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雪の心音

作者: 景綱

 放課後の教室、みんな帰り支度をしてどんどん教室をあとにしている。

「さぁーてと、カラスが鳴くからかーえろう」

「もう、ユウくん、カラスなんか鳴いてないよ」

「えへへ、そうかぁ。まあいいじゃん、気にすんな」

 カホちゃん、ムッとしちゃって。

「ウソはダメなんだからね」

「へいへい、そうですかい」

 あーあ、ウソなんてついていないんだけどなぁ。ぼくには、しっかり聞こえているんだけどなぁ。ヤタガラスの鳴く声が聞こえるんだけどなぁ。ほら、あそこの木にとまっているじゃないか。どうせ、信じちゃくれないからなぁ。

「でもさぁ、ヤタガラスが――」

 ぼくは、カホちゃんの顔を見て言葉を飲み込んだ。

「ユウくん、怒るよ」

 もう怒っているじゃんかよ。とは口にしたりしないぞ。ここは、やっぱり謝っておくのがいいかもな。

「ごめん」

 頭を下げると、カホちゃんは、すぐに笑顔になった。

 これで、よし。ホッだぜ。

「あ、でもね。ウソもベンベンとかいう言葉もあるんだぞ。あれ? 違ったっけかなぁ?」

 うーん、じいちゃんに教わったんだけどなぁ。なんか違うなぁ。使い方も違うかもなぁ。まあ、いいか。もう天国いっちゃって教えてくれないからなぁ。本当のところはもうわからないや。幽霊になってじいちゃん会いに来てくれないかなぁ。

「ウソもベンベン? なにそれ? 意味わかんないし」

「アハハ、ごめん、ぼくもよくわかんないや」

 でも、ウソもベンベンってなんか面白い。意味わからないけど、いいんじゃないか。ウソもベンベン。どんなときに使うかもわかんないけどな。なんか気に入った。

 ウソもベンベン、ウソもベンベン、ベンベンベン。なんてね。

「ユウくん、にやけないの」

「はーい」

「もう、知らない」

 また、怒らせちゃったかな?

 ならば『逃げろ』だな。

「そんじゃ、カホちゃん、ばいばーい」

 ぼくは、後ろを振り返ることなく教室から逃げ出した。



 ふぅー、今頃、文句言っているかもなぁ、カホちゃん。追いかけてくるかと思ったのになぁ。

 まあ、いいか。きっと、だいじょうぶだよな。

 お! あんなところに猫又のマタキチがいるぞ。生け垣の下に昼寝している黒ぶち猫がマタキチだ。ちょうど日当たりがいい場所に寝転がって、気持ちよさそうだ。いつみてもデカイやつだよな。

「おーい、マタキチ!」

 呼んだところで、返事はない。

 なんだよ、無視かよ。いつものことだけど、もうちょっと愛想よく『にゃん』とでも答えてくれたら可愛いのになぁ。しかたがないか、妖怪猫又だもんな。

 でも、あいつ本当に妖怪猫又なんかなぁ?

 誰が言っていたんだっけ?

 うーんと、あっそうだ。じいちゃんだ。

 じいちゃんも、あのとき、笑いこらえていた気がするからなぁ。本当のところはわからないなぁ。きっと、冗談だと思う。だって、妖怪が道端で昼寝なんかしていないだろう。まあ、見た目は、普通の猫より大きい気もするけど。ただのデブ猫ってこともあるよな。

