ディアクリシス
この物語は、北欧神話をベースにファンタジーとして作成しました。
第一話/太陽の家
謎の男は世界を見渡し、低く詩を紡いだ。「月蝕の聲──月は光を覆い、影は言を呑む。」呪いなのか、希望なのか。あるいは真実なのか?その詩が未来を告げるように、ひとつの物語が始まろうとしていた。
──やがて
「おぎゃあ、おぎゃあ!」
二人の赤子が、冷たい空気を震わせるように泣き声を上げていた。置き去りにされたのは「太陽の家」と呼ばれる施設。孤児を引き取るその場所で、物語は静かに始まった。
謎の男の詩の余韻がまだ残る夜、太陽の家の主人であるデクシは、庭で泣き声に気づいた。
「おや…これは…?」
粗末な毛布に包まれ、冷たい石床の上で震える二人の赤子。主人は慎重に赤子を抱き上げた。柔らかな手で、冷えた体を温める。
「大丈夫だ、ここが君たちの居場所だ」
太陽の家は、孤児を引き取る小さな施設だが、優しさと知恵に満ちた場所だった。赤子たちはそこで日々を過ごし、デクシや他の子どもたちに見守られながら成長していった。
──そして十八年──時は流れた。
泣き声を上げていた赤子は、今や強さと好奇心を兼ね備えた少年少女となった。世界を見つめる瞳には、あの夜の冷たさと希望が宿っている。物語は、ついにその扉を開いた。
キュウロウ「おい、ロギー早く起きろ!お前がこないと飯が食べれない。」
ロギー「ん〜、うるさいなぁ〜いらない!」
キュウロウ「そんなわけにはいくか!みんなで食べるのがルールなんだから早くしろ!」
ロギーは眠さを押し殺してトボトボと食卓に向かう。「いらない時はいらないんだから、食べなくていいじゃん」
リッグ「こら!ロギー」
びっくりしたロギー「ママ!おはよう。」
この人はリッグ。デクシの奥さんでみんなの母みたいな存在。
リッグ「おはよう。また寝坊?もう18歳なんだからしっかり起きなさい!
ご飯はみんなで食べるのがルール。愚痴愚痴いわないの!」
ロギー「はいはい!すいません。」
鋭い眼光がロギーに向いた。「以後気をつけます。」リッグはきびしい母なのである。
デクシ「来たか来たか」にっこりしながらロギーをみつめる。
ヴァリス「おっそ」
ロギーを睨みながらお腹をならす。この子はデクシとリッグの一人息子。
ロギー「うるさい!」
キュウロウ「腹減った〜!」「早く飯くれ〜!」
リッグ「はい、みんな揃ったね。デクシ。」
デクシ「うん、みんな手を繋いで。」周りの子供達が手を繋ぎ始めた。「神よ、今日もみんなが無事でいますように」祈りが終わるや否や、キュウロウとヴァリスが掃除機のように食べ始めた。
ロギー「私の分も残しなさいよ!」
キュウロウ/ヴァリス「結局、食うんかい!」
太陽の家はいつも騒がしい。笑い声や食器の音で溢れている。しかし、この騒がしさこそが、ここで生きる子どもたちの平和の証なのだろう。
第二話/2人のおじさん
「ごめんくださーい! 元気な子どもたち、いるかー!」
太陽の家の門をドンドン叩きながら、ひとりの大男がにかっと笑う。
その横で、もう一人は荷物をドサッと下ろし「ふぅ……腹減った。おれはご飯を先にいただきたいな」なんてぼやいていた。
子どもたちは「だれ!?」「おじさんだー!」とわいわい騒ぎながら玄関に集まる。
デクシが顔を出すと、二人は同時にぺこりと頭を下げた。
「来たか。まったく、騒がしい連中だな」
そう言いながらも、デクシは嬉しそうに二人を中へ招いた。
子どもたちは二人に群がり、服の裾を引っ張る。
「おーい、わかったわかった!まずは、飯を食わせてくれよ」エイヴルは子どもたちを軽くあしらいながらも、どこか嬉しそうに目を細めた。
「じゃー、まずはおじちゃんとあそぶかー!」と無駄に元気なアーリクが両手を広げた。
子供達を説得するデクシ。「まずは、ご飯を食べてからです」しぶしぶ手を離す子供達「あとでちゃんと遊ぼうね」「今日は海辺で遊ぶんだよ、またあとでね!」しっかり言うことを聞く子供達。
「また飯だけ食いに来たのかよ!」キュウロウが叫んだ。
「絶対おれのはやらんからな!」とヴァリスが慌てて自分の皿を守った。
「おー、いたのか! チビすぎて見えなかったぞ」
