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桜の花は空に落ちる

作者: 右下
掲載日:2012/07/03

春風が温かい風を運びこみ、少し強く私の頬を撫でた。

朝のニュースでは、今日は春一番が吹く日だと言っていた。


桜が満開となった境内の神苑を、竹箒で散った桜を集める。竹箒の涼しい音が耳の奥まで染みわたる。

一か所に花びらを集め、私はいつもの癖で桃色の塊に手を突っ込んだ。

思いっきり両手を引き上げ、ぶわっ!と上空へ舞い上げる。

ひらひらと雪のように舞い落ちる桜の花びらの中に、一匹の燕が通り過ぎた。

燕が通った空気の振動で、花びらが境内を彷徨ように空中を漂う。

花びらの行先を視線で追っていると、ふと鳥居の傍に誰か居ることに気が付いた。

参拝に参った人だろうか。しかし、その人はじっと鳥居の前で空を見ていた。


私は不思議に思い、ゆっくりと鳥居に近づいた。相手の顔が確認できる距離まで来ると、私は無意識にある名前を呟いた。


天彦君あまひこ?」


私の声に気がつき、ずっと空を見上げていた双眸が、私の視線と重なった。


「君は…祥吉あきよしさん?」


自分の名前を呼ばれ、私は自然と駆け出していた。鳥居の向こうにいる彼に飛びつこうとしたが、寸での所で彼の手を握るまでに留まった。


「久しぶりー!何年ぶりかなぁ。今日はいきなりどうしたの? あ、それとー。私の事は、昔みたいに天子てんこでいいよ!」


いきなり私が握って驚いたのか、おずおずと天彦君は言葉を紡いだ。


「え、えっと実はまたこの町に戻ってきてさ。引っ越しの方も落ち着いたから、あきよ・・・天子ちゃんに挨拶しておこうと思って」


恥ずかしそうに俯きながら答える天彦君を見て、私はハッと握った手を放した。


「あ、ごめん!つい、小さい頃の癖で。えへへ」


慌てて笑顔で取り繕う。自分から握っておいて、今になって羞恥心で顔が熱くなった。

「そういえば、その巫女服。神社のお手伝いしてるんだね」


「うん、そうなんだよ。学校がお休みの日は、毎日お手伝いしてるんだ。この恰好、どう…かな?」


「うん、とっても似合ってるよ」


朗らかな笑顔で天彦君はすっぱりと言った。昔と変わらない彼の笑顔に、私は自然と笑顔になった。

その時。春一番が、私たちの間を駆け抜けた。

桜の枝々が揺れ、少し遅れて桜の花びらが空を舞う。

神主の父は桜が好きで、境内には桜の木が無数に植えられている。

小さい頃から、春には満開になる沢山の桜を見て育った私は、この景観が大好きだった。


「それにしても、ここは変わらず凄いね。もう何年もここの桜が見れなくて、とても残念だったんだよ。他はどこも味気なくて」


「あはは。お父さん自慢の桜だからね」


ひらひらと空を泳ぐ花びらが、天彦君の頭にくっついた。本人は気づいてないらしく、私はあえてそれを無視して、話を続けた。


「戻ってきたって事は、天彦君はどこの高校に行く事にしたの?」


「…このあたりの諏訪高校にしようかな。天子ちゃんは今どこに通っているの?」


「私も諏訪高校だよ。じゃあ春休みが終わったら一緒の学校だね!」


「同じクラスになれたらいいね」


「そうだね!あ、それじゃあうちでお願いしてみるね。なんていったって、私は仏様を祀る神社の娘だし」


私は内心舞い上がっていた。また天彦君と一緒に学校へ行ける。また一緒に遊べる。嬉しい現実に、喜びを隠せなかった。

どこか愁いを帯びた天彦君の笑顔に気づかずに。

すると、また大きな風が吹き、天彦君の頭に乗った二枚の花びらをさらった。

風に連れて行かれるように、二枚が寄り添うように遠くへと流れて行った。

私は自然とその花びらを目で追っていた。


「ねえ、天―」


私の言葉は途中で途切れた。いつの間にか、天彦君は消えていた。

まるで蜃気楼のように、さっきまでそこにいたのが嘘のようだ。

両手にかすかに残った彼の温もりが、じんわりと熱を私に伝えている事だけが、私に現実を実感させた。


ある春の日の不思議な出来事。

春一番は、風と一緒に、私に何かを運んできてくれたような気がした。



天彦君と再会した日の夜。私は古い夢を見た。

小学生の頃。私は一人で小川に遊びに行った。しかし、前日の雨水で水位が増した事に気づかず、不注意で足を滑らせ川に転落してしまった。

必死に顔を水面に出し、投げられた餌を食べる鯉のように口をパクパクと動かし息継ぎをした。

数メートル下流へ流された私は、半分ほど意識は途切れかけていた。

すると、視界の端に何か黒い物体が横切った。ばしゃん!と水しぶきを上げ、何かが私の体をつかんだ。

そこで私は気を失ってしまった。

次に目が覚めたのは、河川敷だった。大勢の大人たちが、仰向けに寝転んだ私を心配そうに見ていた。

傍らにはずぶ濡れの天彦君が、ゼーハゼーハは荒い息をし、大人の人に背中を摩ってもらっている。

話を訊けば、偶然天彦君は小川で溺れている私を見つけ、身の危険を顧みず川に飛び込み、私の体を支え助けてくれようとしたのだ。

その後、すぐに異変に気付いた大人たちが数人川に入り、私たちを救出してくれた。


私は思い出した。自分の初恋の相手が、天彦君の事だったことを。

どうして今まで忘れていたのか。自分の恩義知らずな心に、大きな罪悪感が圧し掛かった。


近所の幼馴染として付き合いの長かった天彦君。いつも二人で遊び、あの事件以来私は天彦君の事を仲の良い友達ではなく、異性として見るようになっていた。

しかし、小学四年生の時。天彦君は別れの挨拶もなく、唐突に引っ越してしまった。

親の急な転勤だと父から聞いたが、私は突然初恋の相手が目の前からいなくなり、悲しくて悲しくて、ずっと泣きながらうちの神社でお祈りをしていた。


『また、天彦君と会えますように』と。



ヂリリリリ!

