散る前に君の愛を
実際にあった、けれど、実際にはなかった。これはそんな女の子の話だ。
彼女は皆から愛されて、甘やかされて育った。欲しいものはなんでも手に入った。彼女自身も要領が良く、学問・運動ともに良好だった上、容姿も申し分なかった。街行く人は、彼女が完璧に満たされており、いわゆる人生の勝ち組だと評した。
たが、彼女には何かが欠けていた。彼女にもそれが何か分からなかった。
ある日のことだった。彼女は家族と一緒にご飯を食べていた。彼女の美しい声が聞こえてくる。まさに黒百合のような。
「今日のパスタも美味しいわ。いつもありがとう、お母さん。」
その言葉とは裏腹に、彼女は味を感じていなかった。
「姉さんは今日何するの?」
いつものように彼女は問うた。返事は無かった。これはいつものことだった。彼女は姉の声を知らなかった。両親も彼女自身も気が付いていないふりをしていた。
その日の夜、彼女の姉は塾に行ったらしい。だが、なかなか帰っては来ない。不安になった彼女は姉を迎えに行く事にしたようだ。
姉はまだ塾にいた。先生に質問をしていたらしい。姉が彼女を見つける。すぐに先生の方を向いた。彼女はその様子を見てもなお、姉を待つことにした。30分ほどたった頃だろうか、姉が塾から出てきた。早歩きで彼女の前を通り過ぎていく。彼女は追いかけた。細く白い足で追いかけた。追いつきたかった。彼女の目には姉のみが映っていた。
彼女の目に空が映った。快晴だった。姉の顔が映った。何か叫んでいる。何を言っているのかは分からない。7月15日、新宿駅近くの塾の前で、彼女は寒さを感じた。視界が赤かった。
彼女は聞いた。枯れかけた黒百合のような声で。
「姉さん、明日何するの?」
姉は答えた。
「あなたに今日は何するの?って聞いてもらうの。いつものことでしょ。」
雨が降り出したのだろうか。冷たいものが彼女の顔に当たった。周りの様子を見渡す余力はもうない。水滴が彼女の口のなかに入ってきた。それはしょっぱかった。