アーリクは椅子から身を乗り出し、キュウロウとヴァリスをからかうように笑った。
「チビじゃねーし」キュウロウとヴァリスの声が重なる。
「無駄におじさん達がデカすぎるの!」
ロギーは目を擦りながら、半分寝ぼけたままパンを口に頬張った。
「そりゃ〜俺たちは巨人だしな〜」
エイヴルはニヤけているのか、馬鹿にしているのか微妙な表情で答える。
ロギーは聞き流す。
すぐに反応するキュウロウとヴァリスに、食卓の上では笑い声が飛び交う。
パンをかじる音、椅子の軋む音、そして子どもたちの歓声が重なり合い、太陽の家の平和な朝は、いつも以上に賑やかに輝いていた。
第三話/代表者
太陽の家の門の前に、一人の紳士が静かに立っていた。
長身に整えられた身なり、髪もきちんと整っている。しかし、その言葉遣いの丁寧さは、まるで髪の毛についたガムのように粘着質で、聞く者の耳にまとわりつくようだった。
「ごきげんよう。太陽の家の皆さま。オルデン様のご命令を受け、こちらへ参上いたしました――カリスと申します」
その言葉に、リッグ、アーリク、エイヴルの三人は口を揃えて振り返った。
「オルデン…?」
「オルデン様?」
「オルデン?」
カリスはにやりと笑った。
「おやおや、エリシュオン大陸とトルム大陸の有名人が揃っているではありませんか。これは好都合というものですね」
「過去の遺産を蘇らせようではないですか。三大陸の平和条約を、オルデン様が望まれておられるのです」
リッグは日頃見せない怒りを浮かべ、叫んだ。
「何を今更!」
キュウロウたちは初めて見るリッグの表情に、ことの重大さをひしひしと感じていた。
カリスは軽く肩をすくめ、挑発するようにリッグを見つめる。
「おやおや、デクシ様の奥様ですか。何もそんな興奮をなさらなくても…」
「どこか懐かしい雰囲気ですね。どこかでお会いしたことが…」
デクシは間に入り、優しい口調で言った。
「カリス君、今日はお引き取りください」
続いてエイヴルも声を上げる。
「ここはお前がくる所じゃねー!ブラッドのゴミが」
思い出したかのように「エイヴルさん、あの時の鼠さんでしたか…んっふふふ。」意味深に2人が睨み合う。
アーリクも表情を一変させ、無機質に言った。
「ふざけた話をしたいのなら、他所でやれ」
太陽の家の空気は、一気に張りつめた。
子どもたちも無意識に身を縮め、平和な日常に過去の因縁と不穏な影が忍び寄った瞬間だった。
「私としましても、オルデン様直々の命令でして、手ぶらで帰るとしましてもね〜」粘着質な喋り方が、気持ちの悪さを滲み出してた。
「そんな大陸間の話は、こんな所でするべきではない。」デクシは丁寧に断り続けた。
ロギーは空気がピリつき、肌が痒くなった。
「そうですか…なら仕方ありませんね」冷たく言うカリス。
「では、また改めて」といい放ち、帰路に戻っていった。
緊張の糸が切れたのかリッグは座り込んだ。キュウロウ達はリッグに近寄り「大丈夫?」と心配した。リッグの表情は強張っていた。
「平和条約って……なんのことだ?」キュウロウが口を開く。
「確かに……あの男も言ってたな」ヴァリスも訝しむ。
デクシは少し黙り込み、遠くを見つめながら語り始めた。
「昔、この世界は――四つの大陸から成り立っていた」
「四つ?三つじゃないの?」ロギーが首をかしげる。
「エリシュオン大陸、トルム大陸、そして俺たちのオーシュ大陸。この三つだけじゃないの?」ヴァリスが声を張り上げた。
デクシはリッグの手を握り、ためらうように言葉を継いだ。
「……モルドレッド大陸」
その名を出した瞬間、リッグとエイヴルの顔が強張った。
「モルドレッド大陸?そんな大陸があるのか?」キュウロウが驚いて聞き返す。
「今の若い連中は……もう知らんだろうな」アーリクが低い声で呟いた。
デクシは深く息をつき、語り始める。
「かつて、一度だけ。四つの大陸が平和を求めて手を取り合った時代があった。各大陸から代表者が選ばれ、条約は結ばれた。……だが、その平和は長くは続かなかった」
「なぜ?」ロギーが問いかける。
デクシの目に悲しみが宿る。
「……四人の代表者のうち、二人が――突然、命を落としたのだ。理由もわからぬままに。その日を境に、条約は闇に消えた」
