ある人の話
注意:女性を馬鹿にしている訳ではありません。
「…くん、○○くん。起きて、朝だよ。」
朝が苦手な僕は、幼馴染みに起こされることから始まる。
いつものように強すぎないが、かといって弱くもないリズムで僕を揺さぶっている。
「あと五分だけ寝かせてくれ。」
「こら、朝ご飯が出来ているんだから冷めちゃうよ。」
そう、彼女は僕の両親が海外の仕事で家にいないので、心配してわざわざ朝食を作りにきているのだ。
「わかったって。起きるよ。」
「じゃあ、ちゃんと着替えてきてね。」
そういって部屋から出て行こうとする彼女に僕は声をかける。
「あ、○○。」
「なに。」
不思議そうに振り返る○○に僕は寝ぼけながらも言う。
「おはよう。」
「うん、おはよう。○○くん。」
彼女は満面の笑みで挨拶を返してくれた。
僕はその笑顔にいつも見とれてしまっているのだ。
今日もいい日になりそうだ。
ソクっとした。これは見てられない。いくら静かな図書館だからといって、此処で妄想を膨らませて楽しんでいる知り合いをおいていく訳には行かない。馬鹿なことをする前にこの場から引き離さなくては。自分は正義感から次の言葉を言い放った。
「童貞の妄想乙。」
グサっと来た、自分の良心に。だが自分は、セリヌンティウスが待つ王宮へ向かうメロスのような、成し遂げねばならないことがあるという気持ちで言ったのだ。
「え。」
しかし、言葉の対象はぽかんとした顔をこちらに向けただけで、何を言われたのかわかっていないようだ。
ええい、仕方ないもう一度言うしかないか。
「身の毛もよだつほど気持ち悪い妄想乙、と言ったのだが、ついに耳も腐ってきたのか」
これも相手のためだ、と思って言ってしまった。それに心配のあまり、余計な一言も口から出てしまった。相手はかろうじて言葉を返す。
「そんなことはないよ。」
参ったな。これでは手の打ちようがないぞ。
「そうなのか、既に脳みそが腐っているのだから、耳がまだ腐っていない、なんてないか。」
ならこれからコイツをどうしたらいいのだ。
「いや、そもそも脳みそが腐っているっていうのが間違っている。」
間違っているだと、この自分が。自分の発言の何に間違いがあったのだろう。そうか、そういうことか。
「そうだな、童貞といったのは間違いだった。君は女性だったな。謝罪しよう。メルヘン処女の妄想乙。」
「酷くなっているし。」
どうやらちゃんと聞いてはいるようだ。安心した。しかし、心配性自分はもう一度確認をしておくとしよう。
「本当かい。自分は、「イケメン草食系男子厨メルヘン科サブカル属処女種が出たぞー」って言ったのだがね。」
「もはや原型をとどめていないし、人をお化けみたいに言うな。」
よかった。ちゃんと理解もできていようだ。
「よく言葉がわかったね。」
「そこから。」
「ここまでテンプレ。」
「そうですね。」
「これからはテンプレにしたくないなあ、という感想。」
「希望じゃないのか。」
彼女の今後のコミュニケーションについては心配しなくても良さそうだ。自分も良心を傷つけた甲斐があったものだ。本題である彼女の妄想癖ははぐらかされてしまった訳であるが。
「ところでこの暗号文だが。」
彼女の妄想癖は、その妄想を垂れ流すだけなので、彼女が後に恥じるだけで実質無害だが、この文章はいただけない。これを許しておいたらコイツのメールを解読するのに手間がかかるようになるのは明白だ。
「どう見ても小説じゃんか。」
「いや、誤字が多くて読むのに一苦労でね。」
「え、何処が間違っているの。」
「このクソネミって言っているところ。」
「逝ってないよ。」
「僧だな。」
「文面じゃないとわからないよ。」
「なにを言っているんだ、全く。ここだ。」
「流された、このかなしみな。」
ボケ連中はのっかるとすぐに調子に乗るから参ったものだ。だからギャグは軽く流す、これが自分の流儀だ。人に言わせると、自分以外の誰にも主導権を握られたくない想いが働いて毒を吐いていると言われている。そんなことはない。自分は彼らのためと思っての心配からなのだ、この言葉は。毒ではあるがそこに悪意なんて介在していないし、変にひねったりせず、本心をストレートに伝えているのだ。
「この「わ」は「は」だろ。」
「あ、本当だ。」
「なんでこんな初歩的なところで間違えているんだ。」
「だって声に出してみると、「わ」と「は」って同じ音じゃん。普段話すときも意識して話している人なんていないよ。文章にしてみると、私は声には出さないけど音で考えて書き綴っているからよく間違えちゃうんだよ。」
「でも意味、語源を考えながら文章にしないと、小説家なんて夢のまた夢だし、脳みそプリン体尻軽女になってしまうよ。」
「尻軽は関係ないし。」
「なにか足りないな、脳みそプリン体尻軽ゆとり女か。」
「あんたもゆとりでしょうが。」
「そうだったな。すまない、ゆとりじゃなくて処女が抜けていたな。」
「そうじゃない。」
「処女じゃないのか。」
「いや、処女だけど。」
「それは、よかった。」
やはり、一連の会話には彼女の心配以外の何の意思も働いていない。いつから自分は毒を吐き、傷口に塩を塗りこむと言われるようになったのか。いつから友達が減ってしまったのか。この毒を好意的に受け止める人が彼女以外で出てくるのを祈る限りである。
毒舌主人公とヒロインで言葉の使い方について書こうとしましたが失敗したので切りのいいところであげました。出落ち感が酷いですね。次回また頑張ります。