1.「はわわと花輪と鼻輪」
「はわわ。ではみんな、またにゃ♪」
かなり長い黒髪サイドテールの萌え声少女が、配信用ドローンに笑顔で手を振る。
「はぁ……今日も同時接続人数(同接)ゼロかよ……」
先程とは打って変わって、一オクターブ低いワイルドな声と共に、少女の溜息がダンジョン内に零れた。
根深リコ、十五歳。
今月末には十六歳、来月には高校二年生になる彼女だが、140cmに童顔の彼女は、初対面ではほぼ100%小学生に間違われる。
見た目と違い元ヤンのリコは、去年までレディースの総長を務めていたのだが、そんな彼女がダンジョン配信者になったのには、のっぴきならない理由があった。
「リコじゃ~ん。こんなとこで会うなんて奇遇だし。『はわわ』? 何その口調? キャラ変? あ、高校デビューってやつ? あはっ! ウケるし」
レディースのトップでありながら少女マンガ好きなリコが密かに憧れていた〝素敵な恋をすること〟。そのためにネットで調査、怪しげなサイトに書いてあった〝男にモテる方法〟を実践するためにあざといキャラを演じていたら、レディース時代の〝でかギャル〟こと、元副総長の主木ユリアと、進学先の高校で入学早々出会ってしまったのだ。
なお、180cmの長身金髪ギャルであるユリアが座っている時は、立っているリコと目線の高さが変わらない。
「もしかして男ウケ狙ってんの? じゃあ、演じてるのがバレたら困る訳だ。黙ってて欲しい? しょうがないな。じゃあ、あーしの言うことを聞くこと。簡単なことだし。ダンジョン配信をやるだけだし。あ、そうそう。あと、一年以内に同接100万人を達成すること。じゃ、せいぜい頑張るし。あははっ」
「なっ!?」
というわけで、どう考えても実現不可能な無茶振りをされてしまったのだった。
「せっかく誰も行かないと思って、必死こいて県内No.1の公立進学校に行ったのに、なんで定期テストの度にあたしと最下位争いしてたアイツがいるんだよ!」
どれだけ嘆こうが、現実は一ミリも変わらない。
「あと一ヶ月で一年経っちまうよ……どうしろってんだよ……同接ゼロどころか、登録者数すらゼロだし……」
頭を抱えるリコ。
彼女が配信しているのは、【ねこちゃんのはわわチャンネル♪】。
本性を隠して猫を被ったリコが、ふわふわの純白ワンピースに身を包み、ダンジョン内にある何だか神々しい巨木が聳え立つ草原で行う配信だ。
具体的には、黙っていれば絶世の美幼女(本人は美少女のつもり)とよく言われる彼女が、花冠や花指輪(花輪)を作っては頭に乗せたり指に嵌めて楽しそうに微笑を浮かべるという、可愛らしいチャンネルだ(ねこはハンドルネーム)。
「あたしの配信内容が王道じゃないのは分かってるけどさ。でも、こんなに見てもらえないことあるか!?」
ダンジョンが地球上の様々な場所(地下)に出現して、早数十年。
魔力を持つためか、近代武器がほとんど通用しないモンスターが跋扈する恐るべきダンジョンに、各国政府は頭を抱えた。放置すればモンスターが溢れ出てきてしまうが、かといって、銃火器が効かないとなると、打てる手などほぼない。
と、そこに。ダンジョン内で配信をするという命知らずの者が現れた。
格闘技経験者であった彼は、スライムを素手で殴って倒してみせた。最弱のF級モンスターではあるが、通常の銃やナイフでは決してダメージを与えられなかったスライムを、だ。
どうやら、ダンジョンに入った者は魔力とレベルが付与されて、場合によってはスキルも手に入ることが分かった(最初は全員レベル1だが、魔力量は人による)。
魔力を得た後に自身の拳などを使えば、またはモンスターが死んで消滅する際に毎回ドロップする魔石を使った魔法銃や、たまにドロップするモンスターの牙や角などを素材として使った武器を用いれば、モンスターを倒せるのだ。
最初の配信者のおかげで、各国政府の取るべき政策は決まった。
ダンジョン配信を奨励し、全ダンジョンの入り口付近に、魔石やモンスターの牙や角などの買取所を設置。金銭的な魅力をアピールした。
ダンジョン庁が設立されて、ダンジョン配信者に対する公的保険と民間保険も作られた。
ダンジョンに入るだけで魔力を得て〝強くなれてしまう〟ことから、犯罪者や反社会的勢力が入れないようにと、許可制にした上で、毎回許可証を提示するようにした。
魔石を使った魔法銃やモンスターの牙や角などによる武器を作製する企業に対して、政府が補助金と助成金を通じてバックアップ。
などなど、環境が整備されていき、今では小学生のなりたい職業上位にランクインするようになったダンジョン配信者だが、もし人気を得たいのならば、普通は〝命懸けでモンスターを倒す〟という最も王道な配信をするはずだ。
