雲と刃の宴
モルポソは前傾姿勢で疾風のような素早さでオルバめがけて突っ込んできた。マジック・ブックを構えたオルバは身構えて、召喚魔法を行使した。
「いでよ!! ウォルングス!!」
どこから現れたのかオルバとモルポソの間に壁になるように2mほどの獣が立ちふさがった。
アルマジロのような見た目をしているが、腹部を含めて全身がタイルのように光沢を帯びている。いかにも硬そうな幻魔である。もっとも、街人から見たらモンスターに見えるだろうが。
「おら、うりゃりゃりゃりゃりゃあああ!!!」
そのモンスターに対して目にも止まらぬ速さでモルポソは連斬を浴びせた。高速でナイフを打ち付けたので火花が散った。だが、カチンカチンと音を立てて、モルポソの斬撃がウォルングスの肉に届くことはなかった。
「いけ、スウィング・ラリアート!!」
命令を受けるとウォルングスはその場で一回転するようにして強烈な回転ラリアットをぶちかました。
モルポソはしゃがんでひらりとそれをかわして相手の懐へ潜り込んだ、そして、えぐり込むようにピンポイントで一箇所を突き刺した。
どうやらさきほどの連撃でウロコの一部が剥がれ、その隙間を突かれているようだった。決してウォルングスは遅いわけではないのだが、そのスピードをモルポソが上回った。
まるでロデオのように荒れ狂う幻魔の上にモルポソはしがみついている。すぐにオルバは指示をだした。
「ローリング・スタンプ!!」
ウォルングスは耳をパタパタとさせた。オルバの指令を理解しているらしい。ボールのように丸くなるとしがみついているモルポソを打ちのめそうとポンポンとバウンドして跳ねた。まるで鉄球にでもなったかのようである。
「ム~~~~~」
野太い鳴き声を上げながら彼は全力でモルポソをつぶしにかかった。モルポソはナイフを抜いて回避しようとしたが、筋肉で刃が食い止められすぐには抜くことができなかった。
だが彼は潰される前に脚をふんばってウォルングスを蹴りとばし、ナイフを抜き取ってバウンドに巻き込まれる前になんとか脱出した。そして楽しそうな表情を浮かべた。
「ヒュ~。そうこなくっちゃあ。さすが賢人と呼ばれるだけはあるぜ。楽しませてくれるじゃん?」
オルバはそれを聞いて呆れた。
「全く……。どこが面白いの理解に苦しむね」
パンチやラリアートをナイフで弾きながら戦うモルポソは心底戦いを楽しんでいるといった様子だった。
「ほいじゃこいつはどうかな? 斬・斬・舞ッ!!(きりきりまい)」
モルポソは腕を突き出してナイフを構えると頭から回転をかけて飛行機のプロペラのようにオルバの方へ飛び込んできた。
ウォルングスのわきの下をくぐり抜けて突っ込んでくる。オルバはそれを確認するとすぐに次の手に出た。
「イビルウォール!!」
オルバがそう詠唱すると地面から紫色をした石版が急速にせり出した。
「とことん斬撃対策してくるのか!! でも無駄だね。その程度じゃ斬斬舞を止めることはできないね!!」
回転を一層強めてモルポソは迫ってきた。彼がイビルウォールに接近するとその壁の一面に突如、禍々しい大きな棘が突き出し始めた。
このままのスピードでモルポソが突っ込めば彼自身の速度が仇となって串刺しになる。
「フゥー!! 容赦ねぇなぁ! こんなのぶっ刺さったら即死しちまうぜぇ!! それならこれでどうだ!!」
ナイフの男はイビルウォールの直前で向きを変えて直角に壁の棘を回避し、同時にオルバめがけてZ字を描くような軌道で方向転換し、突っ込んできた。彼の技は恐ろしいまでの軌道修正の柔軟さを秘めていた。
モルポソはプロペラのような回転力を殺さずに頭からダイブしていった。今のオルバは丸腰である。
このままでは直撃がさけられないと誰もが思った時だった。ウォルングスがすかさず滑り込んできてすかさず2人の間に入り、オルバの盾になった。
またもやモルポソとウォルングスは衝突し、激しい火花を散らした。
モルポソの激しい回転がかった連斬に耐え切れなかったのか、ウォルングスは煙となって消えていった。同時にモルポソの回転力を道連れに奪っていった。
シリアルキラーの男はオルバに有効打こそ与えていないものの、食らいついていくような戦いは見事という他無かった。オルバもそれには感心したようで、顎に指を添えながら何回かうなづいた。
「おいおいオルバさんよ。受け身じゃねぇじゃ。しかけてこねぇのかよ!? つまんねぇなぁ。手加減してると後悔するぜ!!」
