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楽土創世のグリモア  作者: しらたぬき
Chapter2:Bloody tears & Rising smile
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魂賭して嵐呼ぶ

船倉のどこかに姿を隠したグレェスはわざとらしく抑揚をつけてなぜ自身が臆病者と罵られているのかを語りだした。


「おや? ご存知でないと。それなりに知られているのかと思ったのですが……。私はこのシャルネ大洋のごく一部の海域でしか活動することは無いのです。外に出ていこうとは思いませんね。そういったところが怯懦きょうだの所以となっているようです。ところで、貴女、旅はお好きですか?」


「?」


 パルフィーはそれを聞いて思わず首を傾げた。彼は脈絡もなく勝手に話題を変える、掴みどころがない話し方をした。まるで本人の性根がひねくれているのがにじみ出ているかのようだ。


 このまどろっこしい接触に彼女は思わず苛立ちかけたが、ここで相手のペースに飲まれるのはだけは避けねばならないと心を落ち着けた。


「旅? あたしは嫌いじゃないね。それが何か?」


「ああ、残念ですね。私は旅というのものが大ッ嫌いでしてね。旅先では何が起こるかわかりません。そんな不確定要素の高い道を往くのは愚か者のとる極めて愚かしい行為です」


 パルフィーはグレェスが何を言わんとするかおおむねわかった気がした。彼の言う”旅”というのは”この海域以外の世界”のことを言うのだろう。そのまま特に口を挟むこともなく続きを言わせておいた。


「私が好きなのはやっぱり通い慣れたいつもの道ですね。毎日通い慣れている道ならば、リスクは減ります。確かに突然のイレギュラーはあり得ますが、知っている道での出来事なら大事に至る前に対策を打つこともできるでしょう。たとえ他人に何と言われようと、自分の慣れ親しんだ場所で、結果が出せればそれで良いのです。 そう聞いてみて貴女はどうお思いですか?」


 再び船倉は沈黙に包まれた。だがそう間隔を開けずにパルフィーが口を開いた。


「虎穴に入らずんば虎児を得ず……。じーさんが昔、よく言ってた言葉だ。危険を避けて受け身や守りがちの姿勢に徹する事は誰でも出来る。だが、その逆は意外と難しい。勝ちに行くなら危険を待ち構えるんじゃなくて、こっちから危険を潰しにいけばいいんじゃないかって話だよ。今のアタシみたいになぁ!!」


 パルフィーはそう言い放つと船を支えるマストの支柱めがけて連続で流れるような連続回し蹴りを浴びせ始めた。どんどん柱に深い切れ込みが入っていく。


「暮脚旋舞ッ!!(ぼきゃくせんぶ) てりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃ!!」

「!?」


 突如、彼女が柱を破壊しだしたのを見てグレェスは戸惑った。一体何の目的でマストを攻撃し始めたのかがさっぱりわからなかったからだ。


 だが、このまま相手の思うように事が進むのは危険だと判断し、すぐに対策をとった。


「!!」


 その直後、床をぶち破って巨大なヘビが船底から食らいついてきた。パルフィーは肉食動物の放つ独特な殺気を感じ取ってすぐさま柱を蹴るのをやめ、後ろに飛びのいて間一髪でそれをかわした。


 船倉の床から首を出したヘビはエラのようなヒレをパタパタとさせてこちらを睨んいる。海蛇は予想以上に巨大で、頭の大きさはパルフィーより大きく、丸飲みに出来る程だった。胴体は多少細いがそれでも巨大であることに変わりはない。


 その大きさもさることながら、豪快に床をぶち破って海蛇が現れたことに彼女は驚いた。ヘビの開けた穴からゴボゴボと海水が侵入してくる。始めの一撃から既に船を沈める気まんまんといったところだ。


 このままのペースで船底に穴を開けられたら結晶石を破壊する前に船が沈んでしまう。それではグレェスからレイシーたちへの追撃を許してしまいかねない。


 この状況でどうやってグレェスが離脱するのかは全くの謎だった。数々の船を沈めても溺死せず、これだけ躊躇なく船に穴を開けるということは確実性の高い脱出方法を用意しているはずだ。


 何とかしてそれを潰せれば無闇に穴を開けさせるのを妨害できるかもしれないが、パルフィーには心当たりもないし、想像もつかなかった。その点に気を取られているとヘビは立て続けに首を斜めに傾けて噛み付いてきた。