甲高い聞きなれた音で、私はハッと目が覚めた。

手を伸ばし、五月蠅く喚く目覚まし時計のアラームを止める。時刻を見れば、八時をまわったところだった。

急いで布団から起き上がる。今日も神社の手伝いだ。

身支度を整え、竹箒を手に持ち外へ出る。いつものように、境内の中を掃除する時間だ。しかし、いくら毎日掃除しても、桃色の花弁が地面を塗り替えていく。

綺麗なゴミ、というと語弊があるが、しっかりと掃いて回収しないと、花びらは土で汚れ、どんどんと溜まっていってしまう。


ふと、何気なしに鳥居の方を見てみる。そこには、昨日と同じ様に天彦君が空を見上げながら、鳥居の前で立ち止まっていた。

夢の事もあり、私は気持ちが高揚するのを抑え、小走りで鳥居へ向かう。


「おはよう!天彦君」


私の声に気づき、天彦君は私に顔を向けた。


「あ、おはよう。いい朝だね」


昔と変わらない、いつもの朗らかな笑顔で天彦君は応えた。

天彦君は全く変わっていない。不思議な事に、十数年ぶりに会ったはずなのに、天彦君と一緒にいると何だか昨日まで遊んでいたような気分になる。

彼の仕草、彼の匂い、彼の声。最後に会った時の天彦君を、大きくしたような感じだ。


それから過去の話に花を咲かせ、いつの間にか数十分も話しこんでしまった。

私は、慌てて仕事があるため天彦君と別れた。

神社の周りの掃き掃除へ戻ると、神社から出てきた父が私に訊いてきた。


「天子。お前、今誰と話してたんだ?」


不思議そうに質問してきた父に、私は笑顔で答えた。


「天彦君だよ。最近、この町にまた引っ越してきたんだって!」


「天彦君? 闇斎あんざいさんのとこの?」


「そうだよ。昨日挨拶に来たんだ」


すると父は眉を顰め、自分を納得させるように呟いた。


「ふむ…鳥居の陰で見えなかったのかな」


不思議そうに頭をひねりながら、父は神社の中へ戻って行った。

そんな釈然としない父の反応に、私もとある疑問が心に浮かんだ。


「そういえば…天彦君はなんでこんな朝早く神社に来たんだろ。お参りに来たってわけじゃなかったし…」


鳥居に目を向ける。すでに誰もいなくなった鳥居に、私は一人考えた。



月夜に照らされた夜桜は、日中に見る桜の姿とはまた一風違った妖艶さを醸し出している。

気が付けば、私はなぜか神社に腰かけていた。

お賽銭箱のすぐ脇に座っていた私は、訳も分からず立ち上がった。

立ち上がった瞬間、誰かの視線を感じた。視線の方に顔を向けると、鳥居の向こう側で、天彦君が私をじっと見ていた。

「天彦君!」と声に出そうとしたが、なぜか喉の奥から声は出なかった。


「っ!」


いくら声を出そうとしても、嗚咽ともいえない呼吸音が出るだけで、私は意味が分からず泣きそうになった。

すると、天彦君がこちらに向って歩き出した。そういえば、昨日出会った時から、天彦君はずっと鳥居の前にいて、一度も境内に入ってこなかった気がする。


声は出なくても体は動く。私も天彦君に向って歩き出す。一歩の間を空けて立ち止まった天彦君は無表情で言った。


「僕は…」


途中で言葉を区切る。何か思いつめた顔で私の双眸を見つめ、そして数秒後、天彦君は口を開いた。


「僕は、天子ちゃんが好きだった。ずっと」


「…?」


あまりに唐突な、突拍子の無い言葉。一瞬、理解が出来なかった。

何を言ったのか、よく分からなかった。

何か言いたくても声が出ない。出したくても出なかった。


すると、大きく桜の枝が揺れだした。ザワザワと音をだし、突然、突風のような風が私たちの体をさらった。

大量の桜の花びらが風にまかれ、私たちは空へと落ちていく。


今度は叫び声を上げたかったが、どうしても声が出ない。行き場のない声は、胸中で叫び声をあげた。

上空へどんどん落ちていく私たち。唐突な天彦君の告白と、謎の状況の恐怖で頭がおかしくなりそうだ。


