その16
この娘は何者なんだろうか? ワシの事をウォルター師匠と呼んでいた。
師匠については一旦置いておくとして、問題は“ウォルター”の方だ。
冒険者ギルドに登録に来た時に既にAランク冒険者のウォルターとして登録されていると言われた。ただ、記録としては三十年前の記録だったから大して気にも留めなかった。
だが、アシュリーと名乗った娘はワシを見てウォルターだと言った。やはりワシはウォルターなのだろうか……
今こうして剣を構え向かい合っているこの状況、見た事があるような気がする。デジャヴの様な感覚ではあるが確かに知っていると感じている。
アシュリーが木剣を撃ち込みそれを受けるたびにフラッシュバックのように脳裏に剣を構える子供の光景が一瞬浮かび、そして直ぐに消えていく。
今まで異世界に転生し、見た事のないこの世界の新鮮さにばかり気を取られていた。
しかしよく考えればおかしなこともある。なぜ手にしたこともない刀を何の考えもなしにこれだけ扱えるのか、そしてなぜ姿形がジジイなのか。
どこかで考えないようにしてきたがそうなのだろうとは思っていたことがある。ワシが死ぬ時異世界転生がしたかったと思ったのと寸分違わぬその瞬間にこの世界のウォルターも息を引き取ったのだろうと。
ワシは異世界に転生したかった、ならウォルターは何を望んだのだろうか? それは恐らく剣を振るうという事だろう、今ワシがこれだけ剣を扱えるというのがその証拠だろう。だが果たしてそれだけだろうか?
もし剣を振るう事だけが望みなのだとしたら今アシュリーと向かい合うなかで感じるこの感情はなんだ?
人が生きていく上では必ず誰かと関わりを持つ、ウォルターも間違いなく少なくない人と関わっていたはずだ。そしてその中の一人が今目の前にいるアシュリーなのだろう。
そしてアシュリーにとってウォルターとはかけがえのない存在だったんじゃないか、もちろんウォルターにとってのアシュリーもまたそうだったんじゃないのか?
そんなことを考えながらも体は勝手に動きアシュリーの木剣を捌く。無意識というわけではないがどうすれば対応できるかが分かり思った通りに体が動く、直感という感覚が一番近いか。
そしてアシュリーが強く撃ち込んできたとき頭に声が聞こえた。
“アシュリー、また剣先が下がっているぞ。自分と同等か格上の相手に対してはそれは致命的な欠点になる。常に意識して直しなさい”
それは今のワシの声と同じだがしゃべり方が違う。何よりそんなことを話した記憶はない。
これはウォルターが生前に言った言葉なのだろう。そして先程から浮かんでは消えていく光景にいた子供はアシュリーなのだろう。
やはりウォルターにとってこのアシュリーという娘はかけがえのない存在だったのだろう。
そしてアシュリーが一つ息を吐いた時反射的に身体が動いた。
「勝負を決めに来る時わずかに剣先が下がるの、癖かの。おそらく鍛錬を積んで矯正してはおるようじゃが完全に直さんと命に関わるぞ」
そしてアシュリーは力なくその場に膝をついた。
その場で膝をつき動けないアシュリーを放っておくことが出来ずそっと抱きしめ頭を撫でてやる。前の世界で泣きじゃくる孫をこうしてあやしてやったことを思い出す。
「少し二人だけにしてくれんかの」
アシュリーと話してみたい、そう思いスタンツに声をかけた。ワシを、いやウォルターの事を知っておかなければいけないとそう思った。
声を上げて泣き続けるアシュリーを抱きしめたまま気のすむまで泣かせておくことにした。そして落ち着きを取り戻したアシュリーに声をかける。
「アシュリー、腹は減っとらんか? 美味い飯を食わせてくれるところを知っておるんじゃが一緒にどうじゃ?」
まだ涙を浮かべたままのアシュリーが顔を上げる。
「はい、沢山泣いたらお腹が減りました」
泣き顔のまま子供のような笑顔でアシュリーはそう答えた。