「死んだ?いきなり二人も?」キュウロウが食い気味に言う。
エイゼルが鼻で笑いながら答える。
「おかしいだろ?普通はありえない」
「絶対、あいつの仕業しかないんだ!」
「あいつの仕業?」キュウロウは誰のことか気になった。
デクシは静かに答えた。
「死んだ二人は私の友人であり、エイヴルの兄でもある。そして、生き残った代表者二人――オルデンと、私だ」
リッグが静かに口を開いた「オルデン、……あいつが……」リッグの目には恐怖と悲しみが滲んでいた。
◇ ◇ ◇
「んっふふふ……」カリスの口元が吊り上がる。その視線は、海辺ではしゃぐ子供たちを獲物と見定める獣の目だった。
「さて、手ぶらで帰るのも癪ですね。せっかくです、少し遊んでいきましょうか」
◇ ◇ ◇
窓辺のデクシが、空の一角が赤黒く染まっているのに気づいた。
「……あれは⁉︎」
「アーリク、エイヴル。胸騒ぎがする。来い」
その真剣な声に場の空気が張り詰める。
「俺たちも行く!」キュウロウとヴァリスが同時に叫ぶ。
「ダメだ!」
一喝。言葉そのものが鎖となり、二人の体を縫い止めるかのように響いた。
何かの鳴き声が海辺方向から聞こえた。デクシ達は慌てて飛び出した。
そのあとをキュウロウとヴァリスも追いかけた。
◇ ◇ ◇
子供達の叫び声が響き渡り、助けを求める子供達。それを見て笑うカリス。
黒く爛れた狼が子供の肩に牙を食い込ませる。肉が裂ける湿った音と、骨の砕ける乾いた音が混ざり、悲鳴は途中でぷつりと途切れた。
カリスはその光景に酔うように目を細め、「私はね〜、もっと穏便に済ませたかったんですよ。……ですが、あなたが拒んだ。んっふふふ」と、血の匂いを吸い込むように笑った。
その瞬間、デクシの顔から柔和な色が完全に消え、氷の仮面のように無表情となった。
「お前を――」殺意を込めた言葉が吐き出されようとした時、
「デクシ!子供だ、まだ息がある!」アーリクの叫びが割って入った。
デクシは一瞬で怒りを鎮め、鋭く頷いた。
「……まだ間に合う。手当てを急げ!」
「ここは俺が!早く行け!」エイヴルが吠え、黒く爛れた狼を拳で圧し潰す。
「これはこれは……ユミル様の弟君と手合わせですか。ああ……ぞくぞくしますよ。んっふふふ」
血と焦げた臭いの中で、カリスの声だけが妙に甘く響いた。
「お前、ユミルのこと何か知ってるな?」エイヴルがカリスを睨みながら怒りを露わにした。
エイヴルの周りが渦を巻き始めた。
目が据わりながらカリス 「あの時のように半殺しにしてあげますよ。んっふふ」
鼻で笑うエイヴル「あの時のように仲間を呼んでもいいんだぜ。ブラッドのゴミ野郎」
デクシとアーリクが子供達を安全なところに移して、アーリクだけが戻ってきた。
「おい、お前ら2人も行くんだよ」アーリクがキュウロウとヴァリスを引っ張る。
「あんなゴミ野郎、おれがぶっ殺す」ヴァリスが興奮しながら言った。
「落ち着け、お前らじゃブラッドには敵わねーよ」アーリクが2人を落ち着かせながら言った。
「ブラッド?さっきからそれなんなんだよ?」キュウロウが聞き返した。
これに答えないとテコでも動かないと思い答えることにした。「ブラッド(流血)は、モルドレッド大陸の5人組の暗殺軍団のことさ。」
二人が息を呑む間に、空気が変わった。
カリスの周囲で黒い影が蠢き、数体の召喚獣が現れ、キュウロウたちをぎゅっと包むように囲んだ。
第四話/エイヴルとアーリク
無謀に立ち向かおうとするキュウロウとヴァリスにアーリクが「落ち着け!」といい宥める。
その瞬間ヴァリスに向かい、召喚獣が走り出した。
「お前達も(黒く爛れた狼)、少しは大人しくしとけ」アーリクは人差し指を回し、小さな台風で獣たちを宙に浮かせた。
次の瞬間、掌を海へ向けて握り込む。海面が槍の形を成し、獣たちめがけて突き上がった。
波の槍は、空中の召喚獣を一匹残らず貫いた。
「な、なんだ今の……?」キュウロウが呆然と呟く。
ヴァリスも言葉を失っていた。
「ぼさっとするな。早く行くぞ!」アーリクは何事もなかったかのように声を張る。
「んっふふ。さすがは《コード》の長……お見事です」
カリスは敗北を前提にしたかのように笑った。「まぁ、あんな獣ども、いくらでも呼べますがね」
