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木藤明日花は夢を見る 2

 どこからか視線を感じる。

 通っている大学の敷地内。

 友人たちに囲まれ、楽しく会話を楽しんでいるというのに、周りの友人たちとは全く違う場所から、視線を感じる。

 その視線は、強く、そして憎んでいる。

 目を合わせずとも、恐怖を感じる視線。探すに探せず、友人に笑いかけて誤魔化す。

 その視線は、右斜め前方付近から感じる。

 見られている、という意識が最も働く場所である。

 背後ならば、気のせいと振り切る事も出来ただろうが、前方、しかも、ちょっとこちらの視線をずらせば見えてしまいそうな場所では、知らぬ振りは容易ではない。

 怖い。

 怖いから、真っ直ぐ真正面にいる友人を見る。周りにも友人はいるが、視線を動かす事で、怖い視線と交わってしまいそうで、前方をひたすら凝視する。

 そのうち、友人たちとも別れなければならない時が来て、一人、その場所に残る。

 相変わらず視線は注がれていて、振り向く事も出来ない。夢の中の自分は、右前方からの視線なのだから、左を向けばよいのだろうと思い、やってみた事があった。

 しかし、左を向いた瞬間、視界の左側に赤黒い何かの影が見え、恐怖の余り座り込んでしまったという記憶があった。

 一歩も動けない、動けないから結局座り込む。

 座り込むと、何やら上から圧力を感じた。

 周りを囲まれ、見下ろされている感覚。

 怖くて顔を上げる事が出来ない。圧力はどんどん強くなり、やがて本当に潰されそうになる。

 地面に手を着いて堪えるが、抵抗出来ぬほどに力強く押しつぶされて行く。

 そして、とうとう顔が地面に着いた時、意識が夢から現実へと醒める。

 だが、醒めたところで怖くて目が開けられない。何故なら、目を瞑っていても解るほどに、目の前に夢の中の視線を感じるからだ。

 視線は長い事じっと注がれる。

 そんな夢を見続けたある日、夢が終わってから目を開けてみた事があった。尤も、恐怖の余り薄目を開けただけだったが。

 パイプベッドの目の前に置いた全身鏡に、薄目を開けながらも横になったままの自分が映った。しかしその下、パイプベッドの下に、有り得ない影を見た。

 それは夢の中で左に振り向いた時に見た、あの赤黒い影だった。

 睫毛が邪魔をしてはっきりとは見えなかったが、一瞬見えたその影は、明らかに鏡越しに自分を見て、にやりと笑っていた。

 背筋が凍った。

 ぎゅっと目を瞑り、亡くなった祖母を呼んだり、神様に頼んだりした。

 そうして、どのくらいか経つと、ふっ…と気配が消えた。

 突如として、視線と気配が消えたのだ。

 恐る恐る目を開けても何も見えず、勿論パイプベッドの下には何もいない。


「こんな事が、一ヶ月続いています。

 最初は友達に相談して、何人かには一緒に寝て貰ったんですけど、みんな怖い夢を見るんです。そして朝、怖くて目が開けられないんです。でも、友達は夢の内容を覚えていないんです。

 でも自分の家に戻ると、夢なんか見ないって…。

 アパートは新しい建物ですし、何か事件があったという噂も聞きませんでした。

 仕方なく、学校のカウンセラーに相談したんですけど、疲れているんだろうの一点張りで…。

 友達の家に泊まりに行くとか、ホテルに泊まったりもしたんですけど、絶対夢を見るんです。そして、一緒に寝ている友達も。

 どうにもならなくなって、そのうち眠るのが怖くなって…。

 昼間、少し居眠りをするだけで、今きちんと寝てはいません。

 そろそろ一週間になります…。」

 明日花が俯くと、メイが

「そこへ、私のお店に来てる子が、友達に困ってるのがいるから、誰か解る人いないかってバーテンに相談したの。」

 と補足をした。

 類は黙って聞いていたが、話が終わるなり、珈琲を啜って明日花を見た。

「一見、どこにでもある普通の現象ですけど、一ヶ月間、毎日同じ夢を見る事、どうやら夢の中で何か行動を起こしては失敗している事などから鑑みても、”悪夢”と見て間違いないでしょうね。

