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楽土創世のグリモア  作者: しらたぬき
Chapter3:Road to the RygiantByilie
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消えた歩く芋

アシェリィ達は次なる目的の街、ティアランに日暮れまでになんとかたどり着くことが出来た。街につくと真っ先に宿屋を探し、そこに二部屋とった。


今まで新たな街につくたび、男性陣の部屋とアシェリィ用に分けて部屋を用意するようにしてきた。旅費を浮かさねばならないほど困窮した旅でも無かったのでそれは当然の配慮だった。


宿は2階建てで、食堂もついている。今日は外食に出向く必要はなく、落ち着いて夜の時間を過ごせそうだった。


ティアラン自体、そこそこ大きな街だったのでアシェリィ達以外にも旅人が食事をとったり、雑談をしている姿が見て取れた。通りを行き交う人も多く宿屋の前は賑やかだった。


ファイセルとザティスは濡れた服や荷物の処理をしてようやく一息ついた。少しの間、休憩を取ると二人して部屋を出て、アシェリィの部屋を訪ねた。


彼らが部屋を訪ねる理由は学科の勉強の手伝いしているためだ。旅を始めてから宿に着く度にこのレッスンは続けられている。


旅路でアシェリィがコツコツと参考書を読んでいるのだが、独学では心もとないということでほぼ毎日、勉強会が行われているのだ。


「はーい。大丈夫ですよ」


扉を開けたアシェリィは半袖シャツに着替えており、髪型をお馴染みのポニーテールに結っていた。その髪は湿気を帯びて潤ってほのかに色っぽさを醸し出していた。


その日の勉強会が始まってしばらくして、ファイセルが手持ち無沙汰にしているように見えるザティスに声をかけた。


「ザティス、そんなに暇なら一杯飲んでくればいいじゃない。アシェリィの勉強は僕が手伝っておくからさ」


窓の外を眺めていた大柄な青年はファイセルの方を向き直って立てた人差し指を左右に振りながらやれやれといった態度で答えた。


「あのな、お前らが勉強してるのに遊びにいけるわけないだろうが。それに、もしかしてお前に間違ってる点があったらツッコミ役がいねぇだろ。俺も勉強の進度を把握しておくとなにかと都合がいい。たまにゃ俺が教えてやってもいいしな」


それを聞いていたアシェリィは意外といった表情を浮かべ、ザティスの方を見ながら彼に問いかけた。


「え? ザティスさん、勉強教えてくれるんですか?」


少女の期待を込めた視線が彼に刺さった。思ったより食いつきが良く、面倒なことになったなと彼は思ったが、男に二言はなしと笑みを浮かべながら大きく頷いた。


「なんだ、その意外そうな目は。留年してるったってそりゃ実技の話だ。学科は並み程度にゃ出来るぜ? 流石にファイセルさまさまにゃ勝てねーがな」


話題を振られたファイセルは煙たそうにして持っていた参考書をパタンと閉じて、彼に向けて話を打ち返した。


「ザティスはね、遠距離魔法が全く使えないんだ。グリモアラー(呪文使い)にとっては必須のスキルなんだけど。結局、全く譲らずに留年を繰り返してしまったってわけだよ。なんやかんや色々あって今は僕と同じ年度で進級してるんだけどね」


事情を説明されたザティスはまた窓の外に視線を移して遠い目で語った。窓の外の暮れかけた夕暮れに照らされて彼の頬はにわかに赤く染まった。


「俺の師匠が凄腕のグリモアラーでな。憧れだったんだよ。俺の周りでも呪文使いの人気は高くってな。二つ名を持てるようになりたいと思ってリジャントブイルを目指したってわけよ。昔は留年してもとにかく呪文使いにこだわったが、背に腹は代えられないってんでグリモアル・ファイターに転向したんだ。その年に出会ったのがこいつってこった」


語り終わるとザティスは右手の親指でファイセルの方を指さした。指さされた本人はコクリと頷きつつ、勉強に戻るよう促した。


「さて、お夕飯まであと時間があるし、集中してあと少し勉強しよう。お腹が一杯になると眠くなっちゃうからね」


窓の外を眺めるザティスが思い出したように二人に声をかけた。


「そういや、ここに来る前に俺がティアランの名産は”アルクイモ・ジン”つったよな? その酒の原料はな、アルクイモなんだよ」


それを聞いてアシェリィは首をかしげてその言葉を反芻した。だが、いまひとつわからないといった様子で口に出した。


「アルクイモ……って地名か何かの固有名詞ですか?」


アシェリィの発言にファイセルもザティスも思わず笑った。一人だけ置いてきぼりにされているようで彼女はきょとんとしていたが、すぐにファイセルがフォローに回った。


「あはは……発音がなまってるからわからないのも無理は無いよ。アルクイモってのはね、文字通り”歩く芋”なんだ。僕も名前しか知らないし、実物は見たこと無いんだけど。お酒の原料になるからザティスのほうが詳しいんじゃない?」


