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楽土創世のグリモア  作者: しらたぬき
Chapter3:Road to the RygiantByilie
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フレリヤの手記

里では猫のような耳をパタパタさせながら、亜人の少女が羽ペンをとり、手帳に手記を書き加えていた。


まるで子供の字のような歪な文字だったが、なんとか他人が読める程度には仕上がっている。


―――あたしがかれこれこの里に来てから数ヶ月が経った……らしい。なんだかこう、文字を書くというのは苦手だ。


でも、じっちゃんが言うには気持ちと記憶の整理には自分の手記をつけるといいだろうって事なので、時々は自分の事を振り返ってみることにする。


あたしは里では”フレリヤ”と呼ばれている。ナントカ語で空から来た者みたいな意味らしくて、里の人達からは有難がられているフシがある。


ただ、これはじっちゃんが名付けてくれた名前であって、本当の名前じゃない……気がする。


その、なんていうか、こういうの、”キオクソーシツ”ってやつなんだろうか。里で目を覚ます前の事は何にも覚えてない。


わかっているのは大怪我をして森の中で倒れていたという事だけだ。相当ヒドいケガだったらしいけど、今はすっかり良くなった。里の皆のおかげだな。


だけど、ここは本当にどこなんだろう? あたしは文字書きだけじゃなくて、考えることも苦手だ。


本当に空から来たのか、森の中で行き倒れになったのか……。あ、でも言葉が通じるって事は外国から飛んできたって事でもなさそうだ。


じっちゃんは「ここはライネンテだ」って言うけど、そもそもライネンテって言葉が記憶にない。


ほんとに自分の居た国の名前まで忘れてしまうものなのだろうか? でも、今の状態からするに忘れていてもおかしくはない。


あー、だめだ。考えても何も思い浮かばないし、逆に混乱してしまう。……ただ、何かとっても気がかりにしていた事があった気はする。


これだけは他の記憶が飛んでも忘れないし、気になってしょうがない。ただ、それが何だったのかはわからないまま。


……つまってしまった。今の状況をまた確認しておこう。あたしはウィムルおばさんって人の家に厄介になっている。


じっちゃんの家でも良かったんだけど、女性同士のほうが気兼ねがないだろうって事で紹介してもらった家だ。


ウィムルおばさんはダンナさんが居ない。事故で亡くなったらしいけど、気の毒な事を嗅ぎ回ってもタチが悪いのでそのことに関してはあまり話さない。


ただ、一人身じゃなくてウィースとリィスという男の子と女の子の双子がいる。だから今はあたしを含めた4人暮らしということになる。


ダンナさんは居なくても元気一杯の子供に囲まれておばさんはとても幸せそうに見える。完全によそ者のあたしにも優しくしてくれて、つきっきりで面倒を見てくれた恩人だ。


二人もあたしとよく遊ぶ。ねぇちゃんねぇちゃんと慕ってくれる。まるで本当の弟と妹が出来たみたいだ。


これは双子に限ったことではなくて、里の子どもたちとも毎日のように遊んでいる。ときどき、遊んでばかりでいいのかなとも思ったりする。


でもこの里の女性のやる細々とした木彫り細工の仕事はとても苦手だ。林業もあるにはあるんだけど、あたしに力仕事が出来るとも思えない。


結局、そういうわけで子供達の面倒を見るという立場に落ち着いている。これを仕事というのかはアヤシいが、遊ぶ力を持て余している子供が家に居ると色々と都合が悪いことも多い。


幸い、親御さんたちもあたしのお陰で安心して子供を外で遊ばせられると言ってくれている。なんだかシャクゼンとしないけど、これが今のあたしの仕事って事なのだろうか。やっぱり遊んでるだけなんだよなぁ……。


今の暮らしに不満はないけど、悩みがある。それは無性にお腹が減って仕方ないことだ。もちろん十分な食事はもらっている……はずなんだけど、大人の男の人の量を食べても全然足りなくてお腹が減って減ってしょうがない。