 マタキチが言葉しゃべったら信じちゃうけどな。妖怪だけに『なんかようかい』なんて。おお、さむいダジャレ思いついちゃったよ。

「なぁ、マタキチ。おまえさぁ」

 うっ、きたぞ。いつもの眼力が。首をもちあげてみつめる目は『黙れ』という無言のうったえみたいだよな。でも、ぼくは違うと思っている。いつもの遊びだ。

 そう、にらめっこしようの合図だ。

 よーし、今日こそ負けないからなぁ。絶対、目線外さないからなぁ。

にらめっこ勝負だぁ。

 じぃーーーーーーーーーー。

 負けるものか。でも、すごい眼力だなぁ。ぼくの心を見透かしているような感じがするのは気のせいだろうか。ドキドキしてきちゃったよ。

 ぼくは、ごくりとツバを飲み込みじっとこらえた。でも、背筋がゾクゾクっとしてたまらず目線を外してしまった。

 ああ、ダメだ。負け、負け、負けました。ダメだなぁ。マタキチの眼力はすごい。怖いもんなぁ。やっぱり、あいつは、妖怪猫又に違いない。

「マタキチ。あれ?」

 なんだよ、もう寝ているよ。

勝利の昼寝か? そんな言葉ないけどな。しかたがない、帰りますよーだ。

「マタキチ、じゃあな。次こそは勝ってやるからなぁ」

 やっぱり、妖怪猫又だな。まったく動じないもんなぁ。

 よーし、家までレッツゴーだ!



 かあちゃんの手作りお菓子、早く食べたいなぁ。

 今日のおやつは、なんだろうなぁ。

 ふんふんふふふん。クッキーかなぁ。ホットケーキかなぁ。いや、マフィンだったらいいなぁ。

 なんて考えているうちに、ぼくんちに、とうちゃーく。

「かあちゃん、ただいまぁー」

 あれ? 開かない。

 ガチャガチャ。やっぱり、開かない。なんで?

 裏の窓のほうに回って覗き込んでみても、薄暗い部屋が見えるだけでシーンとしている。

 かあちゃん、どこいっているんだろう。

 しかたがない、待ってみるか。きっと、すぐに帰ってくるだろう。

 けれど、時間が過ぎるばかりでいっこうに帰ってくる気配がない。

「かあちゃん、どうしちゃったんだよぉ」

ぼくは、ぼそりとつぶやき空を見上げた。

曇天空からなにか白いものが降ってきた。ふわふわふわりんと舞い降りてくる。

ワタボウシみたいだ。

あ! あれは……。

 白いワタボウシをかぶった小さな妖精たちが、ふわりふわりと舞い降りてくる。あっちにもこっちにも、ふわりふわりと舞い降りてくる。

 風にふかれて、右に行ったり左に行ったりしながら、舞い降りてくる。

 でも、なんか悲しそうな顔しているような……。

 そんな妖精の顔を見たら、余計に寂しい気分になってきた。

 妖精はいないってバカにされるかもしれないけれど、ぼくにはそう見えた。

 首がつかれるのもかまわずに、空をずっとずっと見上げていた。

 玄関扉の前にしゃがみ込み、寒いのもかまわずにずっとずっと見上げていた。

 舞い降りてくる白いワタボウシの妖精にさわろうと手を伸ばしてみると、白いワタボウシの妖精は、ジュッとぼくのてのひらの温かさにたえられず消えてしまう。

 そうそれは、雪だった。

 さ・む・い。さ・む・い・よ。

 かあちゃん、早く帰って来てよ。

 ぼくは、念のため玄関扉に手をかけてみた。やっぱり、カギがかかっている。開かない。開かないんだ。

 ガタガタ揺らしても扉は開くことはない。

 ため息をつき、うなだれる。

かあちゃん、どこ行っちゃったの?

いつも、ぼくが学校から帰ってくるころには、おやつを用意してくれているじゃないか。どうして、今日はいないの?

さ・む・い。さ・む・い・よ。

白いワタボウシの妖精が、ぼくの頭に肩にてのひらに、そして、足元にジュッと消えていく。ぼくもそのうちジュッと消えてしまうんじゃないだろうか。ありえないけど、そんな気持ちになった。

「はぁー」

暗い空を見上げても、今日の空はなんだか寂しい顔しか見せてくれない。青い空もまぶしい太陽も顔を見せてくれない。ぼくの元気のもとなのに。

かあちゃん、さむいよ。

早く帰って来てよ。

もしかして、ぼくのこと嫌いになっちゃったんじゃないよね。違うよね。そんなこと……ないよね。

でも……こんなにかあちゃんの帰りが遅いなんてこと、なかったよな。

なんだか、暗さが一気に増した気がする。

今、何時だろう。ずいぶん待っている気がするけど。

まさか、かあちゃん、ぼくのこと捨てたんじゃ。もう会えない?