ファイセルの言葉に聞き捨てならないといった反応でザティスがアルクイモに関するうんちくを垂れ始めた。


「おうよ。アルクイモってのはな、植物なんだが夜になると月の光に当たってマナを貯めこむ性質があってな、芽を足みたいに伸ばして4本足で移動すんだよ。一度に大移動するから見応えあるぜ。興味があるなら飯食ってから見に行くのもいいかもな。ちなみに、ティラレ月が青白い時に光を浴びた芋の酒はかみの酒、オレンジ色の時に浴びた芋の酒はしもの酒と呼ばれている。これがだな―――」


案の定、酒に関する彼のうんちくは長ったらしく続いていた。このまま放っておくと夕飯時になってしまいそうなので、程々でファイセルが区切りをつけた。


「はいはい。それじゃお夕飯を食べたらアルクイモ、見に行ってみようか。じゃ、残りのページを勉強しよう」


一連の話を聞いていたアシェリィはなんだかとても楽しそうで、微笑みを浮かべていた。ファイセルもアルクイモに関してそれなりに興味があったので、内心で楽しみにしながらアシェリィの勉強の面倒を見た。


勉強が一段落して、一行は階下の食堂で宿が用意した夕飯を口にしていた。聞き耳を立てていたわけではないが、何やらうわさ話が入ってきた。


「なぁ、知ってるか? もうアルクイモが土から出てくる時期らしいんだが、何でもここ二週間くらい大移動の時期が遅れてるんだってよ。おかげで収穫する農家も、酒造りの職人も大層、参ってるそうだぜ」


3人は思わず顔を見合わせた。よそ者にはなぜ大移動が起こっていないのかわからないだろうと思い、ザティスが茶髪でそばかすのある宿屋の娘に声をかけ、聞いてみることにした。


「なぁ、アルクイモ見に来たんだけど、どういうわけなんだ? 時期遅れとか、不作とか、そういうのはあるものなのか?」


呼び止められた娘は席の横を通りすぎてゆく途中だったが、こちらを向き直って座っているテーブルの近くまでやってきて応対した。


「観光のお方ですか? それがですね、アルクイモが”芽を覚まさない”原因はよくわかっていないんです。でも、彼らはティラレ月の満ち干きに反応しているそうなので、大移動が暦からずれる事はないはずなんですよ。でもある日突然、”芽を覚まさなくなって”しまって……」


宿の娘はなんだか元気がなさそうだった。ティアランのアルクイモはそこそこ有名で、それから作られる酒の売れ行きはもちろんのこと、観光客の落としていく金も馬鹿にはならない。


この街にとって重要な産業であることは間違いなかった。それが不振に陥っているとなれば、街の人は誰でも気落ちするだろう。


娘の表情につられて一行の食卓は辛気臭くなった。それを見た娘は慌ててトレイを両手で持ったままそれを胸の前で振って訴えかけた。


「でっ、でも!! もしかしたら今夜、芽覚めざめるかもしれませんよ!? アルクイモは街の東の畑から出て街をぐるっと迂回して西の郊外で月光浴をするんです。ウォッチングポイントは西の郊外の草原です。ぜひ行ってみてくださいね!!」


宿の娘はそう言うと足早に駆けて行ってしまった。思いもしない形ではあったが、アルクイモに関する詳細な情報を聞くことの出来た3人はまた顔を見合わせた。


「……だそうですけど、どうしましょうか? 私は別に見に行ってもいいかなとは思うんですが……」


珍しく一番先にアシェリィが口を開いた。それを見てザティスとファイセルは思わずニヤリと笑った。


「おぉ、普段は遠慮がちなお前がめずらしいな。前から言おうと思ってたが、そんな俺らに気を使うことねぇからな。まだどこか固さが抜けねぇんだよなぁ」


ファイセルはその言葉に同意の意を示し、深く頷いた。


「こればっかりはザティスの言うとおりだよ。言いたいこととかやりたいこと、なにか意見があれば遠慮なしに言って欲しいんだよね。僕らは上下関係で繋がってるんじゃなくて”仲間”なんだからさ」


彼はさらりとそう言ってのけた。ザティスはそれを聞いて目を閉じて肩をすくめた。


「まったく、よくそんなクサいセリフがポンと出るな。ま、お前のそういうとこは嫌いじゃないがな。さて、本題だ」


その一言で場は元の流れに戻り、アルクイモについての話題について3人は話し始めた。


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