 突っ込んできたヘビをサイドステップでかわしてパルフィーはヘビの頭側に回りこむ形となった。


 そのまま、右足を力強く踏み込んで右から左へと重心を移して左足を叩きつけるように踏ん張った。そして肘を曲げて拳を胸の前で握り、思いっきり左腕を付き出した。


「曙突砕魂ッ(しょとつさいこん)!!」


 彼女の強烈な肘打ちは確かに無防備なヘビの頭部に直撃した。だがガチンという鈍い金属音のような音と共にパルフィーは弾かれた。素早く姿勢を立てなおし、身構えたままバックステップで距離をとった。


 どうやら一撃は鱗に弾かれたようだ。見た目に反して表面は硬いらしい。直接の攻撃が弾かれたことよりも衝撃伝達の腕技の手応えが無いことが気になった。


「ちぇっ。衝撃がいなされたか」


「ほぉ……それが噂の月日輪廻げつじつりんねですか。私の愛しいシーサーペントは美しく、それでいて鋼より硬い鱗を持っています。それだけでなく、しなやかに衝撃を吸収する肉体をも兼ね備えています。貴女にシーサーペントを倒すことはできません。この船と運命を共になさい」


 パルフィーはそれを聞いてか聞かずか、大蛇の横に回り込んで再び別方向から先ほど蹴っていた支柱を蹴り始めた。気づくとターゲットを捕捉した海蛇が口を目一杯開いてこちらに突っ込んで来ていた。


 もう避ける時間はない。気づくと既に足元にシーサーペントの下顎が滑り込んできた。足元はもう紫色の舌の上で、頭上を見上げると上顎の内側と鋭い牙が見えた。


 一気に海蛇は口を閉じてパルフィーを飲み込もうとした。彼女はまるでついたてのような形になり、それに必死に抵抗した。思いっきり降りてくる上顎を両手で上に押し上げた。


「ぐぅっ、くぬっ……!!」


「フフフフ……我が子の噛み砕く力を舐めてもらっては困ります。いくら貴女の怪力とはいえ、こればっかりはどうしようもないでしょう。万事休す……ですね」


 パルフィーは何とか持ちこたえていたが少しずつ海蛇の顎の力に押され、膝が曲がり始めていた。そのまま少しずつ、沈み込むように体が曲がっていった。


 そうこうしているうちにヘビの口はほとんど閉じて隙間からパルフィーが見え隠れしていた。


「おや、想像以上に持ちこたえますね。我が子を相手にここまで粘るとは。”獲物”ながら見事。その実力、確かに認めます。貴女の事は忘れませんよ……」


 そうグレェスが言い終えた直後に海蛇はパクリと口を閉じきった。そして完全に上下の顎を噛みあわせた。どうやらもう内側から抵抗する力は働いていないようである。


 あとは体内へ吸い込まれ、ゆっくり消化されていくだけだ。彼は思わず腕で額を拭った。無意識のうちに感じる危機感から汗ばんでいたのだ。そして軽く彼はため息をついた。


 ふとシーサーペントの方に目をやると何だか様子がおかしい。海蛇の視線は定まっておらず、眼球が上下左右にギョロギョロ揺れ動いていた。


 しばらくせわしなく眼球を動かすと、やがて上を向いたまま白目を向いてしまった。グレェスが目を凝らして観察した刹那、何かが飛んできて、彼の頬にベタリと張り付いた。


「こっ、これは!?」


 すぐにそれを拭って再度、海蛇の方を見ると彼の頭部がまるでスイカを包丁で切り分けたかのように綺麗に内側から切り開かれていた。


 グレェスの顔に飛んできたのはその肉片だった。噴水のような血しぶきの中、すくっと人影が立ち上がるのが確認できた。


「ばっ、馬鹿な……!!」


「何勝手に人の事を思い出にしようとしてんのさ。やれやれ……血みどろじゃないか……。言ったろ? “虎穴に入らずんば虎児を得ず”って。ま、入ったのは蛇の口だったけど。いくら頑丈とはいえ、流石に内側から捌かれたらひとたまりもないみたいだな」


「お、お前……飲み込まれるフリをしたなっ!!」


「おや? 口調が変わったみたいだけど。どーせそれが本性なんだろ。殺し屋ってのは大抵そうだ。本性……いや、殺気を包み隠そうとすればするほど性根と態度がちぐはぐになっていくんだ。お前みたいにな」