エイヴルは汚物を見るような目で言い捨てる。
「お前の従魔に同情するぜ」
エイヴルの身体に風の渦がまとわりつく。低く呟いた。
「――ニョルグニル」
次の瞬間、姿が掻き消える。気づけばカリスの背後に回り込み、拳を叩き込んだ。
「ぐぅっ!」カリスの体がのけぞり、地面を転げる。
追撃の蹴り、風を纏った膝、突風と共に打ち下ろす拳。
一撃ごとに疾風が轟き、カリスは翻弄され続けた。
「調子に乗るんじゃねぇ……!」怒声と共に、カリスの顔に不気味な笑みが浮かぶ。
「――ヘルトーイ。《フェンリル》」
空が赤黒く歪み、瘴気が渦を巻く。焦げた肉と血の臭いが辺りに広がった。
その裂け目から現れたのは、灰黒の毛並みに覆われた巨大な獣。
胴ほどの牙、灼けるように赤い眼窩。踏み出すたび、大地が焼け爛れていく。
カリスは両手を広げ、黒い格子の檻を瞬時に組み上げた。
エイヴルとフェンリルを閉じ込める正方形の闇の牢獄。
「フェンリル――その小さな鼠を蹂躙なさい」
満足げに、カリスは命じた。
フェンリルが咆哮した。
耳を裂く轟音と共に、檻の中の空気が震える。次の瞬間、獣の巨体が矢のように突進した。
「速っ――!」
エイヴルは反射的に跳躍し、風を纏った足で空中を蹴る。背後に生じた疾風が衝撃波となり、フェンリルの進行をわずかに逸らした。
しかし巨獣は止まらない。灰黒い毛皮が逆立ち、毒のような瘴気をまとった爪が檻を削る。
両腕に風を集中させる。渦が形を取り、螺旋状の刃となる。
「――裂けろ!」
渦を振り下ろすと、フェンリルの肩口が裂け、黒い血が飛び散った。
だが、獣は怯まない。
傷口から瘴気が溢れ、再生するように肉が盛り上がっていく。
次の瞬間、顎が開いた。
「……ッ!」エイヴルは即座に風で身を滑らせたが、かすめた牙が檻ごと空間を歪ませた。
「一撃でもまともに食らえば終わりか……」
額に汗を浮かべながらも、エイヴルの瞳は鋭さを増していく。
フェンリルが再び跳躍。影が覆いかぶさるように迫る。
エイヴルは渦を足元に集め、地面を蹴り飛ぶように逆風で加速した。
その体は弾丸のようにフェンリルの顎下へと滑り込み、両腕を交差させて叫ぶ。
「――ニョルグニル!」
爆ぜる風の衝撃。
檻の内部に白い稲妻のような風刃が走り、フェンリルの顎が弾かれる。
巨獣は怒号を上げ、壁に叩きつけられた。
だが立ち上がる。
傷だらけの体から瘴気が漏れ出し、瞳の赤がますます深く染まっていく。
「ハッ、やっぱり簡単には死なねぇか」
エイヴルの口元から、獰猛な笑みが零れた。
檻の中。風と獣の咆哮がぶつかり合い、闇の空間は嵐そのものと化した――。
カリスは少しイラつきながらフェンリルに命令する「早く殺しなさい。」
「おい、こんなんでおれが殺せると思ってるのか?」笑いながらエイヴルがいう。
「口だけは達者な様ですね。あなたお忘れじゃないですよね?私達ブラッドに半殺しされた事を。」笑みを笑みで返すカリス。
過去を思い出し喋るエイヴル「あー覚えてるよ。あの日のお前らの行動で誰がユミルを殺したか、確信に変わったあの日だろ?」
「お前こそ、忘れてないか?あの時は5人で今回は1人。お前はおれと出会った瞬間に逃げるべきだったんだよ」
フェンリルとカリスが一直線上に並ぶ。エイヴルの拳に、荒ぶる風の渦が渦巻く。
《グルンヴァル》──巨人の腕力を圧縮し、旋風となって拳を覆った。
その衝撃とともに、フェンリルとカリスは重なり合い、横へと吹き飛んだ。
吐血しながら立ち上がったカリスは、衝撃の余波の中でフェンリルを蹴り上げる。
「お前は、何のために存在しているんだ!このゴミが!」
カリスの額には血管が浮き、かつての紳士的な面影は消え失せていた。
「わかりました。見せて差し上げます、本当の私を――」カリスが唸る。
「ヘルトーイ……」その名が暗雲を裂く。
その時、鋭い声が響いた。
「はい、ストップ」
現れたのは青年、カイランだ。
「カイラン!どうしてここに?」カリスの唇が微かに歪む。
「オルデン様から、帰りが遅いから迎えに行けと命じられてね」戦場の真っ只中で、まるで買い物ついでのように話す。
「カイラン、私はあいつを殺したくて、殺したくて……!」目を充血させるカリス。
