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楽土創世のグリモア  作者: しらたぬき
Chapter1:群青の群像
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後悔の残る決断なんて僕はしたくないから

ファイセルは制服を上から羽織り、部屋から出てきた。


「おはようございます。よく眠れましたかな?」


老婆が紙状の新聞を読みながらにこやかにほほ笑んだ。


「ええ、おかげさまで。ところで、新聞を少し読ませていただいていいですか?」


「ああ、どうぞどうぞ」


 新聞を受け取ってみて紙面を見た瞬間、ファイセルは呆気あっけにとられた。


「!?」


昨日の取材がトップニュースで載っている。


匿名希望とくめいきぼうと言ったのにイニシャルが書いてある。


今頃、学園中の名前の綴りにFがついている生徒が尋問にあっているところだろう。


紙面に釘付けになっていると宿の主の老婆が尋ねてくる。


「このウロコを売った方の人、記事を見るに雰囲気が剣士さんに似てるねぇ。


剣士さんのチェックインネームも”Ficelファイセル”さんだし。まさかとは思うけど」


少年は適当な言い訳を考え付いた。


「もしウロコなんか手に入れてたらこんなボロい制服着てないで、新しい服を買ってるはずじゃないですか? 人違いですよ」


なんだか客たちの視線を感じたファイセルは足早に出発した。


リーネを呼び出す。


「ふぁ~ぁ、おはようございます。こちらはだいぶ落ち着いてですね、水質チェックに集中できそうです!」


ファイセルはカバンから地図を取り出しながらリーネに微笑みかけた。


「それはよかった。じゃあまずはこの村の川からチェックしてみよう」


そういいながらリーネを川に垂らす。


川の流れがいやに速く流れているように見える。それに、水の色が薄く濁り始めていた。


「ノール村の川、マーク完了です!! 普通の川の水ってところですが、なんだか泥臭いですねぇ。」


リーネがビンに戻ってきたのを確認し、街道をとぼとぼと南へ歩いていく。


その調子でファイセル達は水質をチェックしながらいくつかの村に寄りつつ、更に南下していった。


特に変わった性質をもつ水源もなく、北部はおおむね水質が安定しているのだなと確認出来た。


だが南に進むたび、川の水の濁りが濃くなって、流れが強くなってきている点が気になった。


ミナレートを旅立ってから1週間が経過していた。


ウィールネールに乗った旅人ならノールの村から2~3日でヨーグまで到達できるが、歩きだと丸一日歩いても1週間程度かかる。


ファイセル達が続けて街道を進むうちにあたりの景色は一変し、草木の生えない荒地が目立ち始めた。


鬼火ガエルのサンドイッチを昼食として食べて、しばらく歩き続けていると村が見えた。


なんだか村の様子がおかしい。人が少ない上に、女性しかいない。


しかも、皆慌みなあわただしく家財道具をまとめている。


いきなり近くの家の窓からおばさんが大声を上げて声をかけてきた。


「あ、アンタ冒険者かい? もう濁流にのまれてこの村は終わりだよぉ!! アンタも速く川から離れな!!」


少年は思いだしたように地図を引っ張り出して見た。


「そういえば確かこの村の上流には大きな天然ダムがあるんだ……! リーネ、川がどっちかわかるかい?」


リーネは村の外の森を指差した。


ファイセルがそれにしたがって川を見に行くと濁流が流れており、川の姿は一変していた。


しばらく街道が川沿いから離れていたのでこんな状態になっているとは今になってわかった事だった。


ファイセルは天然ダムの崩壊による激流を回避しようと、逃げる方向を考え始めた。


すると脇で女性がわめいている。


「離せッ!! 離しておくれ!! ミルルちゃんや男どもが水を食い止めてるってのに、あたしたち女衆だけ逃げていい道理があるかい!!」


周りの女性たちに制止されながら女性は泣き叫び続けた。


「なんのためにあいつらが水を食い止めてくれると思ってるんだい!! アタシらは生き延びなきゃならないんだよ!! あいつらのためにも!!」


 他の村人が必死に言って聞かせるのを聞いてファイセルは愕然とした。


「まだ人が残っているのか!? あの流れを見るにもうそんなに長くは持たないぞ!!」


珍しくファイセルが声を荒げた。


すぐ逃げ出せばいいものの、残っている人のことが気になり、そこに立ち尽くして動けない。


「ファイセルさん!! ファイセルさん!! 濁流に飲まれればさすがにあなたを守りきれません!! 死んでしまいます!! ここは私たちも逃げましょう!!」


それでもファイセルはダム決壊を食い止めている人たちのことが気がかりでしょうがない。


「このままじゃ、抑えている人たちは濁流だくりゅうの飲まれて死んでしまう! というか彼らは死ぬ気だ!! 何とか……何とかならないのか!!」


リーネが気乗りしないような様子で言う。


「溢れている水源に近づければ、泥水の好きな幻魔の方がいますので水を吸い取ってもらえるかもしれません。しかし、この距離ではダムが決壊したらまず回避不可能です!! 逃げるなら今しかないです!!」


