その賞金首に心当たりアリ
「…………はッ!!」
細身の青年は跳ね起きるように身を起こして額に手を当てた。そしてそのまま頭を軽く左右に揺らして目を開いた。
その動きを感じ取ったのか、隣で寝ていた大柄な青年が眠たげに声をかけた。
「んん……んんん? ……どうしたファイセル。床寝で悪い夢でも見たか? 残念ながら昨日は俺がソファーだったからな」
そうザティスから声をかけられたファイセルは首のチョーカーを無意識にいじりながら気難しい表情をしていた。
なにやら思慮を巡らせている様子だ。しばらく無言のままでいるのでどうしたのかと思い、ザティスは再度、声をかけてみた。
「おい、どうしたんだ? 朝っぱらから顔色がすぐれなみてぇだが。まぁ、さすがの俺も故人の家に上がりこんで寝泊まりさせてもらってるのは気が引けるが―――」
その言葉を遮るようにファイセルは掌をかざして沈黙を促す仕草をとった。ザティスはすぐにそれを汲み取って、喋るのをやめて黒髪の青年の方を見た。
「思い出した。……あのフレリヤって子について思い出したよ。なんでこんな目立つ出来事を忘れてたんだろう……。ザティス、あのさ、覚えてるかい? 三ヶ月くらい前にノットラントのウルラディール家でお家騒動があったときの事。ほら、全校集会があっただろ?」
ザティスは後頭部に手を組んで寝そべったまま天上を仰いだ。
視線をあちこちにやって記憶をたどっているようだった。そしてすぐに跳ねるように身を起こしてファイセルを指差した。
「あぁあぁ!! あいつか!! 生物担当で保護官のボルカの先公がこいつだけは保護してくれって生徒に土下座してまで頼み込んでた亜人の賞金首が居たはずだ。確か、大柄で、猫耳に……タヌキの尻尾? つって言ってた気がするぜ。流石に似顔絵までは覚えてねぇ。名前も思い出せねぇな。だが、確かに条件とは合致する。……しかし、なんでまたそのウルラディールの付き人がこんなところに一人で居るんだ?」
ファイセルは難しげな顔色を浮かべて首をかしげた。やがてチョーカーから手を話すとその指を顎に当て、軽く唸った。少し間を開けて彼はザティスの方を向いて語りだした。
「う~ん、そこが全然わからないんだよね。いくら記憶喪失のようだとはいえ、どうやったらこんなとこにたどり着くかがわからない。……それはそうと彼女が一人きりでここに居るってのはボルカ先生にとってはありえないくらい好都合だね。ウルラディール家のゴタゴタには一切首を突っ込むなってのが学校の指示だったし、それをわかった上での無茶な頼み込みだったしね。もし屋敷の人が一緒だったら保護どころじゃないしなぁ……」
二人が話し込んでいると寝室に繋がるドアがノックされた。ベッドを借り切って宿泊しているアシェリィだろう。声をかけるとドアを開けて居間に入ってきた。
「おはようございます。私ばっかベッドを占拠しちゃって申し訳ないです。ところでお二方、なんだか話が盛り上がってたみたいですが、何か良いことでもありました?」
少女は屈託のない笑顔を浮かべた。里に帰ってきた直後はその酷い有様を見てふさぎ込みがちだった彼女だが、その中で自分の出来ることを見つけて懸命に村人やファイセル達を手助けしていた。
突然のアクシデントで旅への意志が折れてしまうのではないかとファイセルとザティスは内心、心配していたが蓋を空けてみれば彼女はなかなかたくましく、芯の強い少女だった。
オルバが見込んだだけあってちょっとやそっとの事ではくじけないようだ。この一件で二人は今までの彼女に対する認識を改めることになった。
「ああ、アシェリィ。今、ザティスと話してたんだけどね、あの亜人の女の子の事、思い出したんだよ。……確かアシェリィもどこかで見たことがあるって言ってたよね? 心当たりはあった?」
ファイセルの問いかけにアシェリィは目線を泳がせた。しばらく考えていたようだが、すぐにファイセルたちのほうを向いて首を横に振った。