 最終的な判断をするには、実際その夢を僕が見なくてはなりません。」

「一緒に、寝るという事ですか?」

 若干戸惑い気味に、明日花が尋ねた。

「ああ、違います。

 僕は離れている人の夢も覗けるので。」

「のぞ…く…?」

「ええ、人の夢に入ります。

 信じられないでしょうが。

 今夜か明日、夢を見たら、夢の中に僕が必ずいます。勿論、夢の中で会えれば、の話ですけど。」

「夢の中で、会う…。」

 ぼんやりと、明日花が類の言葉を繰り返す。

 にわかには信じられないが、藁にも縋る思いなのだろう。黙って頷いた。

「そして、数日は、我慢して眠ってもらわなければなりません。

 出来ますか?」

 夢に入るには、当人が夢を見ていなければならない。

「…体力的にも限界ですから…、横になってしまえば、眠ってしまうと思います…。」

 明日花が縮こまった。

「それなら都合がいい。念のため、このオカマを護衛としてつけてもいいですよ。」

 メイを横目でちらりと見て、類が言った。

 メイは一瞬「えっ…」と驚いたが、すぐにぱっと笑って明日花を見た。

「ええ、ええ、いいわよ、いいわよ!

 オカマを呪うヤツはみんなオカマにしてやるわよ!」

「…。」

 無理して笑うメイに、明日花はさらに困惑した。

 オカマと言えど、男には違いない。その辺りに抵抗は感じるのだろう。

 笑うオカマをじっと見、暫し考えた後、明日花は観念したように下を向いた。

「…独りよりは、いいかも…。」

「うんうん!」

 オカマは満足そうだった。

 明日花の返答を待って、類が立ち上がった。

 そして奥の部屋から紙を一枚持ってくると、ペンと一緒に明日花の前に置いた。

「では、これに記入を。

 あ、金の話をしてないな…。」

 類がしまったという表情をすると、メイが類の腕をひっぱたいた。

「いて。」

「金は私が払うわよ! こんな若い子に集らないでよ!」

「集るって…。依頼だろうが。」

「私の紹介なんだから、私が払うわよ!

 序でに、紹介割引してよね!

 さあさ、明日花ちゃん、書いて書いて。

 住所は…一応書いてもらおうかしら。

 年齢とか、体重とかは書かなくていいわよ!」

 意味の解らない事を言いながら、オカマが明日花を促した。記入欄に体重欄などはないが、つまらないので誰も突っ込まない。

「情報は必要なので、可能な限り記入して下さい。

 その記入内容を外部に漏らす事はありません。別の依頼者に教える事もありません。

 僕が調査をするにあたり、必要な情報と考えて下さい。」

 類の説明に、明日花が頷いた。そしてペンを取ると、さらさらと書き出した。

 木藤 明日花。二十歳。

 東京都武蔵野市在住。H大学社会福祉学科在籍、ニ回生。

 同居人、なし。愛知県名古屋市出身。

 武蔵野市認可保育園で事務のバイトをする傍ら、コンビニでもアルバイト。

 友人関係、良好。身体的特徴・異常、特になし。大病経験、なし。

 極めて、普通の女子大生のようだ。

 明日花のペンが止まると、類が紙を手に取った。

「有難う。

 では、今日はこれでお帰り頂いて結構ですよ。」

「…はい。」

 明日花の返事に被って、メイが「あっ」と言った。

 何事かと見る類に、メイが笑った。

「ね、お昼まだだし、タイムズスクエアで食べましょうよ!」

 メイが明日花の顔を覗き込んだ。明日花は少し悩んだ後、空腹だったのか「はい」と言って頷いた。

 一方、類は面倒くさそうだ。が、勿論メイにはそんな事お構いなしである。

「さあさ、類。行きましょ!

 私、ツバメグリルのパスタが食べたいのよ!」

 勝手な事を言いながら、メイは明日花を連れて玄関へと歩いていってしまったので、類は仕方なく付いて行く事にした。

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