平穏な森に落ちる影
勢い良く木製のドアが開いた。快活そうな少女がお辞儀をして部屋に入ってきた。
毛先にウェーブがかった緑色の髪をした少女だ。後頭部に髪を結ってポニーテールにしている。
「あ、師匠、ハッピーニューイヤーです。今年も宜しくお願いしますね!」
ラーグ領は一年を通して春の気候であるため、新年祭のある赤山猫の月でも気温は暖かく、防寒装備する必要がない。今入ってきた少女も白いブラウスに青いスカートという出で立ちだ。
「やあ、ハッピーニューイヤー、アシェリィ。今年もよろしくね。で、どうだった久しぶりの里帰りは? お父様やお母様は元気だったかい?」
それを聞くとアシェリィと呼ばれた表情はほっこりするような笑みを浮かべた。彼女はなんだかんだあって、彼女はオルバ様探しに成功し、創雲の弟子入りに成功していた。
コパカヴァーナを釣り上げるのに三ヶ月もかかってしまったが―――
「ええ、久しぶりに一家でだんらん出来ました。お父さんも、お母さんも私が修行に出たことはやっぱり寂しいって言ってました。
でも、オルバ様のお弟子さんになって人の役に立てるならばならそれほど名誉なことはないって。家の仕事は私がいなくてもなんとか回せそうなので、心置きなく修行、学業に励みなさいとの事でした」
それを聞いたオルバは椅子に深くもたれかかりながらこちらを見ている。
「ふむ。いいんじゃない? 家に帰る度、毎回同じコメントな気もするけど。君が修行を始めてもう一年と少しかぁ。本当はもう少し修行期間が欲しかったとこなんだけど。
でも今年のリジャントブイルの試験まではあと2ヶ月しかない。正直、結構厳しい受験になると思う。でもまぁ失敗すれば戻ってくればいいんだし、肩の力を抜いて挑んでくることだね。って私も何回この話をしたかわからないけど……」
オルバがそう言うとアシェリィと彼は顔を見合わせて笑った。
「よし、新年一発目だ。休暇の間に体がなまってないか試させてもらおうかな。ああ、アザリ茶とお菓子で一息ついてからでいいから」
一息つくと2人は木をくり抜いてつくられた家の外に出た。
「え~、口を酸っぱくするように言っているけど『サモナーは原則として自力で体外にマナを使用、放出が出来ない』という特性がある。
君が自分をエンプ(魔力を持たない人)と勘違いしたのはこの性質のためだね。
潜在的なサモナーの素質を持つ人は結構いるはずなんだけど、そんな特徴なだけあって、君みたいに運良く他のサモナーと出会わなければ能力を自覚し、覚醒させることはできないのさ」
オルバはあごひげをなぞりながら足先をトントンと踏むような仕草をとった。そしておもむろに歩き出すと続きを語りだした。
「かといって、マナを使用、放出できないというのは、魔術師としては致命的だね。いくら強い幻魔が呼び出せるサモナーでも肉体が完全な生身のままじゃ実戦では即死する。ではそこで?」
オルバは体を捻ってアシェリィの方を向いて指を彼女に向けて指し、指名した。一対一なのであまり意味のない動作だったが。
「え~っと、『魔力を仲介する存在を介せばサモナーでもマナの使用、放出は可能』でしたよね? 即ちそれ、幻魔であると」
「イェス。ただ、大事なのはそれらが一番の目的ではなくて、適材適所の幻魔をその都度その都度呼び出せるかにかかっている。
例えば、拳で戦う状況だと肉体エンチャントの為にマナを体にまとう効果の幻魔を呼び出すよりは、格闘能力自体を上げる幻魔を呼び出したほうがいいってことさ。さて、その幻魔は?」
そう問われるとアシェリィは両手に握り拳を作り腰を落として構えた。
「弱き者、欲するは鉄の拳、邪を滅する武勇を求む!! サモン・スティール・アーツ!!」
オルバはすぐさま足元のこぶし大の石を持ち上げると容赦なく彼女に投げつけた。
彼もただ石を投げただけではなく、石を投げ出す力をかなり強化している。これでも手加減しているとわかりつつ、アシェリィは冷や汗が滲みでた。
彼女は右手を開いたまま左手で右手首を握ってそれに添えた。飛んできた石つぶては彼女の手にぶつかると肉をえぐらんとする勢いで彼女の手の中で暴れた。
右手が衝撃で上下左右にガタガタとぶれだした。ギリギリと金属と石が衝突するような音が鳴っている。
「集中ッ!!」
オルバがそう叫んだのを聞いてアシェリィは気持ちを落ち着けた。彼女が気持ちを落ち着けていくと、だんだん手の中の石の力も分散していき、やがて彼女の手のひらには石つぶてが握られていた。
「判断力は優。反応速度は可、安定性はギリギリ可だね。まぁでもよくキャッチできるようになったよ。それだけ精度がたかければそこらへんの格闘家には負けないんじゃない?
これが"センス"と呼ばれる召喚術の一つだね。まるで自分の才能のような効果が出るから"センス"。自己に憑依させるから安定性と疲労感がネックだけど」
「っはぁ~~~~!! ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ」
「……まぁそうなるよね……ところで、覗きなんて悪趣味な事はやめてくれないかな。もうずっと前からそこにいるんだろう? この娘の後ををつけてきたんだね?」
「!?」
アシェリィは膝に手を当てて前かがみで呼吸を整えつつ、辺りを見回した。どうやら何者かにつけられていたらしい。全くそんな気配はしなかったのだが。
「オルバ様、この度の非礼、何卒お許しを」
周囲の森のどこからかそう声が響いてきた。どこに声の主が潜んでいるのかはさっぱりわからない。どうやら男性のようだが……。そして声は続けた。
「私、魔術局の者でございます。ただ、私自身が”影”ゆえにお二人の前に姿を表わすことは叶いませぬ。どうかご容赦を」
オルバはそれを聞いて胡散臭そうな表情を浮かべた。息がととのったアシェリィはまだどこにいるのかとキョロキョロ見回している。
「いくら”影”ったってストーカーはマズいでしょ……。それにそれ、謝る人の態度じゃないから。上の人に抗議しておいてよね。で、何の要件かな?」
しばしの沈黙の後、影は深刻な声の調子で語り始めた。