こういう時に限って、自分の欠点であると自覚している優柔不断さが顔を出す。


「さぁ、早く川から離れて!!」


リーネは悲鳴のように警告の声を上げた。


だがもし、ここで水を抑えている人たちを見過ごしたら一生後悔することになるだろう。


「それでも可能性が……助けられるかもしれないなら見殺しには出来ないッ!!」


 ファイセルは腹をくくって川上に向けて走り出した。


もうあとは天然ダムが決壊する前に到着できることを祈るしかない。


「ああ……ファイセルさんなんてことを……」


リーネは絶望しながらも祈るように手を合わせた。


ファイセルはたまった旅の疲れのせいでよろけて思うように走れなかった。


ふとリーリンカのくれた薬のなかに滋養強壮剤じようきょうそうざいがあったのを思い出し、走りながら取り出して一気に飲み干した。


「うわあああああああああああああ!!」


足の痛みや疲労感を無視し、力を振り絞って叫びながら走る、ひた走る。


迫り来る死の恐怖と戦いながらそれを振り払うように絶叫しながら更に走る。


やがて遠くに土手が見えた。


川幅は広がり、すぐ隣では真茶色な水が全てを飲み込まんとする勢いで流れている。


 もし天然ダムが決壊すればこの数倍の水に押し流されることになるだろう。


自分はおろか、おばさんの言っていたように村は壊滅かいめつだ。


 徐々に滋養強壮剤じようきょうそうざいの効果が表れて全身に力がみなぎり、叫びはいつの間にか勇ましい雄叫びに変わっていた。


「うおおおおおおおおおおおお!!! ハァ、ハァ……リーネ!! 間に合いそうだよ!! スタンバイして!!」


ファイセルは走りながら腰のビンをベルトから抜き、右手に持って森の中を疾走した。


少し先に木が川の流れでなぎ倒されて森が開けているのが見えた。


滑り込むようにそこから森の外へ出ると今にも決壊しそうな土手が目の前に広がった。


それを3m位はある岩の塊が塞いでいる。大きな岩の左右から抑えきれない濁流だくりゅうが流れ出している。


「ここが最後のとりでか!!」


 十数人の男たちと1人の少女が水を抑えていた。


男たちは土嚢どのうを積んだり、直接体で水をふさいだりする作業に集中していた。


だが、ファイセルの叫びを聞いて誰かが森から飛び出してきた事に気づいたようだった。


「頑張って~!! お願い!! あと少しだけ耐えれば村のみんなは逃げられるから~!!」


その場に似つかわしくないそばかすの少女が泣き叫びながら岩に向かって声をかけている。


良く見れば固まった岩は人の形をしていて、土手に背中を押しつけて水をとめつつこちらを向いている。


「これは……ロックゴーレムか!!」


人型をしたこの大岩はロックゴーレム。


ファイセルの魔法生物と原理は似ているが、こちらは岩石に術式を彫って動かすタイプの岩の傀儡くぐつだ。


物理攻撃には強いがめっぽう水に弱い。今はかろうじて水をふさいでいるが、相当なダメージを負っているはずだった。


「ファイセルさん、準備OKです!! ただし、流れがあると思うように吸えないので土手の上側からビンを水面につけてください!!」


 そんな事を言われても土手の斜面は急過ぎて、とても自力では登れそうにない。


とっさにファイセルはゴーレムに指示をしていると思われる少女に頼んだ。


「君! ゴーレム使いなんだろ? 僕を土手の上まで投げて!! 早く!!」


女の子はいきなり現れた冒険者にポカーンとしていた。


だがすぐに言われた通りゴーレムを動かし始めた。


ゴーレムは水を抑えていた片手をぐいっとこちらに伸ばし、ファイセルを鷲掴わしづかみにした。


抑えていた箇所かしょから一気に水が噴き出す。それを男たちが必死の思いでふさいだ。


ゴーレムは絶妙な力加減で少年を土手の上めがけて後ろ向きに投げた。


コントロールが正確だったおかげで、ファイセルは上手く着地に成功した。


すぐに土手の上から天然ダムの水面めがけてビンを突っ込んむ。


ゴオゴオと轟音ごうおんを立てて、ビンが水を吸い込んでいく。


水位はぐんぐん下がり、やがて、ゴーレムだけで抑え切れる程度まで減った。


 ファイセルはあんど堵して土手の縁に立って下の男たちと少女に手を振った。


下に居た全員がそれに答えて手を振り返した。みんなの顔に笑顔が浮かぶ。


「ふ~、天然ダム、マーク完了です! それにしてもファイセルさん無茶しますね。さすがに今回はファイセルさんが死んでしまうかと思いました」


リーネはハラハラしすぎたからか疲れの色が隠せない。


「全くだよ。我ながら無茶をする。師匠から『勇敢ゆうかんと無鉄砲は違うよ』って説教されそうだね……」


ファイセルも命の危機を乗り越えて力が一気に抜けた。


土手にしりもちをつくように座り込んでそのまま仰向けに草むらの上に横になった。


「いや~、走ってる最中は必死すぎて気にも留めなかったけど、リーリンカの栄養剤、マズいなぁ。のどごし最悪だよ。ドロドロしてたし、未だにベロはヒリヒリするし、生臭いし……」


これが無かったら死んでいたかもしれないと思うとリーリンカにただただ感謝するしかなかった。


「こうやって噂をしたら今頃、くしゃみとかしてたりしてね」


ファイセルは泥水を制御し終わったリーネと見つめ合って笑いあった。


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