男たちの秘密会議
「おじゃましま~す。ってうわっ、いつきても雑然とした部屋だねここは」
「うるせぇ。お前それが人の部屋に上がった時の態度かよ。ま、雑然としてること自体は否定はしねぇがな」
リジャントブイル魔法学院の中等科の深緑色の学生服を着た二人の少年が廊下を歩いてきた。
やがて学生寮の一室のドアノブを開け、部屋を見渡しながらそう言葉をかわした。
「ほれ、上がれよ。わりぃが小洒落た茶菓子もねぇし、そもそも茶もねぇ。あるのは……そうだな。古酒くらいだな」
「それも毎度の事じゃないか。なんでそういう妙なところに気を利かせるかなぁ。今更いいよ、水臭いって」
「おっ、そうか。無粋だったな。じゃ、さっそくおっ始めようじゃねぇか」
そう言うと茶髪の長身な青年は背丈の低い丸いテーブルを持ち出してきて床にどっかりと置いて、もう一人の少年へと座布団を手渡した。
この辺りでは床に座る生活スタイルは珍しいのだがこの部屋を訪れる少年にとっては慣れたものだった。
部屋はありとあらゆる小物でとっちらかっていて、普段からあまり客人が来ない様子だ。
椅子とテーブルも1つずつしか無く、家具も男一人分が使う必要最低限のものだけが置かれている。
他人がこの状況だけを見たとすればさぞかし部屋の主が孤独で寂しい生活を送っているのだろうと思われるだろう。
しかし、現実はそうでもない。彼、ザティス・アルヴァールという男は意外と面白可笑しい学園生活を送っている。
暇な時は自身の通う魔法学院のコロシアムで賭けに興じ、当たってもハズレてもその日の気分で街の酒場をハシゴする。
酒場には彼の呑み仲間だったり、喧嘩相手が居るらしい。
そんなコミュニティがいくつもあるとなれば誰も彼のことを孤独だとは思わないだろう。
少しスレて荒っぽい気質があり、学院内ではそりの合わない学生も少なくはない。
特に優等生からは嫌われる傾向にあり「学院のツラ汚し」などと陰口を叩かれることもしばしばだ。
ただ、苦労人だけあって腕は確かで、コロシアムでは良くも悪くも場を引っ掻き回し、上にも臆せず噛み付いていく姿勢から”狂犬”という悪名で通っている。
彼の素行からか勝率の割にイメージは悪く、ヒール寄りと認識されている。
だが、根強いファンが居るのも事実で彼の戦いっぷりに見惚れる者も少なくない。
そうこうしているうちにザティスは自分の分の座布団と辞書のように大きく、分厚い手帳をどこからか取り出してきた。
その見た目は手帳というよりはもはや百科事典である。彼は手帳を右手に持ちながらその背を左手にトントンと軽く打ち当てながら不敵な笑みを浮かべた。そして、あぐらをかいて向かい側に座り込んだ。
彼が街の酒場でどんな生活を送っているかはよくわからないが、同じ班として4年過ごしたファイセルとしては学院内のネガティブイメージは的はずれだと思えた。
確かに彼の粗暴な態度が目につくことはあるが、根は優しくて好青年であるとメンバー皆が感じていた。
学内では荒くれ者というイメージだけが独り歩きしているが、付き合ってみれば彼は義理人情に厚く、思いやりのある人間であると誰もが思うはずだ。
もっともザティス自身がヒール扱いされるのを内心面白がっていて、そう見えるよう、いわゆるちょいワルのように振舞っている節がある。
故に学院内での彼のネガティブイメージが払拭されることは無いのだが。
それでも彼と親交のある者達は口をそろえて実は純朴な青年であると彼を評するのであった。
「で、ファイセルさんよ。まずは先日のコロシアムでの勝利、よくやったな。課題で出された分しかコロシアムで戦っていないとは言え、ブランクをはさみつつ8連勝は大したもんだ。マグレじゃそこまでいかねーぜ」
「なんでまた他人行儀なんだい? 僕の実力が勝利に貢献した影響なんてほんの少しだけで、ほとんどはザティスの的確な予測と分析のおかげじゃないか。
