逃走劇の果てに
一方のアシェリィ達はボーンザを追っていた。追跡を開始してからまもなく10分というところだった。
ゴンドラをランページ・ラビットのガッツくんが牽引する形となっていたので、カレンヌに伝わる情報は少しズレが生じていた。カレンヌはゴーグルを拭って金ピカのヤモリの向く方角を再確認した。
「おーい、まだ追いつかないのか~?」
そうやって上空に声をやると返事が帰ってきた。
「だいぶ近づいたと思います。速度的にはガッツ君の方が上回ってるはずなんですが、空中からではおおまかな方向しか察知できないので接近するとニアミスしてしまうみたいなんです」
カレンヌは腰のパックからニンジンを取り出してガッツくんを撫でながら口に放り込んだ。
さすがにガッツ君も消耗が激しく、このままだとそれほど長く持ちそうはない。彼女が小休止をとってゴーグルをはずして磨いていると地上に影が落ちるのを確認できた。
「あれ? どした? ってシェアラ姉!!」
ゴンドラの縁にシェアラ姉が寄りかかってヘロヘロになっている。彼女は見るからにもうマナのスタミナに限界が来ていた。
「はぁ、はぁ……ごめんね。ポット飲んだんだけれど、これが限界……」
思わずカレンヌはゴンドラに駆け寄った。
「もういいよ。そんな無理するなよ~。アタシらが捕まえなくってもきっとM.D.T.Fのお偉いさん方がつかまえ……」
そうカレンヌが言いかけるとシェアラ姉は人差し指を立ててそれを言わずに促すようなジェスチャーをした。そしてすぐにゴンドラの縁にぶら下がるように伸びてしまった。
「シェアラ姉!!」「シェアラ姉!!」
カレンヌとアシェリィは声を揃えて呼びかけた。シェアラ姉はというとヒラヒラと手を降って余力が残っているアピールをした。
「先輩!! ここまで接近すれば地上からでもボーンザの気配を探り当てることができます!! 相手には土地勘がないはずです。私と先輩で追い詰めれば!! 念の為にコレ、持ってきておいたんですよ」
そうアシェリィはそう声をかけると気球のゴンドラの内側からマナボードを引っ張り出してきた。
「そうか!! 挟み撃ちだな!!」
「私が追い立てるんで、カレンヌ先輩はおもいっきりボーンザのウィールネールにタックルを食らわせて足を止めてください。その混乱に乗じて捕まえましょう!!」
カレンヌは親指を立てて了解のサインをした。そしてまたゴーグルをするとガッツ君をならし始めた。
「よーし。じゃあ私はアシェリィの反対側、進む先に回り込んでおくようにするわ。きっと脇道からいきなり飛び出したらウィールネールじゃ回避できないだろう」
2人は作戦を確認してうなづきあうとすぐに散開した。アシェリィはポットを一気飲みすると全力でマナボードにマナを注ぎ、高速でボーンザの追跡を開始した。
さきほどまではおぼろげにしか反応が感じ取れなかったが、今は接近したためにはっきりと移動する切手の反応が感じ取れていた。
「右、左、右っと!!」
彼女は見事な体重移動で通りにある建物や、障害物、人などをスイスイよけながら距離を詰めていった。目の前を通り抜けられた通行人はその様子にただただ驚くだけだった。
格段にマナボードの乗り心地が良くなっているのをアシェリィは体感していた。そのまま通りを3~4つ乗り換えるとウィールネールが目に入った。
「あれだ!! ボーンザ発見!!」
アシェリィは彼が自分に注目するように大きな声を上げた。それが聞こえたのか、ボーンザは肩をピクッと上げて驚いた。
「ひぃぃっ!!」
少しするとウィールネールが一気に加速し始めた。あのままの速度ではそう長く持ちそうにない。
どのタイミングでカレンヌがタックルをしかけるにもよるが、もう少し粘れば軽くKOできそうだった。それを見たアシェリィは少し速度を落として煽るように追跡を続けた。