そうなのかも。だって、ぼくって変なことばっかり言うから……嫌いになっちゃったんだ、きっと。かあちゃんだけじゃない、みんなぼくのことさけているもん。カホちゃんはそうでもないみたいだけど……。

妖精だの、幽霊だの、妖怪だのってわけのわからないこと言うって思っているんだ。みんなの目が違うもん。ぼくのこと見る目が違うもん。ウソつきだと思っているんだ。

ウソじゃないのに、なぁ。

きっと、かあちゃんもそうなんだ。

「そんなことないわよ」

「え?」

 ぼくは、あたりをグルッと見回した。誰もいない。でも、確かに声がした。

かあちゃん? じゃないよなぁ。

空耳かなぁ。

「ふふふ、君は愛されているよ」

 やっぱり、聞こえる。

 どこだろう?

 すぐ目の前の道路に出て、右を見て、左を見る。やっぱり誰もいないかぁ。

「ふふふ、信じてあげて、だいじょうぶだから」

 ぼくは、ふわふわ舞い降りてくる白いワタボウシの妖精たちに目を向けた。

もしかして、君たちなの?

「ふふふ、どうかしら」

 そうなんだよね。

「ふふふ、どうかしら」

「ねぇ、ワタボウシさんでしょ」

「ふふふふふ。嫌なことは忘れて楽しみましょう」

「楽しむ?」

「そうそう、楽しみましょう」

 その言葉とともに、ワタボウシがふわふわゆらゆらしながら一ヶ所に集まりだした。白い塊になってふくらんでいく。

 ふわふわゆらゆら、ずんずんずん。

 白い塊がこんもりと盛り上がり、突然動き出した。

 え? ウソでしょ。

 もしかして、雪だるまかな?

 ん? 違うかなぁ。

 あ! 耳がある。シッポもある。

 わぁー、猫だぁ。真っ白な猫だぁ。

 でも、雪だよね。あれって、雪だよね。じゃ、雪猫かな?

 可愛い。

「ふふふ、今、可愛いって思ったでしょ。ありがとうね」

 ぼくの胸の奥でドキンとなった。

「君、話せるの?」

「ふふふ、遊ぼうよ」

「うん、遊ぼう。雪猫ちゃん」

 ぼくは、雪猫のもとへ駆け出した。そして、抱き上げた。

 不思議と雪猫は温かかった。雪から生まれた雪猫なはずなのに、ぬくぬくで温かかった。

「あったかーい」

 雪猫に頬ずりして微笑んだ。

「あたりまえだよ、生きているんだもん」

「でも、君は雪じゃないの?」

「ふふふ、わたしは猫よ。それだけでじゅうぶんでしょ」

「そうだよね、猫だもんね」

 ぼくと雪猫は、笑い合った。

「じゃ、かけっこだぁ。よーい、どん」

 ぼくは、雪猫とともにあっちいったりこっちいったりして走り回った。ときどき、雪猫がキラキラ光ってまぶしく見えてきれいだなぁって思った。

 そんなとき、雪猫が急に足元にじゃれついてきた。ぼくも負けずに、雪猫のおなかをぐしゃぐしゃってなで回した。雪猫の手と足がぼくの手にからみつく。ゴロゴロのどをならして雪猫は興奮しているみたい。