「落ち着く、カリス。いつものように、冷静に」
カイランは柔らかく、しかし力強く諭した。
「今日の所は、帰るよ。ユミルの弟君」にっこり笑うカイラン。
「また、ゴミブラッドか……」エイヴルは呆れ、しかし警戒を解かない。
カイランは軽やかにカリスを担ぎ、言い放った。
「じゃあまたね。次は殺してあげるから」
一瞬の閃光のように、カイランは消え去った。
エイヴルは深呼吸をひとつ。目に映るのは、敵の気配が消えた穏やかな空――しかし、戦いの余韻が胸に残ったままだった。
第五話/決意
キュウロウ達が無事に帰還した。しかし、太陽の家のいつもの騒がしさはなく、重い沈黙が広がっていた。
ロギーは机に顔を伏せ、泣き続けていた。その横でリッグも目に涙を浮かべ、かすれた声でつぶやく。
「なんでなの……? さっきまでは、そこに居たのに……」
寂しそうに空の席を見つめるリッグを、デクシが静かに抱きしめた。
「すまない。あの時の私の決断が……この結果を生んでしまった」
その目にも涙が滲んでいた。
「違う!」ロギーは顔を上げて必死に叫ぶ。小さな肩が震えている。
「悪いのはあいつらだ。……だから、私、みんなを守る力がほしい」
決意を宿した表情で立ち上がるロギー。
「お前みたいな泣き虫が守れるかよ」
場を和ませるように、キュウロウがロギーの頭をわしゃっと撫でた。
いつもなら反発するロギーだったが、その温もりにまた涙が零れ落ちた。
「アーリク! エイヴル! おれに修行をつけてくれ!」
キュウロウの目は真剣そのものだった。
ヴァリスも拳を握りしめ、静かに言葉を重ねる。
「おれも強くなりたい。……次こそは、みんなを守れるように」
いつもの陽気なおじさん2人の顔つきではなかった。2人ともデクシを一瞥する。
「……あぁ、わかった。三人を頼む」
デクシとリッグは、悲しみと誇らしさが入り混じる眼差しで三人を見つめ、静かに頷いた。
「ロギー、君は私の大陸で修行してもらう」アーリクが言う。
「君の潜在能力は、エリシュオン大陸の方が伸びやすいと思う」
ロギーは泣き腫らした顔のまま、強く頷いた。
「……よろしくお願いします。」
「お前ら問題児二人は、俺が鍛える!」
エイヴルがキュウロウとヴァリスの頭を大きな手で撫で回す。
いつもなら反発する二人も、この時ばかりは目に尊敬の色を宿し、声を揃えた。
「よろしくお願いします!」
思わずエイヴルは、少し調子が狂ったように鼻を鳴らした。
「ロギーはエリシュオン大陸に行くけど、俺たちは?」ヴァリスが問う。
「俺たちは、トルム大陸だ」
「トルム大陸!? 巨人どもがうじゃうじゃいる島じゃねぇか!」キュウロウが思わず声を上げる。
「おう。俺の出身はそこだからな」エイヴルはニヤリと笑った。
海辺に花を手向けるロギー達。その背を、太陽の光が静かに照らしていた。
「準備はいいか?」エイヴルが問う。
「おう」キュウロウ。
「ああ」ヴァリス。
二人の声は、もう迷いがなかった。
見送るデクシ、リッグ、ロギー、アーリク。
「気をつけてね」ロギーの声は震えている。
「お前こそ強くなれよ」キュウロウが笑い、
「次は俺が守るから安心しろ」ヴァリスも負けじと言う。
リッグは優しく微笑み、「二人とも、エイヴルの言うことをちゃんと聞くのよ」と送り出した。
エイヴルは無言で頷くデクシに向き直り、大きく深呼吸をする。瞬間、その体が膨張し、空を覆うほどの巨人へと変わった。
「……本当に巨人だったの?」ロギーが呟く。
「いつも言ってただろ」エイヴルは笑いながら掌を差し出す。
「よし、乗れ」
掌の上に立つキュウロウとヴァリスの目は、真剣そのものだった。
地を震わせ足に力を溜め込むエイヴル。
「あれは……?何をするの?」ロギーが息をのむ。
アーリクが笑いながら。「飛ぶんだ!」
「……本当?」ロギーが目を丸くする。
デクシは小さく笑って、「さぁ、どうかな」とだけ答えた。
「じゃあ、行ってきます!」キュウロウ。
「必ず強くなって帰る!」ヴァリス。
――ドォォォン。
轟音と共に、巨人の跳躍は空を裂き、三人を青空の彼方へと運んでいった。
第五話/トルム大陸
――ドォォォン。轟音と共に大地を揺らし、3人はトルム大陸へと降り立った。
