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婚約破棄されたので、アホ王子の顔面に右ストレートを叩き込んでやりました〜淑女の我慢はここが限界〜

作者: アトハ
掲載日:2026/02/21

「アデルハイト! 貴様との婚約を破棄──ぐわっぶあわぁあーーーっ!?」


 アホ王子のマルクスが、空高く飛んで行った。


 あら、いけない。

 目の前で肉だるまが何かさえずったので、うっかり右ストレートが飛び出してしまいましたわ。


 でも、仕方ありませんわよね。

 今日という大切な日に、この肉だるまは、よりにもよって取り返しのつかない大失態を演じてくれやがったのですから。



「へぶしっ!」


 肉だるまが床に落下してきましたわ。

 よくもまあ、この半年間で、随分と肥太ったものです。


 今日は卒業パーティーの日。

︎︎ 家のためと言われ、柄にもなくお淑やかな淑女として、私──アデルハイトは王子を立てるように、理想の婚約者として立ち振る舞ってきました。

 いずれは国のためになると信じて、血反吐を吐くような淑女教育にも耐えてきたというのに……、



「ヒッ、ヒィイ!」


 肉だるま──ことマルクス王子が、まじまじと私を見返してきましたわ。

 その顔には信じられないとくっきりと書いてありますけど、正直、信じられないのは私の方です。

 まさか、学院の大規模な卒業パーティーで婚約破棄に本当に踏み切ろうとは、常識という概念をどこかに置き忘れてきたようですね。

 まったく、誰に何を吹き込まれたのやら。


「えっと、何か言いかけてましたわね?」

「本性を表したな、この性悪女め!︎︎ 衛兵、今すぐに、この無礼者を取り押さえよ!」

「いくら公爵家の令嬢とはいえ、王子に手を上げたとなれば──ぐんぁあああ!」

「観念してもらおうか──ふべしっ!」


 あらあら?

 うっかり護身術の右ストレートが飛び出して、不届き者たちを一撃でノックアウトしてしまいましたわ?


 淑女教育のストレス発散で行っていた冒険者稼業も、少しは役に立つものですわね。



「ひいいい! バケモノめ!」

「あら、このような可憐なご令嬢を捕まえてバケモノとはひどい」


 哀れ、取り巻きを失ったマルクス王子。

 真っ青になって、ガタガタと震え上がっていますわね。

 一歩距離を詰めると、ひぃぃいと情けない声を上げながら尻もちをつく始末。


「わたくしだって、こんな婚約嫌でしたわ」

「なっ!?」

「だってそうでしょう?︎︎この婚約は、我がヴァレンシュタイン家と王家との契約。その重要さを理解もせず、ずっとリリス嬢にご執心」

「ふん、女の嫉妬は醜いぞ!」

「嫉妬……?」


 この肉だるまは、いったい何を言っているのでしょう?


「あなた個人にはこれっっっぽっちも興味はありませんが、それでもわたくしは公爵家の一員。いずれは王族としての自覚に目覚めると信じて、あなたの後先考えない行動の尻拭いで走り回って、王家の威厳を保つために奔走してきたというのに。その結果が、この茶番ですか」


 ため息しか出てきません。

 ストレス発散に、また魔物をタコ殴りにしないとやってられませんわね。


「貴様!︎︎ さっきから黙って聞いていれば、女の癖に生意気だぞ!︎︎ 少しはリリス嬢を見習ってだな──」

「残念ですが、そのリリス嬢は他国の間諜であることが判明しましたわ。あなたは公務を放り出し、あまつさえわたくしの実家が王家に融資している国家予算を、他国のスパイとの遊興費に使い込んでいた……と。──で、何を見習うんでしたっけ?」

「なっ! そんな馬鹿な!?」


 マルクス王子は、口をパクパクさせていますが、私は淡々と今後を口にします。


 これまでも散々、警告してきたことです。

 お飾り女が政治に口を出すな! なんて相手にもされませんでしたけどね。


「今日ここでわたくしを貶めたことで、我が公爵家は即刻、王家への全融資を引き揚げます。明日からこの国、まともに給料払える騎士すら居なくなりますけど、すべては『デタラメ』ですし、問題ありませんわよね?」

「なっ!︎︎ 国を裏切るか、アデルハイト!」

「裏切り?︎︎ あなたがリリス嬢に漏らした軍事機密、わたくしのお陰で何も起きませんでしたが、本来であれば国家反逆罪ですわよ?︎︎ ……そうですわね、あなたの失態を隠すために奔走していた事こそ、確かに国への『裏切り』だったのかもしれませんわね」