カレンヌもウィールネールの全速力とスタミナを把握していたようで、すぐにはタックルをしかけて来なかった。それを確認したアシェリィはますます煽るように緩急つけてボーンザを追い回した。
「待て~!! もう逃さないんだから!! おとなしく降参しなさい!!」
「へへへっ、やーなこったね。誰がお前らみたいなガキンチョに!!」
念のために降伏の意思も確認してみたが、そういう気は全く無いらしい。相手が子供だと小馬鹿にしているのがひしひしと伝わってくる。
「こんのっ!!」
彼を煽っているととうとうウィールネールのスタミナが切れてきたのか、速度を落としていても追いつけるようになってきていた。
そろそろ頃合いだなと思ったアシェリィは一気に距離をつめてボーンザの視線を後ろに釘付けにした。
「ひぃぃ!! 寄るな!! 来るんじゃない!!」
男はよそ見をしたまま通りを乗り換えた。次の瞬間、行く手をガッツ君が塞いだ。
「もらったッ!!」
ウィールネールめがけてガッツくんはおもいっきりタックルをぶちかました。それと同時に馬車に乗っていたボーンザは馬車の外に放り出されて倒れこんだ。
すぐにアシェリィとカレンヌは倒れた人物に接近した。太った体型の男はひかれたカエルのように路上に横たわっていた。
「う~ん、失神してるだけだね。こいつがボーンザ?」
そうカレンヌが確認をとるとアシェリィは男の顔を見た。さきほど郵便局前でパルム鉱を届けた男と間違いなかった。
顔を確認するだけでなく、切手の反応を探るために集中した。するとアシェリィはすぐに止まったウィールネールの馬車を指差した。
「ええ、間違いないですね。この人のかばんの中にはたくさん切手の反応があります」
「って、事は……あたしたち、やったって事!?」
その問いにアシェリィは満面の笑みでうなづいた。するとカレンヌは彼女の肩を抱き寄せて互いに大喜びした。
「やった~!!」「やりましたね!!」
2人は手を合わせて喜び合ったが、喜ぶと同時に拍子抜けした。
「……でもなんか、あっけなかったなぁ。ほんとボーンザって爆破工作しか脳が無かったんだな」
「そうですね……」
2人ははボーンザを縄で縛るとガッツくんの胴体にくくりつけた。そして、途中で置いてきたシェアラ姉に声をかけてからシリル郵便局本局まで戻った。
まだクラッカスとM.D.T.Fの面々は爆弾処理にあたっているようだったが、ウェイストに事の流れを説明すると彼はメンバーをねぎらった。
その後、斬宴のモルポソと郵爆のボーンザは無事、M.D.T.Fへ引き渡しが行われた。
今回の一件で魔術局がオルバとC-POSのメンバーたちを表彰してくれることになった。もっとも今回もオルバは表彰の場に姿を表さなかったのだが。
街を救ったということが知れるとシーポスは一気に街の英雄となった。それをアシェリィは影で見つめて笑っていた。
オルバの教えというわけではないが、自分が表彰されるのはなんだか違う気がしてアシェリィも表彰に顔を出さなかった。
評価されるべきはずっとシーポスを支えているメンバーであるべきだと思ったし、本当に自分は手伝っただけと思ったからだ。
それに、これから受験の旅に出るというのに故郷に賞を置いてきてしまうのも勿体無いと思うところもあった。
なんだか複雑な心境だが、ともかく自分がもらうべき賞ではないなとなんとなく彼女は感じたのだった。
ほんの少し、オルバが賞を貰わない理由がわかったような、そうでもないような気がした。
作戦が終わるとアシェリィはシーポスの皆に軽く挨拶をしたあと、また修行の山ごもりへと戻っていった。シーポス一同はそれをさみしく思った。
しかしきっと彼女にしか出来ないことを彼女はやっているのだろうと彼らは思った。
それならば自分の出来ることを果たすのが筋だと思い、今日もC-POSは手紙を届けるのだった。