「すげぇ!なんだよ今の!」ヴァリスは子供のようにはしゃぎ声をあげる。
「巨人ってみんなこんなことできるのか?」キュウロウも興奮を隠せずに問う。
「みんなじゃない。認められた者が受け継ぐんだ。」
エイヴルの脳裏に、ユミルの姿がよぎる。
「そうか。じゃあ、俺がエイヴルから受け継いでみせるよ」
確信めいた笑みでキュウロウが言う。
「そうなればいいな」エイヴルは嬉しそうに笑った。
「で、師匠。修行は何をやるんだ?」ヴァリスが期待に満ちた声をあげる。
「おれと戦う」
「え……師匠と!?」ヴァリスが目を丸くする。
「面白ぇ!」キュウロウは拳を握りしめた。
「その意気だ」エイヴルはにやりと笑った。
──1ヶ月後。
「おいおい、こんなもんかよ!」
エイヴルの拳が風を裂き、ヴァリスの大ぶりな蹴りを軽々といなす。
「くそったれがぁッ!」
苛立ち混じりの叫びと共に、ヴァリスの瞳に稲光が走る。次の瞬間、彼の視界で世界の速度がわずかに鈍った。
「見えてる…!師匠の動きが——」
言い切る前に、エイヴルの拳が鳩尾にめり込む。空気が弾けるような衝撃音と共に、ヴァリスの身体がよろめいた。
「ヴァリス!もっと相手をよく見ろ!」
歯を食いしばりながらも立ち上がるヴァリス。その周囲にはなお微かな電光が散っていた。
一方、キュウロウは正面から突っ込むと見せかけ、地を蹴った瞬間に空気を踏み裂き、背後へと回り込む。
「これならどうだ!」
だが、その拳は空を切った。
次の瞬間、エイヴルの肘が彼の顎をかすめ、重い痛みが走る。
「甘ぇ!≪踏界≫の真似事じゃ俺の背はとれねぇ!」
二人は荒い息を吐きながらも、まだ闘志を失っていない。
エイヴルは口元を歪めた。
——ヴァリス、確実に雷の力を覚醒させつつある。
——キュウロウ、微々たるものだが《踏界》の片鱗を掴んでいる。
「おい、ヴァリス!いつから雷の能力に目覚めた?」
「え?おれ雷の能力持ってるの?」
「気づいてないのか?」呆れるエイブル。
「キュウロウ!お前、さっきの高速移動は無自覚か?」
「ああ!あの時は師匠の背後を奪うことしか考えてなかった」
「あれはな!≪踏界/とうかい≫と言って足に巨人のパワーを圧縮して放つ技なんだ。」「トルム大陸に飛んできたのもこれの応用だ」
キュウロウは人間なのに何で?疑問が浮かぶエイブル。
たった1ヶ月。普通なら有り得ない。
ユミルの血を引く巨人ですら、ここまで早く力を形にした者は数えるほどしかいない。
「……面白ぇ」
興奮に喉を震わせるエイヴルだった。
「くはぁ、師匠強すぎだろ!」ヴァリスは肩で息をしながら笑った。
「まだ掴めそうで掴めない……」キュウロウも苦笑する。
「集中して見てみたんだけど、目の前がパチパチして、よくわかんねぇんだよな」ヴァリス
「言いたいことはわかるぜ、相棒」キュウロウも笑う。
「よし。街に食料買ってこい」エイヴルの声に、二人は同時に「はーい」と返した。
エイヴルの家は街から離れた場所にある。修行の一環として、二人は走って買い出しに向かう。
2〜3時間後、ようやく[人間の街・ヒューマ]の入り口に到着した。
「あー、遠いわ……」キュウロウは肩を落とす。
「師匠なら一瞬なんだろうな」ヴァリスは苦笑しながらつぶやいた。
街に入ると、いつもより騒がしい。
「祭りか?」ヴァリスの目がキラキラと輝く。
しかし、キュウロウの胸には嫌な予感が走った。
騒がしい方向に走ると、巨人スヴァルが人間たちを攫おうとしていた。
「やめてくれ!連れて行かないでくれ!」必死に抵抗する人々。
スヴァルは笑顔で無視する。
「お前ら人間はブラッドのお土産なんだ、ありがたく思え」
「ブラッド⁈」二人は反応した。
「おい、お前!ブラッドを知ってんのか?」キュウロウは焦りつつも声を荒げた。
「まずは、その人たちを解放してもらおうか」ヴァリスも身を固める。
スヴァルは肩越しに人間を指さす。
「ん〜、お前らもブラッドのお土産にするから、こっちこい!」
その言葉通り、手を伸ばして人間を掴む。
キュウロウは突進した。
ヴァリスはその隙に人々を救おうとする。
しかし、スヴァルの一撃は山を崩すかの如く強烈で、キュウロウは吹き飛ばされ、ヴァリスも弾かれた。