ファイセルはその仕草を確認するとザティスとの会話の内容をかいつまんでアシェリィに伝えた。すると彼女は顎に指をそえてまた目線を泳がせた。
指を顎に当てるのを見たザティスはオルバの弟子にはこの癖がつくのがお決まりなのではとまたもや思った。
「そうですね……。確か私は新聞で彼女を見た気がします。ウルラディールのお家騒動の時ですよね? あの時、四名の女性が指名手配で賞金首にされたはずです。海外の賞金首にも関わらず、ライネンテでも高額の報酬がかけられていたかと。その中に大きな猫のような耳の人が居たはず……。名前までは覚えていませんが」
更に三人の間でやり取りがされてフレリヤという少女についての情報が固まってきつつあった。
だが彼女に対してどういった対応を取るかは全くまとまらなかった。意見が異なるというより、誰も最適と思える答えが出せなかったのだ。
「んで、どーすんだ? 保護してリジャントブイルまで連れてくのか? そりゃつれてきゃボルカの先公は『これぞ種の保存ッ!!』とかいって喜ぶだろうが。俺らにこれといったメリットは……あ」
ザティスは何か思いついたらしく、アシェリィの方を向いた。そして不敵な笑みを浮かべて人差し指を立てた。
「そうだよ。あいつを保護すりゃあ希少生物の保護実績って事で俺らの評価点は上がるぜ。ま、リジャントブイルに推薦制度はあって無ぇようなもんだから、残念ながらアシェリィに特別有利に働くって事はねぇんだがな」
ザティスはわざとらしく肩をすくめてやれやれといった様子で大きなため息をついた。
しばらく横になって天井を眺めていた彼はバツが悪そうに頭をかきながらぼやいた。
「あ~、でもよ、するとマジな話、あいつを無理にほじくり返すこともねぇのかもしれねぇな……」
それを聞いてまた一同は考え込み、黙り込んでしまった。
彼女が助けられてからもう4回目の朝を迎える。毎日見舞いには行っているものの、意識が戻る気配はない。
何かを決めるにせよ彼女自身の意見を聞かないことには話が始まらない。旅のスケジュールもあるので少し一行はやきもきしていた。
「さて、とりあえず今日も様子を見に行ってみよう。そうだな、明日あたりまで目覚めなかったら彼女には気の毒だけど、僕らは出発させてもらおう。これ以上、ここに滞在しすぎると日程的に少しずつ厳しくなってくるからね。僕らの第一目標はアシェリィの合格なわけだし」
ファイセルの提案をザティスとアシェリィは聞いてそれぞれが首を縦に振った。軽く身支度をして、フレリヤの寝かされているウィムルという婦人の家を訪ねた。
長老の家からはさほど離れておらず、広場に隣接した一軒家だ。先頭を歩くファイセルがドアをノックした。
すぐに返事があって、家主の婦人が顔を出した。何やら嬉しそうな顔をして一行を招き入れてくれた。
まず目に入ったのは半身を起こしたフレリヤだった。どうやら意識が戻ったらしく、大きな耳をパタパタと動かしてこちらを見つめている。
包帯だらけで痛ましい姿だったが、命をとりとめたようでファイセルたちは安堵した。三人がベッドに近寄ると向こうから声をかけてきた。
「あんたたちがあたしを助けてくれたんだな……お礼を言って良いのかわからないところはあるんだけど……。ありがとう。助かったよ」
ベッドの横に並んでファイセル、ザティス、アシェリィと三人が握手をした。一行が肝心の話題についていつ切り出そうかと見計らっていた時、フレリヤがいくつかの疑問を投げかけてきた。
「あのさ、あたし……ほんとは”フレリヤ”って名前じゃないんだろう? 本当の名前があるんだろう? あたしが賞金首って本当の事なのか? 賞金首って、あたしはどんな悪いことをしたんだ? もしかして……人を……人を殺したりしてきたのか?」
切実な質問の連続に思わずファイセル達は黙り込んでしまった。状況が状況であり、複雑なだけにどこまで喋って良いものかもわからないし、迂闊に答えるのも彼女の為にはならないように思えた。
それにファイセル達が知っている情報にも限界があった。言葉を選びながらの会話は続いた。




