目には目を、幻魔には幻魔を
翌日、一行は朝早くセーシルを起った。ここまで来ると街道はすっかり賑わっており、夜間でもなければ人やウィールネールの往来が絶えない。
このまま安全な道を行けば長旅にはなるが肉体エンチャントが苦手な者でもライネンテにたどり着くことは可能だ。
だが、ファイセルたちはそうはいかなかった。アシェリィが頻繁に幻魔に反応するためだ。一応、大筋の街道は通るもののあっちへこっちへふらふらしながら北西へと移動していった。
人の道とは全く関係ない位置に彼らは点在していた。契約できた幻魔はほとんどが無名下級でどんな効果があるのかよくわからない者だらけだった。
特技や効果自体無いのかもしれない者も居る。しかし彼らも馬鹿に出来たものではない。オルバによれば彼らとの契約で”名を売らなければ”それ以上の位の幻魔とは契約できないという。
今日も今日とて脇道にそれながら旅は続いた。そんな時、森の中に今までと違う気配をアシェリィが感じたので奥に進んで見ることにした。
街道から少し奥に入るとそこはもう開拓されていない草だらけの森である。木漏れ日が少しだけ差し込んでいた。
深い森の中をしばらく進むとアシェリィがピタリと立ち止まった。そしてすぐさま警告の声をあげて召喚の一種、自身の能力を研ぎ澄ます”センス”を発動させた。
「上ですッ!! 鳥!? サモン・アジリティ・アーツ!!」
彼女は味方に危機を知らせながら、軽やかに横にローリングして飛び退いた。ザティスも魔力によって反射神経を強化し、飛んできた何者かをかわした。
かわすと同時にファイセルを突き飛ばして危機を知らせ、強制的に回避行動に移行させた。ファイセルはこういった敏捷さや反射神経が求められる局面では弱い。そこをザティスはフォローしたのだった。
「あんだってんだ。鳥なのか!?」
「……この感じ……多分、幻魔です!」
鳥のような影は器用に森の木々をよけながら木の葉を散らしながらかなり高速で飛び回っている。ジグザグに木の間を縫いながらこちらへとUターンしてきた。それを見たファイセルは素早くブーメランを腰から抜いて投げつけた。
「真正面から突っ込んでくるなんて迂闊な!! それならブーメランでッ!!」
ファイセルは態勢を立てなおして素早くブーメランを投げつけた。ブーメランは風を切りながら鳥らしき影に猛スピードで突っ込んでいった。
距離もそれほど離れていなかったので誰もがブーメランが直撃すると思った。しかし、次の瞬間、テクニカルなきりもみ回転で影はそれをひらりと回避した。
そのまま幻魔らしき鳥は再び突撃してきた。3人は素早く草むらに飛び込んでこれをやり過ごした。
「クソッ!! 早すぎる!! 俺の魔法はギリギリ中距離までだ。あとは格闘戦しかねぇ。これじゃ手も足もでねぇぜ!!」
ザティスは森のなかを激しく飛び回る影を苛立った表情で睨みつけた。一方でファイセルは茂みの中から顔を出して戻ってきたブーメランをキャッチした。
こんな木だらけの場所で戻ってくるとはとアシェリィは感心した。機動力は決して影に負けてはいない。
「う~ん、相手を少しでも足止めできれば僕の攻撃を当てられると思うんだけど……ザティス、閃光系の呪文を試してみてくれるかな?」
「おうよ!!」
ザティスは親指を立てて素早く呪文の詠唱を始めた。そうこうしているうちに相手は三回目の強襲をしかけてきた。それをザティスとアシェリィはうまい具合にかわした。
ファイセルは突撃を食らわないように草むらに隠れてチャンスを窺っていた。同時にアシェリィはこんな時、自分にはなにも出来ないのかと歯がゆい思いをしていた。
「揺蕩う光の眷属よ、我が拳に集いて眩き光の権化と化せ!!」
そこまで詠唱するとザティスはスペルチャージで発動を一時停止してタイミングを図った。またもや影はUターンしてどんどん距離を詰めてきた。射程範囲に相手が入ってきたのを確認したザティスは大きな声を上げた。
「アシェリィ、目をつぶれ!! いくぜ!! フラッシュ・ラッシュ・スフィア!!」
そう叫びながら彼は頭上めがけてキラキラ光る光弾を拳から放り投げた。間もなく光弾は破裂したかのように強烈に光ってあたりをまばゆい光に包んだ。
アシェリィは指示通り目を閉じていたが、まるで太陽のように目を閉じていても光を感じるほどの光源が発生していた。
さすがにこれを喰らったら怯まずにはいられないと彼女は思ったが、草むらごしに覗いていたファイセルが声を上げた。
「駄目だ。全然怯んでないよ!! 攻撃を当てる隙がない。やっぱ幻魔だけあって普通のモンスターとは一味違うのかもしれない。格上かどうかはわからないけど、厄介な相手だ。逃げるのもアリかもだよ!」
ファイセルが一時撤退を促した時だった。アシェリィは何かを思いついたらしく、2人に自分の作戦を伝えた。
「そうだ、思いつきましたよ!! 草の幻魔、ラーダをひっかけて足止めを試みます!! 師匠は”目には目を、幻魔には幻魔を”って言ってましたし。……来る!!」
迫り来る幻魔を前にアシェリィはサモナーズ・ブックを開いた。触ってもいないのにペラリ、ペラリとページがめくられ、やがて草属性を表す鮮やかな黄緑色の光を放った。そして緑の藻のような幻魔が彼女の手の上に現れた。
「よーし!! イヴィーイヴィー・ラーダ!! ていっ!!」
呼び出したラーダのツタはすれ違いざまに飛んでいる幻魔の足首に巻き付いた。まるで吸い付かれるかのようにツタはグルグルと巻き付いた。
鳥の幻魔は激しく暴れまわり、やがてツタを握るアシェリィを引きずりだした。だがそれほど力は無いのか、空中まで引っ張りあげられる状況にはならなかった。
「でかした!! いま手を貸すぜ!!」
おもいっきり踏ん張るアシェリィをすぐにザティスがフォローして、ツタを二人がかりで握った。ザティスは得意の肉体強化で力を込めて踏ん張り、グイッとツタを引っ張りあげた。
するとアシェリィを引っ張る力は打ち消され、幻魔は空中で引き止められてツタを引きちぎろうとひたすらもがいた。
「今だね!! それっ!!」
すかさずファイセルがしなやかなフォームでブーメランを投げるとそれは幻魔に直撃した。幻魔は水色の煙を上げながら消えていった。同時に、引っ張る力の失われたツタが緩んでアシェリィは尻もちをついた。
「あいたたた……ん? この羽は……」
空中できらめきながら真っ青な羽がひらりひらりと落下してきたのが見えた。それをそっと両手で受けたアシェリィはサモナーズ・ブックにそれをかざした。羽は綺麗な水色の光を放ちながら本に吸い込まれていった。




