の毛をおろしている時は腰下くらいまでの丈がある。
声は穏やかな俗に言う癒し系の声で、活発的な彼女の印象をだいぶ女性らしく柔らかにしている要因でもある。
それと見た目だ。普段はもう魔力の薄れた黒に近い紫のローブを羽織っている。
これは彼女の愛用品で、実家で作ったものを使っているらしい。このローブは黒ずんているので目立ちそうであり、手がかりになるのではと思えた。
ローブの下には途中で買った金属製のほどほどの胸当てと、その下の上着がブラウス、下はスカートと言った出で立ちである。
やはり服装の中でキーになるのはローブのように思えた。
早速三人は互いの目の届く範囲で聞き込みを開始した。人を選ばず、手当たり次第に探し人の情報を伝えていく。
こんな感じの少女を見かけなかったかと尋ねて回った。これだけの人混みの中であり、広大な王都である。
有力な情報を集めるのにはとても骨が折れるかと思えたが、思いもよらぬ形で彼女の足取りがつかめた。
「おい。お前ら。何か手がかりがあったか? こっちは……アシェリィ本人についての情報はなかった」
ザティスの報告にフレリヤが反応した。深くかぶった帽子の内側では猫耳がパタパタと揺れ、帽子がもぞもぞと動いた。
尻尾もゆらゆら揺れている。何か収穫があったにはあったようだ。しかし、彼女の顔はいまいち晴れず、どちらかというと困り顔だった。
「う~ん。でもなんかおかしいんだよね。みんな確かにそんな見た目の人を見たことあるっていうんだけど。アシェリィじゃなくてカロル……なんとかサマじゃないかって。……あとシンキとかなんとか?」
ファイセルもフレリヤに目をやった後、うんうんと首を縦に振りながらザティスの方を向いて報告を始めた。彼の顔色もあまり良いものではなかった。
「僕も。”神姫カロルリーチェ様”って言ってたかな。なんだろう。アシェリィがよっぽど似てるのかな。そのカロルリーチェって人に……。『旅装束姿のカロルリーチェ様が神殿守護騎士と街中を行進されていた』ってのは聞いたんだけど……まさか……」
ファイセルの話を聞いたザティスは両手で頭を抱えて荒っぽく頭を掻いた。
目は見開かれ、歯は食いしばられ、ものすごい形相を浮かべていた。少ししてパクパクしながら口を開いた。
「があぁぁぁ~~~~、最悪のケースだぜこれは!!」
彼は大きく荒々しいため息をつき、なんとも言えないと顔を大きな片手で覆った。あまりのリアクションの大きさに他の二人は驚いた。
そして二人して彼の顔を覗き込んだ。彼は目をつむり天を仰いだ。よっぽど悪い事態に陥っているのは分かったが、ザティス以外には事の重大さの想像がつかなかった。
「こりゃ間違いねぇな。神姫は人前で旅装束なんて絶対着ねぇ。つまり、アシェリィはカロルリーチェと勘違いされて、入れ替わりで連れてかれちまった可能性が高い。おそらくルーンティアの教会本部、カルティ・ランツァ・ローレンにだ」
彼がオーバーな反応をした割には教会に連れて行かれただけと思ったファイセルとフレリヤは何食わぬ顔をしていた。そして亜人の少女はあっけらかんとしたままザティスに声をかけた。
「なんだ。じゃあ迎えに行けばいいんじゃん」
天を仰いでいたザティスはゆっくり頭を下ろした。途中、自分よりフレリヤの背が高いことを思い出して胸から顔に視線を移した。
「あのなぁ、神姫なんて会えるわけねぇだろ。教会のお偉いさんか、要人、VIPくらいにしか面会の機会はねぇよ。俺は最近の神姫については疎いからカロルリーチェって奴は知らねぇ。だが、大層なお転婆者だとさっき聞いた。しょっちゅう教会から脱走してるらしい。必ず一人くらいはいるんだよ。そういうヤンチャな神姫」
事の重大さを徐々に理解したのかファイセルの顔がこわばっていくのがわかった。一方のフレリヤは何のことやらといった様子で全く危機感がない。
とりあえずファイセルだけに伝わればそれでいいかとザティスは割り切った。そんな彼が重い口を開いた。
「えっと、確か神姫ってのはルーンティア教の巫女の中でも特殊な能力を持つ人たちの事を指していたはず。その血筋が途絶えないよう、教会は彼女らを厳重に手厚く保護している……って学院でやったね」
