夢なんかじゃなくて
里が惨劇に襲われている頃、ファイセル達はパルマーの樹を出発して村のそばまで戻りつつあった。
一番うしろを歩く大柄の青年が頭の後ろに手を組みながら前を歩く二人に向けて語りかけた。
「なぁ、パルマーの樹、ほんとにあれで良かったのか? 俺らだけが悪いってわけでもねぇんだろうが、要因の一つではあるからな。いくらあの幻魔の爺さんが望んでたからって樹から精霊をひっぺがしまったわけだし。なんだか釈然としねぇな」
それを聞いたアシェリィは歩きながら振り向いてザティスに説明した。
「幻魔にとってマナは生命の源でもあるんです。だからあまりにもマナが枯渇すると存在が危ういんですよ。大して格の高くない私のことを有望だっておだててましたし、向こうからすればまたとないチャンスだったはずです。あの調子ではどのみち木の実はならなくなっていたでしょう……」
一同は少しだけ辛気臭い空気に包まれたが、すぐに立て直して村を目指した。結局、パルマーの樹については仕方がないという事で落ち着き、以降誰もそれに関して言及することは無かった。
長老に告げるか否かが悩ましい点で三人の議論の対象になったが、いたずらに話を厄介にするもの得策とは言えないという結論に至り、黙っておくことになった。
信仰を欠かした里側にも責任があったので多少は背徳感が薄れた。
三人が里に向けてあるいていると向かい側からぞろぞろと人がやってきた。
最初は村人がパルマーの樹から実でも取るのだろうかと思っていたが、近づくにつれてその集団がただならぬ雰囲気を醸し出しているのがわかった。
先頭に里の男女が歩いており、後ろに4人ほどガラの悪い男たちがついてきている。その手には樹を伐採するための道具が握られていた。
どこからどう見てもパルマーの樹を切りに行くつもりだと言うことがわかった。それに木こり道具だけでなく、不自然に武装している。
ファイセルたちとその集団は互いに道沿いに歩みよって行った。だんだん距離が縮まってきて、表情がわかるくらいの位置まで近づいた。
「あ、あ、あんたらか。お、お、俺らはこれからパルマーの樹の枝を落としにいくところなんだ。さ、里の外から業者が来てくれてな……。道をあけてくれないか」
里の男性がそう紹介するも、後ろの四人は愛想笑いさえしない。もはやごまかす気も無いといった様子だ。一方の里の男性は顔が酷くこわばっている。何かに恐れおののいているようだった。
「すまんな、日が暮れる前に作業を終わらせたいのだ。道をあけてはもらえぬか」
後ろの男の一人が声をかけてきた。一行は奇妙には思いつつも、里の人間の言うことに逆らうわけにも行かず、道をあけようとした。その時、里の女性が思いっきり叫んだ。
「さ、里が賊に襲われてるんだ!! こいつらパルマーの樹を切って売り払うつもりだよ!!」
「貴様!! 命が惜しくないようだな!!」
女性が叫ぶと同時にガラの悪い男たちはすぐにナイフを抜いて口封じに里の二人を刺そうと背後から襲いかかった。
ファイセルたちは里の人達の近くに居たが、さすがにここまでの至近距離で刺されると助けようがないように思えた。だがザティスはとっさの判断で呪文を詠唱した。
「いくぜ!! ブレイズ・ショットガン・カルテット!!」
ザティスが襲いかかっている男たちに指先を向けると指先に大きな火球が発生し、燃え上がり始めた。彼が腕を振り切るとすぐさまその火球は発射され、散弾のように4つに散らばって男たちを直撃した。
火の付いた相手はパニックになり、逃げ回ったり転げ回ったりして消火を試みた。だが火は消えること無く燃え上がっていた。
「大丈夫だ。死にゃあしねーよ。まだしばらく消えるこたねーけどな。おっと、湧き水くらいじゃ消えやしねーぜ。しばらくは熱い思いをしてもらう。それはそれとして……おい、ご婦人。里が賊に襲われてるってのはマジなのか?」
引火している男たち呆気に取られていた里の女性が我に返ったかのように話の続きを始めた。その顔色は真っ青でただ事ではないといった様子だ。
「そ、そうなんだよ!! あたし達はパルマーの樹へ案内させられてここまで来たんだ。でも、村にはまだたくさん賊が居てさ。なんていうかすごく嫌な予感がするんだ。息子や娘も里に残してきちまった……。は、早く里へ戻らないと!!」
それを聞いたファイセルたちは互いの顔を見合わせ、頷きあった。そして代表してファイセルが名乗り出た。
「それを聞いて放っては置けません。僕達もご一緒させてください。早く里へ!」
里の女性も頷き返し、一行は全速力で里へ向けて走った。そうかからないうちに彼らは森が開けている里の入り口へとたどり着いた。
里の広場に広がっている惨状を見て思わずアシェリィや里の女性は血の匂いに吐きを覚えた。一面に死体が散乱し、おびただしく流血していた。わずかだが交戦したような形跡もある。
里の女性は口元を拭うとすぐに生存者が居ないかと倒れている者たちを確認し始めた。ファイセルとザティスも汚れていいように身なりを整えると息のあるものは居ないかと広場中を探し始めた。
一方のアシェリィは見たこともない酷い有様にショックを受けてしまっようだった。
「アシェリィ、君は無理をしないで。広場の見えない入り口の木陰で休んでいるんだ。僕達が呼ぶまでしばらくそこでゆっくりしていて」
ファイセルもザティスも経験の浅いアシェリィがこんな光景を見たら、腰が引けてしまうのは仕方がないと思っていた。
