モノホンの巫子
ファイセルとザティスは激しく叩かれてミシミシと音を立てるドアの方を向いた。身分がバレると厄介なので濡れて壁にかけてあった学院の制服をベッドの下に押し込んだ。
互いに言葉をかわさなかったが、阿吽の呼吸で素性が割れそうなものを片していった。
そうこうしているうちに外にいる人物はますます頭に来たようでさらに二人を怒鳴りつけた。
「貴様ら!! 居留守を使うとは小癪なッ!! 抵抗しても無駄だぞ!!」
なんとも勇ましい女性の声が部屋越しにもかかわらず響き渡った。
冷静に警告しているというよりは憤怒の様相を呈しているのが明らかだった。部屋の中の二人は今後の対応について話し合った。
「どうしようか。これきっとさっきの君の真似事が不敬の罪で問われてるんだろうね。僕はそれほど教会には詳しくない。君はどう思う?」
ザティスは小難しそうな顔をして少しの間、考えにふけっていたがすぐにいつもの表情に戻って堂々と話した。
「何、教会は国の軍隊……憲兵ほど権力は無ぇ。だから例え罪人が目の前に居ても部屋を強制的に暴く権利は無ぇのよ。そういうのがやりたきゃ憲兵に連絡するでもしねーとだな。だが、聞いてる限りじゃドアの向こうにいるのは憲兵じゃねぇ。だんまりを決め込みゃ踏み込んできやしねーよ」
ザティスは余裕しゃくしゃくといった様子でベッドの上にあぐらをかいた。
となりのファイセルは釈然としない様子で頭を掻いた。しばしの間、沈黙が部屋を包んだ。二人は安堵し、ため息を付いた。
「ほらみろ。諦めて帰っ…………」
ザティスがそう口に出した瞬間、爆音を立てて部屋のドアが外から破られ、鎧を着て兜をかぶった背の高い女性が飛び込んできた。
古めの宿だからか、ホコリが舞い上がった。彼女の手には身の丈に並ぼうかというほど長い槍が握られていた。
「貴様らッ!! 絶対に許さんぞ!! 貴様らのような不敬な輩は神の名のもとに断罪されねばならない!!」
彼女はそう言うと槍の矛先を部屋の中の二人に向けた。予想外の突入に二人は思わず肝を冷やした。
「ちょっとちょっとザティス!!」
ファイセルは焦りを隠せなかったが、ザティスはすぐに落ち着きを取り戻して挑戦的な表情を乱入者に向けた。鋭い視線で槍を向ける女性騎士に言い放った。
「神殿守護騎士がそんな憲兵まがいの事していいわけねぇよな? それともあんた、革新派か? ルーンティア経典の原本には”神からの、神による断罪”なんて項目は記されていねぇ。そりゃあんたらの傲慢だろ?」
どうやら図星だったようで、それが更に彼女の怒りに火をつけた。”不届き者”に指摘された事で余計に薪をくべるような結果となった。
「ご、傲慢だと!! 革新派を愚弄するとは!! やはり貴様らはここで手を下す他ないようだな!!」
ファイセルはこの事態に頭を抱えて顔をしかめ、思わず首を横に振った。
「いくらなんでも神殿守護騎士を敵に回すのはまずいよ……不届き者じゃすまない。不敬の罪で投獄、いや、ヘタすれば極刑……旅が続けられないって……」
一触即発で今にも戦闘が始まりそうだったその時、部屋の外から大きな声が響いた。この声も怒鳴るような大声だ。
「サランサ!! いい加減にして下さい!! あなたはどうもやり過ぎるきらいがある。槍を収めてください!!」
一同が入口の方を見ると背丈の小さい明るい茶髪をした少女が入ってきた。ルーンティア教のローブを着ている。
ローブは美しい装飾がところどころに施され、ひと目で位が高いことがわかった。後ろからも魔術師らしき女性が彼女の後をついて部屋に入ってきた。
美しい装飾のローブを着た彼女の一声を聞いて、女騎士はすぐさま槍を収め、立膝をついてひざまづいた。
「す、すいません。シャンテ様どうかお許しを……。しかし、お言葉ですが、前の街でもスリを赦し見逃しておられましたよね? あれが正しいとは到底、私には……。シャンテ様は甘すぎます!!」
シャンテと呼ばれた少女は立膝を付き、かがんだ騎士の肩を手でポンポンと叩いて笑顔で彼女の狼藉を許し、言葉をかけた。
「サランサ。罪を見つけて裁くのが全てではありません。罪を憎んで人を憎まず。人は皆、生まれた時から善なる存在だと僕は思うのです。ですから、その可能性を摘んでしまうことが必ずしも正しいとは私は思わないんですよ」
「シャンテ様……」
サランサの肩を叩くと今度は部屋の二人の方へ彼女は歩み寄ってきた。そしてそばによると頭を深々と下げて謝意を示した。
「アルクイモの件、解決してくれたのは貴方がたですね。本当にありがとうございました」
サランサとは全く異なる腰の低さに二人は拍子抜けした。後ろに立っていたもう一人の女性もお辞儀をした。シャンテは顔を上げると自己紹介を始めた」
「はじめまして。私はカルティ・ランツァ・ローレンの雨乞いの巫子、シャンテ・ラ・オルシェと申します。後ろの彼女はマルシェル、騎士の方はサランサと言います。マルシェルは寡黙なのであまり語らないかと思いますが気にしないでください」