「でもなぁ。あたしは、少女マンガみたいな〝素敵な恋〟がしたいんだよ! そのためには、虫も殺せないはわわ少女を演じる以外に選択肢はないんだ!」
リコは草原に寝転び、手足をバタバタさせる。
両親がどちらも現役プロレスラーのヒール役であるリコは、幼少時代に、「めちゃくちゃカッコイイ!」と、彼らに憧れて、「あたしもヒールになる!」と、最初はプロレスラーのヒール役になろうと思った。
が、両親に止められた。
「はっはっは。リコがもうちょっと大きくなったらな」
「そうね。まだ早いわ」
「ぶー」
仕方がないので、リコは幼馴染である主木ユリアと共に、レディースのチーム【獄黒天使】を作ったのだ。
紆余曲折を経て伝説のチームとなった獄黒天使だったが、リコは中学卒業と同時にチームを抜けた。
全ては、彼女が愛読する少女マンガのような、素敵な恋愛をするために。
そのために、金髪だった髪を黒く染めて、ふわふわワンピースまで着用しているのだ。
「せっかく最高のダンジョンを見付けたと思ったのにな」
入学直後、自宅の裏庭にある物置の中に偶然出現した魔法陣にリコが足を踏み入れると、光に包まれて一瞬でどこかに移動した。気が付くと、彼女は他に人間が誰もいないダンジョン内にいた。更に、そこには生きているモンスターは一匹もいなかった。
ダンジョンであるにもかかわらず、かなり開けた空間。
巨大な樹木と草原。
誰にも邪魔されずに、好きなだけ猫を被れる場所。
モンスターが襲ってくることがないため、戦っている光景を見せなくて済む環境。
「ここだ!」と思ったリコは、急ピッチで諸々の準備をした上で、配信を始めた。
しかし、先述の通り、ずっと閑古鳥が鳴いている。
ただ、実は、今までに見に来てくれた人は皆無という訳ではなかった。
「はわわ。ようこそにゃ♪ 良かったら、ねこと一緒に綺麗なお花で癒されて――」
〝なんだ、背景AIかよ〟
「え、AIじゃないにゃ!」
〝こんなダンジョン見たことないし、白骨化したやつとまだしてないのも両方含めて、ドラゴンの死体がいくつも消滅せずにそのまま転がってるなんて、おかしいだろうが。どうせAI使うなら、派手な戦闘シーンとかにしとけよ。見て損したわ〟
「あ、待って――」
という具合に、せっかく来てコメントをしてくれても、直ぐに退出してしまうのだ。
「このままじゃ、ユリアにあたしの本性を学校中にバラされる……けど、同接も登録者もゼロで、どうしろってんだよ……こんなんじゃ同接100万人なんて、夢のまた夢じゃねぇかよ……」
立ち上がり、「はぁ。帰るか」と、トボトボと歩き始めたリコの頭上、少し離れた位置から、配信用ドローンがゆっくりと追い掛けていく。
誰にも見てもらえず意気消沈していたリコは、配信をオフにしたつもりのドローンが、実は配信中のままであることに気付いていなかった。
ヴンッ
「って、え?」
突如、地面に出現した魔法陣を踏んだ彼女は、配信用ドローンと共に、空間転移した。
「ここは……あたしんちのダンジョン――じゃないよな……」
天井・壁・地面が全て石造りの薄暗いダンジョン。壁には等間隔に炎の魔石を使った松明が並ぶ。
決して狭くはないが、見慣れているあの広々とした空間に比べると、どうしても閉鎖空間のような印象が強い。
リコがいつも配信している草原に比べて、余程ダンジョンらしい場所だ。
「うわあああ!」
悲鳴と共に突き当りのT字路から走ってきたのは、茶色のセミロングヘアの少女だった。軽鎧を装備、長剣を手にした彼女の顔を血が伝っており、どうやら頭部から出血しているらしい。
「そこの人! こっちに来ちゃ駄目っす! 危ないっす!」
リコに向かって叫ぶ少女を背後から追ってくるのは、筋骨隆々の牛の半獣モンスター、ミノタウロスだ。三メートルの巨躯を誇る彼はごつい鼻輪をしており、その手には巨大な戦斧が握られている。
少女は十分俊敏だが、全身筋肉の追手はそれ以上に素早い。
「グモオオオオオッ!」
「何してるっすか! 逃げるっすよ!」
自分も殺されそうなのに、他人のために必死に警告する少女。
「グモオオオオオッ!」
猛スピードで追いついたミノタウロスの戦斧が、彼女に向けて振り下ろされた。
「うわぁッ!」
だが、少女には掠りもしない。
「…………へ?」
ミノタウロス以上の速度で間合いを詰めたリコは、一瞬で少女を抱きかかえてモンスターの脇を駆け抜けて距離を取り、地面に優しく下ろしていた。
胸元から何かを取り出しつつ、リコは跳躍。
空中で身体を反転、天井に足をつけた刹那、振り返ったミノタウロスと目が合う。