ある程度慣れている自分たちでさえ嫌悪感を感じずにはいられないのだから当然のことだろう。
生存者の捜索をしていると里の中の生存者たちが少しづつ広場に集まり始めた。彼らもまた、その光景に衝撃を受けて混乱するもの、泣き叫ぶものなどが入り混じって広場は阿鼻叫喚の様相を呈してきた。
生存者が絶望的という現実も加わって皆が押しつぶされそうな時だった。さきほどの里の女性が大きな声を上げた。
「フレリヤ!! フレリヤ!! こんなに血だらけになって……息はしてないけど、まだ確かに鼓動が動いてる!!」
それを聞きつけたファイセルは数々の遺体をまたいで女性のもとに駆けつけた。そして腰のホルスターから何本か薬液を抜き取った。
「リリィ、君は僕の分って言ってたけど、非常時なんだ。使わせてもらうね……。奥さん、こちらの薬液をその娘の傷口、いや出来る限り全身にすり込んでください。僕は頭を支えますので」
膝枕に頭を乗せてみると彼女は少女らしい見た目とは裏腹にとても大柄でファイセルは驚いた。とはいっても男性のように筋骨隆々としているわけではなく、しなやかな女性のラインが見て取れた。
しかしただの女性とは違い、頭から大きな猫のような耳が生えていた。ファイセルはこの娘をどこかで見たことがあるような気がしていた。だが今はそんな事に気を取られている場合ではないと、彼は薬液の入った試験管を手にした。
里の女性と変わって彼女を膝枕したファイセルはキラキラ赤色に光る薬液を呼吸の絶えた少女の口に流し込んだ。
当然ながらその薬液を彼女が飲み込むことはなかったが、液体はきらめきを保ったまま口の中へと自然と染み込んでいった。それから少しすると突然、彼女はビクンと大きくのけぞった。それと同時に大きく息を吸い込んで呼吸を再開したのが確認できた。
「よしっ!! あとは傷用の塗り薬をすり込んで彼女をベッドへ。呼吸は戻っているので安静にしていれば意識が戻るはずです。おーい、ザティス!! この娘を運ぶのを手伝ってくれないか。まだ経過を見なきゃいけない。慎重に運んでよ」
結局、広場での生存者は彼女一名のみだった。里の生き残った人々は亡くなった人たちを弔うために広場を綺麗に片付け、小さな慰霊碑を立てることにした。アンデッドにでもなられると厄介なので賊達の遺骸も墓を分けて葬られることとなった。
亜人の少女の回復を見届けねばとファイセルたち一行は数日間、里に滞在させてもらうことになった。残った住民は女性が多く、男手が足りなかったのでファイセルとザティスもその手伝いをすることになった。アシェリィも自分にできることをと炊き出しや里の修繕などに尽力した。
里への襲撃から数日経ったある日の事、長い眠りから少女は目覚めた。目を開けるとそこには見慣れた天上が広がっていた。
ベッド脇の窓からは朝日が差し込み、木漏れ日とともに鳥のさえずりが聞こえる。何か、何かとても嫌な夢を見ていた気がする。ふと両手のひらを目の前で握ったり開いたりしてみると何とも言えない感覚がした。
「腕は……腕はついてるかな? お、おかしいな……あれだけ大怪我したはずなのにそんなに痛くないや……。実はもう死んでるとか?」
そう言いながら亜人の少女はベッドから半身を起こした。気づくと自分の体中が包帯でぐるぐる巻にされて居ることに気づいた。部屋の中を見渡すと見慣れたおばさんと双子の顔が見て取れた。三人共、とても驚いた表情をしている。まっさきに近寄ってきて彼女を抱きしめたのはウィムルおばさんだった。
「フレリヤ!! 良かった……。あたしゃあんたがもう目覚めないのかと心配で心配で……」
「痛っ、いててて……まだ傷口がふさがりきってないみたいだ。ウィムルおばさん、痛いよ……」
熱い抱擁にフレリヤは笑顔で返した。双子もこちらへやってくるだろうとおばさんの背中越しに二人を見ると、双子たちはまるで殺人鬼に遭遇したかのように顔がひきつっていた。少し間をおいて少年ウィースはつぶやいた。
「かあちゃん……そいつ、人殺し……なんだぞ。怖くないのかよ。オ、オレ、見ちまったんだよ。そいつが片っ端から人を……」
少年の言葉にもう一人の双子の少女、リィスが反応した。両手を握りしめ上下に振って必死にフレリヤを擁護した。
「ウィス!! おねえちゃんはわたしたちを……里のみんなを助けるために!!」
それを遮るようにウィースは腕を突き出してリィスをかばうような仕草を見せた。そのまま震える指をフレリヤに向けて突き出した。震えているのは指だけでなく、声も恐怖に震えていた。
「わ、わ、わ、わかったもんか!! み、見てただろお前も!! こ、こいつがま、まるで虫でもつぶすみたい人を殺してたのを!! てっ、手を真っ赤にそめて!!」
ウィースの言葉に部屋は静まり返った。誰よりも恐怖を味わったであろう彼の態度を咎めることはその場の誰にも出来なかった。命は助かったものの彼もまた、今回の惨劇の犠牲者の一人だったのだから。
「ウィース……。そうか……あれは……あれは夢なんかじゃ……夢じゃなかったんだな……」
一言だけフレリヤは呆然とした様子でつぶやいた。それ以降、何も言わずに彼女は黙り込んだ。気まずい沈黙が部屋を包んだ時だった。
家の扉がノックされるのを聞いてウィムルはうつむいていた顔を上げた。きっと今日も旅人の彼らがフレリヤの見舞いに来たに違いない。ウィムルはフレリヤを優しく横たえると玄関へと向った。