あたしが来てっから村人中で食糧を大量に用意してくれてはいるけど、それでもお腹いっぱいご飯が食べられた試しはない。


そんな様子を見かねてから、じっちゃんは霊木であるパルマーの樹から実をとってきてくれるようになった。


でもやっぱり木の実だけじゃダメらしい。悪いとわかっていつつもお腹が減って仕方ないときはパルマーの樹へこっそり行って木の実をつまみ食いしたりしてしまうこともある。


じっちゃんは誰かが樹を荒らしてるってぼやいてるけど、実のところあれはあたしの仕業だ。


このままのペースでは木の実を食べきってしまうだろうし、何より申し訳なくて心が痛む。でも、ハラヘリには勝てそうにない。ごめんよ、じっちゃん……。


それにしてもそろそろ何か食べるもののアテを考えないといけない。里の皆に頼りっきりは良くないし。


一応、里にも猟師がいるから獣を目当てに訪ねてみるのも悪くないだろうけど、きっとやめとけって言われるだろうなぁ。それに獣数頭くらいじゃ焼け石に水だ。


“フレリヤ”ってチヤホヤされたからこそ、あたしは今まで生き延びて来られたけど、逆に今はその呼び名を若干、キュークツに感じている。


実際、別にあたしが特別何かの役に立っているかといえばそんな事もないし、むしろ厄介者に近いと自分では思ってる。


なんだろうか、昔は……昔はこうやって人に気を使って悩むことは少なかった気がする。


書きものというか、物を考えるようになってからこういう気持ちが湧いてきたように思う。素直で優しくて温かい里の皆に囲まれて過ごしたからかもしれない。


じゃあ今まではどんな性格だったんだろう? 他人にヨーシャない性格だったりしたんだろうか? 


そう考え出すと、なんだか昔の記憶がじわじわとにじみ出るように戻ってくる……ような気がしないでもない。


もしかしてケンカっぱやかったりしたのかもしれないけれど、今じゃ人を殴るなんて考えられない。


それはさすがにないんじゃないかとは思う。里の皆はあたしの事、元気一杯で優しい女の子と言ってくれているし。


ただ、こう、なんか、優しいとか言われるとむずがゆい。あたしとしてはそこまで優しい性格だとは思ってないんだけどなぁ。


本当に優しいってのはウィムルおばさんみたいな女の人の事を言うんだと思う。


でも、子どもたちの面倒を見ているうちにあたしもちょっと優しくなれた……のかもしれない。


そうなってくると以前の性格なんてあんまり気にしなくてもいいんじゃないかとは思えてくる。


性格なんて思い出すようなものじゃないし、そりゃ色々と思い出したいこともあるけど、あたしは今のあたしが好きだ。


自分のことを好きっていうのはなんだかおかしいかもしれないけれど、今は純粋にそう思える。自分……というよりは自分とそれを取り巻く環境……かな。


あたしにとってキオクソーシツは相当ショッキングな出来事だっただけど、無駄だとは思いたくない。


記憶を無くして、まっさらなところから始められたから今の自分があるような気がする。以前の記憶をギセイ……いや、記憶の代わりに今があるんだとおもう。


里に来て間もない頃、じっちゃんに言われて、書きものをしたときは以前の記憶を取り戻したくて取り戻したくてしょうがなかった。記憶を思い出すためだけに手記を書いていた。


焦って眠れない夜も数え切れないほどだった。でも、最近は書きものをするたびになんだかこのままでいいんじゃないかって結論になっている。


きっと、あたしはやらなきゃいけない事がある……いや、あったんだと思う。


だけど、今となっては、それは里の暮らしと天秤にかけるほど重要な事じゃないんじゃないかなって思えて……。


キオクソーシツをごまかすためにそう思っているのかもしれない。それでも、それでもあたしは……。


……気づけばもう夜遅くになってしまった。今日の書きものはこのくらいにしておこう。なぜだろう遅くまで物思いしていたからか、無性に心がざわついて不安になっている。


なんだか、忘れていた記憶の何かが心を激しく突っついている感じがする。今までこんなことはなかったのに。


……きっと明日になれば不安は治まるだろう。考えものをしすぎたんだ、きっと―――


フレリヤは額に手のひらを当てて目をつむったまま首を左右に振り、手元の手帳を閉じた。そして肘を机について手を組んでそれにもたれかかっていた。


しばしの静寂が部屋を包んだ。その中で彼女の耳をはためかせる小音がかすかに鳴った。


やがて彼女は手を解くと自室のベッドに潜り込んで眠りについた。



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