その研究手帳……いや、研究辞典のおかげだよ。それだけデータ集めてるんならコロシアム研究会でも入ればいいのに」
ファイセルと呼ばれた少年はは分厚い手帳を指差してザティスに問いかけてみた。
するとザティスは苦汁を舐めたような表情で目をつむり、左手を額に当てつつ前髪をクシャクシャっといじった。
「かーっ、またその話かよ。言ったろ? “コロ研”は俺のモットーとはかけ離れてんの。誰がどのくらいの割合で次の試合に勝つとか、オッズ比を分析するとかマジで白けるぜ」
「いいか? ギャンブルってのはな、その時の”インパルス”に忠実でなけりゃ面白くねーんだよ。勝利の確実性とか、利益率とか聞いただけで反吐がでるぜ。あー、賭け事と無縁で品性方向なファイセル君にはこの感覚はわっかんねーんだろーなぁ!」
彼はそう言いながら勝手に納得したように頷いている。確かにファイセルは課題で必要とされる以外はほとんどコロシアムに関わっていないが、別にそれは彼に限ったことではない。
むしろ入り浸っているザティスの方がイレギュラーだと言えるだろう。だが、賭けで効率的に儲ける気でもないのになぜ彼はこんなにもストイックに情報収集と分析をしているのか。
ファイセルはその理由については既に知るところだった。
「あくまで自分が試合に勝つために使うためのデータだって言うんだろ? だからって、1人でそんなデータためてるのもったいなくない?」
そう何度やりとりしたかわからないような内容をいつものように問いかけると彼もまたお約束とばかりに決まった返答を返してきた。
「愚問だな。これは俺が苦労して集めた機密情報なんだぜ? 本来なら俺以外にこのデータベースを見ることの出来る者は居ないんだ。それでもおめぇの為だっていうんだから特別にシェアしてやってんだろ? わかったらとっとと本題に戻るぜ」
ザティスはパラパラと手帳を眺めながら目線を左右に動かせてなにやらチェックし始めた。そしていつの間にか置かれていたテーブルの上の白紙にペンでサラサラと何やら書き出しながら解説を始めた。
「あのな、1,2戦は前後するんだがコロシアムには9連勝の壁っていうのがあってだな、そこまで連勝すると俺が言ったようにマグレってのはまずありえないわけだ。
そこで、このあたりに入ると運営の方針で、連勝を潰そうと格上とのマッチング率がぐーんと上がるんだよ。教師が殴り込みに来る”ちゃぶ台返し”の範囲内もだいたいこのあたりからだ」
「そんな。今回は近いうちに妹弟子を師匠のところへ迎えに行かなきゃならないんだ。コロシアムで負けて大怪我負って予定通り帰郷できないなんて事態はなんとしても避けたいんだけど。よりにもよって年明けからこんな課題だよ……」
不安げな表情を浮かべるファイセルに向けてザティスは手のひらをひらひらと振って了解の意を示した。
そしてまた目をつむりながら首を横に降ってから再度、ファイセルの方を見つめた。
「お前、コロシアムの医務室の質の高さを知らんだろ? 大怪我でも半日で危篤状態からは抜けられるんだぞ? まぁしばらく学院本体附属の医療所に入院して経過をみなきゃなんねーが」
ファイセルは眉をハの字にして抗議した。
「それがマズイって言ってるんじゃないか。一ヶ月も遅れたら試験に間に合わないなんてことにもなりかねないんだよ?」
「わーってるって。そのためにこうやって入念に事前対策を考えてるんだろうが。相変わらずクソマジメなやつだぜ。えーっとだな、おめぇと当たりそうなのはジーバン、アレデス、ネイリュアあたりだな。
俺の独自の情報網からすると対戦相手はネイリュアと見ていいだろう。この3人の中ではネイリュアが頭ひとつ抜けてるしな。それに何でもアイツは華々しいデビューを飾るための”生け贄”を欲してるらしい」
ファイセルはそれを聞くと同時に顔色を変えて難しげな表情になった。少しの間俯いていたが、明らかに気が乗らないといった様子でザティスの方を向いて口を開いた。




