②
クリムゾン・ヘッドは、2カ月以上前に一部のプレイヤーがネット上でつぶやいた発言に端を発する。
「ディープ・フォレストの最初期のフィールドに、いないはずのCPU敵があらわれる」と。
すでにプレイヤー同士でのやりあいに注力していた、自称熟練プレイヤーたちは「なにをいまさら」と一笑に付した。
どのようなCPUが現れようと、せいぜい初心者のあらたな遊び相手になるだけだ、と。
が、面白がって乗り込んだ名うてのプレイヤーグループが全滅を喫し、クリムゾン・ヘッドの評価は一変する。
なにせ彼らのリプレイ映像を見ても、死因がろくに分からなかったんだ。
警戒して進んでいたところを、突然に視界がぶれるや、茂みの中や水の中へいきなり飛び込み、そのまま暗転してこと切れてしまう。
はた目に事故死としか思えない、最期だったんだ。
ディープ・フォレストは対CPU戦でのペナルティに厳しい。斃れればプレイヤーとしてのデータを消去され、裸一貫から再開する。対プレイヤー戦での尊厳を奪われるに等しかった。
それでも運営から指名手配され、多額のゲーム内賞金がかけられたことにより、クリムゾン・ヘッドへの挑戦者は現れ続けた。ゲーム中のイベントのひとつと考えられたんだ。
しかし、姿もろくに見られないまま、やられる者は絶えず。彼らにとっては「赤頭」なぞ本当にいるのか、引き続き疑わしいものであったのだとか。
『――イレブン。あなたの帰還を歓迎します』
久方ぶりに立ち上げたディープ・フォレストのナビゲーターが、リョウヤへ声をかける。
初期のゲーム登録者、先着100名まではオプションで、自分をナンバー呼びしてもらえる。ハンドルネーム考えることにこだわりがない、デフォルトネームで構わないというリョウヤには好都合だった。
リョウヤは初期も初期からプレイしているベテランだったが、ここしばらくはドクターストップをかけられて、治療に専念していた。
ゲームに興奮して、とある値が高くなってしまい、それが落ち着くまでは……ということで、ようやく今日にプレイが許されたわけだ。
「う!」
リョウヤは、鼻の中を伝う違和感に、足元に置いたボックスからティッシュを引っ張り出した。
白いティッシュには、赤々とした血がにじんでいる。
薬を飲んだ直後は、たいていこうなる。血管が活性化しているようなことを、あの猫ロボット越しに聞いたけど、詳しくは分からなかった。
ティッシュの栓を鼻に詰めて、ゴーグルを着用する。
ここからはもう、自分はリョウヤではない。
ディープ・フォレストのベテランプレイヤー、「イレブン」だ。
『よお、イレブン。来たな』
ディープ・フォレスト。
ゲーム名をそのまま冠した、最初のフィールドの入り口に降り立つと、装甲服姿のプレイヤーが声をかけてきた。
ヘルメットから足元まで、くだんの急所以外をがっちり包む装甲服は、迷彩色に染め上げられ、その右肩には大きく「8」の青いペイントが施されている。
「待たせたな、『エイト』。変わりなく……」
と、イレブンはエイトの指先が、不自然に動くのを見逃さなかった。
遠隔操作ができる、自動砲台の発射要請の合図。だが打つまでにはラグがある。
指の動きからして、数は3。方角は2時、6時、9時の方向……!
ノールックだった。
すぐさま抜いたTMSの弾丸が、3発だけ各々の方向へ飛んでいき、命中した機械音が響く。
2時の方向のものが、イレブンの視界にスクラップとなって墜落した。
『――どうやら、ブランクはないようだな、イレブン』
「なにしやがる、といいたいところだが、ここで被弾してたら、クリムゾン・ヘッド討伐の計画はなし……だったろ?」
『ああ。いかに実績があろうが、いまこのときに発揮できなきゃ意味がないからな』
あの映像で、クリムゾン・ヘッドの手際の良さは察している。
遠隔砲台に先に打たれる程度では、たちまちあの茂み行きか、沼地送りは避けられない。
勝負は最初の一瞬がスタートライン。あとの立ち回りはアドリブとなるだろう。
なにせクリムゾン・ヘッドの姿をまともにとらえることができたのは、あの映像のみなのだから。
これまでの多くのプレイヤーたちの犠牲によって、発信された情報を頼りにイレブンとエイト組は、エリアの探索を行う。
エイトはイレブンが最初期より行動を共にし続けていたパートナーだった。他の初期プレイヤー組も多くがクリムゾン・ヘッドに狩られた中でいまだ健在なのは、自分ことイレブンを待っていてくれたことが大きい。
ヤツを狩るなら二人一緒。やられるときも一蓮托生。
すでに登録番号一桁はおろか二桁もおおよそが全滅し、別エリアで最初の一歩から猛烈に稼いでいるところだろう。
イレブンにも、自分より小さい番号、大きい番号を持つ多くのプレイヤーをよく知るが、自分のプレイ禁止期間中に彼らはほとんど敗れてしまっている。
ならば、数少ない生き残りの自分がカタキを討ってやる。
クリムゾン・ヘッドのうわさに終止符を打ってやる。
イレブンはポイントを確認しながら、エリア探索を進めていった。