その17
「ほれここじゃ、マンガ肉を出してくれるんじゃ」
アシュリーと冒険者ギルドを後にしたワシは街の入り口近くにあるアルページュに来ていた。
「まんがにくですか?」
アシュリーは不思議そうな顔をしている。まあ、マンガ肉じゃわからんだろうな。
「とにかくうまい肉が食えるんじゃよ」
そう答え店へと入って行く。
まだ夕食時にしては早い時間だったこともあり、アルページュは比較的すいていた。
「あ、十兵衛さんこんにちは。今日は早いですね」
いつもの給仕の娘が声をかけてくる。いつの間にか名前を憶えられたようだ、これでワシも常連さん確定である。
「例のマンガ肉を頼む」
「ボア肉焼きですね、かしこまりました」
どうやらマンガ肉の正式名称はボア肉焼きというらしい。
「では私も師匠と同じものを」
アシュリーもマンガ肉をご所望か、なかなか分かっているではないか。
「アシュリーよ、少しいいかの?」
それぞれ注文をした後、食事が来るまでの間にアシュリーと少し話をしておくことにした。
「はい師匠」
少し緊張した様子のアシュリー。
「実はな、ワシには以前の記憶がないんじゃ」
真剣なまなざしを向けたままアシュリーは黙って聞いている。
「数日前、ワシはとある小屋で目が覚めた。しかしそこがどこなのかなぜそこにいるのか、更に言えば自分が誰で何という名前なのかもわからんかったんじゃ」
「記憶が……」
アシュリーは呟くように声を漏らす。
「だからアシュリーと会った時も誰なのか分からなかったんじゃよ、すまぬな」
「そうだったんですか」
アシュリーは何とも言えない複雑な表情を浮かべている。
「だが、今はアシュリーがワシにとって大切な存在だっという事は分かる。アシュリーが小さいころにワシが剣を教えていたという事もな」
ワシの言葉を受けてアシュリーの表情が目に見えて明るくなるのが分かった。
「師匠……」
アシュリーはそう言うと今度は目に涙を浮かべて泣きそうになっている。いやちょっと待て、うら若き娘を泣かせるジジイとか周りからどんな目で見られるかわからんだろ。常連さんの仲間入りしたばかりの店なのに。
「待て待てアシュリー、せっかくの再会だ楽しく食事じゃ」
「そ、そうですね。泣いてばかりでは昔のままです、師匠にはちゃんと成長した私を見てもらいます」
そう言うと、どうにか涙をこらえアシュリーは微笑んだ。
「お待たせしましたー、ボア肉焼きです」
ちょうどいいタイミングで料理が運ばれてきた。どうやらあらぬ誤解を受けずに済んだようだ。
「来たか、マンガ肉。アシュリーまずは飯だ食うぞ」
そう言ってワシが肉に齧り付くのを見てアシュリーも肉に齧り付く。
無心に肉に齧り付いているとアシュリーが話しかけてくる。
「ところで師匠、今は十兵衛と名乗っているのですか?」
「そうじゃ、なんせ自分の名前も分からなんだからの。思い付きで十兵衛と名乗る事にした」
マンガ肉に齧り付きながら答える。
「でも、記憶が無くても剣の腕は変わっていませんでしたね。むしろ昔よりさらに磨かれていました、師匠らしいです」
嬉しそうに話すアシュリーを見るとこちらもとても気分がよくなる。
「そうだ師匠、私も師匠と同じAランク冒険者になりました。ずっと師匠に伝えたかったんです」
「アシュリーはAランク冒険者なのか、それはすごいな。努力したんじゃろうな」
「すごくはないです、師匠もAランク冒険者じゃないですか」
そういえばスタンツもそんなことを言っていたな。
「いや、ワシは今十兵衛として冒険者登録をしとるから駆け出しのFランク冒険者じゃよ」
「師匠がFランクなんてあり得ませんよ!」
むくれた顔でアシュリーが言う。笑ったり泣いたり怒ったり、子供のように表情がコロコロ変わる様は見ていて何とも微笑ましい。
「まあそう怒るでない、アシュリーには悪い事をしたが記憶がないというのは全てが新鮮で楽しいもんなんじゃよ。この年になると新鮮な経験なんてそうそう無いからの」
「そうですか……」
納得はしてないが理解はしたという表情のアシュリー。
「おっ、いい女がいるじゃねえか、そんな爺さんとじゃなく俺と飯食おうぜ」
他愛はないが楽しいアシュリーとの食事を邪魔する声が店の入り口から聞こえてきた。この街にもごろつきはいたんだなと声のした方にちらっと視線を向け無視して食事を続ける。
「爺さん邪魔だ、どけよ」
男は近づいてくるなりそう言って胸ぐらを掴んできた。
それを見たアシュリーが殺気立って席を立とうとした瞬間に男の手首を掴み、内側に捻り床に転がした。おや、ワシ組み手もできるんか?
床に転がった男の目の前にテーブルにあったナイフを突きつける。マンガ肉には齧り付いていたから切れ味は分からないがそれでも刃物ではある。
「今ワシは楽しく食事をしているところなんじゃがの?」
ワシの言葉を引き継ぐようにアシュリーも男にとどめの言葉をかける。
「これ見えるかしら? ごろつきごときが私の相手出来ると思う?」
アシュリーは首から下げた冒険者タグを手から下げ、ランクが描かれた面を男の前に突き出す。
「Aランク冒険者!?」
男はそう言うと逃げるように店から出て行った。
「すまんの店主よ、騒がせてしまった」
何事かとカウンターから身を乗り出していた店主に声をかける。
「いやそれは大丈夫だ、たまにああいうのが居てこっちも困っていたんだ。それより爺さん強いんだな、連れのお嬢さんもAランクとは」
驚きと感嘆を込めて店主が言う。
「たまたまじゃよ」
「いや、たまたまで出来ることじゃないだろ!」
店主の突っ込みに笑って返し、もう少しアシュリーと楽しい食事を続ける事にした。




