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「なんか、さっきからあれ?ばかりなんだけど」

 彼の言う“岸”は、どれも違うところばかり。

 彼は「あれ?」とか「おや?」とかばかり繰り返していた。弟は焦れてぐずっていた。

「ねー……まだなの?」

 早く帰りたいのにー。

「悪いな。なんかさあ、場所はあってるんだよ。時間だけが違う。何でかなあ……原因があるんだろうけど」

 わからないなーとぐしゃぐしゃと頭をかく彼。

「早くしないと、月が沈んでしまう」

「月が沈むといけないのか?」

「ん。影が伸びる。それに月が完全に沈むと、ここは真っ暗になるんだ」

 何も見えなくなる……そうしたら、その時こそここの住人が姿を現すよ。 俺たちには見えないんだけど、今度はこちらが影になってしまう。

「そうして帰れないことになる。だから」

 だから。怖い事をしれっと言うなと俺は言った。

 少しは焦るとかしないのかと言っても

「焦ってもロクなことになんないし。少し考えようか」

「……何を?」

「お前らがこうまで帰れないってことは、何かお前らをこっちに引き留めるモノがあるはずなんだ。でなけりゃすぐ帰れるはずなんだよ、本当は」

 なんたって異物なんだから。

 ここはお前らや俺を、はじき出したくてしようがないんだからと彼は続けた。

「それが出来ないってことは、何かあるはずなんだけど。お前ら最近妙なもの拾ったとか貰ったとか、した?」

 俺と弟は顔を見合わせる。

「拾ったもの?」

「何か貰ったか?」

 うーんと二人して唸って。

「あ! あの石!」

 同時に叫んだ。


 


 それはふと目についたのだ。

 学校からの帰り道。誰かが置き忘れたみたいに道の真ん中に落ちていた。

 縞模様の入った、白い、でもきらきら光る卵くらいの大きさの、石。

 見たことのない石だった。

 とても綺麗だったので、思わず拾って帰った。

 石の名前を図鑑で調べてみた。でもどこにも載っていなかった。

 ばらばらと図鑑をめくる俺を不思議に思ってか弟も石を覗き込んだ。

「兄ちゃん、何やってんの」

「この石のこと調べてんだけど、どこにも載ってないんだよ」

「へえ……」

 綺麗だねと石を眺めて触る弟。

「じゃあさ、きっと新種ってやつだよ!図鑑にも載ってないのは“新種 ”だって先生言ってたもん!」

 そうだよって言って、兄ちゃんすごいなあって言う弟に、それは何か違うと思ったけど、まあいいやと何にも答えなかった。

 ただ、綺麗だったから。

 それでいいやと思ったのだ。

 名前や分類なんか知らなくてもそんなものは関係ないのだと。

 そして石はハンカチを敷いて机の上に置いた。




「それだ」

 俺は天を仰いだ。

 全く、こいつらは単なる迷子じゃなくて“交換 ”されたんだなと。

「何、交換ってさ」

 兄の方が言う。

「その石は、もともとこっちのモノだったんだ。何の弾みでかお前らのところに行って、代わりにお前らがこっちに来た。学校で質量保存の法則って習ったか?」

「聞いた事はある」

「それだ。形が変わっても元々の“存在の大きさ”は変わらない。こっちで欠けた分だけ、同じ重さのもので埋めようと力が働いたんだな」

 道理で何度返そうとしても失敗したわけだな。

 あっちにはお前らの存在を埋める“質量 ”があるんだから。

 どうしたもんかなと腕を組んで考えていると彼らは見たこともないくらい不安げな顔をして俺の顔を見るもんだから。

 ああ、いけないな、小さい子どもを怖がらすもんじゃないし。

 それに、少し感心した。

 多分今までのは空元気だったんだなあと。

 それは主に兄に対して。

 弟がいたせいだ。自分まで不安がるわけにはいかないと思っていたんだろうなあ。

 かりかり、と頭をかいて、にっと笑ってやった。

「おいおい、泣くのは早いぞー。手がないわけじゃないんだよ。俺は言ったろう?帰してやるってさ。だから」

 お前らは帰りたいって強く強く思ってな。

「でもさー……」

 つられてかにっと弟が笑う。そうそう、そんなくそ生意気な顔してる方がよっぽどいいぞ。

「なんだ?」

 兄はにやり、としか言い用がない顔をした。可愛くないぞお前とごちた。兄弟は口を揃えた。

「さっきから失敗してばっかじゃん!」

 ああ本当に、可愛くない。


 


