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ホラー短編

隕石

2007年9月15日


 ペルー南部の山岳地帯プノに正体不明の物体が落下した。それは地表に直径20メートルの大きなくぼみを作ったが、衝突による被害は報告されていない。


 しかし周囲に悪臭を漂わせ、体調不良を訴える住民が続出。緊急に設置された診療所には200人以上が殺到したという。


 IPEN (ペルー核エネルギー研究所) が慎重に調査を行ったが、放射線は検出されなかった。深さ8メートルまで沈んだ隕石と思われる物体が、地中に埋まる硫黄かヒ素を掘り起こしたのだろうか。空気摩擦でガスを発生させ有毒な物質を拡散させたのだろうか。


 それとも何か、未知なる現象が起きたのだろうか。



◇◇◇



 私が子どもだったころ、近くに住む叔父の畑に隕石が落ちた。1983年6月4日の出来事だ。


 ニュースにもなったし神戸新聞にも載った。直接目撃した私からすれば、輝きながら飛んでいく謎の物体など恐怖でしかない。父も戦時中を思い出すのか、話題にするのも避けていた。


 もともと私の住んでいた村 (現・宍粟市) では火の玉にまつわる怪談が多く、特に近くの佐用町では今も多くの絵画として残されている。



 叔父は村より少し離れた山の中に1人で住んでいた。ときおり父を訪ねて来るのだが用事を済ますと山に戻る。ぶっきらぼうだが愛想が悪いわけでもなく、純朴で飾り気のない人だった。そんな彼の小さな畑に隕石は落ちた。


 新聞に写真が掲載されていたので記者は訪れたのだろうが、連日報道されるほどの扱いではなかった。ほとんど被害が無かったということもあるが、それ以上に叔父の家は山の奥にあり取材が困難なのだ。


 道などない。父は報道関係者に案内を乞われることもあったが基本断っていた。



 隕石が落ちてから半月過ぎたあたりで、私は叔父の家を訪ねることにした。好奇心もあったが、それ以上に暇だったからだ。


 元気が有り余る年頃だが、村は小さく同級生どころか遊び相手もいない。小中あわせた学校には生徒が4人しかいなかったのだから。


 私は1人で山に入った。



◇◇◇



 子ども一人で山に入るなど今考えると危険極まりないのだが、それでも一応心得ていた。危険だと感じたら躊躇 (ちゅうちょ) なく引き返す。


 臆病なくらい慎重で丁度いい。急な天候の変化はもちろん、道も迷ったかな?と思った時点で既に生命の危機に瀕している。


 とはいえ叔父の家くらいの距離なら、なれると二時間もかからず辿り着ける。父が報道関係者の案内を断っていたのは、面倒なのと部外者の立ち入りを好まないから、そして色々あるからだ。


 森林は耳を頼りに抜ける。水の流れる音がするのだ。その先には小さな滝があり、その日は、良くないものがいた。父が案内を拒む理由だ。



 滝のほとりに、誰かいる。



 正確にはいる気配がする。山登りやキャンプを趣味とする人には伝わると思うが……


言葉で言い表せない何か。

何か良くない気配。

気配と言うには具体的。

具体的には言い表せない、何か。


 コツがある。山に生きるなら知っている。見ない。ただ無言で静かに通り過ぎる。それが出来ないなら引き返す。私は父にそう教わった。今は静かにほとりを歩く。



 滝を通り過ぎたあたりで、急に水の音が大きくなった。気配は消えている。油断はしない、足早に先へ進む。今はとにかく叔父の家へ、話はそれから。あと少し、あと少し。



◇◇◇



 今にして思えば粗末なバラック小屋だが、当時の私にしてみれば秘密基地のような叔父の家が見えてきた。


 そこからは全力で油断して走り出す。怖かった。安心した。畑に立つ叔父の姿が見えた。その瞬間は本当に頼もしく見えたが……



「おお、どないした、飯は食うたんけ」



 緊張感のない叔父の声というか、のん気な態度に一瞬で気が抜ける。さっきまで全身を包み込むような緊張感も、逆に恥ずかしく思えるほどだ。



「さっきな、滝でな、なんかおってん」


「ほうけ、飯は」


「食うてへん」


「ほな食うけ」


「食う」


「ほな、さき手洗てぇあろてきぃ」



 私は危うくそのまま家に入る所だったが、ここに来た用件を思い出し叔父にたずねた。



「叔父ちゃん、星落ちたんどこ?」


(当時の私は隕石の落下を星が落ちたと表現していた)