魔術師用のローブを着たマルシェルと紹介された長髪の女性は軽やかにお辞儀をした。
こちらは物腰柔らかでサランサとは大違いである。紹介通り、何も喋らない雰囲気だ。
「それじゃ……ほ、本物のハーヴェスト・プリエステスなんだ……」
ファイセルは驚いたようにシャンテールを見た。その容姿はかなり幼い。アシェリィよりも年下かもしれないといったところだ。だが、なんとなく貫禄があり、聡明さも伝わってくる。伊達に教会の巫女ではないいったところだろうか。
「プリエステス? 私は男ですよ」
それを聞いてまたファイセルは驚いた。華奢な体格、中性的な顔だちで伝えられなければ男子には見えなかったからだ。
そもそも、雨乞いの巫女自体、女性の役割だと思い込んでいたので無理もなかったのだが。
「ふ~ん、で、そのモノホンのプリースト様がなんでこんなとこウロウロしてんだ?」
ザティスのくだけた一言に思わず立膝をついて伏し目がちだったサランサがつっかかった。
「貴様!! 言葉を慎め!!」
「サランサ、いいのです。私はですね―――」
彼が自分の事情を話そうとした時だった。部屋の入り口から誰かが覗き込んでいる。その人物は恐る恐るこちらを観察した後、声をかけてきた。
「一体なんの騒ぎですか? ってこんなに部屋に人が一杯……どういうことです?」
姿を見せたのはアシェリィだった。眠っていたのか、駆けつけるのが遅れたようだ。
疲れていたので無理は無いが、さすがにこの物音では目を覚まさずにはいられなかったのだろう。そんな彼女の姿を振り向いて確認したシャンテは驚いた表情を浮かべていた。
「カ、カロルリーチェ様? な、なぜこんなところにおられるのですか?」
その問いがどうやら自分に向けられているとアシェリィは気づいたらしく、自己紹介で返した。
「カロルリーチェ様……? 私はアシェリィ。アーシェリィー・クレメンツです。人違いじゃないですか?」
シャンテは軽く咳払いをすると人違いの無礼をアシェリィに詫た。その後、立ち話を続けるのもなんだという話になってファイセルとザティスはベッドの上に、他は椅子を用意してきて話を続けることになった。
「まずは改めてアルクイモの件、ありがとうございました。それと部下の非礼をお詫びします」
少年はまたもや深々とお辞儀をした。アシェリィが気まずそうに頭を上げてくれるように頼むと彼は顔を上げて微笑んだ。
「アルクイモの件は俺らっつーより、こっちのアシェリィの手柄だぜ。俺ら見てるだけだったもんな」
ファイセルはそれに同意して頷いた。アシェリィは照れくさそうに頭を軽く掻いた。これもオルバのよくやる仕草で弟子に伝染している。
「私達はライネンテ中部に視察に行きました。なんでもここ1年ほど、中部の荒れ地が浄化されたり、水源不足が解消されつつあるとの報告を受けてのことでした。
どうやら”創雲のオルバ”という方の活動の賜物らしく、お会いしたいとおもったのですが、残念ながら……」
(あぁ、僕とリーネの水質検査の成果が出始めてるんだな……)
ファイセルは以前のことを振り返りつつ、横目でチラリとアシェリィを見た。呼応するかのようにアシェリィも彼をチラリと見返した。
ザティスの方にも目をやると軽く首を縦に振った。その反応を確認するとファイセルはシャンテに伝えた。ハーミット・ワイズマンのセオリーの実践である。
「へ~、そのオルバって方、すごいんですね~。僕ら南部から来たんですけど、会ったことがあるって人はいませんでした……」
シャンテはがっかりしたといった様子で肩を落とした。だがすぐに明るい表情になって続けた。
「ですが、確かに中部の環境は改善していました。オルバ様にはぜひクレティア功労会に出席して欲しいのですが、何度も招待状を送ってもいらっしゃらないのですよ。仕方ないですね……」
ファイセルたちも旅の理由をかいつまんで彼らに話した。もちろんオルバについては一切触れずに。それを聞いたシャンテはある提案をしてきた。
「ライネンテへ行くのですね。カルティ・ランツァ・ローレンは目と鼻の先です。よろしければご一緒に行きませんか?」
これにはファイセルたちは顔を見合わせたが、幻魔との契約のことを説明してその提案を断った。了承したといった様子で彼は首を縦に振った後、アシェリィ達の役に立ちそうな情報を教えてくれた。
「街道からは大きく道をそれますが、ティアラン東側の森の中に”パルマーの樹”
という不思議な樹が祀られているそうです。なんでも精霊が戯れているという目撃情報があるスポットで、人里も近くにあるとか。お役に立てば幸いです」
色々な世間話と情報をやり取りして結局、シャンテとはその場で別れることになった。「ぜひカルティ・ランツァ・ローレンに寄ってくれ」との誘いを残して、彼は巡礼の続きに旅立っていった。
「なんか騒がしい人たちだったね……」
「騒がしいのは一人だけだったろ……」
「ふぁ~あ。私、また寝ますね……」
ファイセルとザティスはドアの壊れたままの部屋で眠ったが、騒ぎもあってか寝付きが悪かった。