「目を開けて」


天彦君の優しい声がすると、体を何かが包むような感触が伝わった。それはなんだか懐かしい感触だった。

少しずつ目を開くと、私は本当に気絶しそうになった。

天彦君が私の体に密着していた。つまり、抱き着いていたのだ。

優しく包み込むように、あの事件の時と同じく、天彦君の手が私の背中へとまわる。


「目を開けて。しっかりと、周りを見て」


耳の真後ろから天彦君の声が聞こえ、私は徐々に瞳を開けていった。

するとそこには、観たことのない光景が広がっていた。

曇りのない夜空に、沢山の桜の花びらが星のように空を彩る。下を見れば、花びらを集めたような桜色の塊から、次々と桜の粒を飛ばしていく。


あまりにも幻想的で、魅惑的で、蠱惑的で、私の心にあったちっぽけな恐怖心は簡単に消え去っていた。


「すごい…」


急にしっかりと声が出た。

上空で風に流され、抱き合ったままの私たちは、一つの花びらのように宙を泳ぐ。

抱き合ったまま、天彦君が言う。


「僕はきっと、目が覚めたら忘れてしまってるかもしれない。だから、天子ちゃんに託したいんだ。僕の気持ち。僕の事を」


抱き合う力を緩め、天彦君の顔が私の顔の前へ来る。頭一個分ほどの間しかないくらい近くで、天彦君はあの朗らかな笑顔で言った。


「天子ちゃんが大好きだ。だから、忘れないでね」


ふっと、その瞬間風がぴたりと止んだ。風の力を失い、花びらと一緒に私は地面へ引き寄せられていく。

ただ一人、天彦君だけが空中で留まり、猛スピードで落ちていく私を見つめている。

天彦君の表情は今にも泣きそうな、でも笑ったままの表情で私の目を見ていた。

私は心から叫んだ。


「忘れない!!絶対に忘れないよ!!!だから!!!」


桜の花びらが私を包み込み、視界が桃色に塗りつぶされていく。

意識が反転し、体が裏返る。


気が付けば、私は見知った天井を見ていた。バッと、勢いよく上半身を起こす。


「…夢?」


ぽつりと呟く。ふと自分の右手を見ると、何かを握っていた。

私は右手の指をゆっくりと広げる。

するとそこには、小さな桜の花びらが私を見ていた。



天彦君と夢で逢ったあの日から、天彦君は一度も私の前に現れなかった。

それから数日経ち、私はいつものように朝の掃き掃除をする。

今日も地面に溜まった桜の花びらを一か所に集め、出来た桃色の塊に手を突っ込み、ブワッ!と上空へ舞い上げる。

桜の雨が降り注ぐ中を、二羽の燕が通り過ぎた。

二羽の燕はそのまま、神社にいつの間にか作っていた巣へと飛んで行く。

巣には数匹の雛鳥が、大きく口を開けて餌をせがんでいる。


穏やかな風が私の髪を靡かせる。ふわりと桜の花びらが舞い、空へと落ちていく。


春風は私に大切な人の記憶を運んでくれた。


掃き掃除を終え、着慣れた巫女服を脱ぎ、少し動きづらい黒い恰好で外へ出る。

私は父から聞いたある場所へと向かった。



数時間後、目的地に到着した私は、菊の花と、桜が付いた枝を一本墓石の前に備えた。

真新しい墓石を見ながら、私は静かに語りかける。


「そっか。最近こっちに来たんだね」


手を伸ばし墓石を優しく撫でる。ひんやりと冷たい感触が手に伝わる。


「私は、もう絶対に忘れないよ」


季節は巡り、春は必ずやってくる。私は、桜の花びらを見るたび、きっと大好きだった彼の事を思い浮かべるだろう。


「だから安心して」


私の言葉に、彼の朗らかな笑顔見えた気がして、思わず笑みがこぼれる。

桃色の気持ちを胸に抱きながら、私は静かにその場から歩き出した。



小ネタとして、二人の名前


祥吉 天子→吉祥天

闇斎 天彦→黒闇天

という、仏法に出てくる、幸福と貧乏を司る女神様からもじってます。

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