 パルフィーは空いた穴から吹き出す海水で軽く体についた血を洗い流した。船底に穴は空いたが、その大部分を海蛇の死体の胴体が塞いでおり浸水を妨げていた。


 このペースならばすぐには沈没しないだろう。彼女はあれだけの危機に陥りながら冷静を保っており、息も乱れていない。それを見たグレェスは思わず震えた。


 相変わらずパルフィーは視界に彼を捉えることはできていなかったが、あと少し相手の調子を狂わせればあぶり出すことが出来るだろうと確信した。そして彼へ向けて声の調子を変え、あからさまな煽り文句をぶつけた。


「どうした? 没蛇ぼつだの二つ名が泣くぞ。それとも本当に怯懦きょうだの方なのか? アーヴェンジェはこんなもんじゃなかったぜ」


「ふっ、ふざけるな!! お前が倒したのはただのシーサーペントにすぎん!! ええい!! 死に損ないのクソガキは捨て置け!! 早くこちらへ来い!! 大海の王蛇、シーサーペント・ラージャよ!!」


 グレェスは我を忘れたようにそう叫んだが、すぐには反応がなかった。おそらく、アレンダが身を挺して海蛇の足を止めてくれているのだろう。


 パルフィーは殺気が近くに無いのを確認すると先ほど蹴っていたマストに再度、蹴りの斬撃を加え始めた。


「何を……さっきからお前は一体何をしているんだ!! 答えろ!!」


 船倉中に男のヒステリックな叫びがこだました。その問いを完全に無視してひたすらパルフィーは柱を蹴り続けた。


 何度も鋭く切りつけられた太いマストの支柱はまるで木こりが木を引き倒す直前のように抉られて切れ込みが入っていた。頃合いを見計ったパルフィーは蹴りをやめてがっしりと柱を掴んだ。


「ま、まさか……いや、そんな事が出来るはずがない!!」


「出来るか出来ないかじゃない!! やるんだよ!!」


 そういうと彼女は船尾の方を向いて全力でマストを引き抜いた。船の中央の一番大きな軸となる柱の土台を破壊して持ち上げたのである。


 柱の根本はバリバリ、メキメキと大きな音を立ててながら、引っ張りあげられて宙に浮いた。彼女はそのまま天井を仰ぐように柱を担いだまま仰け反って勢いをつけた。


「グレェス……見込みが……甘かったな!! あたしの狙いは……端からあんたじゃない。最初から……結晶石をぶっ壊すつもりで来たのさ!!」


「お前、正気か!! 捨て身でやってきたとでも!?  ぐぬうっ!! シーサーペント・ラージャよ!! 間に合えーーーーーーッ!!」


 パルフィーはまたもや何者かが船底をぶち破って飛び出してきたのが背中越しにわかった。先ほどの海蛇より明らかに巨大である。


 口を開いて今にも食いつきかかってくる様子だったが、彼女はそれを無視しきって全力で柱を前方めがけて振り下ろした。振り下ろすその先には暴風の結晶石が輝いていた。


「おまえと一緒に木っ端微塵になるのはシャクだが、お嬢やサユキ、アレンダを生かすにはこれしかないッ!! アタシは死んでも、アイツらが生き残るならばそう捨てたもんでもないよなッ!! いっっせーのッ!!」


「うおおおお!!!! シーサーペント達よ、集えーーーーーッ!! 結晶石を水没させろォォォーーーーー!!」


「せッ!!」


 どこに潜んでいたのか、船倉のあちこちの床を破って巨大な海蛇達が次々と現れだした。大量の海水が流れ込んできて、船は一気に沈み始めた。


 だが、もはや勢いをつけて振り下ろされた巨大なマストを止めることは誰にもできなかった。振り下ろした柱は甲板の後ろ半分を真っ二つにカチ割り、そのまま暴風の結晶石へ激しい衝撃を加えた。


 次の瞬間、結晶石には大きくヒビが入って暴走した。まるで爆発したかのような勢いで激しい旋風を生んでいく。


 その風は手当たり次第に生物や物体を切り裂き、巨大に成長して海上竜巻となった。客船ロブローンデ号は原型を留めないほどに大破し、竜巻に巻き上げられてバラバラに飛び散った。


 丈夫な船体が粉々になる程である。生身の人間がどうなるかは想像に難くない。


 話によればその一件の後、辺り一帯の海域は暴風で荒れに荒れ続けた。シャルネ大海を航海する船は3~4日の間はこの海域からの迂回を強いられるはめになったという。


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