「ここや」


「どこ?」


「ここや、もう埋めたんや」


「ほーん」



 用件は終わった。隕石の落下地点は叔父が既に埋め、ただの畑が広がるばかり。まだ何も植えてなかった落下地点は整然と土が盛られ、痕跡など残されていなかった。


 すっかり興味をなくした私は叔父の家に向かい、玄関の水で手を洗う。叔父の家は水道が届いておらず、井戸水を手押しポンプでくみ上げる。それが子どもながらに楽しく、不便ながらも叔父がうらやましかった。


 手を振って水を切り、靴を脱いで家にあがる。狭い台所を抜け居間へ。


 ほどなく叔父が台所からご飯とキュウリの塩漬けを持ってきた。なぜかここで驚いた顔の叔父は、そそくさと台所に入り冷えたご飯をもう一膳用意した。


 どうやら自分の分を忘れていたらしい。



「ほんで、今日はどないしたんや」


「せやから星落ちたん見に来てん」


「もう埋めたで」


「さっき見たやん」


「ほうけ」



 間抜けというか、とぼけた会話はともかく、私は叔父に隕石落下時の状況について色々聞いた。父があまり話したがらないので、この話題について誰かと存分に話したかったのかもしれない。



「めっちゃビックリしたんちゃうん?」


「いや、寝とった」


「ドカーンとか音した?」


「寝とったからわからん」


「起きてビックリした?」


「もっぺん寝た」



 叔父は手先が器用で当時としては珍しく学歴もあるのだが、とにかくのん気すぎる。



「ああせや、光っとったわ」


「なにが?」


「畑に落ちてたやつが」


「星が?」


「せや、虹みたいに光っとった」


「ほんで?」


「消えた」


「ほんで?」


「埋めた」



 話は終わった。一瞬芽生えた好奇心も萎えた。後で思えば隕石が光っていたというのも相当に不可思議な話なのだが、当時の私はむしろ叔父の頭が不可思議に思えてならなかった。


 とはいえ用は済んだ。一人で山に入ったのが父に知れると怒られる。そして日が暮れる前に山を下りないといけない。これは絶対の掟だ。夜の山は危険、完全な暗闇となる。



「叔父ちゃん、ほな帰るわ」


「おお、気いつけや」



 私は玄関で靴を履き、扉を閉めて家を出た。山の入り口に入る手前で畑に人が立っているのが見えた。



 叔父だった。



「おお、すまん遅なった、すぐ飯つくったるけん」



 ずっと畑にいたらしい、叔父は家に向かい歩き出した。では、さっきまで家にいたのは?



全身が震えた。



私は走った。



 父から教わっている。危険を感じたら逃げろ。頼るものが無かったら真言でも唱えてろ。



オン・カカカ・ソッタダ・ソワカ

オン・カカカ・ソッタダ・ソワカ……



 森林に入り滝の側を走る。さっきの気配はより鮮明に感じられる。



「おお、どこ行きよんね」



 聞こえない。何も聞こえない。釣竿を持った叔父などいない。



オン・カカカ・ソッタダ・ソワカ

オン・カカカ・ソッタダ・ソワカ……



◇◇◇



 私の記憶で鮮明なのはここまで。叔父が数日後わが家へ訪ねてきた時は驚いたが、本人は何食わぬ顔だった。私は自分が何かの思い違いをしたんだと納得させて今日に至っている。


 叔父は父より長生きしたが、数年前に亡くなった。本人の遺志により、墓は彼の家の前に立て、遺骨とともにそこで眠っている。



 私の村は過疎化が進み、今は誰も住んでない。



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― 新着の感想 ―
> 虹みたいに光っとった スペクトルを取ったら……というやつですね。ふふふ。 でも、元ネタなんて関係なく読まされました。 *** アナログ放送時代のサンテレビのクロージングが好きです。 初代ファミコ…
山中で何らかの怪しい存在の気配を感じても、殊更に騒ぎ立てずに遣り過ごす。 そんな主人公の行動理念は、生き延びるための処世術として確かに理に適っていますね。 こちらから下手に刺激すると良くないのは、野生…
文章が巧みで、不思議な景色が次々と頭に浮かびました。 叔父さんは……大丈夫、君のボケとか思い過ごしじゃないよ。ほんとうに宇宙人だから(*´ω`*)
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