細身の青年の解説を聞いたザティスはしかめっ面をしてすかさず彼を指差した。指先をニ、三度振って指し指を強調する。
「それだソレソレ。一応教会は開放されてて、巡礼者が絶えない。ただし巡礼者が入れるのは中庭ぐらいだ。そこにあるルーンティア像が聖地の中心になってる。本部内部は神殿守護騎士があちこちに配備されてて常に厳重警戒されているんだ。神姫の部屋にたどり着こうなんて丸裸で象蜂の巣に飛び込んでいくようなもんだぜ」
厳しい現実をぶつけられて、一同は静まり返ってしまった。正攻法では神姫に面会するのはまず不可能だという。かといって強硬策に出ればタダでは済まない。
下手をすれば不敬の罪で国家指名手配犯に指定されてしまう可能性もある。三人は顔を突き合わせながらそれぞれが頭を抱えた。その沈黙を破ったのはザティスだった。
「おい!! さっきも聞いたが、今日は何の月の何日だったか!?」
ファイセルは突然の大声にビックリしたが、すぐに肩掛けカバンから手帳を出してパラパラとめくって日付を確認した。
「えっと、亀竜の月の22日だけど……どしたの急に?」
日付を聞いた茶髪の大男は指をパチンと鳴らしてニヤつきだした。
何か策が閃いたのだと他の二人は期待して彼の発言を待った。もったいぶる気も無しに彼は自分の作戦を二人に語りだした。
「よし、まだ間に合う!! 毎年、亀竜の月25日にはリーネ記念奉武大祭ってのが開催されんだよ。そいつは神殿守護騎士同士の闘技大会でな、その日ばかりはほとんどの奴らが仕事をほっぽらかして王都でやる大会を見に行くんだよ。ここんとこは保守派と革新派の代理戦争化してるらしいからな。そりゃ熱中するわけだぜ」
彼は得意気に指をピンと立てて、軽く振りながら一歩、二歩とファイセルたちの周りをてくてくと歩きながら続きを口にした。
「んでだな。その大会、実は少数だが一般参加者枠を決める予選が前日にある。ただし、参加資格は王都民のみに限られるし、あんまり強ぇ奴は予選に勝ち抜いてもハジかれて本選には出られねぇ。だからブチ抜けて強いやつはそもそも来ねぇのよ。あくまで神殿守護騎士を立てる大会なわけだから、ゲストにひっくり返されたらたまんねぇわけだ。もし俺が本選に出て場をひっかきまわせれば教会本部の警備は手薄になるって寸法よ」
彼の作戦を聞いたフレリヤはスカッっとしたとばかりに晴れ晴れとした笑みを浮かべた。どうやら彼女はこういったわかりやすい作戦は好きらしい。
首を縦に振って賛成の意を示している。一方のファイセルは訝しげだ。
「えー、それって一般参加者の中で手加減して程々に強い人を演じるって事でしょ? かなり器用な芸当だよそれは。当然ケガや痛い思いをするだろうし、大丈夫かなぁ……」
てくてく周りを歩いていたザティスは歩みを止め、自信ありげな笑いをたたえて親指で自分を指差し、胸を平手でポンポンと軽く叩いた。
「あれ、信用ねぇのな。まーまー、任せとけって。んで、お前が救出役だ。奉武大祭本選開催と共にカルティ・ランツァ・ローレンに潜入してアシェリィを奪還してくれ。もちろん見張りの騎士はゼロではない。そこはなんとかやり過ごすって事で。フレリヤは……」
彼女をどうするか考えていた時、本人から意見があった。少し焦った風で両手を前に突き出して左右に振った。
首も左右に振って拒否しているようなジェスチャーを取った。自分がどういう扱いを受けるのかわかっているのだろう。
「ちょっと待って待って。置いてきぼりはごめんだよ。それに独りじゃ迷子になっちゃう。あたしはファイセルについていくことにするよ。大丈夫、足手まといにはならないって約束するから!!」
フレリヤの懸命な懇願を断るわけにも行かずに結局、彼女はファイセルと組んでアシェリィ救出に向かうことになった。
「フ~ム、リーリンカにゃ悪いが、女と二人きりにしちまうな。ま、おめぇらなら心配ねぇだろ。いいな、この事はくれぐれもリーリンカには内緒だからな」
作戦がまとまると彼らは円陣を組んで手を重ねて決意を確認し合った。ここから先は一蓮托生。誰がしくじっても不敬の罪は免れない。
それでもアシェリィを放っておけるわけがなかった。手を重ねる三人の意思は固く、力強さに満ちていた。