「やべぇ…あいつ強すぎる」
「毎回思うけど、巨人ってデカすぎだろ」
スヴァルは拳を振り上げ、二人に襲いかかる。
「集中!集中!集中!おれは集中力が足りないだけだ。」
ヴァリスの目の周りがバチバチと鳴る。すると、スヴァルの動きがだんだん遅くなる。簡単に山のような拳を避けた。しかし、気を抜いた瞬間に能力がきれた。
「集中しすぎた」こんな時でもマイペースなヴァリス。
「おい、1発よけていい気になんな!」キュウロウがスヴァルの気を引きながら住人達と距離を取り始めた。
スヴァルは面倒そうにキュウロウの攻撃をいなしていた。
だが、キュウロウの身体は無意識に《踏界》の片鱗を掴み、空中を滑るように動いていた。
避けることはできても、攻撃は通らない。
その隙に、ヴァリスは人々を解放していた。
「おい、それは俺がブラッドの連中に渡すお土産だ! あいつらに認められるための貢ぎ物なんだぞ!」
スヴァルが激昂し、腕を振り上げる。
「《ラヴァチェイン》!」
溶岩の鎖が逃げる人々に絡みつき、灼けた悲鳴が響いた。
「ぎゃあああ!」
「やめろ!」ヴァリスの叫び。
「おっと、殺したらお土産にならねぇな」スヴァルは飄々と笑い、今度は溶岩の触手を伸ばして子供たちを捕らえる。
泣き叫ぶ声に、ヴァリスとキュウロウの脳裏に太陽の家の子供たちの姿が重なった。
——次は守る。
「このクソ野郎が!」キュウロウが渾身の拳を顔面に叩き込む。だが効かない。
「調整が難しいな」スヴァルは無表情に子供たちを締め上げる。
その瞬間、二人の怒りは爆発した。
荒々しくも優しい炎のような力が身体を満たし、視界が鮮烈に開ける。
「うおおおおッ!」
キュウロウは巨人の力を腕に宿し、ヴァリスは拳に雷を纏う。
一瞬でスヴァルの顔面へ迫り、二人の一撃を叩き込んだ。
「ぐあああ!」スヴァルが絶叫する。
「痛みがわかるようだな」キュウロウが吐き捨てる。
「同じ痛みを味わえ!」ヴァリスの瞳が光った。
怒り狂ったスヴァルは溶岩の鎖をうねらせ、二人を絡め取る。
「《ラヴァチェイン・ヨウガンダ》!」
鎖と触手が融合し、炎を噴き上げる大蛇と化した。
「溶けて死ね!」
だが、鎖の内側で雷が炸裂する。ヴァリスがシールドを張り、キュウロウが巨人の力で引きちぎった。
「な、なぜ人間が巨人の力を…!?」スヴァルの顔が歪む。
「とことんぶん殴るだけだ」ヴァリス。
「ああ、その通りだ」キュウロウ。
二人は力を溜め込む。思い出すのは師匠がフェンリルとカリスを討った瞬間。
キュウロウの腕が巨大化したかのように膨れ上がり、その腕にヴァリスの雷が絡みつく。
「はああああああッ!」
雷と巨力が重なった拳が、大蛇を粉砕し、スヴァルの身体を直撃した。
轟音と共に大地が揺れる。溶岩の大蛇は消え失せ、スヴァルは血を吐き、膝をついた。
スヴァルは地に伏していた。それでも、目だけはぎらついていた。
「……はっ、ちっぽけな人間風情が……ブラッドを潰すだと?笑わせる……」
掠れ声で嗤うその姿に、ヴァリスの拳が震えた。
「黙れ……」
指先に雷を纏わせ、刃を形作る。心臓を狙って踏み込んだ——その瞬間、腕が止まった。
「お前に殺しは向いてねぇ」
エイヴルが後ろから腕を掴んでいた。
「こいつは……人間を……!」ヴァリスの肩は怒りで震えていた。
「わかってる。だがな、怒りのままに斬りゃ、お前もブラッドと同じだ」
低く静かな声が、二人を包み込んだ。
スヴァルは血の泡を吐きながら嘲笑を続ける。
「ははは……お前らの師匠もブラッドには敵わなかった、何もできない……。どうせすぐ死ぬ……ブラッド達の前でな」
ヴァリスは雷刃を出したまま、歯を食いしばる。刃は音を立てて砕け散り、拳に残ったのは空しく鳴る雷の音だけだった。
「……殺すよりも痛い目に遭わせてやる。お前は生かして、罪を背負わせる」
「いい判断だ」エイヴルが微笑む。次の瞬間、彼の拳骨がスヴァルの頭を叩き、巨体は地面に沈んだ。
荒い息を整えながら、キュウロウが言う。
「……俺たちはブラッドなんかとは違う。絶対にな」
その目には迷いはなく、ヴァリスも同じ決意を宿した。
エイヴルは二人を見て、心の中で呟く。
(ただの人間が巨人を倒す……ありえねぇ。こいつら、何者なんだ?)
