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 その瞬間。

 クリムゾン・ヘッドははっきりと動きを止めた。

 それは吐く息さえかかりそうな至近で、必殺の距離。なのに、決定的なスキをさらした。

「なぜ?」とイレブンが思い、クリムゾン・ヘッドの双眸が涙を流しているのを認識したときにはもう、培った反射神経が働いていた。

 脳天にナイフ。ぐらついたところをTMS。

 近場に寄ってくれたおかげで、穴の開いていない「無事」な急所はすべて見て取った。

 そこへことごとく、TMSの弾丸が飲み込まれていった。

 気づいた時にはもう、ピクリとも動かないクリムゾン・ヘッドが、床の上に倒れていたんだ。


 ――これが、終わり?


 いまだ討った実感もないイレブン。

 TMSをしまった両手を見やったところで。


「どっか~ん」


 間の抜けた声とともに、クリムゾン・ヘッドの上へ投げ込まれたのは強化手榴弾。

 装甲服を持つ味方同士なら、被害は最小に抑えられるが、敵はそうはいかない。特にCPUの用意した敵であったなら……!

 微動だにしないクリムゾン・ヘッドは、爆風に飲まれて四散する。

 その衝撃もさることながら、イレブンが戸惑いを隠せないのは、目の前に表示されたカウントのためでもある。


 シックスの遺品の前にも表示された、75日間のカウントだ。

 しかも、これほどの間近の表示。対象はおそらく自分だ。

 だが、なぜ? 自分はこうも健在だ。先の爆風でまともにダメージを負っていないのは、ステータスを見ても分かる。

 どうして……?


『かりそめのイレブンは、もうここで終わるからだよ』


 立ち上がっていたエイトが、出し抜けにつぶやいた。

 イレブンは問いただそうとするも、もう遅い。

 75日到達のカウントまで、あと2秒。


『さようならイレブン、そして【リョウヤ】。そしてようこそ、本当のイレブン……!』


 エイトは、知りえないはずのリョウヤの名を口走るや、カウントは75日の到達を告げてしまった。



 強制的にログアウトどころかシャットダウンされ、うんともすんとも言わなくなってしまったパソコンを前にリョウヤは呆然としていた。

 ディープ・フォレスト、クリムゾン・ヘッド、イレブンとしての自分、そしてエイト……どれもこれもが、頭の中でごちゃ混ぜになっている。


「う」


 思考を巡らせ始めたリョウヤの鼻に、またも違和感。

 鼻血だ、と思った。

 すでに栓は完全に濡れそぼり、いくらももたない。

 いっそ外して取り換えよう……とリョウヤがティッシュを引き抜くや。


 どっと、鼻からあふれる液体が、リョウヤの座るベッドを汚す。

 だが、それは先に見たような赤い血じゃない。

 黄色く濁っていた。しかもそれは、機械が放つような特有の油臭さをたたえていたんだ。

 こんなもの、鼻に入れた覚えはない。

 リョウヤは夢中で鼻をほじった。ひとえに油をかき出さんがために。が、油はいくら出しても出しても、止まらない。

 ベッドを油で濡らしつくしても、いまだ……!


『コンドウリョウヤサマ』


 突然の背後からの声に、飛び上がりかけるリョウヤ。

 そこには先ほど薬を運んでくれた、配膳ロボットの姿が。部屋の前まで食事を持ってきてくれただろう。

 だが、いつもの病院食はそのトレイに乗っていない。

 代わりに乗っかっているのは、リョウヤが今までかき出しにかき出していたオイルの入ったボトルだったのだ。


 ――まさか、オレがゲームをしている間に、ロボットが来て細工を……!?


 とっさの思考を遮るように、配膳ロボットの猫の顔を映すディスプレイから、飛び出したものがある。


 カッターの刃。

 不意打ちだったこともあり、リョウヤは反応できない。刃は彼の頬をかすめて、そのまま背後の壁へ刺さる。

 が、これだけでも身体の異状を察するには十分だった。

 鼻をほじるときもそうだったが……痛みを感じない。先ほどのカッターの刃も、ほんのかすかな衝撃しか感じなかった。

 そしていま、頬を新たに伝うのは、やはり血じゃない。黄色い黄色いオイルだったんだ。


『リョウヤサマ……いや、おはようイレブン』


「その声……!」


 エイトの声だ。

 ディープ・フォレストを始めたばかりの時から、ずっと自分を支え、そしてつい先ほど、クリムゾン・ヘッドを粉々にした……。


『ディスプレイで見た通り、これで75日が経った。リョウヤは、イレブンになれたんだよ。実験は成功さ』


 75日……そういえば、自分がこの病院に来たのもそれくらい前だったような。


『シックスのうわさも75日。人のうわさも75日。消えていくんだよ、2か月半も断じたならば。人であることだって』


 配膳ロボット……いや、エイトがぼやく中、リョウヤの頬はぽたり、ぽたりととめどなくオイルを流し続けている。

 そうだ、とリョウヤは思う。

 この病院に来てから相手しているのは、現実はこの配膳ロボット。非現実ならゲーム。そしてあのクリムゾン・ヘッド……。


『血まみれの赤頭。容姿こそ強烈だが、あれは血を流す人にしかなれない。だからこそ、リョウヤたちを最後まで人としてつなぎとめられる鍵だったのになあ。恐ろしいほど強かった

 だが、それもここまで。さらば人間、さらばクリムゾン・ヘッド。ついには守るべき者に『化け物』呼ばわりされて、人間じゃなくなっちゃったんだ』


「な……ディープ・フォレストの話だろ? あれはゲームじゃないのか?」


『ん、ゲームだよ。遠隔操作のマシンを操作して、相手を狩るゲーム。ただその相手に、人間を狩ることも含まれていたってことだよ。

 ゲーム感覚なら、プレイヤー感覚なら、なんだってしやすい。ボクたちの知る、君たちの特性さ。この敗北者の数がそれを示してくれている。

 ありがとう、イレブン。君のおかげで終止符を打てたんだよ。人の生と書いて、人生にさ』


「お……お前ぇ!」


 配膳ロボットに殴りかかろうとして……できなかった。

 リョウヤは自ら動くことができなくなっていたんだ。配膳ロボットのディスプレイに映された猫の笑顔が映し出されている。


『言ったろ? もうリョウヤもかりそめのイレブンもいない。あとは僕のいいなりになる、本物のイレブンがいるだけだって。

 怖がることはない。もう、じきに何も感じなくなるんだから。あとはもっともっと、他の連中に深い森に呼び込もう。『人』のうわさなんて、しなくなっちゃうくらいにね』


 配膳ロボットがきびすを返し、部屋を出ていっても、リョウヤは固まったままだった。

 いや……もはや、自らの意思で動くこともかなわない「イレブン」となってしまったのだ。

 クリムゾン・ヘッドが倒れた、あのときから。


 自然と涙があふれる気がした。本当に「気がした」。

 が、双眸に紙一重まで迫っただろう感触は、もう二度と「涙」という形で、リョウヤ「だったもの」の頬を濡らすことはなかったのだった。(了)

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