その6
「マスター、すみませんちょっといいですか?」
ドアをノックする音に応える前にすでに扉は開かれそこには受付のフレアがいた。
「フレア、扉を開けるのはノックして返事があってからだといつも言っているだろ?」
「あ、すみません」
愛想の良い笑顔を浮かべながらフレアが部屋に入ってくる。この子は愛想はいいのだが少々そそっかしい。
「で、どうしたんだ?」
「はい、今冒険者登録に来た方がいるのですがちょっとどうしたものかと思いまして」
朝早くから登録に来る者は珍しくはない、早く登録を済ませてそのまま依頼を受けて出掛けるということはよくある話だ。
「何が問題なんだ?」
フレアに話の先を促す。
「はい、それがその方というのがその何というか……おじいさんなんです!」
「おじいさん?」
「はい、おじいさんが冒険者登録に来ているんです」
よく話が見えない。普通冒険者というものは皆若いうちに登録を済ませるものだ。経験を積んで老いて尚冒険者である者もいるが老いてから冒険者になろうとする者は聞いたことがない。
冒険者登録を済ませ、薬草などの採取だけを生業にする者もいるがそれでも魔物の生息域に行かなければいけない。そうなれば身を護るために戦闘を行う、つまり常に命の危険に身をさらすことになる。
だからこそ若いうちに経験を積み、力の衰えを感じたものは冒険者を引退していく。もちろん若ければそれでいいという事はないのだがそれでも体が資本の仕事だ、若いほうが体力もあり体も動く。若いに越したことはない。
今まで多くの冒険者を送り出してきた。そしてその内のいくらかは帰ってはこない、つまり死だ。
もちろん無為に死なせるつもりは毛頭ない、無理な依頼を受けようとする者は諫める。無駄に命を落とす必要は無いのだから。
しかし今のフレアの話だと爺さんが冒険者になりたいと言っているという事だ。これはどう考えても死にに行かせるようなものだ、ギルドマスターとしても人としても許可するわけにはいかない。
「俺が対応する、案内してくれ」
フレアにそう伝え俺は受付カウンターへと向かった。
フレアの案内で受付カウンターへと行くとそこにいたのは確かに爺さんだった。そして嬉しそうに冒険者登録用紙に記入している。
よく見ると腰に剣を下げている。えらく細身のやや反りのある見た事ない剣だ。力のない年寄りが扱うという意味でなら理にかなっているのかもしれないが実際に役に立つのかどうか怪しいものだ。
「あんたか、冒険者になりたいって言う爺さんは」
そう声をかけ、裏手にあるギルドの訓練場に連れて行く。爺さんには悪いが少し痛い思いをしてもらい諦めさせる腹積もりだ、死ぬよりはましだろう。
少し話をしてみたがあまりにも常識がない、それに覇気というものも感じない。俺もそれなりに冒険者として経験を積んだ、ある程度は相手の力量というものは測れる。この爺さんは素人だ、それが俺の出した答えだった。
しかし、十兵衛と名乗ったその爺さんが剣を構えた時それが間違いだったと気付いた。
さっきまで素人だと思っていた爺さんから異様なプレッシャーを感じる、何だこの爺さんは?
互いに木剣を構え向き合ったまま動けない、いや動けないのは俺の方か。いつの間にか額に汗が浮かび、その汗が流れていく感触が頬に伝わる。その瞬間爺さんの剣先がわずかに動いた。
まずい! そう感じるのと身体が動くのはほぼ同時だった。一歩踏み出すのと同時に剣を振り上げ踏み出した足が地面に付くのと同時に木剣を振り下ろした。
木剣を振り下ろしてからしまったと思った。今の一撃ではちょっとのケガどころじゃすまない、下手をすれば命に関わる。
しかし次の瞬間それが杞憂だとしらされる。振り下ろした木剣は爺さんの傍らの地面を撃ち付けていた。
爺さんに目をやると、木剣の剣先を斜めに地面に向け上段に構えていた。受け流したのか? 俺の加減のない一撃を態勢も崩さずに?
現状も把握できないまま爺さんの木剣が動く。その動きを見てとっさに後ろに飛びのく。
「ところでこの試験はどうすれば合格なんじゃ?」
剣を構えたプレッシャーはそのままに緩く爺さんが問いかけてくる。
「爺さん、いや十兵衛あんたいったい何者だ?」
そんなありきたりな言葉しか返せなかった。
「ワシはただ冒険者になりたい爺さんじゃよ、それよりどうすれば試験には合格できるんじゃ?」
相変わらず緩く話す十兵衛にこたえる。
「そうだな、俺に一撃入れられれば合格ってところだな」
ギルドマスターとしての意地で精いっぱいの虚勢を張ってから後悔した、無事でいられないのは俺の方だなと。
精いっぱいの虚勢を張った後、再び向き合い剣を構え直した。そして次の瞬間に勝負はついた。
こちらが剣を構え直したのを確認したかのように十兵衛が小さき息を吐くのが見えた。
低く十兵衛が前に出たように見えた。十兵衛との距離はまだお互いの間合いではなかったはずだったがすぐ横に気配を感じる。
「これで合格かの?」
耳元で聞こえたその言葉と同時にトンっと喉元に軽く木剣の触れる感触がした。
「ご、合格だ……」
その言葉と共に十兵衛が木剣を下ろし、俺は漸くさっきまで押し潰されそうに感じていたプレッシャーから解放された。




