さようなら地獄の地球 こんにちは天国の異世界
2024年夏。月曜日の地球。
のマンションの一部屋。
「ふあぁ~あ、もう朝か。あと3時間くらい眠っていたい……でも仕事探すのしんどいんだよな……面接でそれ採用に業務に関係ないよね? ってことを聞いて来ようとする面接官、いったい何なんだ! 親の不倫の詳細を子どもの俺に聞くなんてまともな面接官じゃないだろ!! あんな思いするのはもう二度と嫌だし……じゃあ転職もせず我慢か……」
なろう太郎は抱き枕に押し付けていた自分の顔を引っぺがし、辺りを見回した。
十二単のフィギュアが見える。自分で買ったのだ。好きなさゆのフィギュアを。
「安売りの時だけどね。定価3万円だけど1万2千円で買えた。十二単でこれは安いだろう。水着なら安売りも分かるが」
誰ともなしに呟く。
抱き枕は、ピンク髪の十二単を着たかわいい女の子が胸をはだけているイラストだ。もうすぐおちちのぽっちが見えそうなくらいに。
明るい彼女。キャラの名前はさゆ。
さゆが体をくねらせ、恥ずかしそうにこっちを見ている抱き枕だ。
こういう和風でピチピチした女の子が、彼の好みだった。
その女の子の口に、よだれが落ちている。もちろん、さっきまで眠っていたなろう太郎のものだ。なろう太郎は、手でぐちぐちと自分の涎を消す。
「これくらい許せよ! 抱き枕くらい! 睡眠薬の方が、いやドラッグの方が何倍も危ないだろう! 彼女なんていた事、人生で2週間だけだぜ! その2週間のあと
『あなたはわたしをうまくリードしてくれない』
って言って別れを切り出されたんだ! ちくしょう!」
大人になった今でも彼女できないし。
「公務員の男が“マスク窃盗”――」
とスマホのネットニュースで流れてくる。
TVは置いてない。TV設置してるなら契約しないと逮捕ですよーと脅しをかけてくる輩がいたため『その脅しがきっかけになり』TVは処分してリサイクル証明だけ大事に保管している。
そいつが来るたびにリサイクル証明みせて、立ち去らないと不退去罪で警察呼びますよ。と追い返している。
「アホじゃね。死ねよ公務員みたいな人生安泰な野郎はさ。俺みたいに苦しんでる社畜奴隷、日本人でどれだけいると思ってるんだ。ホント奴隷だぜ、まったく」
と、職場のイラつく顔の上司を思い浮かべる。
社員一人ひとりを褒めて喜びを分かち合う、という愛は持たない上司で、成功だけは自分の手柄にする失敗を社員や環境のせいにする自分の周りはYESマンで固めているクソオブクソだ。
「さゆちゃん……きみだけが今の俺の癒しだよ」
十二単の明るい女の子を思い浮かべるなろう太郎。十二単からは足袋に包まれたさゆの可愛い足が見えている。
栄養スナック+インスタントコーヒーで朝ご飯は完了。母が握ってくれたおにぎりなんて食べたことない。母は、
「おにぎり手で握ったらばい菌が移るじゃないの!!」
とヒステリックに叫ぶ自称一番きれいな女だった。
「はい。わたしが握ったおにぎりだよ。食べる?」
妄想のさゆにおにぎりを握らせる。
(うんうん! 君の手作りなら食べるよ!)
なろう太郎の母はもうこの世にはいない。潔癖症――皮膚常在菌のようないないと生命が維持できない菌も含め除菌し、むしろ完全な不潔となり、肌もむしろ汚くなり、この前風邪のような症状で死んだ。
死ぬ直前まで自分の皮膚にアルコール消毒を必死な表情で吹きかけていた。
「流行りの風邪って、潔癖症だろ」
そのような母を持つなろう太郎はそう信じて疑わなかった。
「父親も放ったらかしで不倫に熱中してて、母の愛も知らない俺がどうやったら彼女にやさしくできるってんだよ。誰か教えてくれよ…………! 動画サイトの恋愛動画じゃ参考にならないよ…………!」
なろう太郎は、スーツに袖を通し、嘆きながら革靴を履いて家を出た。
と――――
「太郎くん。朝がそんな食事じゃいけないよ」
さゆの声がする。もちろん、なろう太郎が妄想で作り上げたさゆの幻影だ。
「うん、でも気力がわかないんだ。独り暮らしだと」
「じゃあわたしが君の隣にいたら気力が湧くの?」
「そりゃあもちろんさ! 食事だけじゃなく掃除の意欲もわくよ! 君のためにね! 十二単が似合う明るい君がいてくれたら、俺は君を太陽にしてぐんぐん育つよ!」
「じゃあ、こっちへいらっしゃい!」
さゆがいたずらな笑顔でなろう太郎の手を引く。
「えっ……!」
そのときなろう太郎ははっきりと見た。
トラックが信号無視をしたのを。
しかも運転手も見た。突っ伏して寝ている!
「来てって、このままじゃ……!」
とそこでなろう太郎は思いつく。
「さゆちゃんは、この地獄から、彼女の愛し方も知らない俺を連れ出してくれるんだ!」
喜びと共に、なろう太郎は飛び出した。
この世から。
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なろう太郎は笑顔で死んだ。
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「はぁ~~~~い! いらっしゃ~~~~~い! わたしはビナー!」
「わたしはティファレト。わたしには構わずビナーのいう事に注意してくれればいいよ」
なんかカモがやってきたなノリで手を合わせてくねくねするキトンを着たローマ風美女と男前の羽を生やした天使がなろう太郎の目の前にいる。
なろう太郎は雲の上に立っていた。
「あ、小説で見たことある。これはチートスキル3つもらえる展開だ」
なろう太郎は、そう呟いた。