 あ! そうだ。ぼくは、ニヤッとして「ねぇ、にらめっこしょうよ」と雪猫につぶやいた。

 雪猫となら、勝てるかも。いや、絶対勝ってやる。

「じゃ、いくよ」

 じぃーーーーーーーーーー。

 ドキン。ぼくの胸の奥が跳ね上がるように高鳴った。

 雪猫の眼力もマタキチに負けないくらい鋭いぞ。なんでだろう、猫の細くなった瞳を見ていると怖いこと連想しちゃうよ。

「うわぁー、ダメだ。負け、負け、負けましたぁ」

 雪猫にも勝てなかった。

 なんだか楽しい、嬉しい、笑える。

「じゃ、もう一度、かけっこだぁ。よーい、どん」

 雪猫が猛ダッシュして走って行く。

「待ってよぉー」

 ぼくは走った。なにもかも忘れて走った。雪猫のキラキラを追いかけ走り続けた。

 雪猫を追っかけていたらいつのまにか近所の神社まで来ていた。

「ねぇ、ねぇ、ちょっとお参りでもしようか」

 雪猫が上目遣いでそう言った。

 ぼくは、にっこり笑みを浮かべ頷き社の前に雪猫と並ぶ。

 二礼二拍手してお願い事をする。そしてふたたび礼をする。

 もちろん、ぼくはかあちゃんが早く帰って来ますようにとお願いした。空を見上げると、もう真っ暗だった。白いワタボウシの妖精たちはもう舞い降りてきてはいなかった。

 さむいことにはかわりないけれど、雪猫といれば問題なかった。楽しいんだもん。

 けど、かあちゃんのことを思い出したら、悲しくなった。

 もう、かあちゃんは家に帰ってきているだろうか。

 いつもと変わりなく笑顔をくれるだろうか。

「雪猫……」

 足元にいるはずの雪猫に声をかけようと下を向くと、雪猫はいなかった。

 北風がぴゅーとふきあげた。

 さ・む・い。さ・む・い・よ。

「雪猫ちゃん、どこ? ねぇ、どこ行っちゃったの?」

 なんだよ、雪猫のやつ。ぼくは、足元にあった小石を蹴りつけた。

 かあちゃん、ぼく、またひとりぼっちになっちゃったみたい。

 早く帰って来てよ。ぼくを嫌いになんてなっていないよね。

「ふふふ、大丈夫だよ」

 雪猫?

 ぼくは後ろに振り返った。

 すると、聞き覚えのある声がぼくの耳に届いた。

「ユウちゃん、ごめんね。さむかっただろうに」

「かあちゃん」

 ぼくの瞳から涙があふれてこぼれ落ちた。

「あらあら、もう泣かないの。男の子でしょ」

「だって……」

「ごめんね。遅くなって、ごめんね。さみしかったよね。ごめんね。ちょっと買い忘れたものがあってね」

「買い忘れたもの?」

「そう、これよ」

 かあちゃんは、キラキラした包みの箱を差し出し「誕生日おめでとう!」と微笑んだ。

 あ、そうだった。今日は、ぼくの誕生日だった。忘れていたよ。

「かあちゃん、ありがとう。これ、あけていい?」

「おうち帰ってからあけようね」

「え? 今じゃダメ?」

「楽しみは、あとでね。そのほうがワクワクするでしょ」

「うん、そうだね」

 楽しみ、楽しみ。なんだろうな、なんだろうな。

 ぼくは、かあちゃんと手をつないで家路についた。

「ふふふ、君は愛されているよ」

 ふと後ろからそう聞こえてきた気がした。振り返って見ても後ろには誰もいやしなかった。けど、ぼくにはわかる。

雪猫だよね。

ありがとう。雪猫にまた会えるかな、いつかどこかで。

「ふふふ、雪が降ったらまた遊ぼうね」

「うん、またね」

 ぼくは、暗闇の向こう側に手を振った。

「ユウちゃん、どうかした?」

「なんでもないよ」

「もう、おかしな子ね」

 かあちゃんは、微笑んだ。

かあちゃんは、ぼくのこと嫌いじゃなかったみたい。



 うちに着くなりぼくは、かあちゃんに「ねぇ、ねぇ、これ、あけていい?」と聞いた。

「ふふふ、いいわよ」

 ぼくは、ワクワクしながら箱を開けた。

 すると、ぽーんと白いなにかが飛び出してきた。

 え? なに、なに?

 ぼくのひざの上には、真っ白な猫がのっかっていた。

 ウソでしょ。もしかして……。

「雪猫だぁーーーーー」



雪の心音ユキノココロネ、よかったら読んでみてください。

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