 彼は目を閉じて、杖を掲げていた。目深に被っていたフードを外していて、さらさらの茶色の髪は月の光で金色に見えた。

 薄い色の瞳を閉じると、ますます年がわからない。

 杖はさっきまで棹だったものだ。彼の手の中で見る間に大きさと形を変えた。

「なにしてるの?」

 小さな声で弟が聞いた。

 しっ、と指をたてて静かにするように言って。

 声を潜めて答えた。

「俺らの家にあるあの石を呼ぶんだって。ここに」

「ええっ!」

 大きな声で叫んでから、しまったと弟は口を押さえた。

彼の様子が変わらないことを見てから俺は弟を小声で叱った。

「すごい集中力いるからって。だから静かにしてんだよ。いいな」

「うん……でもできるのそんなこと」

 俺も思った。でも彼はあっさりと言った。

「できるんでなけりゃ、言わないよ」と。

 彼の体が月の光とも違う色で光る。

 歌のような綺麗な旋律が彼の口から零れた。

 杖で天を指し、歌う謡う、うたう。

 そして一際大きな声で謡った。眩い光があたりに広がり、そして。

「これだな」

 目を開けると。彼の手の中には、あの石があったのだ。俺の手の上に載せてくれる。

 とても綺麗だと思った石。手放すのが残念な気もするけれど……帰る方が大事だったから。

 つるりとした表面を撫でて、彼に手渡した。

 俺から石を受け取ると、彼はそれを無造作に水面に投げ込んだ。大きな水音をたてた後、石は見る間に沈んでいく。

「ああつっかれたー」

 としゃがみこむ彼に、具合でも悪くしたのかと驚いて近づけば。

「眠い……」と言われた。

「はあ?」

「この術使うと体力消耗してやたら眠いんだよ……眠いの我慢するの、いやなんだよ俺」

「ああそう」

 で? 同じ高さになった目線。

 まっすぐに合わせて、言った。

「これで俺たち帰れるの?」

「ああ。ほら、“岸 ”もすぐそこまで来てるぞ」

 これで長い夢も終わりだと笑う彼に、俺は首を振った。

「これは、夢じゃないんだろ」

 さっき言ってた事と違うよ。そう言うと、

「いいや夢だ。夢になるんだよ……するんだよ」

 彼はフードを被りなおして苦笑した。

「なんで」

 弟と同時に言う。

 お前らなんでばっかり言うのなと肩を竦めてから、答えた。

「お前らは寝て起きてを繰り返して、そうして忘れてしまうんだよ。それがいいんだよ。だからこれは“夢”なんだ。ほら、“岸 ”に着くぞ」

「じゃあ……あんたのことも忘れるわけ?」

「そうだな」

 忘れてしまうというのに、なんで優しい声で言うのだろう。

 そして何で俺はこんなことに、こんなにも拘っているんだろう。全然わからなかった。

「ほら……家にお帰り」

 影が、来てしまうよ。

 彼はすっと水面の向こうを指した。ぎょっとした。

 月は沈みかけていた。長い影が水面に落ちていたのだ。

「お守りも長くは効かないんだ。だから早く」

「うん、わかった」

 俺たちはお守りを彼に返した。

 そして“岸 ”に触れる。

 それは今までみたいに弾く事はなく、すっと体を包みこんでいく。

 これでお別れ。

「ねえ、いつか会える?」

 弟が聞く。

「さあな。そんな時も来るかもしれない」

 大人には見えない、でも子どもには見えない、年の全然わからない……綺麗だと思った人。

 あの石みたいに、“何”かはわからなくても。

 俺も言った。

「じゃあ、その時には名前を教えてくれる?」

「いいよ。今度会ったら名前を教えるよ」

 彼は笑って手を振った。

 それが彼を見た……彼の言う“夢”の最後の光景だった。


 



 いつまでも忘れられない夢があった。

 何年も前に見た“夢 ”。

 でもそれが、夢ではない事を、俺は覚えていたのだけど。



 地面に濃い影が落ちるほど、月の明るい夜だった。

 深夜といっていい時間、足早に自宅へと急いでいた俺は、曲がり角から出てきた人影とぶつかりそうになって咄嗟によけた。

「すいませんっ」

「いえ、こちらこそ……え」

 謝罪の言葉を口にして、先を急ごうとした自分は、思わず目を見開いて立ち止まったのだ。




 俺はすぐに彼だと思った。


 何年もたっているのにとか、他人の空似じゃないのかとか、記憶違いとか思うだろう普通はと呆れられたけど。

 大体忘れているだろう。

 忘れろと言ったぞと、面白くなさそうに言われたけれど。

 残念、俺は覚えていたよ。



 いつまでも覚えていた夢。


 その中から現れた人。

 明るい月明かりの下、ようやく知ることのできた彼の人の名前を何度も呟いた。


                      

                                                              END

                        




もう一話、後日談で終わりです。

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