「で、この巨体はどうすんだ?」キュウロウが問う。
「“コード”を呼ぶ」
エイヴルが掌を地にあてると、光が紋様を描きながら広がっていく。
冷たい風が吹き抜けたが、それは不思議と安らぎを伴っていた。
「コード……?」ヴァリスが目を瞬かせる。
「簡単に言うと、ブラッドとは真逆の存在だ。お前らも、遅かれ早かれ関わることになる」
エイヴルの声は落ち着いていたが、そこには確かな威厳があった。
やがて光の柱が天へと伸び、重厚な足音のような響きが近づいてきた。
しかしその気配は、ブラッドのような圧迫感ではない。
山のように大きく、海のように深く、それでいて温かい。
「……来たな」エイヴルが低く呟いた。
光の中から現れたのは、人を包み込むような眼差しを持つ影だった。
その存在に、ヴァリスとキュウロウは本能的に理解した。
——これは恐怖ではない。守るための力だ。
「おーい。久々〜エイヴル!」
気の抜けた声で現れたのは、ノッポで威厳のない男——イングラートだった。
「おい!あんなかっこいい登場してるんだから、お前もシャキッとしろよ!」
エイヴルはチラリと二人を見て、説得力のない焦りを滲ませた。
「こいつの名前はイングラート。コードの一員で、トルム大陸の守護を任されてる」
改めて紹介されるイングラートは、柔らかな微笑みを浮かべた。
「よろしくね。アーリクから君たち二人のことは聞いていたよ」
その穏やかな喋り方に、ヴァリスとキュウロウは呆気に取られる。
「アーリク?なんで知ってるの?聞いてたってどういうこと?」質問攻めのヴァリス。
「アーリクもコードの一員で、その長だ」エイヴルが説明する。
「あんなおじさんが人の上に立てるんだね」ヴァリスは驚き半分、いつもの軽口で笑う。
「ふははっ、そうだよ。僕たちのトップはあの人だ」イングラートも愉快そうに笑った。
「ロギーも頑張ってるみたいだよ」
キュウロウとヴァリスは、知っている仲間の名前に顔を輝かせる。
「んで、要件は?」イングラートが軽く問う。
「こいつの処置を頼む」かろうじて意識の残るスヴァルを指差す。
「……スヴァルがこんなボロボロに?」イングラートは驚き、目を丸くする。
「俺じゃねぇ。こいつらが倒した」
イングラートは目を細め、二人をじっと見た。
「すごいな……君たち。弟子かい?」
「まあ、そんなところだ」エイヴル。
イングラートは頷き、スヴァルの身体を軽く抱え上げる。
「心配しなくていい。スヴァルは我々が処置する」
二人を見つめながら、笑顔で続ける。
「君たち!師匠にしっかり鍛えてもらうんだよ!」
「私たちもロギーを鍛えるから、負けないようにね」
「ロギーには負けないぜ」
キュウロウとヴァリスが元気よく応える。
さっきまでの嫌なオーラは消え、温かさと決意が満ちた。
二人は、新たな守護者との出会いに胸を膨らませ、次に向かう覚悟を固めた。
「強くならないとな」キュウロウ。
「そうだな!課題は山ほどある。あとは実戦あるのみだ」エイヴル。
「今なら師匠に勝てるかもな」ヴァリス(軽口気味)。
「いつか必ず超えてやるよ」キュウロウ(真剣)。
二人の頭を笑顔で優しく撫でながら言った。
「言っとけ……」いつか超えてほしいと思ったエイヴル。
そして、半年後……
読んでいただきありがとうございました。
初めての作品で読みづらかったと思います。
成長したいので厳しいコメント、よろしくお願いします。