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その1

 見慣れた虫食い柄の天井、もうどれくらいこの景色を見ているのだろうか。

 齢九十四、長く生きた方だと思う。

 結婚し、子供も授かり孫にも恵まれた。良い人生だったのだろう。

 子供達は独立し、妻は先立ち今は独り。押し寄せる老いには勝てず今は病院のベッドの上、良く生きたのだろう。

 腕には点滴のチューブが繋がれ、胸には心電図の電極が貼られている。

 心電図から聞こえる電子音を聞きながら自身の命が終わろうとしているのを漠然と感じていた。そろそろだろうな、そう悟っていた。

 しかし、ただ一つ心残りがある。ずっと望んでも叶わなかった夢が……

 そう、ずっとずっと望んでいた。いつか叶うと信じていた夢が。


 異世界転生したかった!!


 そう、ずっと中二病を患っていたんだ。

 昔は中二病という言葉はなかった、自分が中二病だと気付いたのはずっと後のことだった。

 憧れた、この世界ではないどこか別の世界。剣と魔法のファンタジー世界に。

 誰にも言えずずっと自分の内に秘めた夢だった。いつか叶うと信じた夢だった。

 そしてずっと聞こえていた心電図の電子音が遠くなり何も聞こえなくなるのと同時に混濁していた意識も途切れ、死が訪れた。



 板張りの天井、まず目に入ってきたのはそれだった。

 無意識にベッドで身体を起こす。

 ん? 体を起こす? ずっと寝たきりで自分で身体を起こすことができなかったはずなのに。

 周りを見渡すと明らかに病院ではない見た事のない部屋にいた。

 木造のそう広くない部屋、窓がありそこからは森が見えた。

 急いで鏡がないか周囲を確認する。

 心臓の鼓動が早くなるのを感じる。

 知っている、この状況を。何度も夢にまで見たこの状況を。

 部屋の隅に鏡を見つけベッドから飛び降りる、そう飛び降りることができた。

 そして鏡に映る自分を凝視した。

「いや、ジジイのままかよ!」

 思わず叫んでいた。

 鏡に映っていたのは知っている自分ではなかったが明らかにジジイだった。

 いや、今はそれはどうでもよかった。もっと重要なものが写っていたからだ。

「髪が生えてる!!」

 さっきより大きな声で叫んでいた。

 以前は四十を越えた辺りから徐々に薄くなってきて必死の努力の甲斐もなくナチュラルスキンヘッドになっていた。

 しかし鏡に映る今の自分は違う。白髪ではあるが髪がある、しかもロン毛。

 しばらく鏡に映る髪のある自分を見つめていた。そして確信する。

「異世界転生きたーー!」

 さっきよりも更に大きな声で叫んでいた。



 ベッドに腰を掛け、少し気分が落ち着いたところで考えを巡らせる。転生したのは間違いないだろう、だが果たして本当に異世界なのかどうかと。

 そして窓まで行き外に見える森を見た。

 パッと見た感じは何の変哲のない森、正直よくわからん。

 思い直しここはあれをやるしかないと決意し、手を前にかざす。

「ファイヤーボール!」

 炎の弾が手から放たれ部屋の壁を吹き飛ばす、予定だった。

 何も出なかった。

「ウォーターボール!」

「ウインドカッター!」

「アースバレット!」

 やはり何も出なかった。

 おかしい、見た目明らかなジジイなのだから大魔導士クラスの魔法は使えて然るべきなはずなのに。

 何度か試してみたがやはり魔法の欠片すら発動はしなかった。

 かなり意気消沈しながらも気を取り直し外に出てみることにする。

 そして外に出る扉の横の壁に掛けられてある物が目に入る。

「ん? 剣か」

 手に取り鞘から抜いたそれは刀だった。

「業物だな」

 抜き身の刀を見て無意識に言葉が出ていた。

 いや本物の刀を見るのなんて初めてだろ? そう思いおる言葉を思い出す。

 “鑑定”これは鑑定のスキルというやつか!

 知っているぞ、異世界チート能力の一つ鑑定。そうかそういう系統か、そして再び手をかざし言葉を発する。

 「鑑定!」

 何も起こらなかった。

 本当にここは異世界なんだろうか? 刀があるという事はここは日本のどこかなんじゃないのだろうか? 更に意気消沈しながら刀を持った手で力なく扉を押し開け外に出た。

 俯きかげんで外に出て顔を上げた時それが目に映った。

 人の子供ぐらいの背丈で緑の肌。

 それは目が合うと唸り声のようなものを発しながらこちらに向かって突進してきた。そしてその日何度目かの叫び。

「知っているぞ、お前はゴブリン!」

 一気にテンションが高まる。

 力いっぱい踏み出すと一瞬で遠くに見えたはずのゴブリンのが目の前にいた。

 そして横一閃に刀を振りぬくとゴブリンの胴体を真っ二つに切り裂いていた。

「異世界転生きたーー!!」

 その日二度目のその言葉は辺り一面にこだましていた。

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