その12
その日はいつものように騎士隊の剣の鍛錬のために訓練場に向かっていた。
朝というには遅く昼というには少し早い時間、街の大通りを歩いているとすぐそばを馬車が通りかかり少し進んだところで止まった。
「アシュリーじゃないか、今から訓練場に行くのか?」
幌の付いた馬車の後ろからこちらを見止め男が声をかけてくる。
「ルーベン隊長、戻られたのですね」
声をかけてきたのはルーベン隊長だった。私が剣術指南として稽古をつけている騎士隊の隊長だ。
「はい、今から訓練場に向かうところです」
「なら乗っていくといい、ちょうど騎士隊の詰め所に向かうところだ。ちょっとむさ苦しいがな」
ルーベン隊長は屈託なく笑い手を差し出した。
「どうせ訓練場はいつもむさ苦しいので問題ありません」
そう言って隊長の手を取り馬車に乗り込むと乗っていた騎士達が苦笑いをする。
「すまんなアシュリー、ずっと男所帯だったものでな。勘弁してやってくれ」
「大丈夫です。私は元々冒険者ですからむさ苦しいのには慣れてます」
そう言ってわざとらしく隊長に微笑みかけると隊長も苦笑いをしていた。
「ところで、ケガ人がいるようですが今回の任務は視察だけではなかったのですか?」
それほど重症というわけではなさそうではあるが幾人かケガ人が馬車の中に見て取れる。
「ああ、任務の方は別段問題なかったんだが、帰る途中で魔物に遭遇してな」
バツの悪そうに鼻の頭を指で掻きながら隊長が答える。
隊長の話だと魔物はブラックベアーで、森から少し離れた場所で野営の準備中に襲って来たという。
しかし今ここにいる騎士隊の顔ぶれを見る限りブラックベアー一体にここまで被害が出るとは思えない。何よりブラックベアーが森から出て人を襲うということは聞いたことがない上に、聞いた場所にはブラックベアーは生息していないはずだ。
「異常個体だろうな、体つきも一回り大きかったしやたらと凶暴だった。なぜあの森にいたのかは分からんが……」
私の疑問を察し、隊長が口を開く。
「訓練の内容を再考しなくては……」
「待って、待ってアシュリー。あれは異常個体だから!」
私の溢した独り言をフランツが拾い上げ、慌てて声をかけてくる。フランツの方を見ると縋るようにこちらを見つめ、他の騎士たちは恐れおののいているように見えた。
「まあ倒せたのなら何よりです」
実際死にかけているという風でもないのでそれは良い事だろう。
「それがだな……」
含むように隊長が言い淀む。
「実はその時一人の老人が現れてその老人に助けられたんだよ、十兵衛と名乗っていた。、反りのある片刃で細身の剣を振るっていたんだが見惚れてしうほど美しい剣捌きだった」
反りのある片刃で細身の剣……
「いやほんとすごかったですね。舞う様な動きだったですもんね」
フランツが補足を入れる。
「その老人はどちらに?」
「ああ、それが近くの街はどこかって聞かれたんで先にアルカンの街があるって伝えるとそのまま走って行ってしまったんだよ」
「長い白髪を頭の上の方で結ってあってその髪をなびかせてすごい速さで走って行きましたよ」
長い白髪……
「おっと着いたようだな」
ガタンと馬車が止まる、騎士隊の詰め所に着いたようだ。
「俺達は負傷者を連れて行く、後で訓練場にも顔を出すよ」
「お待ちしております、では後ほど。新しい訓練内容もいくつか考えておきます」
騎士たちが悲壮な顔をしていたが見なかった事にしておこう。
その日の稽古は馬車で聞いた話のせいでどこか上の空だった。
まさかなとは思ってもいやしかしと何とも煮え切らず、もやもやとスッキリしない心持だった。結局一日中ずっとそんな調子だったが明日は休みだったので自分の目で確認することに決め稽古を終えることにした。
「そこまで、今日はここまでにしましょう」
その言葉で騎士達は振っていた剣を下ろす。馬車に乗っていた騎士達は妙にほっとした様子だった。あぁ、新しい訓練内容も考えておかないとなと思い稽古を終えた。