「グモオオオオオッ!」
掬いあげるようにして戦斧を振り上げるミノタウロスに、
「ブーッ!」
「グモッ!?」
リコは口から毒霧もどきを放った。
いつもの草原に落ちていた大木の葉を素早く噛んで磨り潰しつつ、水筒の水を口に含んで混ぜたものだ。
「グモッ!? グモオオオオオッ!?」
意外に効果があったようで、戦斧から手を離したミノタウロスは、両手で目を押さえて苦しんでいる。
「おらあッ!」
「グモッ!」
その両手ごと、リコはミノタウロスの顔面に拳を突き刺した。鼻輪が粉々に砕け散る。
ズーン
地面に倒れた半獣牛モンスターにまたがって、マウントポジションを取るリコ。
その右手には、先ほど作っていた花指輪が四個嵌められており、それが光を帯びたかと思うと、金属製の〝メリケンサック〟へと形を変えた。
「この牛野郎が!」
「グモッ!」
「あたしらヒールは、素人さんには手を出さないってのが暗黙のルールだろうが!」
「グモオッ!」
「あんたはヒールとしてのルールを破った。覚悟しな! あたしが挽肉にしてやんよ!」
「グモオオッ!」
ドスッ、ドスッ、と、リコが拳を振り下ろすたびに、鈍い音がダンジョン内に響き、ミノタウロスから悲鳴が上がる。返り血でリコの純白ワンピースが真っ赤に染まっていく。衝撃でサイドテールが解け、長い漆黒の髪が広がる。
起死回生とばかりに、ミノタウロスが両拳でリコの後頭部を狙った。
「ふんっ!」
「グモオオオッ!?」
が、リコは振り返りもせず左右の裏拳で迎撃、ミノタウロスの両手首から先が千切れ、宙を舞う。
「おらあッ!」
「グモオオオオッ!?」
何も無かったかのように、また顔面殴打の作業に戻ったリコ。
常軌を逸する拳の衝撃はミノタウロスの巨躯でも吸収しきれず、その下の地面に亀裂が入り、少しずつ陥没していった。
「あんたはヒールの風上にも置けない! いや、あんたはただの悪党だ! そんな悪党を倒すあたしは、大悪党! そう! あたしこそが真のヒールだ! ふははははは!」
「グモオオオオオオオッ!?」
パンチの間隔が短くなり、しかし同時に威力も上がる。
ドゴオオオンッ!
「……グモ……オオ……オ…………」
一際重い一撃が入って地面が大きく陥没、ミノタウロスが動かなくなり消滅すると同時に魔石が出現して、乾いた音を立ててクレーターの中心に転がった。
「どうだ! これが真のヒールの力だ! ふははははは! ふははははははははははは!」
両手を広げて、天を仰ぎ、まるで魔王のような邪悪な哄笑を存分に響かせた後。
「はっ!」
我に返ったリコが恐る恐る振り返ると、一部始終を目撃し驚愕の表情を浮かべる少女と目が合った。
「「………………」」
沈黙が流れた後。
「ふええええええん! 怖かったにゃああああああ!」
「いやいやいや! 今更そんなこと言われても、もう遅いっすよ!?」
泣き真似をしたリコは、助けた少女から突っ込まれた。
「えっと、改めまして、助けて頂きありがとうございま――むぐっ!?」
「何となくだけど、多分これ食べたら頭の怪我が治ると思うにゃ♪」
礼を言おうと近付いてきて頭を下げた少女の口に(あの草原に落ちていた)葉っぱを突っ込むリコ。
「ごくん。え!? ほ、本当に治ったっす! すごいっす! モンスターから助けて頂いただけでなく、怪我まで治して下さるなんて! 本当にありがとうございましたっす!」
と、その時。リコの胸元から落ちたのは、今少女が食べたのと同じ種類らしき葉っぱ。
「それにしても、これ、何の葉っぱなんすか? さっきミノタウロスに対して使った毒霧も、これを磨り潰して作ってたっすよね? 『鑑定』」
屈んで拾った少女が、何気なく鑑定スキルを使う。
「せ、『世界樹の葉』!?」
驚愕に目を剥く少女を尻目に、リコは踵を返す。
「はわわ。さらばにゃ♪」
「あ! 待ってくださいっす! せめてお名前だけでも!」
しかし、リコは振り返らず、ダンジョン内を右に左にと走り続ける。
追い掛けるも、恐ろしいスピードでグングン引き離されていき、距離は遠ざかるばかりだ。
「くっ! こうなったら! 『鑑定』!」
何度目かの曲がり角で見失う直前、恩人に対する後ろめたさから躊躇っていた鑑定スキルを、少女はギリギリで発動した。
「え!? 称号――『伝説の総長』!? SSS級の武器作製ユニークスキル『ヤンキー』!?」
こうして、若手ながら実力派探索者であり登録者数90万人を誇る人気配信者の謝意手ルナとリコの最初の邂逅は終わった。
驚きの連続だったルナだが、本当の伝説はここから始まることを、この時の彼女は知る由も無かった。