 この肉だるまは、処刑か、国外追放か、良くても廃嫡されての平民暮らしか。

 どちらにせよ、碌でもない結末を迎えることは間違いないでしょう。


 私の人生は、いったい何だったのでしょう。

 流石に文句のひとつやふたつ、言う権利はあると思うのです。


「そこまで言うなら覚悟はできてますわよね?」

「な、なんだ?」


 私が近づくだけで、ガタガタと震え出すアホ王子。

 醜く尻もちをついたまま、一歩近づくと後ずさり、もう一歩近づくとさらに後ずさり……、



「そんなに怯えられたら、流石にわたくしもショックですわ」


 気がついたら壁際。

 私が、にっこりと見下ろすと、



「い、命だけはお助けを──」


 そんなことを言いながら、白目を向いてしまいました。

 その足元の絨毯に無様な染みが作られていて……、まだまだ言ってやりたいことは、いくらでもあるけれど。


「最後まで、つまらない男でしたわね」


 そうして私は鼻を鳴らし、パーティー会場の出口に向かうのでした。



「あら、見逃していいんですの?」

「まさか。我々も命が惜しい。【血濡れの虐殺姫】に手を出そうとは思いませんよ」


 ──血濡れの虐殺姫

 それは、私の冒険者として活動する二つ名でした。

 ストレス発散がてら国家滅亡危機とされた魔物を何回かぶっ飛ばしていたら、随分と物騒な名前をつけられてしまったのです。


 お淑やかな淑女にはそぐわない、黒歴史のような二つ名ですわね。


「あら、わたくしのようなか弱な令嬢を掴まえて殺戮者とは恐ろしい。……その名前で呼ばないでくださいまし?」

「配慮します」


 私の言葉に、苦笑する見張りの兵士。


「後のことは心配要らない。すでにリリスは真実を自白したし、そこのアホ王子は真実が明らかになったら炭鉱送りだ。情状酌量の余地はない」

「自業自得ですわね」


「それで、君は……」

「──権力争いも、面倒事も、もうこりごりですわ」


 私は、そう肩を竦めます。

 両親からは好きにしなさいと言われているし、このまま好き勝手にさせてもらう予定です。




✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼


 そんなこんなで辿り着いたのは、王都から馬車で二日ほどかかる辺境街の酒場。


「婚約破棄に……、乾杯!」


 ぷはーっ!

 やっぱり迷宮を探索した後には、これですわ!︎︎ と、私はエールをあおる。

 王家主催の絢爛なパーティーで出てくるお洒落なカクテルよりも、酔うためだけに用意された安酒の方が、生きているって感じがするのです。


 私がくつろいでいると、正面に見覚えのある黒髪の男が腰をかけました。


「うげっ」

「人の顔を見るなり、うげっ、は酷いんじゃないか?」


 無駄に顔の良いイケメン男ですが、その表情はしごく情けない物です。

 一応、何度かパーティーを組んだこともあり、腕は確かな顔なじみの冒険者でした。



「例の卒業パーティーでは、随分と大立ち回りだったそうじゃないか。吟遊詩人たちが、君の活躍をずっと歌っていたぞ?」

「あら?︎︎ なんのことですの?」

「まあ無理に詮索はしないけどさ」

「それが賢明ですわね。わたくしも、あなたの正体については触れないでおいて差し上げますわ」


 これぞ、ギブ・アンド・テイクです。


 目の前の男は、本当は隣国にある大帝国の第二皇子であるとか……、帝位争いが嫌で流浪の旅人をやっているとか、帝国がそもそもきな臭い動きしてるとか──うん、口にしても誰も幸せになりませんものね!



「クラウス。それで、こんなところまで何の用ですの?」

「ああ、今日こそ返事を聞きに来た。アデル、正式に俺とパートナー契約を──」

「ま〜た、その話ですの?」


 この話を聞くのは、これが初めてではありません。︎

 パートナー契約は、冒険者同士の専属契約に過ぎないとはいえ、︎︎あんな肉だるまでも婚約者は婚約者。

︎︎見方によっては不貞を働いているように見えると、それを理由に断り続けていましたけれど──、


「わたくし、弱い男には興味ありませんの」

「むっ?︎︎ これでも、冒険者としての腕は見せてきたつもりだが?」

「まだまだですわ。ジャイアントオーガごとき、百体程度は一息で倒してもらわないと」

「そんなことができるのは世界でお前だけだ! この規格外のバトルジャンキーめ……」

「あらひどい。お淑やかな淑女を捕まえて、バトルジャンキーだなんて」

「お淑やかな淑女!? ──【虐殺姫】とは、もっともほど遠い言葉だな」


 軽口を叩き合う間柄。

 なんだかんだで気に入ってはいるのだ、こうして気兼ねなく話していられる相手というのは貴重ですからね。


 同時に……、



 ──愛とか、恋とか、今はそういう気持ちじゃないのよねえ


 せっかく、婚約破棄されたばかりだし。

 面倒事は忘れて、今はこの自由を最大限謳歌したいのだ。



「なら、こういうのはどう?︎︎ あなたが私を唸らせる一流の冒険者だと分かったら、その時はパートナー契約でもなんでも結んで差し上げますわ」

「ほう、二言はないな? つまり君を唸らせる大物を献上すればいいんだな??」

「どこの悪女ですか……」


 随分と挑戦的な言葉ですわね。


「えっと……、無理はしないで下さいね?」

「その言葉は、そっくりそのまま返そう」


 このクラウスという男、ときどき突拍子もないことをしでかすのだ。

 もっともそれは、お互い様なのかもしれないけど。



 ──ああ、そんな変わらない日々も楽しいかもしれませんわね。

 少なくとも、あの肉だるまの尻拭いに毎日追われていた宮廷生活(あの日々)に比べたら、よっぽどワクワクするというものです。



「虐殺姫の新たな門出を祝って──」

「幸せな婚約破棄を祝って──」


「「乾杯!」」



  ︎冒険者同士の粗雑な振る舞いで、私たちは盃を交わす。

 ──やがて二人は最凶夫婦として大陸で名を轟かせることになるのだが……、それはまた別のお話。

【作者からお願い!】


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