「んじゃ、お言葉に甘えて。戻れ、イビルウォール、いでよキュイート!!」
そういうとまたオルバの意手のひらの上の分厚い本が水色に輝いた。一瞬光ったかと思うとヒレの長い華麗な魚型の幻魔が現れた。魚ではあるが、宙に浮いている。水がなくとも活動できるようだった。
「なんだそりゃ。ずいぶん可愛らしい使い魔だな。なめられたもんだぜ。おらぁ!!」
再びモルポソが急接近してきた。それと同時にオルバは腕を前に突き出して幻魔に指示を出した。
するとキュイートは水鉄砲をマシンガンのように撃ち出した。圧力の高さからか、水鉄砲はタタタタという連射音を立てた。
「ちぃっ!! 速い!!」
その連弾に彼は回避するのが精一杯で、横にローリングしながら回避した。
スキュイートが撃った水鉄砲の跡はまるで火薬を爆発させたかのように地面がえぐれていた。生身の人間がこれに直撃したらただではすまない。
宙に浮かぶ色鮮やかな魚は勢いが衰えること無く、破壊力の高い水鉄砲を撃ち続けている。
そのまましばらくは容赦なく回避行動を続けるモルポソを追い立てて消耗させていった。
「ぐっ……馬鹿な!! バテねぇってのかよ!?」
攻撃指示を続けながらオルバはそれについて答えた。
「まぁ一応、水属性の幻魔は得意分野だからね。水幻魔召喚時に加護が加わるのさ。にしても君こそやるねぇ。まだバテないのかい?」
もう水鉄砲を連射し始めてからしばらく経つが、モルポソにはまだ余力があるようだ。なんだかんだで無傷でもある。さすがは2つ名持ちといったところだろうか。だが、そんな中、彼の挙動が変わった。
「これじゃラチがあかねぇ!! ならば披露させてもらうぜ!! 俺の必殺奥義、斬宴斬華をな!!」
モルポソはそう言うとすばやく腕を伸ばしてその場でクルクルと回転し始めた。
キュイートはそんな彼に水鉄砲の集中攻撃を浴びせたが、彼はそれをすべて回転力で打ち払った。ブーンと風切り音がし始めて彼はあっというまに小さな竜巻のようになった。
「……確かにこれなら広場にいる全員が吹き飛んでしまうな。無茶なことをしてくれる。なんだかんだでハナっから全員切り刻むつもりだったんじゃないか」
オルバはやれやれとばかりに額を掻いた。その間もモルポソの回転速度と規模はどんどん大きくなっていった。
このままこの竜巻が一気に拡大すると本当に広場の人たち全員がバラバラになってしまう。オルバも含めてだ。
「あー、残念だったね。君の必殺技は影の人から聞いてたんだよ。用意するのにちょっと昼寝の時間を割いたけど。いでよ。キッシング・シーゴン」
詠唱と同時に緑色の大きなタツノオトシゴのような姿をした幻魔が現れた。その幻魔は一気にモルポソのまとっている竜巻や風の刃を一方的に吸い出して、腹部に収めていった。
「くあっ、くああああっっ!! 俺の回転力が……奪われていく……!?」
キッシング。シーゴンは最初はほっそりした体格だったが、吸い終わる頃には腹部がパンパンに膨れ上がっていた。
「ウソ……だろ……、俺の……千人必殺の……最終奥義が……」
そう言い残すとモルポソはマナ切れでその場にうつ伏せに倒れこんだ。どうやら気絶してしまったようである。
「素晴らしいナイフさばきと敏捷さ。でも残念だけど相性が悪かったね。あと10年くらい修行したらいい勝負になるんじゃない?」
そうポツリとオルバが言うと見守っていた街人達は賢者の活躍に喝采を上げた。やはり目立ってしまうのかと彼は煙たい表情を帽子の内側で浮かべた。
「まったく、M.D.T.Fの連中め。この奥義が厄介だからってわざわざ私に当てるためにモルポソをたぶらかせてとボーンザをシリルまで泳がせてたんだな。
なんて遠慮のない連中だ。そうやって利用できる戦力はなんでもアテにしようとするところは感心しないなぁ。今度会ったらさんざ文句いってやる」
彼は広場の観客たちにひらひらと手を振ると手の振り方を変えた。すると広場の観衆の頭上を飛び越えて突如丘犬がやってきた。
「そっちは終わったかい?」
「ああ、全部切手は回収した。あとはそこのやつがモルポソか。またこいつを運べってのか。面倒ばかり押し付けやがって」
やれやれとばかりにオルバは帽子越しに後頭部を掻いた。そしてアルルケンに向けて手をひらひらと振ると丘犬はモルポソを甘噛してくわえ、どこかへと走りだして去っていってしまった。
街人が丘犬に気を取られているといつのまにはオルバは姿を消していた。




