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 イレブンはもう、TMSを撃っている。

 並のプレイヤーならば、背後のエイトへのフレンドリーファイアを恐れて、ためらうこともあるだろう。

 だがイレブンは射線を完全に見切り、直撃をすべてギリギリ避ける銃口でもって、クリムゾン・ヘッドに弾丸を殺到させていたんだ。


 クリムゾン・ヘッドは顔をあげない。

 だが、その床へへばりついた四肢が、一気に「山折り」となった。

 四肢の関節を頂点に立つブリッジ。二次元から三次元へ一気に変化したそのフォルムは、さながら蜘蛛を思わせる。

 その瞬時に形成された「山」の内部にTMSの弾はすべて吸い込まれた。

 外れだ、と認識した時には、その折れ曲がった四肢をばねにして、クリムゾン・ヘッドが飛んでくる。


 ヤツが向く。眼を見開く。

 もはやかすかな起伏の差でしか、顔のパーツを区別できない。

 頬からも額からも、汗のように幾筋も垂れ落ちる赤い液体。それがまなこに飛び込んでも、ヤツはまばたきひとつしない。

 あの映像で見た最期の場面は、今まさにそこへ近づいている……!


 が、視界をその顔が埋め尽くすには至らない。

 イレブンはとっさに、装甲服の手首に仕込んでいたコンバットナイフを繰り出していた。

 握る手間すら惜しく、掌底の感覚で柄を突き出していた。

 火器偏重かつ装甲服のビームスパイクによる自動迎撃が優秀過ぎて、ほとんどのプレイヤーがおろそかにしがちな近接防御術。そのマニュアル運用の応用技術だった。


 その四つん這いの前足で踏ん張り、強引に飛びのくクリムゾン・ヘッドだったが、飛び出したナイフの柄までは予想外だったらしい。

 ヤツが着地したときには、ナイフの柄の先から血が滴っている。ダメージらしいダメージとは言いづらいが、接触はできた証だ。


 ――この空間から逃がしたら、負ける!


 すでにイレブンは再展開したTMSを連射。

 クリムゾン・ヘッドのいる位置から360度、あらゆるアングルへの逃げ道へけん制射撃をする。


 どちらへ動こうとしても、弾丸が貫く。その示威行動。

 ヤツの十八番は確認している。茂み、沼地へ、おそらくはワンアクションで引き込むトラップ。

 ここに来るまで、それらしい痕跡は見当たらなかったが、それだけ隠蔽に優れているなら、この外はヤツの動きひとつで地雷原となるだろう。

 相手の得意とする土俵に上がるつもりはない。悪くても、このイレブンの墓標がシックスの代わりに刻まれるのみだ。

 あらゆる出口を目指した行動を潰され、クリムゾン・ヘッドはようやく動きを止めた。

 これを機とすぐ撃つ選択もあるが、もしカウンター待ちの特殊な行動ならば、墓穴を掘りかねない。銃口を向けながら、一挙手一投足も見逃すまいと目をこらす。


 ――う。


 違和感を覚える。

 イレブンとしてではない、「リョウヤ」としての感覚。栓をしたはずの鼻まわりが、じっとりと濡れはじめてきたんだ。

 鼻血だろう。

 いささか集中しすぎたかもしれないが、ディープ・フォレストに一時停止はない。

 気を散らしすぎるのは危うい。


 ふとクリムゾン・ヘッドは、四つん這いの姿から、ぽんと跳ねるように前足二本で立ち上がったんだ。


 ――四足の優位を捨てるのか? あれほどの動きができるなら、立つよりもずっと……。


 起こされた、ほぼ全裸の状態もまた赤々と血で染まっていた。

 自らの血だとしても、あまりにぬらぬらと光を放ちすぎる。定期的に新しいものを塗りたくっているのだろうか。


 ――化け物め……!


 このディープ・フォレストの敵で、ここまで生々しいてかりを見せる手合いはいなかった。これもアップデートの賜物だというなら、たいした代物だが……なぜ、このようなスペックにした?

 あまつさえ賞金を賭け、皆を討伐に仕向けるような真似を。それこそ時間があるものならば、昼夜を問わず飛びついていくだろうものを……。


 その二足歩行のまま、クリムゾン・ヘッドはこちらへ走ってくる。

 先よりも距離は長く、四足歩行のときのような速さはない。イレブンにとっては的やカカシに等しいものだ。

 だがその二秒足らず、短くもあまりに長い間で、ハチの巣にするほど撃った弾丸はクリムゾン・ヘッドを仕留めるに至らない。

 掃射を受けて、なお速度を緩めずに寄ってくるクリムゾン・ヘッド。その弾丸の行先を見届け、タネを知ってはイレブンも目を見開かざるを得なかった。


 弾丸は外れてはいなかった。が、当たっているとも言い難かった。

 クリムゾン・ヘッドは、最初から「ハチの巣になっていた」。

 この家の岩壁と同じ、ごくごく小さな穴がすでに身へ開いていたんだ。そこからあふれ続ける血が、覆い隠していたから見えないだけで。

 クリムゾン・ヘッドはその無数に空いた穴へ、「弾を誘導していた」に過ぎない。

 最小限の動き、最小限のダメージをもって、足を止めずに。


 ――勝てない……。


 なお残されたわずかな空隙で、TMSを打ち続けるイレブンだったが、その神業は自分にも真似できないとわかる。

 価値ある芸術は、相応の理解ある者にしか分かってもらえないのと似て、それは上澄みのプレイヤーであるイレブンだからこそ、感じ取れてしまった敗北感だった。


 もうクリムゾン・ヘッドは目前まで来ている。

 貫手に構えた右手は、もう幾瞬間も待たないうちに、自分の装甲服の急所をぶち抜き、戦いに終止符を打つだろう。

 古豪・イレブンのうわさとともに。

 その結果が見えてしまっているからこそ、あえてイレブンは大声で毒づいてしまったのだ。


「化け物め……!」と、あらためて。

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