誇りを胸に、"チップ"を賭けて
喜ぶシーポスの中でまっさきに取り付いたのはカレンヌだ。アシェリィの肩に手をかけるとぐいっと抱き寄せた。
「こーいつぅ~!! デカくなっちゃって~。一瞬、誰だかわかんなかったぞ~!!」
シェアラ姉も彼女を見て思わず口元を押さえ、涙を流した。それを人差し指ですくいながら泣笑している。
「オルバ様の修行に入ってからパタリと連絡もよこさないから皆、心配しちゃったのよ?」
こればっかりは秘密主義のオルバの事であり、どうしようもなかった。アシェリィは気まずげに頭を掻いてシェアラにむけてペコペコとお辞儀をした。
「お前元気、良かった」
クラッカスは表情一つ相変えず無愛想に見えだが、言葉少なでも彼の気持ちは十分伝わってきた。重要なのは言葉の多い少ないではないとはまさにこのことだなとアシェリィは思った。
ウェイストはというとしばらくびっくりした表情をしていたが、すぐに明るくなった。
「やあ! アシェリィ、元気そうでなによりだね!! オルバ様の修行はうまくいってるか……」
ウェイストはそう言いかけてそれどころではない事を思い出して黙りこみ、うつむいた。それを見たアシェリィは気づいた。
きっと正職員のウェイストしか爆弾の事は伝えられていないのである。すかさずアシェリィはフォローに入った。
「みんな、再会の歓迎は嬉しいけど、今はそれどころじゃないの。いい? 今から小声で言うから驚かないでね……」
そう聞いたシーポスの面々はウェイストを除いてみんな不思議そうな顔をした。興味深そうな顔をして朗報を期待していた者もいたかもしれない。だがその好奇心は次の一言で粉砕された。
(今、郵爆のボーンザっていうテロリストがシリルに爆弾をしかけに来ているの。もし、爆弾回収に失敗すればシリルは壊滅的ダメージを受ける……私はそれを食い止めに来たの!!)
「ばっ……ばくッ!!」
そう思わず叫びそうになったカレンヌの口を背後からシェアラ姉がとっさに塞いだ。カレンヌはというと突如、拘束されてジタバタとともがいた。
(アシェリィちゃんが驚かないでねって言ったでしょ!! こんな朝の時間帯に、この通りでそんな話が漏れたらとんでもないことになるわよ!?)
シェアラ姉はまだ再会の感動が抜けきっていなかった。そのため目を赤くしながらもカレンヌを羽交い締めにしていた。その様はまるでウサギのようで、その光景はとてもシュールだった。
「うふぁ~、ひははんだよ、いへへへへ……ひょへひょひ、ひゃ、ひんひゅうひょうひゅうのひょうひっへ……」
口を塞がれたままのカレンヌはモゴモゴと喋った。何を言っているのかはよくわからなかったが、その意思を汲んでウェイストは小さな声で語り始めた。
「そう……今回の緊急招集っていうのはね、シーポスの爆弾除去への協力支援要請なんだ。僕はこんな末端の人間に押し付ける仕事とは思えなくて。だからなかなか言い出せなくってね……」
ウェイストは申し訳なさ気に目線をそらした。自分が正社員だったばかりに、シーポスの面々を巻き込むことになったのだから、後ろめたい気持ちを持つのも仕方がない。それもフォローするべく、アシェリィは説明し始めた。
「あ……すいません。シーポスに協力支援要請を提案したのは私です。命がけの事なのに、勝手に依頼してすいませんでした。 でも、オルバ師匠も彼らなら大丈夫だろうって」
それを聞いたシーポスの面々は驚いたようにこちらを見ている。今まで一方的にオルバを追いかけて、それでも相手にされなかった彼らが実はオルバに実力を認められていたのだ。そんな顔をするのも無理は無い。
「お、オルバ様が……?」
ウェイストがそうつぶやくとしばらく彼らはうつむいて沈黙した。アシェリィが声をかけようかと思った直後、メンバーはひとりひとり顔を上げた。
各々が自信と矜持に満ちた誇らしげな表情をしていた。彼らのやる気を感じ取ったアシェリィはすかさず鼓舞の言葉を口に出した。
「そういうわけで私もお手伝いさせてもらいます。修行の結果を出す時が来ましたね。一緒にシリルを守りましょう!! シーポス出動です!! ……ってアレ? これウェイスト先輩の決めゼリフですね……」
後頭部を軽く掻いてはにかんだ彼女を見て、シーポスの皆は愉快そうに笑った。自分たちの賭けるチップは”命”だということを一時だけでも忘れたかったのかもしれない。
そしてアシェリィは忘れないように付け加えた。
「あ、そうだ。作戦を始める前に、第一にしてほしいのが”自分の命を大切にする”ということです。万一の場合は遠慮せずに逃げて、自分の命を何よりも優先しろとオルバ師匠から伝え聞いています」
メンバーはそれを聞いてオルバを強く意識した。今回はシーポスの問題だけではない。ここにいるのは彼らの実力を認めてくれた「オルバのチーム」とも言える。
この戦いはオルバvsテロリストの戦いなのだ。テロリストを野放しにしたり、みすみす見逃すわけには行かない。シリルの街をも守る戦いでもあるのだ。
それを伝えるとアシェリィは目をゆっくりつむって大きく息を吸い、穏やかに吐いた。それを何回か繰り返すと目を開いた。
そして辺りをゆっくりと見回した。そして、郵便局そばの民家のポストを指差した。
「さて……時限式のものもあるかもしれません。さっそく爆弾除去をはじめましょうか。どうやって爆弾を探すのかという話ですが……まず一個、あそこです」
それを聞いたウェイストは驚いた。
「えっ!? アシェリィ、そんな簡単に爆発物の場所がわかるのかい!? ボーンザはね、元々、魔法局郵便課の出身なんだ。だから郵便局のシステムを熟知してて、局の地図では爆発物を捕捉できないんだよ。だからなかなか捕まらないって上司の方は慌てていたよ」
それを聞くとアシェリィはポストを眺めたまま頷いた。
「ええ、とりあえずここから視えるのはあの一つだけです。それ以外に十数個この近辺にはしかけてあるみたいです。あぁ、これはエレメンタル・スピリッツ、すなわち属性精霊を視たり、聞き耳を立てたりして気配を察知するんです。
私、今までずっとこういうのはちょっと病的な幻覚、幻聴だとばかり思っていましたが、何でもサモナー(召喚術師)特有の能力らしいです。
……さて、一つ目を調べてみましょうか。なんだかポンポンはじけている精霊を感じますが、それほど活発じゃありません。これがきっと”爆弾の元”ですね。触れたりしてもすぐに爆発するって事はないと思います」
アシェリィがそう言うとその場を沈黙が包んだ。いくらすぐに爆発しないとはいえ、爆発物に接触するのだ。
嫌でも緊張感が高まる。息苦しいその場の空気を打ち破ったのはリーダーのウェイストだった。
「……直接触れるのは危険だ。クッションをはさもう。まずは僕がG・ゲッコーズで様子を見て見るよ」
彼はくの字に曲げた指を付き出すと指の上には金色のヤモリが1匹、キラキラと輝いていた。




